習近平政権がいよいよ台湾統一にむけた攻勢を強化してきた。たとえば、年明けから中国に進出する外資系企業に対する“踏み絵”を踏ませている。マリオットホテル、米デルタ空港、スペインのアパレル大手ZARAなど、中国に大きな市場をもつ外資系企業に対し、台湾、香港、チベットを「国扱い」していることに対して、謝罪を要求し、今後国扱いさせないことを確約させているのだ。台湾と中国の統一世論を国際社会に誘導させようというのが狙いだが、巨大市場を失いたくない中国進出企業は次々と、中国の狙いどおり、謝罪し、「中国の分裂を支持しない」ことを表明。年初に香港英字紙サウスチャイナモーニングポスト上で、華人政治評論家の鄧聿文が、中国に2020年に武力統一を実現する計画があることを指摘しているが、その目標にむかって、国際環境を整えに入っているという見方もある。
「国扱い」で謝罪も「イイネ」で再炎上
1月9日、中国のSNS微博で、米国系大手ホテルチェーン・マリオットインターナショナルが会員向けに出しているメールによるアンケートの選択肢で、香港、マカオ、台湾、チベットを国扱いしている、と中国人会員が告発し抗議した。このことが中国のネットで炎上、「人民の金で儲けているのに、中国を分裂させようとしている!」と不買運動を呼びかけるまでに広がった。
マリオット側は微博公式アカウントですぐさま「深くお詫びいたします。マリオットの中国会員を失望させる過ちを犯したと思い至りました」と謝罪。さらに、上海に所在するマリオットの大中華区責任者が、マリオットの行為が「サイバーセキュリティ法」および「広告法」違反として、上海市黄浦区の市場監督管理当局から立件調査を受ける事態にまでなった。マリオットインターナショナルはすぐさま自主的にサイトおよびアプリケーションソフト上で発表したすべての情報精査を約束し、台湾やチベットを国扱いした記述をすべて消去、アプリも更新し、全面的に謝罪した。
だがその翌日の1月10日、チベット独立支持のNGO「フレンズ オブ チベット」のツイッターオフィシャルアカウントが「マリオットインターナショナルが、チベットを香港、台湾とともに国扱いしてくれたことを祝う」とツイートしたのに対し、マリオットの公式アカウントがイイネ(Like)を押していたことが、やはり中国人ユーザーに見つかり、またもやネットで炎上。マリオット公式アカウントはまたもや「我々は中国の領土や主権を損なういかなる勢力も絶対に支持しません。さらなる誤解をまねく行動については深刻に謝罪いたします」と平謝りさせられた。マリオットはこの一週間の間、実に5回も謝罪させられた。
同じように12日、米デルタ航空のサイトおよびアプリで、チベット、台湾を国家扱いして表記していたことが中国人ネットユーザーに告発されネットで炎上、それに対してデルタ航空が謝罪させられただけでなく、中国の民航局は、中国便をもつすべての外国の航空会社に対してサイトおよびアプリ上でチベット・台湾を国扱いしてないか調査を要求、その結果、ユナイテッド航空、KLMオランダ航空、エアフランス、アエロフロートなど24航空がチベット・台湾・香港などを国扱いしており、記述の変更が命じられた。
サイト上やアプリ上でチベット・台湾を国扱いしたとして中国人ネットユーザーから難癖をつけられ謝罪に追い込まれた中国進出外資企業はほかにも、米メドトロニック、スペインのZARA、仏シャネル、伊ブルガリなど20社以上にのぼったが、ほとんどが謝罪し、記述を国・地域に変更するなどに追い込まれた。
クイズ番組の「三択」でも炎上
また、中国大手ネットライブ配信アプリ花椒直播がクイズ番組で、カナダと並べて台湾、香港の名前を放送したことも、ネットユーザーからの抗議で炎上。「ジョイ・ウォン(台湾人女優)が住んでいるのはどこの国?」という問題の三択の答えに「香港、台湾、カナダ」と並べたことが問題視され、ネット情報管理弁法、ネットライブサービス管理規定に違反したとして番組の全面改正を命じられた。
中国に進出している企業において、顧客アンケートの選択肢などで、中国と台湾を同列の国家扱いで並べて表記することは実際よく見られることで、これまでは、中国は一国二制度や「一つの中国」原則などを打ち出してはいるものの、外国企業に対してはそこまで厳密な取り締まりはしていなかった。またおそらくは外資系企業も、あえて中国の政策に抵抗するというよりは、事実上、中国と台湾が、政治制度も文化も異なる“国”として分ける方が、企業が必要とする顧客資料、データとしては意味があるというところだろう。
だが、習近平政権になって、こうした細かい部分を見逃さなくなってきた。ささいな記述の差であるが、いわゆる“ネット紅衛兵”と呼ばれる愛国的ネットユーザーたちをけしかけることで、主だった企業のこうした“過ち”を見つけ出しては、謝罪させ、他の企業の見せしめとすることで、国際世論に強いメッセージを出している。
中国外交部は定例記者会見で、「香港、マカオ、台湾、チベットが中国の一部であることは客観的事実であり国際社会の共通認識。北京は外国企業の対中投資を歓迎しているが、中国に進出する外国企業は当然、中国の主権と領土の保全を尊重し、中国の法律、民族の感情を尊重してもらわねばならない」と改めて企業に対するイデオロギーチェックの必要性を強く打ち出した。
バチカンと関係修復、戦闘機侵入は倍増
中国がネットなどを通じて大衆をけしかけて、不買運動や抗議活動を起こさせることは以前からちょくちょくあり、たとえば、2017年、THAADミサイルの配備問題で、韓国のロッテ系列のスーパー約80店舗を閉店に追い込んだり、2012年の尖閣諸島国有化で、日系企業への焼き討ち暴動を扇動したりした。一見、民衆の怒りが爆発したようにみえるが、こうした動きは、実際のところ、当局の世論誘導によるものである。これは当局が大衆の言論や暴力を外交圧力に利用しようという政治的意図と同時に、大衆のガス抜き効果も兼ねていた。
だが、習近平政権二期目に入って、韓国や日本との関係改善の必要性が迫られてくると、こうした世論のガス抜きの矛先も、韓国や日本にばかり向けてもいられない。同時に、第19回党大会で強く打ち出した「偉大なる中華民族の復興」の今世紀半ばまでの実現へのファーストステップは、台湾統一に照準を定めるとみられている。
企業などに対する踏み絵だけでなく、その他の外交攻勢も強化されている。中国は目下、台湾と国交があり中国と断交中のバチカン市国との関係修復を模索しており、3月には双方が40点ずつ美術品を交換して展示ツアーを行う美術外交が計画されている。もし、バチカン市国が万一にでも中国と国交を結ぶことがあれば、台湾は最も影響力を持つ国との外交関係を失うことになる。
また解放軍の台湾に対する圧力自体も高まっている。2017年、中国戦闘機が台湾海峡の中間線を越えてきたのは少なくとも20回、2016年の8回の倍以上。また今年になって、中国の民間航空局は、台湾との事前協議なしに、一方的に台湾海峡の中間線より7.8キロしか離れていない民間航空路線の使用を開始、これは明らかに台湾に対する威嚇でもある。昨年は、台湾人NGO職員李明哲が政府転覆容疑で逮捕された事件もあった。
中国の民間シンクタンクに所属する政治評論家で、元中央党校機関紙・学習時報編集者の鄧聿文による論文が1月3日のサウスチャイナモーニングポストに掲載されたが、それによれば、中国は2020年に台湾を武力で統一する可能性がある、と改めて指摘している。
「手ごろな戦争」の現実味は
いわく、これまで曖昧模糊としてきた台湾統一のタイムスケジュールは、第19回党大会の“新時代”目標の一つとして“祖国統一”の実現が打ち出されたことではっきりしてきた。習近平の計画では2050年ごろまでに中華民族の偉大なる復興を実現するということだが、そのためには遅くとも、次の台湾総統選が行われる2020年までに台湾をコントロール下に置かねばならない。台湾統一以前に、“復興”などありえないからだ、という。
さらに、習近平政権は武力統一計画を進めるつもりだという。その要因は、台湾独立派のパワーが以前より高まってきたこと。この数年、経済を切り札に台湾人を取り込もうとしてきたが、むしろ両岸関係は悪化し、台湾人の中国に対するアイデンティティはむしろ淡化の傾向にある。また、たとえ国民党が再び政権に返り咲いたとしても、中台統一を指導するだけの力量はなく、中国人自身が台湾に対する武力統一を望みはじめたこと。政権は表面上、平和統一をスローガンとしているが、事実上、すでにこの理念は放棄している、と指摘している。
2020年というのは、中国が二つの100年計画の一つ「小康社会の全面的実現」目標の期限である建党100周年の2021年より一年前であり、もしこの時点で台湾統一が実現できれば、習近平政権にとっては長期独裁を全党および人民に納得させるだけの効果を持つ歴史的偉業となる。さらに、今は中国に比較的融和的にみえる米トランプ政権だが、昨年末に中国とロシアに対する定義を「戦略的ライバル」とする国家安全戦略を公布し、台湾との緊密関係を維持する姿勢を改めて打ち出したことを受けて、中国としては武力を使ってでも早期に台湾統一計画を実現する必要がある、と考えたかもしれない。
執政党としての正統性や軍の求心力がゆらぐ習近平政権が、そのパワーを回復するために“手ごろな戦争”を行う可能性はかねてから指摘されていたが、米国が北朝鮮問題で中国の協力を要請しているうちに、台湾統一を一気に進めるという考えは十分にありえる。そもそも、北朝鮮の核武装自体、江沢民政権が関与していたと見られているが、その動機は米国と台湾問題で駆け引きに使うためであったという説がある。こうした武力統一論を盛り上げることで、台湾を威嚇する一方で、国際世論の圧力を利用して台湾に“無血開城”させようということかもしれない。
ここで、問われるのは、日本と日本企業の姿勢だろう。
「次は日本だ」の覚悟を
日本では新版広辞苑が掲載地図で台湾を「台湾省」と表記し、台湾当局から強い抗議を受けたが、もともと親中派の岩波書店は記述に誤りはない、と開き直った。日本の場合、台湾の表記に関しては、必要以上に中国寄りになっている企業の方が多いかもしれない。その一方で、台湾シンパの日本人も多く、2020年の東京五輪で台湾をチャイニーズ・タイペイではなく、台湾という正名で参加を求める日本人による署名運動が民間で徐々に拡大している。どういう姿勢をとるかは、個々の歴史に対する理解、解釈とビジネス上の利益との兼ね合いの問題かもしれない。
だが、台湾が“平和統一”であれ“無血開城”であれ“武力統一”であれ、中国の一部となってしまうと、次に脅かされるのが日本の領土、尖閣であり沖縄である、という事は忘れてはならないだろう。価値観を共有する台湾の“民主主義国家”としての存在が、日本の安全保障に不可欠であるということも。
日本企業は、中国を刺激、挑発するような言動をする必要はないが、少なくとも世論が台湾の人々の意に反して中台統一の外交圧力に利用されるような状況に加担するような真似をしないことが、単なるビジネス上の利益以上に、切実な日本人にとっての利益であるとを忘れないでほしい。
中国共産党の第19回党大会で、習近平が徹底した共産党独裁を目指していると明らかになった。自分の姿を毛沢東に重ねる絶対的指導者として歩もうとしている次の5年は、国際社会をも巻き込む大きな悲劇をもたらすだろう。党中央の指導(=自分の意見)に抵抗するものは排除し、人民の統制と監視を強化、合弁・民間企業まで従わせ、中国の強国化、強軍化でアジアを支配。日本の安全保障や経済問題は、どんな影響を受けるのか、詳細をレポートする。
徳間書店 2017年11月29日刊
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