デジタル・ファーストをラストに 改革を掛け声で終わらせない秘訣 【イノベーション・リポート】
ニューヨーク・タイムズ(NYT)の奇跡的な改革のきっかけとなった社内文書「イノベーション・リポート」について、日本の現状とともに解説する連載の第6回です。
リポートで最後に取り上げられるのは「デジタル・ファースト」。10年以上、あらゆる業界で語られてきた言葉が、2014年のリポートの最後に置かれている意味がわかるでしょうか?
第3回で触れた「言ってることは正しくても実践できるか問題」を解く秘訣がここに隠されています。
デジタル・ファーストとは組織全体の変革
リポートの中に「『デジタル・ファースト』とは何を意味するのか?」というミニコラムが掲載されています。
長くなりましたが引用しました。なぜ、人材も資金も取材ネットワークもブランド力も歴史的なあらゆる資産が圧倒的に大きい伝統メディアが新興メディアに苦戦するのか。その理由が端的に描かれているからです。
デジタル時代にデジタル版に注力することは当然。でも、新聞社など伝統メディアは構造上、その単純なことが難しい。NYTはその課題に正面から向き合ったうえで、改革に臨みました。
端的にこう表現しています。
デジタル・ファーストを実例で示す
では、具体的にデジタル・ファーストなコンテンツ戦略とはどのようなものか。リポートでは実際の記事を例に説明しています。
2014年2月、大学フットボールで当時スタープレーヤーだったマイケル・サムがNYTとスポーツ専門チャンネル「ESPN」で「自分はゲイだ」とカミングアウトしました。N.F.L. Prospect Michael Sam Proudly Says What Teammates Knew: He’s GayThe all-American defensive end at the University of Missouriwww.nytimes.com
この記事は彼の肉声を動画でも流しており、彼の人間性を感じさせる非常に優れたデジタルコンテンツです。
しかし、NYTは最初に報じた自社よりも他社の記事の方が拡散したことに着目し、デジタル・ファーストだったら何ができたかを分析しています。
(ちなみにこの記事は10万以上のシェアやライクを得ており、日本的な感覚だと凄まじくバズったコンテンツです。それでも、より多くの人に届けられたはずだと指摘しているのも、このリポートの凄みです)
デジタル・ファーストだったら何ができたのか。
素晴らしいコンテンツだからこそ、デジタルという素晴らしい手法を使って、より多くの人に、より良い形で届けて、よりポジティブな反応を引き出す。これがデジタル・ファーストです。
これらの施策のほとんどは、2020年においては世界のメディアの多くが日常的に実施しています。しかし、日本の新聞社やテレビ局などでは、日経や朝日や文春などが、ごく一部で実施しているだけです。
では、どうやったら実践が進むのか。必要不可欠なものが人材です。
デジタル人材を辞めさせないために権限を渡す
人材獲得競争に勝つために必要なことが2つあります。一つは採用すること。もう一つは辞めさせないことです。
このリポートではまずNYTを辞めてしまったデジタル人材5人に、なぜ退職したのかインタビューしています(退職した人から学ぶ。こういう姿勢が重要ですね。おっと、誰か来たようだ)。
5人に共通したのは、もっと裁量や影響力が欲しかったという点です。
デジタルの使い手は、その技術を持って創造性を発揮したいと思っている。でも実際には既存の組織構造の中で下請けのようなポジションに置かれがち。それではアイデアに溢れた人材ほど辞めてしまいます。
一言で端的に表現されています。
デジタル人材獲得のための7つのステップ
辞めさせないためのポイントを挙げた上で、今度はデジタル人材を採用するための7つのステップを列挙しています。
世界最高峰のジャーナリズムにこれだけ言ってもらったら、NYTで働きたくなりますよね。実際、NYTではこの戦略を実行し、BuzzFeedからも素晴らしい人材が次々とNYTに移りました。
最近ではBuzzFeed News編集長のベン・スミスがNYTの超重要ポジションであるメディアコラムニストに就任することが公表され、大きな話題となりました(この件については別途記事にします)。
イノベーション・リポートはこれでおしまいですが、最後に「言ってることは正しくても実践できるか問題」に答えたいと思います。
改革を実践するために必要な4要素
僕は今年、ニューヨーク市立大ジャーナリズムスクールの「メディア・イノベーションとリーダーシップ」プログラムに参加しています。
先週、最初の会合があり、世界から集まった16人でまずはメディアビジネスの現状や戦略について1週間かけて学び、議論しました(今は帰国して、4月下旬にまた集まるときのために復習とさらなる学習に励んでいます)。
ハーバード大ケネディスクールからのゲスト講師が教えてくれたのは、戦略を実践するために不可欠な4要素。「具体的なタスク」「必要なスキルを持つ人材」「組織文化」「組織体制」です。
イノベーション・リポートを作成した担当者もゲスト講師に来てくれました。彼らの言葉を聞いてようやく理解できたことがあります。それは、リポートの構成です。
デジタル・ファーストを最初に言うと口だけになる
日本の新聞業界でも何年も前から言われている「デジタル・ファースト」がなぜ、リポートの最後に位置するのか。
リポートはまず「読者開発」のために何をすればいいのか、現状の編集局でも実践可能な簡単でしかも成果が上がる実験を紹介。続く「編集局の強化」の章では、組織体制の変更を最初に取り上げています。
そして、最後にデジタル・ファーストとは何かを定義し、その上でどういった人材が必要かを列挙しています。
もし、レポートの最初に「デジタル・ファースト」の章を持ってきたら、伝統的な編集局の人たちはどう反応したでしょう。その意義を理解せず、「また言ってる」程度にしか受け止めなかったのではないでしょうか。
このレポートで興味深いことの一つは、退職した5人へのインタビューはいずれも実名ですが、社内インタビューはほぼ匿名なこと。自由に意見がいいにくい組織文化があったのでしょう。この状態では、改革は難しい。
タスクを列挙し、組織体制を整備し、そのために必要な人材と文化を整える。これがすべてを変革するデジタル・ファーストの実践には不可欠です。
今回のまとめ
・デジタル・ファーストとは組織をまるごと変革すること
・デジタル・ファーストを実例で示す
・デジタル人材を辞めさせないために権限を渡す
・デジタル人材獲得のための7つのステップ
・改革を実践するために必要な4要素
・デジタル・ファーストを最初に言うと口だけになる
NYTのイノベーション・リポートに関する連載はこれでひとまず終わりです。2014年のリポートが色褪せないのは、デジタルメディアや組織変革の本質をついた文書だから。この連載も何度も振り返ってもらえると幸いです。
今回の連載は一つの記事をだいたい3000字でまとめていますが、実際のレポートはもっと具体的な例や証言が掲載されています。
より深く知りたい、日本や世界の現状分析を含め、自分の組織にひきつけて考えたいという場合は、講師やコンサルティングも引き受けているので、info@media-collab.comにご連絡ください。
また、トピック別でも、例えば、ソーシャルメディア活用を始めたい組織にガイドライン作成や実践のアドバイスもしています。
僕だけでなくSEO専門家やエンジニアとも協力したクローズドの実践的な勉強会も企画しています。そちらもご興味ある方はご連絡ください。