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TREK EMONDA SLR vs S-WORKS TARMAC SL7 相対比較インプレッション

4.0
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「本当に米国ブランドのバイクなのか」

TREK EMONDA SLRを初めて見たときにそう感じた。フレームを形成する曲線や造形は、まるでフランスやイタリアのバイクのようだった。塗装はコルナゴのパマペイントを彷彿とする美しさをまとっていた。EMONDAは心を惑わすばかりの、なまめいて美しい姿で存在していた。

手にした試乗車を見たとき息を呑んだ。このバイクは一体いくらなのだと。

Emondaを購入するという考えよりも、Emondaを手に入れるためにはいくら支払えばよいのかという考えが真っ先に浮かんだ。TREKが全世界のサイクリストに提示したした価格はそれでも良心的だった。例えTARMAC SL7と同じ60万円のプライシングだったとしても、Emondaを購入するサイクリストは多かったのかもしれない。

ライバルメーカーがフレームセット単体で60万以上の強気の価格設定をするなか、世界のトップブランドTREKが出した答えは39.6万円(税抜)だった。

私はすぐにEmondaを注文した。これまでと変わらない価格、全く新しいカーボン素材OCLV800の採用、スレッド式BBの進化系T47BBを採用したことも後押しした。スペックを確認してみると、クライミングエアロダイナミクス、T47スレッド式BB、700gアンダーに迫る重量、プロジェクトワンの美しき塗装、考えられる全ての要素を詰め込んだバイクがEMONDAだった。

案の定、TREKの予想を上回るオーダーが世界中から入ったそうだ。コロナウイルスの影響と相まってEmondaは生産が追いつかないという状況に陥った。納期は3ヶ月間を待つことになる。その間、TARMAC SL7やAETHOSといった魅力的なフレームのリリースがあった。EMONDAの納車を待っている間、TARMAC SL7を乗ってみたが話題通りの素晴らしいバイクだった。

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EMONDAとSL7それぞれのバイクを実際に使ってみると、それぞれ一長一短であり良い面も悪い面も存在することが徐々にわかってきた。

今回の記事は、TARMAC SL7とEMONDA SLRの52サイズをそれぞれ購入しフレームの内部や細部の構造を検証した模様をお伝えする。ロードバイクシーンを牽引する二大ブランドの基幹モデルを比較検証することが本記事の目的だ。

雑誌やショップ、Youtube上でのインプレッションを見ていると、「それぞれの立場の人達」がそれぞれの思惑と事情で評価を下していた。わたしは、消費者としてそれらに疑問を感じた。

スポンサーやアンバサダー目的で機材を与えられるのではなく、自分で稼いだ給料でそれぞれのバイクを購入して比較する。1日程度でバイクの本質などわからない。だからこそ、自分の機材で組み、自分のポジションでとことん乗り込む。そして、自分の目と脚で本質に迫る。

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EMONDAが惜しい3つのこと

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自分が好きであるものや興味の対象に対しては、確証バイアスに陥る場合がある。確証バイアスは自分にとって都合のいい情報ばかりを無意識的に集めてしまう偏った傾向のことだ。反証する情報を無視し、無意識のうちに都合の悪い情報を排除していく。好みのフレームやバイク選びならなおさらだ。

初期段階から強い思い込みがあると、最初の考えを支持するような都合の良い情報ばかりが目に付くようになる。これは思い込み、都合の良い解釈だ。「VENGEよりも遅いTARMAC SL7」という都合の悪い情報はTARMAC SL7ユーザーには届かない。耳も貸してくれない。

その上で、個人的に評価が高いEMONDAに対して、あえて不満を上げる。まずは構造面だ。

  1. スルーアクスルの形状
  2. ダイレクトマウントの純正部品
  3. Di2スイッチの位置

EMONDAで惜しいと感じているのがこの3つのポイントだ。なお、TARMAC SL7はこの3つのポイントをすべてクリアしている。EMONDAがいくら素晴らしいバイクだからといって、贔屓することはできない。後ほど紹介するTARMAC SL7とEMONDA SLRの比較のなかでも本ポイントについて触れている。

まずはEMONDAで惜しい構造面でのポイントを詳しく掘り下げていく。

スルーアクスルの形状

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TREKのスルーアクスルシャフトの形状に対して以前から不満を持っていた。TREKで採用しているスルーアクスルはネジで言うところの「ナベ頭」で、スペシャライズドが採用しているスルーアクスルは「サラ頭」だ。テーパーの有無と、ねじ込んだときに頭部の突き出し量に違いがある。

TREKのバイクに共通しているのはスルーアクスルシャフトを取り付けた後の見た目や一体感が欠けている。スペシャライズドのバイクのように、スルーアクスルを取り付けた後の事を考えてフレームとアクスルの頭がツライチになるように設計されていない。

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これらは、性能とは関係のない見た目の部分だ。しかし、サラ頭の場合はフレームの外にシャフトの頭が飛び出るため、僅かながらも前方投影面積が増え空気抵抗が増す(ほんの僅かであるが)。またシャフトの頭はツライチではないため見た目も良くない。EMONDAはシャフトまわりのフレーム設計の作りが甘く感じられた。

また、ナベ型のスルーアクスルシャフトは接触面がフラットであるため締め付けていく際に力が分散しない。スペシャライズドや一部のメーカーが採用しているサラ頭のテーパー形状は、締め込んでいく際にフレームと接触する部分の力を逃がす仕組みだ。

実際にフレーム側の塗装がえぐれしまった。締め付ける力が非常に強くテーパー構造にしてフレームと接触する面の力を分散するスルーアクスルシャフトの構造の方が優れていると言わざるを得ない。

ダイレクトマウントディレイラーハンガーの純正部品

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ダイレクトマウント(以下DM)ディレイラーハンガーの純正部品が、そもそもTREKのラインナップに無いのは、世界トップメーカーという事を考えるとガッカリだった。私は人柱としてサードパーティ製品でDMディレイラーハンガーを購入して使っている。DM式を使用するともとには戻れない。

軽量化と軽やかな変速性能が期待できるが、DMディレイラーハンガーの主な目的は軽量化ではない。ディレイラーハンガーとリアディレイラーのリンク数(接続ポイント)と部品点数が減ることと、DM自体の剛性が高いため全体的に剛性が上がる。その結果、体感できるほどに変速性能が向上する。

これからディスクロードバイクが主流になっていくことは間違いない。TREKは早いうちにダイレクトマウントリアディレイラーハンガーをリリースすべきだ。小さなポイントかもしれないが、私が使用したのは入手性が悪くそもそもEMONDAに対応しているか明記していない部品である。TREKという大手メーカーのトップモデルの基本的な部品で、そもそもラインナップされていないという状況は良いとは言えない。

Di2スイッチの位置

他社製品の話だが、シートポスト位置のDi2ビルトインジャンクションを設置する方式はVENGEから採用された。もちろんTARMAC SL7にも受け継がれている。シートポスト位置のジャンクションに慣れてしまうと、利便性が高いため手放せなくなる。

肝心のEMONDA SLRはというと、ハンドルのバーエンド部分にジャンクションをマウントする一世代前の構造を採用している。しかし、先に登場したMADONEはダウンチューブにビルトインジャンクション専用のボックスを設置していた。MADONEの良いところを踏襲せず、昔ながらのバーエンド方式をEMONDAは採用した。

EMONDAのビルトインジャンクション位置をダウンチューブに配置しなかったのは謎が残る。構造的な問題なのか、それとも前作のEMONDAを踏襲したのかは定かではない。しかし、利便性を考えるとバーエンドにジャンクションを配置するのは、ケーブル内装が当たり前になった現代のディスクロードバイクバイクと相性が悪い。

EMONDAのダウンチューブはエアロフォイル形状を採用しているため、MADONEと同じような仕組みでダウンチューブにジャンクションボックスを設置することはできたはずだ。EMONDAのローンチの際にはあまり気にならなかったが、いざ自分のバイクとして組み上げてみると利便性の悪さが目につく。

現段階の最適解は、スペシャライズドが考案したようにシートポスト付近に設置することが望ましいと思う。EMONDAというバイクの性能が高いだけにジャンクションの位置もこだわってほしかった。

ここまで3つの不満を余すこと無く書いた。ポジティブな表現をするのならば、次回作に向けて伸び代があるとも言いかえられる。しかし、最大のライバルであるTARMAC SL7はこの3つをすべてクリアしている。SL7の作り込みの良さと完成度の高さ実際に見て、乗って、感じているだけに、現行のEMONDA SLRでも到達してほしかった部分だ。

ここまでは、EMONDAの作り込み部分に関して批判的な意見を述べた。次章からは、EMONDAというバイクに乗り込み、次第に見えてきた特徴や走りの部分を掘り下げていく。

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バイクシステム剛性

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「機材は相対評価だ」

このように言い続けているのは理由がある。例えば、「硬い」や「やわらかい」というあやふやな感覚は、人それぞれ千差万別に備わった「ある軸」を元に導き出している。個人のバイアスが十分に影響した軸を基準にして、相対的に「硬い」や「やわらかい」を判断している。

また、選手によって判断は異なる。極限まで剛性を高めたトラック専用フレームを使っている選手は、剛性が高いハイエンドロードバイクフレームを使ったとしても「相対的に」やわらかいと感じるだろう。対して、コンフォートフレームを愛用するライダーは、ハイエンドロードバイクフレームに「硬さ」を感じるかもしれない。

ライダー自身が経験の中で作り上げた「自分基準の軸」に対し、相対的に「硬い」や「やわらかい」を判断している。フレームの硬さを絶対的な数値的として測定するのならば、ドイツの機関誌ツアーマガジンのように一貫した剛性テストを実施するほかない。

しかし、実験で測定した剛性であったとしても、「Aと比べてBは剛性が低い」というように相対的な評価からは逃れることはできない。絶対的な数値としての剛性値は得られるかもしれないが、条件定義された実験手法の範囲でしか成立しない値だ。

昨今、最も重要視しているのが「バイクシステム剛性」という考え方だ。バイクを構成する一つ一つのパーツの組み合わせを1つパッケージとして捉え、総合的に剛性を考えるアプローチだ。SILCA研究所が実験で明らかにした、剛性のあり方を正しく捉えた最も合理的な考え方である。

バイクシステム剛性という考え方は合理的である一方で、インプレッション殺しだ。「鎖の強さは一番弱い部分で決まる」通り、バイクシステム全体で見ると最も剛性が小さいタイヤ、より厳密に言うと空気圧がバイクシステム全体の剛性を支配している。

この事実は、非常に都合が悪い。フレームやホイールの剛性がどれだけ高くとも「バイクシステム剛性」は空気圧やタイヤが全てを支配している。

ものすごく剛性が高いロードフレームであったとしても、タイヤの空気圧ひとつでバイクシステム全体の剛性はいかようにも変化する。フレームの数十N/m程度の剛性など、バルブを数プッシュするだけでほぼ無意味になる。このような「バイクシステム剛性」の考え方によってフレーム単体が「硬い」「やわらかい」という議論はもはや成立しなくなった。

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インプレッション

「フレームだけ」に対して評価を下すことは本来不可能だ。フレーム以外のコンポーネントの全剛性値をライダーが理解(インプット)し、バイクシステム剛性全体からフレーム以外の剛性を差し引いてから評価する必要がある。すなわち、フレーム単体の性能や情報だけを取り出した結果をインプレッションせねばならない。

元も子もないことを言うと、測定器でもなんでもない人間が神業のような判断などできるはずがない。「バイクシステム剛性はタイヤと空気圧が支配的である」という事実を考慮しておかねば、空気圧が及ぼすタイヤの剛性変化を、あたかもフレームの剛性変化だと誤解しかねない。

都合の悪い事実を考慮した上で、フレームという機材について評価を下すことは可能なのだろうか。例えば、相対評価をうまく利用してフレームだけを切り出して判断できないだろうか。例えば一つのやり方として、フレーム以外の機材を全て載せ替えて評価する方法がある。

できるだけ機材差分を無くし、乗りなれたバイクからフレーム以外の機材を全て移植する。空気圧も常にデーターを取り続けていれば再現可能だ。今回のEMONDAのインプレッションでは、新型TARMAC SL7のコンポーネントをできる限りEMONDAに載せ替えた。フレーム以外で流用できなかったパーツは以下の4つだ。

  • スルーアクスルシャフト前後
  • シートポスト
  • ヘッドベアリング上下
  • ボトムブラケット

記載以外の全てのパーツは一つ残らずTARMAC SL7から移植した。ホイールはROVAL CLX50をEMONDAに取り付けている。SPECIALIZEDの息のかかったROVAL CLX50をEMONDAに取り付けたからと言って、EMONDAが突然走らなくなったりはしない。メーカーはできるだけパッケージングしてモノを売りたいから、ウリ文句として「~に専用設計」と言いたいだけだ。

フレーム以外の機材差分を無くすことで、EMONDAというフレームの真の特徴が見える。初期条件を明確に整えた上でEMONDAを走らせた。その上で気づいた特徴は以下の5つだ。

  1. 乗りやすさ
  2. 体への負担
  3. 小さなパワー
  4. 前後バランス
  5. 登り

インプレッション冒頭で記したとおり、私というライダーに定義された「バイアスに満ちた軸」から得られた感覚だ。それらを読者と私自身が理解した上で、EMONDAで感じた5つのポイントを掘り下げていく。

乗りやすさ

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以前、使い慣れたVENGEからSL7に乗り換えたとき、SL7の挙動や進ませ方の違いに困惑した。その内容はSL7のインプレッションにくわしく記載している。歴代のSLシリーズを購入してきたが、困惑した原因はいくつかあるが、TARMACと私の相性が元々良くなかった事が原因かもしれない。踏み込みに対するイメージと、実際の走りにズレが生じるような感覚に陥った。

VENGEはイメージ通りに動き、進んでくれるバイクだった。スペアを合わせて49サイズ1台、52サイズ2台の合計3台のVENGEを購入した。あまりにも相性が良かったためトレール量の異なる2サイズを試して自分に合う挙動のバイクを選ぶほど気に入っていた。

結論をいえばTARMACはそうではなかった。

人付き合いでもフレームでも相性問題がある。ただ、自分に合わないからといって排除するべきではない。ましてや、性能が低いという判断もしてはならない。自分に合う、合わない、という道具の相性問題は性能や能力とは関係のない感情的な采配だ。

その上でEMONDAが自分に合うか合わないかはっきり書くと、非常に相性が良い好みのバイクだった。進む、曲がる、止まるという全てにおいて悩みがなかった。簡単に乗ることのできる優しいバイクといえる。EMONDAに乗って思い出したのはTIME ZXRSの雰囲気だった。もちろんZXRSと全く同じというわけではない。

ZXRSのように極端にしなやかではないが、ライダーのちからを程よくいなす特徴がある。そしてEMONDAのステアリング周りは小さいサイズの宿命である長めのトレール量とは大きく異なっており、適切なトレール量に設計・調整してある。結果として、バイクの操作性の良さは特に際立っている。

EMONDAに乗り換えた直後、移行期間中にありがちな「違和感に耐える時間」はほぼなかった。EMONDAの乗りやすさの秘訣はTREKの開発者が述べていたとおり、前後バランスの良さや剛性のチューニングにあると考えている。EMONDAのトップチューブには前後バランスを調整するための小さなツブシがある。フレーム細部のあちこちに施された独特の構造が、バイクの前後バランスをうまく調整している。

剛性に関しては、高めようと思えば更に高められるという。しかし、過度な剛性を求めてはおらず、ライディングフィールを優先しサイズ毎に微妙な剛性チューニングを施しているのがEMONDAだ。むやみやたらに高剛性、ユーザーを置き去りにしたプロモーションだけの軽量化、重量剛性比率をEMONDAは求めていない。数値では表すことのできない「ライダーとの親和性」がEMONDA最大の特徴だと言える。

したがって、「EMONDAに慣れる」という作業がほとんど必要なかったのは、バイクとしてのバランスや剛性チューニングの賜物だ。EMONDAは高剛性を求めたバイクと言うよりは、操作性、進み方といったライダーが感じる感性にどれだけ訴えられるか、その1点に注力したバイクと言える。

体への負担

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シェイクダウンの日に290km走った。全くと言っていいほどバイクの違和感が感じられなかったのは驚いた。まるで、長年乗り込んだバイクのように体へのストレスがほとんどかからなかった。

新しいバイクを初めて使用する際に、「どれだけ違和感がないか」は重要かつ貴重な感覚情報として扱う必要がある。違和感の種類としては、「進ませにくい」や「ぎこちない操作性」と感じる場合がある。これらは、ライダーと機材の間に何かしらの意見の食い違いが生じた結果だ。この「ズレ」を埋める作業が多ければ多いほど「合わないバイク」という評価を下してしまう。

一方で乗り込んで使い慣れたバイクは、体の一部のように扱いやすい。結局は、「使い慣れた道具であるか」が相性問題を決定しているのかもしれない。自分に合うバイクというものは、エアロや軽量化を差し置いて単純に良いバイクと評価できる。ハイエンドバイクだからといって自分自身とのズレが少なくなるわけではない。そして価格にも比例せず、プロモーションも一切関係ない。

面白いのはEMONDAは乗り込まずとも、「昔から乗っていた自分のバイク」のようにふるまった。別の言い方をすると、自己主張もせず、尖った特徴も無い。やけに硬いだとか、やけに切れ込むだとか、やけに敏感だとか、そういった過度な主張をしなかった。EMONDAが私に返した反応は簡素なものだ。「そう踏まれたらこれぐらい進んでほしいんでしょ」というライダーに寄り添うような動きをする。

この乗りやすさの理由は、どのような理由から生じているのだろうか。パーツ類はSL7からの流用品で、できるだけ機材差を無くし、フレームの特性だけを読み取りやすく工夫した結果だ。フレーム自体の「なにか」がこの違いを生み出している。SL7とEMONDAを購入後様々なデーターを調査し判明したことは、SL7とEMONDAで明確に(大きく)違うのはBB、ヘッド周り、シートポストの剛性値だった。

2020年にドイツのTour MagazineはTarmac SL7とEMONDA SLRの剛性試験を実施した。そこで明らかになったのは、EMONDAの突出した「しなやかさ」だった。EMONDAは、最近登場したハイエンドバイクの中で最もBBがしなやかなバイクだった。

ボトムブラケット剛性試験結果は以下の通り。

  • S-WORKS TARMAC SL7: 58N/m
  • TREK EMONDA SLR: 49N/m

ステアリングヘッド剛性試験結果は以下の通り。

  • S-WORKS TARMAC SL7: 98N/m
  • TREK EMONDA SLR: 83N/m

シートポストバネ剛性試験結果は以下の通り。

  • S-WORKS TARMAC SL7: 156N/m
  • TREK EMONDA SLR: 131N/m

TARMAC SL7とEMONDA SLRのBB剛性試験結果を比較すると、SL7の方が剛性値が高い。すなわち、BBにある力を加えた場合、SL7はEMONDAと比べて押し返す力が強く(たわみにくい)、EMONDAはSL7と比べて押し返す力が弱い(たわみやすい)。

誤解してはならないのは、「やわらかすぎて力が伝達されずエネルギーがどこかに消えてしまう」と考えてしまうことだ。その懸念点については「サイクルサイエンス」に記載されている通り、BBのたわみや変形が熱エネルギーに変換されて無駄になるようなことはない。BBまわりの変形はエネルギー損失とは切り離して考えてよい。BBの変形量は無視して良いことが実験でわかっている。

サイクル・サイエンス ---自転車を科学する
マックス・グラスキン(著), 黒輪 篤嗣(翻訳), 作場 知生(翻訳)
5つ星のうち3.6
¥3,080

バイクシステム全体で捉えた場合は、タイヤが変形することによるヒステリシスロスのほうがエネルギー損失が大きい。BB周りの変形が熱エネルギーに変換する事を心配するよりも、タイヤのヒステリシスロスを気にするほうがよほど合理的である。

BB周辺が変形してもエネルギー損失がほとんどないとすると、しなやかなフレームが良いのか、それとも硬めのフレームが良いのか。様々なバイクを乗ってきたが、私は一貫して前者のしなやかなフレームが好みだ。EMONDAに乗った際に「体にやさしい」と感じたのは、BBまわりがしなやかであることと、私自身のパワーレンジに合っていたからなのだろう。

この、パワーレンジとフレームの相性の話にはまだ続きがある。

小さなパワー

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EMONDAで特に気に入ったのは、小さなパワーで進むという特徴だった。

ニューモデルバイクのどれもが「大容量のパワーを受け止める剛性」だとか「パワーを跳ね返すような高剛性」といったような、プロが生み出す(常人とかけ離れた)パワーをいかに受け止められるかという設計に向かっている。しかし、EMONDAは高剛性路線とは外れた性質を備えていた。

EMONDAは、私のような一般的なライダーが出すパワーに対する応答が優れている。たとえば、2.5倍~3.5倍程で心地よく走る時や、登り区間を必死に登らずに自分のペースで登るような場合だ。

レースは4.0~5.5倍のレンジで走る場合もあるが、EMONDAが最もよく走ってくれる感覚が得られたのは低いパワーレンジだった。最も多用するパワーレンジで「バイクが走る」という感覚は非常に重要で、勝負どころで脚を温存する走り方と相性がいい。この「低負荷でよく走る」という感覚は、EMONDAのどのような要因から生じているのか。もう少しだけ掘り下げて考えてみよう。

たとえば、EMONDAというフレームを「入力を受け付ける装置」として置き換えて考える。入力はライダーの踏力だ。踏力でクランクが回転しタイヤが回ることでバイクは進む。その際、入力を受け付けた装置(フレーム)は何かしらの出力結果をライダーに返す。

EMONDAはペダリング(入力)を受け入れる時間がとても長く感じられる。相対的な感覚であるが、VENGEもEMONDAと同じく入力を受け入れる時間が長く感じられる。この感覚はペダリングの回転と深く結びついている。ペダリング中の「踏み込みの有効範囲」をアナログ時計で表すと以下のようなイメージだ。

  • TARMAC SL7:1~2時
  • VENGE:1~3時
  • EMONDA:1~4時

実際は回転運動であるため、1~5時付近で接線方向にも法線方向にも踏力は発生し続けている。ここで表現した内容は極端な例であるが、相対的にTARMAC SL7は踏み込みの有効時間が短く感じられた。私というライダーのペダリングの癖も十分に考慮せねばならないが、SL7は2時を過ぎたあたりからバイクが「入力を受け付けない」もしくは「入力待ち状態」に感じた。

この「待ってくれない状態」というのは、インプレッションでしばしば登場する「バイクがもっと踏めと言っている」という例の表現に近い。ライダーが「もっと踏まなければならない」という状況は、1~2時以降の余剰時間に対する穴埋めの対応が追いついていない状況だと考えている。フレームという装置から考えると、入力の待ち状態である。

ライダーの入力(踏力をあたえる)頻度や、タイミング次第ではフレーム本来の性能を活かしきれていない場合がある。これらの「装置」に対する「入力」の組み合わせがフレームとライダーの相性であり、「走る」「走らない」という感覚に少なからず影響を与えていそうだ。

EMONDAが、小さな負荷でよく進むという感覚が得られた背景には、小さな入力対して返す出力結果がライダーが期待している内容との誤差がほぼ無い為であろう。この僅かな違いが、何メートルもの進みの違いを生み出すことはない。しかし、バイクとの相性問題には密接に関連していており、ライダーが感じるバイクの特徴を決定づけていそうだ。

フレームは全てのパーツをつなぎ合わせる核となる機材だ。そして入力を受け付け、出力を返す重要な装置でもある。フレームには性格があり、SL7のような性格を好みとするライダーもいれば、EMONDAのような性格を好みとするライダーもいるだろう。入力に対する反応を注意深く観察していると、Emondaはライダーの入力をじっくり待ち、小さな入力に対しても丁寧に出力を変換し、応答を返してくれるような特徴がある。

前後バランス

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バイクの基本性能として、「進む」「止まる」「曲がる」という3つの要素がある。どれかが欠けてしまうとバイクとして成立しない。ライダーが最も注目しているのは「進む」という運動だ。他のバイクよりも速く進むバイクを常に求めている。止まるという性能に関してはコンポーネントメーカーのブレーキシステムに依存するため、フレームは負荷を受け止めるだけの剛性があればいい。

「曲がる」という性能は目に見えにくい要素だ。バイクのコントロールはライダーのスキルに影響するが、キャスター角(前輪の操舵回転の中心軸と垂直線との傾き)やトレール量(ステアリング回転軸の延長線と路面が交わる点と、タイヤの接地点の中心までの長さ)といったフォークとフレームの設計が操縦性能のほとんどを支配している。

EMONDAが優れていたのは、これら数値で表すことのできる性能以外のバランスの良さだった。あたり前の話であるが、フロントホイールが左右どちらかに切れ込む事によって、後を追うようにリアホイールが追従してくる。その際、フロントホイールが通ったラインよりも少し内側に入った位置でリアホイールが通過する。

何をいまさら、と思われるかもしれない。しかし、フレームを十分に扱えていないと目に見えていない機材の起動イメージは湧きにくい。シクロクロスで砂のワダチにフロントタイヤを入れ込む際、入れ込む瞬間に目視確認をしていないことと一緒だ。

「数秒後に訪れる砂のワダチにフロントホイールを入れ込むためには、バイクの位置をこれぐらいの位置にこれから操縦する必要がある。」とライダーは瞬時に判断しているが、目に見えないバイクの動きを理解した上で操作する必要がある。

EMONDAはリアホイールが追従してくるラインをイメージしやすい。所有しているTREK BOONEも同様に内輪差がイメージしやすい。TREKのバイクに共通しているのは、これらのコントロール性能の高さだ。慣れもあるが、ハンドルを切った結果として、リアホイールがどのような動きで追従してくるのかが読み取りやすい。

ライダーの思惑通り(予想している軌道をトレースしている)ということは、バイクの動きに対して安心感が生まれる。そして、坂道を下る際の安定感にも直結している。意図したラインどおりにバイクが動いていくため、アンダーステアでもなくオーバーステアでもなくEMONDAはニュートラルステアでバイクが動く。

純粋なレーシングバイクのようにレールの上を走るような動作ではなく、どちらかというと若干の余裕を保ちながら旋回していく。クイックなF1カーではなく、運転しやすい大衆車だ。EMONDAの操作性の良さは設計から生み出されたものであり、キャスター角やトレール量、前後バランスのチューニングの賜物といえる。

登り

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この項目をインプレッションの最後の5つ目に持ってきたのは理由がある。そして、本記事で最も力を入れて伝えたい内容が本章だ。いままで様々なバイクを乗ってきたが、EMONDAが最も登りが楽しいバイクだ。TREKが「エアロヒルクライム」というプロモーションを積極に行っているが、正直そんな事はどうだっていい。

あらゆるユーザーにわかりやすく、伝わりやすいプロモーションはたしかに必要だ。しかし、EMONDAが本当に評価すべき性能はエアロヒルクライムなどという言葉遊びでは到底測れない部分にあった。フレームのエアロが云々よりも、登りで踏み込んだ際に返ってくる反応を次の踏み込みにつなげやすい。

EMONDAの登りのイメージは、形が整った積み木を一つ一つ丁寧に積み上げていくかのようだ。

EMONDAというバイクは、平坦路をただ走っているだけではそれほど速さを感じることはない。しかし、EMONDAが真価を発揮するときは緩斜面から勾配がきつくなるときだ。上り坂に差し掛かり、高トルクをひとつひとつ与え続けながら(積み木を丁寧に積み上げるように)クランクを回していくと、粘るようなトラクションが感じられる。

EMONDAの登坂は、踏み込みを受け止めながらある程度の反発力をライダーに返しながらも、次第にフレームがたわんでいくような動きをする。決して、ライダーの踏み込みに対してすぐさま反応して駆動力に変換するようなバイクではない。ライダーの入力によってたわんだフレームは、一気に力を跳ね返すような動きをせず、少しづつ、少しづつ、元の位置に戻っていく。

入力に対して瞬時に結果を返す「反応の良いバイク」とは異なる動きだ。逆にとらえると、反応の悪いと感じたり鈍いと思うかもしれない。しかし、バイクの反応スピードは、遅ければ悪い、早ければ良い、という2つのどちらかのくくりで整理できるような簡単な話ではない。

遅い、早い問わず、ライダーが操作することによって意図する動作を返すバイクが「よく進む」と感じたり「フィーリングが合う」という結論にたどり着く。EMONDAに入力した力がどのように処理され、解釈するのかはEMONDA次第だ。EMONDAが私に返してきた結果は、「こう動いてほしい」という私の願望どおりの答えだった。

動いてほしいと思う通りにバイクが動く。自分の支配下に置きながらも、共に走る楽しさも兼ね備えた走りをする。軽さを極限まで突き詰めたバイクも確かによいが、物理的な軽さよりも共に山を駆け登る楽しさと喜びをEmondaに乗ることで感じられた。

世の中にはEMONDAよりも軽いバイクが存在しているが、軽さと引き換えにこの素晴らしい乗り心地と相性を手放す事は考えられない。6.8kgの重量制限があるのならばなおさらだ。

あと200g減らすならば、自らの脂肪を減らすことを優先する。

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EMONDAの重量

TREK EMONDA SLRは698gというカタログ重量で華々しくデビューしたが、実際にユーザの手元に届く製品は確実に重くなる。「自転車業界によくある話だ!」と言いたいところだが、私はカーボンリムを制作してから考え方が変わった。

単純な炭素繊維の”輪っか”であるリムですら重量誤差が2.0%ほど発生する。395gのリムで+-2.0%というと、387.1~402.9gの範囲だ。

カーボンリムやカーボンフレームは、カーボンのシートを金型に当て込んで作成する。この際、手作業で行われる場合が多く、僅かな重量誤差が生じる。重量はドンピシャで1gの誤差もなく出来上がるほうが稀なのだ。さらにフレームの場合は塗装で50gから100g増える。特にホワイトカラーは重くなる傾向があり、マットカラーは軽くなる。

最も軽いカラーはマットオニキスだ。他にもスモークカラー系は軽い。プロチームが採用しているカラーももちろん軽量だ。国内外問わず様々なメディアを探したが、EMONDAの実測重量は見つからなかった。次章では、記録として残しておく意味も込めて実測重量を記載していく。

フレーム重量

フレームの実測重量は726gだった。

所有しているTARMAC SL7のクイックステップ52サイズの実測重量はハンガー、ボルト、FD台座抜きの状態で761gだ。EMONDAはFD台座が一体成型である。FD台座重量をプラスしたSL7のフレーム重量は772gだ。同一条件で比較した場合、EMONDA SLRはTARMAC SL7よりも46g軽い。

TARMAC SL7の最軽量カラーは完成車のCarbon/Color Run Silver Greenで723gだ。フレームセットでは購入不可能なカラーであるが、最軽量カラーで比較した場合EMONDA SLRは3g重い。

EMONDAはプロジェクトワンで様々なカラーが選択できるため、重量はバラつく。最軽量カラーはマットオニキスであるため、726g以下の軽い個体が手に入る可能性は低い。とはいえ、エアロダイナミクスやフレーム以外のフォークや細かな部品の重量も考慮すべきである。軽量化は1つ1つの部品の積み重ねであり、フレーム単体では語れないものがある。

フォーク重量

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フォークはコラムカット前で372gだ。

コラムカットすると更に軽量化が期待できる。フォークを軽量化するという方向性は好みではない。フォークはあまりにも軽すぎると下りが不安になる。ある程度の剛性と重さがあったほうが良いパーツだ。前後のバランスさえ整っていれば、軽量化に特化せず適度な重量と剛性を備えていたほうがよい。

シートポスト重量

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EMONDAのシートマスト(シートポスト)重量は126.5gだった。

TARMAC SL7のシートポストは135gだ。意外とTREKのシートマストは軽量に作られている。シートマストはフレームから伸びている一体成型のシートポストにかぶせる方式を採用している。とはいえ、この構造はエアロフォイル形状ではなくただの円柱であるため空力性能は期待できない。

また、シートマストはサドルセンターを出す必要があるため利便性が非常に悪い。このシートマストは前作の構造を踏襲し、かつ使い回しの機材だ。欲を言うのならば、エアロフォイル形状にしてサドルセンター出しを簡単にできるように再設計してほしかった部分である。

セラミックスピードBB重量

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セラミックスピードのT47BBの重量は109.4gだった。

BBの重量は見落とされがちだ。VENGEもそうだった。VENGEを軽量化するワザとしてセラミックスピードのベアリングに交換しS-WORKSパワークランクを使用する方法があった。スリーブ式のBBは重量がかさむ。とはいえ、フレームの下部で重心位置が低い部分の重量増については、ある程度許容できる。

スルーアクスルシャフト重量

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前後で111.5gだった。非常に重い。TARMAC SL7やエートスのユーザーはほくそ笑んでいることだろう。そのとおりだ。別の章で詳しく記しているがTREKのスルーアクスル重量、スルーアクスル方式、フレームとの一体感は満足の行くものではない。

TREKのバイクに共通している問題としてスルーアクスルがどれも重い。次の章で紹介する社外品のチタンスルーアクスルを使用するほうがいい。

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必須の社外品パーツ

ポジティブな表現をするとEMONDAはカスタマイズしがいのあるフレームだ。別の言い方をすると、標準装備の部品は満足できなかった。EMONDAで変更すると幸せになれる社外品パーツは3つある。しかし問題がある。日本で入手することが非常に難しい。

チタンスルーアクスル

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TREKのバイクで問題なのはスルーアクスルが重すぎることだ。スペシャライズドはS-WORKSモデルと下位グレードでスルーアクスルの作り込みや重量が異なる。もちろんハイエンドモデルは軽量かつ、作り込みも素晴らしい。ところがEMONDAのスルーアクスルは重く、不格好であるためチタンスルーアクスルをワンオフで製造した。

このチタンスルーアクスルは、ヴィヴィアーニが個人的に制作を依頼しているItaliaの個人ブランドの製品だ。ネジピッチや寸法を書いた設計図面をビルダーのダンテに送ることで、1つ1つワンオフで製造してくれる。エンド部にはネームも入れることができる。縁があり個人的にやり取りをしているが、納期は2週間ほどかかる。

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このチタンスルーアクスルについては別の記事として後日公開予定だ。

ダイレクトマウントリアハンガー

Derailleur Hanger 396 (Wheels Manufacturing replacement derailleur hangers)

Derailleur Hanger 396 (Wheels Manufacturing replacement derailleur hangers)

アメリカの本家TREKのオンラインショップでは「Bike hangers & dropouts」にWheels Manufacturing Derailleur Hangerが多くラインナップしている。Emondaに適合するダイレクトマウントハンガーのラインナップはwheelmanufacturingのサイトにはないが、Derailleur Hanger 396が適合を確認している。

このモデルは、Emonda SLR DISC 2019やBoone DISC 2019に適合するDMハンガーだ。規格の変更はしていないため流用が可能だ。

なお、ダイレクトマウントハンガーの互換性情報は以下のとおり。

  • Boone (w/ Shimano DM Rear Der.) – 2018-2019
  • Domane ALR Disc (w/ Shimano DM Rear Der.) – 2018-2019
  • Domane SL Disc Thru Axle (w/ Shimano DM Rear Der.) – 2017-2019
  • Domane SLR Disc (w/ Shimano DM Rear Der.) – 2017-2019
  • Emonda ALR Disc (w/ Shimano DM Rear Der.) – 2019
  • Emonda SL Disc (w/ Shimano DM Rear Der.) – 2018-2019
  • Emonda SLR Disc (w/ Shimano DM Rear Der.) – 2018-2019
  • Madone SL Disc (w/ Shimano DM Rear Der.) – 2019
  • Madone SLR Disc (w/ Shimano DM Rear Der.) – 2019

ダイレクトマウントハンガーのメリットとしては、リンク数が減り、剛性が上がることによって変速性能が向上する。部品点数が減るので軽量化も期待できる。TREKは純正部品としてダイレクトマウントハンガーをラインナップしていないのがとても残念だ。しかし、このDerailleur Hanger 396を使用することで解決できる。

シートクランプ

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標準装備のシートクランプも社外品を使用することで利便性が向上する。シートマストはカーボン製の本体を金属のクランプで締め付けていく。標準装備のクランプは単純にネジで締め付けていく簡素な構造だ。純正部品でも問題はないが、X-CARBONのカーボン用シートクランプを強くおすすめしたい。

カーボンシートマストに負担をかけず、かつ全体を均一に締め付けていく優れた構造だ。斜め方向に切れ込みが入っているため一気にトルクがかかることもない。若干重量が増すことと、見た目の評価が分かれると思うが、ぜひ使用して欲しい部品だ。

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ファイバースコープで見た内部写真

EMONDAの内部をファイバースコープで撮影した。非常に美しい内部処理だ。粗悪なフレームや安価なモデルにありがちな残留物は一切確認できなかった。表からは確認することのできない内部も手を抜いていないことは非常に好印象である。

EMONDAが最も美しいかと問われるとそうでもない。最も内部処理が美しいのはTIMEのフレームだ。今まで見てきたフレームの中で最も美しかった。

2020年現在、最高峰のフレームであるEMONDAやTARMACであってもTIMEの内部処理の水準まで到達できていない。TIMEが100だとすると、米国メーカーは70ぐらいの仕上がりだ。それほどTIMEフレームは中も外も美しいと思う。

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EMONDA SLRかTARMAC SL7か

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ここからは非常にデリケートな話題に切り込んでいく。もしも私が雑誌やWEBメディアのライターならば、次の仕事や今後の事を考え、忖度があり大人で当たり障りのない文章を並べるだろう。「どちらもツール・ド・フランスでプロが使う完成度の高いオールラウンドバイクです。どちらを買っても後悔はしない今年一番のベストバイクです。」と。

メーカーやショップの立場であれば、「自分たちが売ることのできるフレーム」をオススメすることがマストだ。トヨタのディーラーでホンダ車を勧めないわけだし、保険屋も他社の商材をオススメしないことと一緒だ。企業が成長するためには利益を生み出す必要があり当然の行いである。商売なのだから。

とはいえ自分の手持ちの商材の範囲で、ユーザー観点で物事を考えてくれるショップは大事にしたほうが良い。「売りたい側の立場」で「いかにユーザーに製品を売り込むか」というバランスはなかなか取りにくいが、それでもユーザーのことを思うショップは付き合っていればなんとなくわかってくる。

しかし、消費者の視点で考えてみると初任給の何倍もの値札が着いた炭素繊維の塊を買うわけだから、そうやすやすとウリ文句に騙される訳にはいかない。ブラックフライデーや価格.comで1円でも安い家電買うことに必死に頭を悩ませるのに、炭素繊維の嗜好品に40~60万円も投じようとしているのだ。

「炭素繊維の嗜好品に40~60万円も投じようとしている人」にできるだけ有益な情報になるように、ユーザーの立場からSL7とEMONDAの違いを列挙した。率直に感じた私というバイアスを通して見た結果であり、人によっては判断や意見が異なるだろう。それらを理解した上で、一つの例として捉えていただきたい。

  • フレームの内部処理の美しさ:SL7 = EMONDA(両方美しい)
  • 小物類の作り込み:SL7 = EMONDA
  • スルーアクスルとフレームの処理の美しさ:SL7 > EMONDA
  • シートポストまわりの構造:SL7 > EMONDA
  • ジャンクション位置の利便性:SL7 > EMONDA
  • ヘッド周りのケーブルルーティング:SL7 = EMONDA
  • サドルヤグラ調整のしやすさ:SL7 > EMONDA
  • サドルセンター調整調整のしやすさ:SL7 > EMONDA
  • フレームカラーの自由度:EMONDA > SL7
  • 瞬間的な反応の良さ:SL7 > EMONDA
  • バイクのしなやかさ:EMONDA > SL7
  • 長距離の走りやすさ:EMONDA > SL7
  • 登坂のしやすさ:EMONDA > SL7
  • バイクの扱いやすさ:EMONDA > SL7
  • コストパフォーマンス:EMONDA > SL7

本音を言うと、SL7の作り込みでEMONDAの操作性や乗り心地を達成したバイクがこの世に存在していたら全てが解決していた。今まで見てきたバイクの中でSL7は一つ一つの部品の作り込みが特に考え抜かれていた。ヘッドベアリングまわりの構造、ジャンクション位置の工夫、サドルセンター出しが不要なエアロシートポストとSL7は非の打ち所がない。

それぞれの細かな作り込みを見ているがゆえに、SL7の完成度の高さはこれから各社のディスクロードバイクが目指し、超えるための基準だと思わされた。

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SL7はスルーアクスルの僅かな出っ張りまで計算している。アクスルを締め込んだ際にフレームとシャフトの頭が「ツライチ」になる設計だ。SL7は僅かな出っ張りすら排除するこだわりがあり、全方位的に完成度が高いフレームといえる。「乗らずに組んだり見ているだけ」ならばSL7が優れていると感じた。

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ただ、問題は乗ったときの相性問題だった。例えば、完全無欠の美男or美女ながら、実際付き合ってみると自分には合わない場合もある。対して、少々気になることもあるが、実際付き合ってみると性格が合う人もいる。前者がSL7であり後者がEMONDAである。

実際に組み上げてから共に何百キロもの道を旅すると様々な事が見えてくる。付き合う前は燃え上がるような恋も、一緒に暮らしていると外見からはわからない内面的な性格が徐々に見えてくる。合う合わないは人それぞれだ。

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話が(大幅に)それたが、米国2大バイクメーカーのハイエンドフレームであるため、性能に関してはどちらも大きな違いはないと感じた。しかし、価格設定は両者に大きな違いがある。EMONDAは40万円を切る価格設定だ。最近のハイエンドフレームにしてはお求めやすい価格設定(といっても一般的に考えると非常に高価)である。

SL7とEMONDAの間には数万円の価格差が生じているが、価格差を説明するだけの性能差が本当にあるのかと問われると、私は明確な答えを持ち合わせていない。逆に考えると、それだけEMONDAのコストパフォーマンスが優れているということだ。しかしTARMAC SL7ユーザー視点の立場から考えると、ステム、マウントが含まれているため妥当な価格だと一部のユーザーは言う。

確かにその意見は正しいかに思えるが、ステムは長さ調整ありきの機材だ。長さが合わなければまさに無用の長物になりかねない。SL7は別売でステムを選べ得るようにし、その分価格を下げてほしかったというのが本音だ。それぞれのフレームの税込み価格は以下の通りだ。

  • TARMAC SL7: 605,000円(税込)
  • EMONDA SLR: 435,600円(税込)

差額は169,400円である。EMONDA SLRの場合は追加でシートポスト、ステム、サイコンマウントが必要だとしても差額分の機材コストだとは言い難い。上乗せされているのは、莫大なプロモーション費用、有名選手やチームへの供給、開発費が計上された結果かもしれない。しかし、それらをすべて差し引いても約17万円もの差額の性能差をはっきりと説明することは非常に難しいと感じた。

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17万円はEMONDAと比較した金額だ。別のフレームで過去にTIME RXRの国内定価は69万円だった。TIMEの製法やTIMEというブランドへの信仰と信者にとっては納得の行く価格だった。それらを考慮すると、2020年のモデルの中でEMONDA SLRの価格設定は良心的でコストパフォーマンスが高い。

SL7かEMONDAか、どちらを選ぶかと問われたら「何を優先するのか」によって答えは変わってくる。もちろん、他社メーカーのモデルも十分考慮すべきであるが空力性能、軽量性、スレッド式BB、全内装式ケーブルという現代のフレームに望むべき最新の構造を満たすフレームはそれほど多くない。

価格を優先するのならばEMONDA SLRだ。とはいえ、ディスクロードバイクとしての完成度、フレームの細かな作り込みや細部への配慮(ジャンクション位置、ダイレクトマウントエンド、スルーアクスル、スルーアクスルのツライチ、ボトルケージ用の専用ボルト、センター出し不要のシートポスト、バッテリー位置の低さ)は正直なところSL7のほうが秀でている。

その上でバイクとしての乗り味、脚あたりの好みを考えるとEMONDAが秀でている。長距離のロードレースや登りで高出力を出し続けるシチュエーションであればEMONDA SLRを使いたい。体力の消耗を最小限に抑えながら、最後の勝負どころで共に走るのならばやはりEMONDA SLRだ。

あくまでも私個人の偏見とバイアスに満ちた判断であり、世の中のライダー全てに適合する内容ではないことを付け加えておく。

どちらを選択するかという最大の悩みについては、どちらが「良い」「悪い」という話ではない。何を重要視し何を最優先とするのか、ライダーによって千差万別に判断は分かれる。どちらを選んでも世界トップレベルのバイクだ。だからこそ甲乙つけ難いが、何かしらの優先度を決定し自らが望むべき1台を選択する必要がある。

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まとめ:あのバイクを思い出す

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最後に、EMONDAというフレームを乗り込んで感じた本音を書き残して本記事を終えようと思う。EMONDAというバイクだけ所有していたのならば、悪いところは決して見えなかった。しかし、相対的に判断する材料としてVENGEやTARMAC SL7と比較するとEMONDAに足りない要素は明らかだった。

EMONDAが物足りないと感じたのは、前作を踏襲したジャンクションの配置やスルーアクスル自体の作り、そしてスルーアクスルの頭とフレームが接触する周りの部分である。そしてシートポストはエアロフォイル形状を採用せず、ジャンクションも配置しなかった。前作から進化が取り残された部分である。

しかし、作り込み以外に目をつぶればハイエンドモデルながら非常にお求めやすい価格、そしてこれまで乗ったバイクで1、2を争う優れた乗り心地、バイクのコントロール性能の高さ、なにより走ることが楽しく感じたバイクである。

最大のライバルであるSL7と比較すると劣っている作り込み部分もある。また、純正のRSL 37ホイールよりもROVAL CLX50のようなディープリムのほうが相性が良かった。EMONDAはエアロクライミングという誰にでもウケが良いような上っ面の性能ではなく、走ることを心底楽しめるという付加価値を与えてくれた。

自動車のマツダが提唱する「走る喜び」という言葉に似合う性能を備えたバイクがEMONDAだ。そういう意味では、プロ選手やJPTのライダーではなく、練習や自転車に乗る楽しみの延長でレースも参加するサイクリストにEMONDAをおすすめしたい。

「何を優先するのか」という問いに対して、明確な定義を持ち合致しさえすればEMONDAは優れた機材として間違いのない選択だ。私は悩み抜いて、走る喜びを感じられるEMONDAを選択した。TARMAC SL7を手放した理由には、それぞれのメリット、デメリットを理解し相対的かつ客観的に判断した苦渋の決断がある。

これらは絶対的な評価や数値ではなく、私というライダーが様々なバイクを乗り感じた末に出した結論だ。すなわちEMONDAというバイクを必ずしも絶対評価しているわけではない。EMONDAというバイクはそれぞれのライダーが評価し、合う合わないを決定する必要がある。

とはいえ、最近のバイクでEMONDAは最も相性が良い1台だったとあえて書き加えておきたい。昔、TIME ZXRSのしなやかさと乗り味の優しさに惚れ込んだ。EMONDAはどこかZXRSと似ていた。最新規格や新素材OCLV800を採用し製法が異なるため全く同じとはいえないが、どこか懐かしさと親しみやすさがあり、走る楽しさを感じられるバイクなのだ。

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