ロンドンの中心部、カーナビー・ストリートに程近いスターバックスの店内に、「サスペンデッドコーヒー」と書かれた小さな看板が置いてある。聞き慣れない商品名だが、客がこれを注文しても、その場でそのコーヒーを飲めるわけでもなければ、見ることも手に取る事も出来ない。いったい、これは何なのか。
サスペンデッドコーヒーは日本語で「保留コーヒー」と訳されている。実は、大昔にイタリアで始まった習慣で、ちょっとした小銭が余った客が、コーヒー代を払えない見知らぬ市民のために、1杯分を先払いしてそのコーヒーを店に「留めおく」仕組みのことだ。
スターバックスUKの場合(フランチャイズ店は除く)は、客が保留コーヒー代2.15ポンド(約340円)を支払うと、1杯分のコーヒー豆とその代金の両方を慈善団体に寄付する独自の仕組みを導入しているが、本来はコーヒーが「保留」されていれば、「保留コーヒーをください」と注文すると誰でも1杯、コーヒーを飲めるわけだ。
フェイスブックでイタリアから世界に広がる
英国では消費者が積極的にツイッタ―などを通じて、大手コーヒーチェーンに保留コーヒーの導入を求めていた。スターバックスUKがその反響の大きさを受けて、この試みを始めたのは4月下旬。最近、イタリアで復活した保留コーヒーの動きに触発されてのことだ。
今、この保留コーヒーが、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)を通じて急速に世界各国に広がっている。既に米国や英国、オーストラリア、カナダ、スウェーデン、そして日本などで、保留コーヒーのフェイスブック・ページが立ち上がっている。
英国初の導入店は「コーヒー7(セブン)」
5月上旬、英国で初めて「保留コーヒー」を導入したと言われる、ロンドン東部のカフェ「コーヒー7(セブン)」を訪れた。(テレビ東京『ワールドビジネスサテライト』で23日に放映=「南欧危機で『ツケ払い』復活 コーヒーで支えあいも」)そこはロンドンで2番目に失業率の高い地域で、なじみの客が編み物をしながらゆっくり食事をとるなど、地域住民の憩いの場として人気を集めている。
この店が保留コーヒーを始めたのは3月下旬のこと。価格は1杯2ポンドで、販売開始から4週間ほどで50杯ほどのコーヒーが「保留」された。実際に保留コーヒーを買っていたロイド・ジーンズさんは、元弁護士で、今は年金生活を送っているが、週に1~2杯はコーヒーを見知らぬ誰かのために買うという。月に16ポンド程の出費だ。決して安い金額ではないが、ジーンズさんは「保留コーヒーなら、地域に金が還元されることが保証されており、国際的な慈善団体に寄付するよりも、金の流れが明確で、安心できる」と言う。
一方、コーヒー7の前の路上で露店を営むスティーブ・バニーさんは、最近、何杯かの保留コーヒーを注文した。バニーさんは2年前まで公営住宅の清掃業務に携わっていたが、人員整理で職を失った。突然の失業で明日への希望を失いそうになったが、「保留コーヒーを飲みにこのカフェに来て、馴染み客と話をすることで自尊心を取り戻せた」(バニーさん)。
日本でも、保留コーヒーに賛同する喫茶店がある。北海道夕張市にある「ルーチェ・ソラーレ」だ。4月1日から、保留コーヒーを独自に「支える珈琲」と名付けてスタートした。店を営む笹谷達朗さんは、フェイスブックのページを通じて保留コーヒーの存在を知った。「田舎では、倒れている人がいたら、必ずと言っていいほど声をかけます。それが、日本の田舎です。そんな『田舎の優しさ』を思い出させてくれたページでした」という笹谷さん。
ルーチェ・ソラーレの「支える珈琲」は1杯400円。「支える珈琲」の事を知った客は、気軽にもう1杯分、支払ってくれるという。コーヒー以外にも、「支えるピザ」(1000円)や「支えるおむすび」(200円)も販売している。笹谷さんらの活動は、夕張市が財政破たんの折に受けた様々な支援を、今、助けを必要とする人々に返したいと言う思いから生まれている。
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