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編集者の眼第30回

「洋服は布切れ」とアパレルメーカーで言ってきた

2011年05月24日 15時29分更新

文●中野克平/Web Professional編集部

 「洋服なんて布切れですよね」とレナウン本社で言ったとき、会議室の空気は一変した。「ユニクロのネットショップ世界展開が失敗する原因」というコラムを書いたあと、Web制作会社のロフトワークから、「レナウンさんと打ち合わせがあるので、同席しませんか?」と誘われたときの話だ。確実に「連れてきて失敗だった」と思われただろうが、アパレル業界が扱っているのがしょせん布切れであると意識しないと、ECサイトがうまくいくとは思えない。

 レナウンのメンズブランド「D'URBAN」のスーツは、だいたい10万円。青山商事が展開している「THE SUIT COMPANY」なら2万円か3万円、TOM FORDで仕立てたら最低50万円はするが、どれもしょせんは布切れだ。では、私の自宅ハンガーには、なぜD'URBANのスーツがかかっていて、なぜ「1着くらいはTOM FORDのスーツも欲しいな」と思っているのだろうか。しょせんは布切れなら、2万円のスーツで十分ではないか。

日本製高級スーツブランド「D'URBAN」のECサイト

 デパートでスーツを買うときのことを考えてみよう。お店に入って、店員と会話をしながらいくつかに袖を通してみる。腕を動かしたり歩いてみたりして体にフィットするか、肩が落ちていないかどうか鏡で確認したり、すでに持っているシャツやネクタイとの組み合わせを考えたりして、どれにするか決める。「じゃあコレください」と言って、裾直し用にサイズを測ってもらい、「お預かり証」を受け取る。一緒に買ったシャツやネクタイの入った紙袋は店員が出口まで持ってくれ、「ありがとうございました」とお辞儀をしてくれる。

 デパートで洋服を買うときの「買い物体験」は、だいたいこんな感じだろう。ブランドのスーツのデザインにはそれぞれの味がある。高いスーツの着心地は確かにいいし、布地の肌触りも素晴らしい。とはいえ、2万円のスーツと50万円のスーツで、生地の原価が何十万円も違うはずがない。店員さんの丁寧な応対、立派な紙袋、そして買うときの「これで就活がんばろう」「高いスーツを買ったぶん、仕事取ってくるぞ!」というよくわからない高揚感の全体が、布切れに付加された価値なのだ。そういう意味で、「D'URBAN」も扱うレナウンのECサイトはまだ「完成した状態」ではない。特にひどいのがECサイトに設けられたショッピングカートだ。ショッピングカートがすべてを台無しにしているといってもいいだろう。

 「ECサイトなんだからショッピングカートがあって当たり前。Web Professionalの編集長は頭がおかしいんじゃないか」と思うなら、高級ブランド「HERMES」のECサイトを見て欲しい。商品とイラストを組み合わせたデザインで独特の世界観を表現し、ECサイトを「オンラインブティック(le magasin en ligne)」と呼ぶあたりから、何かの設計思想があるとわかる。HERMESが「ショッピングカート」なしでECサイトをどう実現しているか、リンクを順にたどっていこう。

商品画像を並べるのではなく、実店舗のように展示しているHERMESのECサイト

 まず、個別の商品ページには「カートに入れる」ボタンの代わりに「ご購入」というリンクがある。「ご購入」をクリックすると選択中の商品は「ショッピングカート」ページではなく、「ショッピングバッグ」というページで確認できる。「ショッピングバッグ」のページで「お支払い」のリンクをクリックすると、配送先やクレジットカードの入力ページに進む。ここで再現されているのは、商品を選んで「コレください」と店員に示し、支払いを済ませてショッピングバッグを持って店を出るデパートでの「買い物体験」そのものなのだ。

ショッピングカートを「ショッピングバッグ」と呼ぶHERMESのECサイト

 「カートをバッグと呼び変えているだけじゃないか。くだらない」と思うなら、TOM FORDやHERMES、D'URBANの実店舗にショッピングカートがあったらどうなるか考えてみればいい。高級デパートにあるD'URBANの店内で、買い物に便利だからショッピングカートを置いてくれと店長に頼んだら、「私たちはお客さまが次から次へとショッピングカートに商品を投げ込むような、スーパーマーケットのような売り方はしていない。馬鹿にするな」と怒られるに決まっている。HERMESがショッピングカートを「ショッピングバッグ」とわざわざ呼び変えているのは、「オンラインブティック」の設計思想に「布切れに付加された価値」の意味が受け継がれているからに違いないのだ。

 という話を、レナウン本社でしてきた。同社のEC事業「R-online "The Shop"レナウンショッピングサイト」を担当している事業本部EC事業グループの斉藤淳課長によると、当初は手探りの状況で、何をすればいいのかわからなかったという。現在では販売ライセンスを持つ「アーノルドパーマー」などが好調で、実店舗の経験のある担当者がEC事業に配属され、実店舗でのノウハウを徐々にWebに置き換えている。サイト内のモデル役は担当者本人だったり、色違いや刺繍部分の拡大写真が用意されていたりと、確かにアパレルの現場をWebに再現したい、という想いが伝わってくる。当初はなかったレコメンデーション機能やメルマガも、実店舗を再現することの重要さに気付いた後の施策だという。

 「洋服なんて布切れ」に顔をこわばらせた斉藤課長も、「ブランドECサイトにショッピングカートはあってはならない」という私の話に納得してくれたようだ。ロフトワークの担当者もホッとしていた。ドキドキさせてしまったお詫びと時間をいただいたお礼、そして私が髙島屋新宿店のD'URBANで体験した丁寧な接客、こだわりの商品説明が一日も早くWebで再現できればいいのに、と願ってロフトワーク主催で斉藤課長がECサイト運営の経験を話すセミナーを紹介することにした。

ECセミナー 
~プロが語るEC全体戦略と大手アパレル2社の成功秘話~

日時
2011年06月17日(火) 14:30~17:30 (14:00開場)
主催
株式会社ロフトワーク
会場
外苑前TEPIA(テピアホール) 東京都港区北青山2丁目8番44号
定員
200名
参加費
無料
対象
  • ECサイト責任者・運用者
  • 事業責任者やブランドマネージャー
  • マーケティングや広告宣伝担当者
  • Webマスター


※詳細・申込みは、ロフトワークのセミナー案内ページから。

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