Madoneの軽量化か、Emondaのエアロ化か、その答えはどちらでもない。
TREKは全く新しいMadoneを発表した。軽さと速さを併せ持つ、第8世代(Gen8)のMadoneだ。Emondaのように軽く、Madoneのように速い。境界が曖昧になっていたEmondaを廃盤にし、登場して日が浅いMadone Gen7も追いやった。
Madone Gen8は、TREK史上究極のレースバイクだ。
Madone Gen 8は新しい900シリーズOCLVカーボンと、先鋭的なフルシステムフォイルのエアロ設計で、Emonda SLRのフレームセットとほぼ同じ重量、Madone Gen7フレームセットよりも320グラム軽量化している。
Madone Gen 8は、同一パワーで1時間走行した場合Emondaよりも77秒速い。軽量化し細身になったにも関わらず、空力性能はMadone Gen7と同等だ。その理由は、全く新しい空力開発手法の「フルシステムフォイル」を用いてフレームの形状を再定義したからだ。
Emondaを廃盤に追いやり、登場して間もないMadone Gen7も無き物にするMadone Gen8とは。その全容を紐解いていく。
何が進化した?
Madone Gen8の進化のポイントは以下だ。
- フルシステムフォイル
- UDH
- OCLV900
- RSLエアロボトルケージシステム
- Gen7から320gの軽量化
- 改良版IsoFlow
- コンプライアンス80%向上
- モノコックフォーク
- 新型一体型ハンドル
- 新設計スルーアクスル
- フロントディスクローター経160/180mm
TREKとして、Madoneとして、大きな改革がMadoneとEmondaの統合だ。
Gen8の8には、MadoneとEmondaが交わった意味も込められた。Gen8の開発はTREKとして大きな賭けだった。その賭けは成功し、Madone Gen7の空力性能を超え、Emondaに匹敵する軽量性をあわせ持つ、TREK史上究極のバイクMadone Gen8が誕生した。
エアロ系と軽量系の統合は各社の開発トレンドだ。スペシャライズドのVENGEがTarmacに、キャノンデールのSYSTEMSIXがSUPER SIX EVOに吸収され一体化の道を歩んだように、EmondaもMadoneに吸収されMadone Gen8になった。
1台ですべてを、というテーマは何も新しい考えではない。ピナレロにしてみればDOGMAの初代から変わらぬ「1つですべてを」という設計思想に米国会社がやっと追いついただけだ。
どのブランドもラインナップの手を広げ、エアロ系と軽量系のバイクを差別化してきたが、新技術や新素材の登場によって互いが「足りない性能」を追い求め続けた。その結果、双方の境界線は徐々に曖昧になっていった。統合化の流れは必然といえるだろう。
そして、Madone Gen8の登場は同時に、Emondaの終わりも意味する。
人気のあるEmondaを廃盤にしてMadoneに一本化したインパクトは大きい。それゆえ、MadoneとEmondaの統合で誕生したMadone Gen8は、TREKの開発能力のすべてが注ぎ込まれることになった。
曖昧から、明瞭へ。
Madone Gen7の軽量化か、それともEmondaのエアロ化か。
答えはどちらでもない。
Madone Gen 7とIsoFlowが発表されるおよそ1年前、TREKの開発者たちは次期Emondaの設計概念に着手し始めていた。当初は、Emondaの空力性能を向上させる方向性が検討されていたが、解析や検証を進めていくと、Madone Gen7との空力差を大幅に縮められることが徐々に見えてきた。
そして、TREKのレースバイクを1種類に絞る可能性が議論された。
次世代の開発プロジェクトにおける最初のコンセプトバイクは「A1」と「A2」の2つだった。風洞実験と数値流体力学(CFD)テストの初期段階では、Madone Gen7とEmondaのギャップを縮める有望なデーターが得られた。
しかし、1つで全てをカバーする高性能なロードバイクを作るという開発目標に対し、これらのコンセプトバイクでは、許容できない空力性能の低下があった。
次の開発ステップでは、軽量なAシリーズから、エアロダイナミクスを追求したEシリーズまで、エアロダイナミクス性能の向上に合わせて、より多くのプロトタイプを作成していった。
TREKは何百回ものCFDと構造解析の繰り返しを経て、A、C、Eシリーズのバイクを風洞実験室に持ち込んだ。
- A1:Emonda型のシートポストのバイク
- C3:Madone Gen7型のIso Flow型バイク
- E2:ドロップシートステー型のバイク
風洞実験の空力結果と3つのプロトタイプの重量予測シミュレーションから、さまざまなレースコンディション、さまざまな性能をパラメータとして仮想的なテストが幾度となく行われた。
そして、同一ホイール、同一タイヤを使用した条件で、どのような勾配でもMadone Gen7とEmondaを上回るフレームデザインを探索し追及していった。
下のグラフは、平坦(勾配0%)から、急な(勾配12%)までの勾配で、Madone Gen 7(白点線)とGen 8のプロトタイプ(緑、黄、赤)とEmonda(白)の性能を比較したものだ。
まずは、Emonda(白線)とのMadone Gen7(白点線)を確認する。
空力性能に優れたMadone Gen7は、重量が軽く空力性能の劣るエモンダよりも、勾配0%から3%強の区間において速い結果であることがわかる。平坦な道や、緩やかな上り坂では重量の差が小さくなる結果だ。ライダーの走行速度も速いため、空力性能の差がより顕著に表れる。
4%以上の勾配になるとEmondaのほうが速い結果だ。そして、Madone Gen8の試作機3台の中でC3(赤)は、あらゆる条件下でMadone Gen7とEmondaよりも速い唯一の試作車だ。
前提条件:ホイールとタイヤは標準、無風、200ワットのパワー、70kgのライダー、同一転がり抵抗(Crr)
プロトタイプの風洞実験結果を確認すると、特定の斜面でMadone Gen 7やEmondaよりも改善が見られる。しかし、すべての条件において両バイクよりも速いのはプロトタイプC3のみだった。軽量なA1オプションは登坂性能に優れているが、平地での高速スプリントには適していない。
より空力性能に優れたE2は勾配0%で最高の性能を発揮するが、Emondaの登坂性能には及ばなかった。
これらの結果から、プロトタイプC3は、Emondaの重量とMadoneの空力性能を併せ持つ可能性があると判明した。そして、さらなる形状の最適化を経て、TREK史上究極のレースバイクのMadone Gen8が完成へと近づいて行った。
エアロはフルシステムフォイルへ
Madone Gen8は全く新しい考えのもとエアロダイナミクスの開発が行われた。それが、「フルシステムフォイル」だ。
フルシステムフォイルが導入される前は、どのメーカーもカムテールバーチャルフォイル(KVF)チューブ形状を使用していた。KVF形状はエアロに興味のある方なら一度は聞いたことがあるだろう。
KVF形状は猫も杓子も採用するほど画期的な形状だったが、現在は廃止されたUCIレギュレーションである3:1縦横比の範疇で、エアロ性能を最大限に引き出すことが目的だった。古いルールならKVF形状は最適だが、現在ではそのUCIルールも撤廃され空力開発の自由度が増した。
カムテール形状は確かに空気抵抗が非常に少ない形状なのだが、古いUCIルールから最新のUCIルールで最適化しようとした場合、従来の縦横比から逸脱すると空力性能が著しく低下することがわかっていた。そこで、KVFではなく別の方法を模索する必要があった。
これまでの空力開発の定石といえば、エアロフォイル形状をバイクのどこに配置するかに重きを置くことだった。EmondaやMadone Gen7、各社のエアロ系バイクがそうであったように、ダウンチューブやヘッドチューブなど単一ポイント毎にフォーカスして、空力の善し悪しを追及し空力開発を行う。
しかし、Madone Gen8の空力開発はこの考えから脱却した。「バイク全体」を「一つのエアロフォイル形状」として空力設計を行ったのだ。それが新しい設計概念のフルシステムフォイルだ。
単一から、全体へ。TARMAC SL8のようにヘッドチューブだけ、ハンドルだけという考え方ではなくバイク全体を一つの塊として扱う。フレームとホイール全てが連動しあう相乗効果で空力性能を高めた。そして、ライダーさえもシステムの一部として組み込んだ。
その結果、ダウンチューブが空力が悪そうに見える四角い形状になっている。エアロフォイル形状でも丸パイプでもない。角を取ったほぼ四角のダウンチューブだ。
これは、フロントホイールを通過したあとの気流の処理は、空気抵抗が小さいチューブ形状でなくても良いという解析結果から導き出された形状だ。
一方で、上部のシートチューブ、IsoFlow、シートポストは、見た目も空気抵抗の少ない形状に設計になっている。ライダーの脚の間では空気の流れが加速しその部分の空気抵抗が増大するために適材適所、異なる形状のチューブ形状が配置された。
Madone Gen8は、フレームの側面を空気がどのように流れるかを考慮し、それぞれの形状が設計されている。
ライダーもシステムの一部に
フルシステムフォイルの考え方は、ライダーも「システム」の一部として扱うことにある。
ライダーの空気抵抗は自転車よりも大きい。バイクのエアロ効果ばかり注目されるが、空気抵抗のほとんどはライダーが発生させている。ライダーに衝突した空気は乱流を発生させ、脚でかき回した空気は乱れ、自転車の周りの気流に大きな影響を与える。
TREKはライダーを含めたシステム全体(自転車、ライダー、コンポーネント、ボトル/ケージ)で実験を行いMadone Gen8を最適化していった。
ライダーを含めた空力改善は特にハンドルバーの設計に反映された。Madone Gen 8のハンドルバーは、一見すると前世代のハンドルよりも空力性能が低いように見える。実際に、空力性能は前作のハンドルよりも低下している。しかし、空力性能の悪化はハンドルバー「単体」での話だ。
Gen 8のハンドルバートップの断面は、Madone Gen 7よりも太く丸みを帯びている。バイクだけを風洞に入れると、Gen8用のハンドルバーは空気抵抗を増大させてしまう。
しかし、ライダーがバイクに乗りハンドルの後ろでペダルをこぎはじめると、太くなったハンドルバーを通過した気流が変化する。ライダーの前方の空気を減速させることによって、ペダルをこぐ脚にかかる空気抵抗を軽減する効果が生まれるのだ。
ハンドル単体ではなく、ライダーを含めた現実世界の条件においてGen8ハンドルを使うほうが空気抵抗が小さくなる。ハンドル単体では前作よりも空力が悪化しているにもかかわらず。ライダーの存在とペダリングが行われると全体の空力が改善するのだ。
フルシステムフォイルの存在意義はここにある。
ペダリング時の脚は空気抵抗の最大の要因だ。その空気の流れにわずかな変化をもたらすだけでも大きな影響が生じる。TREKはフルシステムフォイルの設計思想のもと、ハンドルバーの断面も最適化した。
ハンドルバーの後ろの脚の影響を考慮した設計は、トップの部分がより握りやすく、構造的にも効率的な形状で、空気力学的に優れたハンドルバーが誕生することになった。
RSLエアロボトル
バイク全体をひとつの単位として空力改善を行っていくと、必然的にボトルの形状も最適化することが空力改善につながることがわかってきた。そこでTREKが開発したのが、専用設計のRSLエアロボトルだ。時速45kmで3.7ワットの空力改善が見込める。
空力特性に優れたレーシングバイクに空気抵抗が大きな円筒形のボトルを取り付けるのはそもそも合理的ではない。しかし、エアロボトルは使い勝手や実用性の面からレースであまり使用されてこなかった。
そこで、TREKの開発者たちはレース状況下で実用的なボトルとケージをデザインした。TREKのプロライダーとスタッフからの要望は、エアロボトルケージが標準ボトルにも対応していること、ダウンチューブボトルとシートチューブボトルが同一形状かつ、交換可能であること、以上の2点が要件として挙げられた。
これらの要件から、ダウンチューブ側のボトルとシートチューブ側のボトルの断面がフレームとホイールと連動し、全体が仮想的な「一つのエアロウィング」になるようにエアロボトルの設計が行われた。
下の画像は、CFDシミュレーションによるもので、ゆっくり流れる空気は灰色で示されている。
高速で流れる空気は、ゆっくり流れる気流を固体のように捉え、その周りをスムーズに流れるようになった。標準的なボトルと比較して、時速45kmk/hで3.7ワットもの空力改善を達成している。そして、ボトルなしよりも、RSLエアロボトルを取り付けたほうが空気抵抗が減少する結果が得られた。
これらのボトルは、Madone Gen8に最適化されている。そして、さまざまなバイクフレームでCFDテストを行ったところ、いずれの条件でも標準ボトルと比較して空気抵抗を低減することが確認された。
最大限にエアロダイナミクスを引き出すためのハックもTREKから公開されている。Madone Gen 8の場合、まずシートチューブケージを取り付け、ケージの底をできるだけBBに近づける。
次に、ダウンチューブケージを取り付け、ケージの底がシートチューブ側のケージの底から1cm離れるように調整する。フレームとの隙間を最小限に抑えることで、空気抵抗を最大限に抑えることができる結果が出ている。他のバイクにセッティングするときも同様だ。
フレーム、ホイールの空力連携にとどまらず、ボトルも含めたすべての仕組みをエアロに結びつけたのが、Madone Gen8の「フルシステムフォイルエアロ」なのだ。
Gen8の空力結果
風洞実験の結論は単純だ。Madone Gen8はEmondaよりも空気力学的に優れていることが示された。肝心のMadone Gen7と比較しても、ライダーが最も頻繁に遭遇する0~10°のヨー角で空力性能の大部分が向上した。
TREKは、さらに様々なレースシチュエーションでシミュレーションを行い、異なる風洞速度でバイクのテストを繰り返した。以下に示すのは、35km/hの風洞速度での結果だ。これは、プロのプロトンが集団で走るペースよりも低速だが実験が難しい速度でもある。
また、リドルトレックのプロ選手のシミュレーションを行うために65km/hの風洞速度でもテストを行った。
風洞でテストした構成は以下の通り。
しかし、実際にバイクは風洞実験室ではなく、予測が難しい自然環境の中を走る。そのため、ここで紹介した空力性能だけがすべてではない。TREKはMadone Gen8の性能を現実世界のシナリオでシミュレーションし、Madone Gen7とEmondaの比較検証を行った。
シナリオの1つ目は、最終スプリントだ。平坦でのスプリントと上り坂(勾配4%)での最終スプリントを、12秒間1500ワットでシミュレーションが行われた。この値は異常値ではない。先日のジロ・デ・イタリア第4ステージのフィニッシュでジョナサン・ミラノが見せた数値よりも低く現実的な値である。
シナリオの2つ目は、勾配10%の登り坂でアタックを逃してしまい、逃げに追いつくために280ワットから一気に450ワットを出して追いつくのにかかる時間だ。このシナリオでは、逃げ集団に追いつくまでの時間を最小限に抑えることが重要だ。
なぜなら、ライダーはできるだけ短い時間で追いつければ疲労も少なくて済む。時間がかかりすぎると高いパワーを維持しにくくなってしまう。最悪、ガス欠で逃げに追いつけない可能性がある。
シミュレーションの結果シナリオ1と2共に、Madone Gen8が優れていた。これまでは、10%の急勾配で逃げをキャッチするのは軽いEmondaのほうが有利だった。空力性能が最も重要となるスプリントでもMadone Gen8が優れていた。
これらのすべてのシナリオでは、加速の影響もシミュレートされている。わずかな影響ではあるのだが、例えばMadone Gen7と比較すると、軽量なMadone Gen8のほうが加速がしやすい。
結局のところ、Madone Gen8はプロレースの過酷な状況において優れた登坂性能、そして最速のスプリントバイクになる。1500ワット超えのスプリントや、軽さを武器にした軽快な登りをライダーに提供する、究極のレースバイクが生まれたのだ。
新型 ISOFLOW
「ISO FLOWの穴は意味があるのか」
ぽっかりと空いた空洞を見たときに、真っ先に思い浮かぶ疑問だ。懐疑的になるのも無理はない。これまで見たことがない形状と構造に対しては、誰しもが同様の疑問に行き着く。このISO FLOWの役目はフレーム後方に生じる「空気の流れが遅くなる」部分を解消するためにある。
空気は粘性流体であるため、流体の中を動く物体(例えば、空気中のホイールやバイク)には圧力抵抗と摩擦抵抗が発生する。これら2つの力の組み合わせを空気抵抗と呼んでいる。摩擦抵抗と圧力抵抗はそれぞれ以下のように定義されている。
- 摩擦抵抗:流体と物体表面の間の摩擦による空気抵抗
- 圧力抵抗:流れの剥離によって生じる空気抵抗
摩擦抵抗は、流体の粘性によって生じる物体表面の摩擦だ。流体と物体が接する面積が広いほど摩擦抵抗が大きくなる。また摩擦抵抗は物体境界面の速度勾配に比例して大きくなる(ニュートンの粘性法則)。
圧力抵抗は、物体の正面と背面の圧力差によって生じる抵抗だ。物体から境界層が剥離することによって、物体の背面は「負圧」になり圧力抵抗が発生する。形状を流線型し境界層を剥離しにくい乱流境界層に遷移させることで圧力抵抗を低減できる。
ISOFLOWの役割は、前方から来た速い空気の流れを負圧になりやすいフレーム後方部分に送り込むことで圧力抵抗を減らしている。
ボントレガーが行ったホイールの風洞実験は、負圧の空気の流れを可視化している。EASTON、ZIPP、BONTRAGER3社のホイール別に「Tire Leading」はホイール前方、「rim leading」はホイール後方を示している。
色の違いは空気の流れの速さを示している。青の領域は空気の流れが遅く風速0km/hに近づいていく。赤の領域は空気の流れが速く風速32km/h相当だ。そして黒い矢印のポイントは空気の流れが分離(リムから空気が分離)する部分だ。
3社の結果でEASTONリムの負圧領域が多く最も空力が悪い。ホイールから空気の流れが分離するタイミングが早い段階で発生している。空気の流れは後ろに大きく伸び、青い領域が増えている。この低速の領域(2次元の解析上で面積が広い部分)は進行方向とは逆方向にリムを引っ張って(drag)しまう。
そう、”drag”だ。
風洞実験のデーターでしばしばお目にかかる「drag = ひっぱる」という状態だ。dragを別の表現で表すとしたら、「リムから離れない、空気の遅い流れ」と言い換えられる。進もうとする物体に対して、物体よりも遅いスピードでその場にとどまろうと居座り(重りになって)抵抗になる。
これがPressure drag(圧力抗力)だ。空気抵抗の主な原因になっている。
ISO FLOWの空洞は、前方から来た速い空気の流れをそのままフレーム後方に受け流し、空気が滞留している遅い流れの負圧領域(フレーム後方で生じる)を吹き飛ばすことができるのだ。
「ISO FLOWの空洞は意味があるのか」という問いに対しては、フレーム後方に生じている遅い空気の流れ(圧力抵抗)を加速させる効果がある、というのが答えだ。実際のシミュレーションと風洞実験において、ISOFLOWの穴があることで空気の流れの差が少なく乱流が発生しにくい結果が出ている。
IsoFlowについてさらに詳しく知りたい場合は、以下の記事を参考にしてほしい。
OCLV 900
Madone Gen8には最新のOCLV900が採用されている。TREK史上、最高峰のカーボン製法技術だ。
OCLV(Optimum Compaction Low Void)とはカーボンファイバーの製法そのものを表している。カーボンを超高密度で圧縮(Optimum Compaction)し、かつカーボンとカーボンの間を極限まで減らす(Low Void)製法技術だ。
誤解されやすいのだが、「OCLV」というカーボン繊維で作られているわけではない。OCLVを構成している技術は頭文字のとおり「Optimum Compaction」と「Low Void」の2つだ。
「Optimum Compaction」はカーボンを適切に圧縮する製造方法だ。TREKでは超高密度圧縮と呼んでいる。カーボンフレームの製造方法では、熱と圧力を加えながら複数のカーボンシートをカーボンラグに圧着していく製造手法が行われている。
どれだけの「熱」が必要で、どれだけの「圧力」が必要になるのか。その「さじ加減」が重要だ。さじ加減のノウハウは企業秘密である場合が多く、製品の良しあしを左右する重要な製法技術だといえる。
Low Void(すき間が少ない)技術は、カーボンファイバー同士のすき間を極限まで減らすことを目的としている。すき間が増えることで問題となるのは、コンポジット自体(複数カーボン繊維を組み合わせて1つのフレームにした状態)の強度と耐久性が落ちてしまうことだ。
OCVL 900はさらに引っ張り強度が増している。その結果、使用するカーボンの量を減らすことに成功した。というのも、フレーム重量を増やさずにエアロを獲得するためには、表面積を増やしつつも、使用する素材をできるだけ減らすという相反する難しい調整が必要になる。
OCLV900で使用しているカーボンは非公開だが、OCLV 800で使用しているカーボンと変更がなければ東レのM40Xを使用しているはずだ。どうしても気になったのでTREKの方にそれとなく雑談ベースで伺ったところ、「OCLVは製造手法なので、使っているカーボンはM40Xでしょう、たぶん」と。
CANYON AEROAD CFRやPinarelloの新型DOGMA F(Gen2)、BOLIDE TTにも採用されており現状最高峰のカーボン素材といえる。
TREKはこれまでヘクセル社の軍事用カーボンを用いていた。しかし、フレームの軽量化と高剛性化に伴って、東レ社のM40Xカーボンを採用し始めている。M40Xはこれまでのカーボンと比べ、引張強度、圧縮強度、耐衝撃性が大幅に向上しているためバイクフレームに使わない手はない。
M40Xを使っても「剛性」が上がるわけではなく、実際には「強度」が増している。強度が増すことによって、結果的に素材の使用量を減らすことができる。強度を保持したまま理想的な剛性設計が可能となり、成形部品の軽量化に寄与している。
重要なポイントとして、東レからM40Xを買えば当然使用できるのだが、OCLV 900の製法技術はトレックだけが所有権を持っており、他社が使うことはできない唯一無二の技術だ。
モノコックフォーク
Madone Gen8から新しいフォークの製造手法が採用された。フォークブレードとコラムが一体成型されている。これまでのフォークは、フォークブレードとフォークコラムを別々に製造しつなぎ合わせていた。簡単に製造できる半面、接続部分の積層が厚くなったり、剛性面でのデメリットも多かった。
モノコックフォークの場合は、フォークブレードから伸びるコラム部分も一体成型のためつなぎ目がそもそも存在しない。使用する材料を減らせるばかりか、つなぎ目自体が無くなるため剛性面も向上した。ステアリングの反応性や剛性面が増すことで、極限までコントロール性能が高められている。
一体型ハンドル
Madoneハンドルは大幅に改良された。浅めのリーチとフレアを採用し人体により適した構造になった。重量を軽減しながらもエルゴノミクスも向上している。リーチ、ドロップ、フレアの各寸法はMadone Gen7と同一だ。
- リーチ: 80mm
- ドロップ: 124mm
- ブラケットの左右幅はドロップ部より3cm狭い
そしてここまで紹介してきた通り優れた空力性能を備えている。ドロップ部は幅広でコントロール性を重視しており、幅の狭いブラケットは空力性能を重視している。
新しいエアロ形状を採用したことで、以前よりも上部が4mm高くなっている この4mmの高さ増加を考慮して、RCS Race Lowベアリングトップカバーを設計している。RCS Race Lowベアリングトップカバーは、バイクに標準装備されていないが追加で購入が可能だ。
Blendrマウントも新型になった。Blendrベースマウントは軽量化し、ガーミンまたはワフーのコンピューターを取り付けるためのパッキンが付属する。また、取り外しが簡単な新しいフロントライトマウントも付属する。
完成車に付属するハンドルはフレームサイズによって異なる。以下にサイズ毎のハンドルサイズを掲載する。
- XS:380mm x 80mm
- S:400mm x 90mm
- M:420mm x 90mm
- ML:420mm x 100mm
- L:420mm x 100mm
- XL:440mm x 110mm
ハンドル単体売りは豊富なバリエーションがある。
- 350mm/380mm x 80mm
- 350mm/380mm x 90mm
- 350mm/380mm x 100mm
- 370mm/400mm x 70mm
- 370mm/400mm x 80mm
- 370mm/400mm x 90mm
- 370mm/400mm x 100mm
- 370mm/400mm x 110mm
- 390mm/420mm x 80mm
- 390mm/420mm x 90mm
- 390mm/420mm x 100mm
- 390mm/420mm x 110mm
- 390mm/420mm x 120mm
- 390mm/420mm x 130mm
- 410mm/440mm x 100mm
- 410mm/440mm x 110mm
- 410mm/440mm x 120mm
ハンドルはフレア形状で、ブラケットが狭くドロップが広い。350mmのドロップはかなり攻めた形状だ。
新設計スルーアクスル
スルーアクスルはまったく新しい設計に刷新された。ピッチは1.5mmから1.0mmに、ヘッドはフラットから内側にテーパーがついている形状に改良された。この形状は、締め付ける際に微調整がしやすく、緩やかにトルクがかかっていくため締め付け量の加減がしやすくなっている。
TREKの良心として、SLもSLRも同じスルーアクスルを使用している。一部のSLRモデルはフレームカラーと同じスルーアクスルシャフトが付属する。
ヘッドの外部はテーパーに沿うように内側に入り込んだ形状だ。各社平らなヘッドが主流だが、ヘッド部分が内側に入り込んでいるため、レンチを入れた際に勝手に穴まで誘導される。単純だが、なかなかのアイデアで各社も追従してほしいと思う。
ほかにも、スルーアクスルがバイクのディテールを崩さないように色が付いているのも見逃せない。これまでTREKのバイクはスルーアクスルまわりの設計がイマイチだったがMadone Gen8で一気に優れた設計を盛り込んできた。既存のTREKユーザーにとっては嬉しい仕様変更だろう。
なお、Madone Gen8用のスルーアクスルはピッチはおろか、寸法すら以前のスルーアクスルとは異なっている。これまでのTREK製バイクとは一切互換性がなくなった。
参考までにライバルブランドのスルーアクスル実測重量を以下に掲載する。
- AETHOS & Tarmac SL8:F 23g, R 29g
- Tarmac SL7:F 30g, R 37g
- Madone Gen8 SL & SLR:F 25g, R 34g
UDHを採用
Madone Gen8はUDHに対応した。
UDHは2019年にどのメーカーも自由に使用することができる新しい規格として導入された。当初は懐疑的なメーカーのほうが多かったようだ。現在では260以上のフレームモデルが用意され、SPECIALIZED、TREK、CANNONDALE、GIANT、CANYONなど世界の大手ブランドがこぞって採用している。
最近では、MTB以外にもCANYONの新型GRAIL、ENVEのMOG、Santa CruzのSTIGMATAなどグラベル領域にもUDHの普及の波が広がり、ロードバイクでもRIDELY FALCONにUDHが搭載され話題になった。
UDHのメリットは多い。交換部品が入手しやすく、構造も簡素、どのブランドのディレイラーであっても(もちろんシマノも)使用できる。標準化された位置決めなど、多くの利点がある。
UDHのメリットや技術詳細は以下の記事を参考にしてほしい。
T47BB
TREKはこれまで同社の代名詞だった独自規格のBB90を廃止した。
新型Emondaから新しく採用されたのはT47だった。TREKがBB90からT47にシフトしたことは話題になった。T47とはPF30 BBと同サイズでスレッド化した、新型のボトムブラケット規格だ。T47規格自体はCHRIS KINGが主導している。
T47はどこまでも自由な規格で、CHRIS KINGに許可を取ることはおろか、ロイヤリティも必要としない。そして、特許や商標登録もされていない。まさにソフトウェアのオープンソースに似ている。誰でも利用することが可能だ。
T47のTはスレッドを意味している。47はネジの外径だ。これまで親しまれてきた実績のある従来のネジ付きボトムブラケットと同様に、T47は右ネジと左ネジを有している。ネジピッチは47 x 1mmだ。
T47は従来のプレスフィット型の定番でもあったPF30のBBシェルにネジを立てても使用できる。T47 BBが使用可能になるクランクシャフト側は、24mmと30mmスピンドルクランクに対応する。ただし、TREKが採用しているT47の規格は、T47のオープン化された規格寸法86.5mmとは異なっており85.5mmだ。
既存の86.5mm用のT47BBをTREKのT47BBに使用する場合は、1mmのスペーサーを挟めばいい。これはCHRIS KINGの説明書にも書いてあるとおり、オフィシャル(公式)の使い方である。したがって、T47のBBを購入した際は、スペーサーを挟んで使用するようにしよう。
しかし、TREKはなぜBB90を廃止してまでT47を採用したのだろうか。TREKが従来のBSAではなく、あえてT47にした理由について知りたい人もいると思う。私もそのうちの一人だ。この件は、Emondaのローンチの際、米国TREK社の開発者の方に質問したことがある。
T47 BBを採用した経緯と技術的回答は以下のとおりだ。
TREKは新しいBBを選択する際に4つのメリットに着目しました。
1つ目は、TREKは全く新しい規格を作り上げるつもりはありませんでした。業界の誰もが利用できる規格の中から、TREKが定めた目標のすべてに適しているものを選びたかったのです。
2つ目は、整備性が優れていなければならないということです。プレスフィットシステムは整備性だけで考えるとベストとはいえません。BBを簡単に着脱できるように切削されたネジ切り(スレッド)のシェルを探していました。
3つ目は、互換性です。市場には30mm径のスピンドルを用いたクランクが多数存在しています。これまでのBB90はこれらのスピンドル径に適合しませんでした。
4つ目は、TREKのフレームにはBB90が発明されて以来、用いられてきたデザイン哲学があります。BB90ならダウンチューブを太く作れます。BBの剛性を高めつつ、より応答性に優れたフレームを作ることが可能になります。T47もそれと同じ幅のダウンチューブとBBを実現できるのです。
T47なら、これまでのTREKの設計思想を受け継ぎ、BB90のノウハウも活かせる。整備性にすぐれたスレッド式BB、かつ反応性がよい、誰もが使用できる規格。これらを突き詰めていった先にベストな選択だったのがT47を採用した理由だ。
シートポストは2種類
シートポストはフレームのサイズによって長さが異なる。XS、S、Mはショート、ML、L、XLはロングだ。オフセットは0mm。フレームセットの場合はシートポストは別売りだ。
シートポストは一本のボルトで固定する。ひっくり返すことで、幅広い高さ調節を行うことが可能だ。ボルトの反対側には、シートポスト側の金具と合わさる丸い突起がある。
ボルトを締めていくと真ん中のメガネ状の金具がスライドし、左右にある縦型の金具が互いに離れながらシートポストを中から押し出すような動きをする。
ジオメトリ
サイズ展開は8種類から6種類になった。TREKはサイズとジオメトリーのチャートを再度検討した結果、現在のラインナップのスタックとリーチ寸法は、全体的なフィット感に大きな影響を与えずに6つのフレームサイズに簡素化できることがわかったという。
52cmと54cmのサイズは1つのサイズ(M)に統合され、62cmのサイズは新しいXLフレームに置き換えられた。XLフレームはシートポストが高くなっており、62cmのMadone Gen 7から乗り換えたライダーでも、新しいXLフレームで同じサドルの最高高さを実現できる。
この新しいサイズ体系は、8つのサイズがあったときと同じ範囲のライダーに対応できるだけでなく、重複が少なくなったため、適切なバイクサイズを選びやすくなった。
待望のフレームセット販売!
SLRグレードはフレームセットの販売も行われる。TREKは完成車の展開が主力だったが、フレームセット単体の販売も行われる。フレームセットの価格は79万円だ。既存のコンポーネントを流用したいユーザーも嬉しい対応だ。
実測重量
実測重量は以下の通りだ。フレーム重量はペイント後で小物などは一切排除した重量を記載している。完成車重量はシーラントを入れた状態だ。
モデル | 重量 |
Madone SLR Gen 8 Frameset | 796g, 350g |
Madone SLR 9 Gen 8 | 7.05kg |
Madone SLR 9 AXS Gen 8 | 7.00kg |
Madone SLR 7 Gen 8 | 7.31kg |
Madone SLR 7 AXS Gen 8 | 7.43kg |
Madone SL Gen 8 Frameset(単体売なし) | 1054g, 363g |
Madone SL 7 Gen 8 | 7.88kg |
Madone SL 6 Gen 8 | 8.16kg |
Madone SL 6 AXS Gen 8 | 8.43kg |
Madone SL 5 Gen 8 | 8.70kg |
ラインナップとスペック
グレードはSLRとSLの2種類だ。SLRはOCLV900を、SLはOCLV500を使用している。新しいMadone SLは、SLRモデルと同じ革新的なフレームテクノロジーを共有しながらも、より経済的な500シリーズOCLVカーボンや2ピースハンドルバー/ステムコンボによりコストを抑えている。
その他のポイントを以下のとおり。
- 電動式対応:SLR可能、SL可能
- 機械式対応:SLR不可、SL可能
- 対応ローター径:F180mm/160mm, R160mm/140mm
- 1xドライブトレイン:FDマウントを取り外して使用可
- シートポストオフセット:0mm、XS、S、Mはショート、ML、L、XLはロングが搭載
- ジオメトリ:H1.5と似た「ロードレース」ジオメトリ。高速で攻撃的なポジション用
- RSLエアロボトル:SLRのみ付属
モデル | フレーム | コンポーネント | タイヤ | Handlebar |
SLR 9 AXS | OCLV900 | RED AXS E1 | Pirelli P Zero Race |
Trek Aero RSL |
SLR 7 | Ultegra R8170 Di2 | |||
SLR 7 AXS | SRAM Force AXS | |||
SLR 9 | Dura-Ace R9270 Di2 | |||
SL 5 | OCLV500 | 105 R7120 | Bontrager R1 | Bontrager Comp |
SL 6 | 105 R7170 Di2 | Bontrager R3 | ||
SL 7 | Ultegra R8170 Di2 | Bontrager RSL Aero |
価格
モデル | 価格 |
Madone SLR 9 AXS | ¥2,000,000 |
Madone SLR 9 | ¥1,850,000 |
Madone SLR 7 AXS | ¥1,600,000 |
Madone SLR 7 | ¥1,400,000 |
Madone SL 7 | ¥950,000 |
Madone SLR Disc F/S | ¥790,000 |
Madone SL 6 | ¥720,000 |
Madone SL 5 | ¥449,000 |
まとめ:ひとつで、全てを。
Madone Gen8は、空力性能と軽量性を合わせ持つTREK史上究極のレースバイクだ。
最新のカーボンM40X、他社に先駆けてロードバイクでUDHを採用、スレッド式では最も優れている大口径のT47BB、新しいエアロダイナミクスの設計手法、そしてTREKの欠点だったスルーアクスル周りなど大幅なアップデートを遂げていた。
Madone Gen7が追求した空力性能、Emondaが追求した軽量性、それらは次第に互いの足りない部分を必要にするようになった。次第に境界線は曖昧になり、誕生したのがMadone Gen8だ。
Madoneという名前を冠しているものの、空力を追い求め軽量性を捨てたわけでもなく、軽量性を求め空力を諦めたわけでもない。Madoneは純粋に空力と、軽さを両立した。TREKのレースバイクを選ぶときに、MadoneかEmondaで悩む必要はもうないのだ。
販売は2024年6月28日(金)から全国のTREK取扱店で一斉スタートする。既に店頭在庫や実物があるそうで、すぐに入手可能な状態だ。
次回はMadone Gen8のミドルグレードSLのインプレッションをお届けする。そして、ハイエンドSLR、SLRとSLの比較インプレッションをお届けする予定だ。
SLのインプレッション記事を公開しました。