封印される小児甲状腺がん
電通による「3・11後の福島に関する報道をどうするか」というガイダンスで最もタブーとされているのが小児甲状腺がんである。触れてはいけないし、もちろん報道するなんてもってのほかというわけだ。
実際、私たちは新聞、テレビ、ラジオなどの大手メディアで福島県における子どもの甲状腺がんのニュースを見ることはまずない。
そうした状況下、「封印された小児甲状腺がん~何が隠されているのか~」と題されたトークイベントが2024年12月12日(木)、東京の専修大学神田キャンパス10号館で開かれた。
環境NGOグリーンアクションのアイリーン・美緒子・スミス代表、主催のOurPlanet-TVから白石草代表、ジャーナリストの金平茂紀氏が登壇した。
甲状腺とは喉ぼとけの下にある小さな器官。子どもの甲状腺がんは「平時」にはまれで、100万人に1~2人の発症といわれている。
だが、1986年のチェルノブイリ原発事故後、小児の多数のがんが見つかり、国際機関が原発事故とがんの因果関係を認めている唯一の病気だ。
この日はまず、メディアでは扱われずにきた被ばくによる健康問題を継続して追いかけているOurPlanet-TVが制作した約20分のビデオを見た。前半は昨年制作されたもので、後半は約5年前に甲状腺がんを患った経験のある女性にインタビューした映像から成る。
特に印象深かったのは「甲状腺がんを抱えて」と題された後編で、その若い女性が「ならなきゃよかったとは思ってないです」と語った場面だ。
甲状腺がんに罹ったことで「いろいろなことを知り、支えてくれる人がいることを知った」というのだ。若い女性のそうした発言は、私には「やせ我慢」のようにも聞こえて、何ともいえない気持ちにさせられた。
辛いけど、それをそのまま素直に口には出せない、出せなくさせる甲状腺がんをめぐる福島や日本における現状があると思ったからだ。
映像終了後、最初に白石さんから全体像の報告があった。
福島県では3・11後の保護者の不安解消などのために2011年10月に甲状腺検査が開始された。これは福島復興再生特措法に基づくもので、財源は政府(資源エネルギー庁)750億円、東京電力の賠償250億円を基に積み立てた「県民調査基金」である。
甲状腺がんの福島の子どもは392人
原発事故時に18歳以下だった福島県民38万人を対象としたこの検査の結果、甲状腺がんの疑いのある子どもは392人で、そのうち手術を終えてがんが確立した人は331人。
白石さんは「腫瘍が急成長するのが(甲状腺がんの)特徴です。2年で腫瘍が4.67センチまで成長している子どももいたのですが、がんは普通はこんなに大きくなりません」と話す。
「1回目、2回目の調査では市町村ごとのデータが出ていたのですが、3回目からはそういうデータを出さなくなりました」と白石さんはいう。
政府や県は「初期被ばくはチェルノブイリほど線量は高くなかった」などと主張し、詳細なスクリーニングによってのちにがんではないとされる「過剰診断」の可能性までいわれるようになった。
白石さんによると、福島県で多くのがん手術を執刀し、甲状腺がんの検査立ち上げを仕切った鈴木眞一氏は強く過剰診断を否定している。
この後、スミスさんから「なぜ報道されないのか」との疑問が呈され、金平さんは「今、東電や国が金科玉条のごとく寄りかかっている権威としてUNSCEAR(放医研)があります。福島をチェルノブイリと同等に扱うのはおかしいと言い続けており、メディアもそれに寄りかかっている」と語った。
「UNSCEARの歴史的経緯を検証する必要があると思っています・・・アメリカのマンハッタン計画だって軍の論理だったし、負の歴史を背負っている。無条件に権威を認めるのは危険だと思っています」。
「報道特集」放送の後日談
そして金平さんは前日にあった子ども甲状腺ひばく裁判の記者会見について話をした。「会見に出ていた16人中、10人は(司法)記者クラブ外の人でした。記者が聞こうとしない。関心自体がなくなっちゃっている」。
ノーベル平和賞を受賞した「被団協が核と向き合っている時に、ぼくらの仲間の最前線が”こんなの関係ない”となっていて絶望的な気持ちになりますよ」と金平さんは嘆いた。
金平さんは自ら47年間組織メディアで働いてきた経験に照らすと全面的に悲観的ではないとし、自身がTBS系の番組「報道特集」2022年5月21日放送分で甲状腺被ばくの問題を取り上げたことを話した。
「24分くらいの特集を組みました。いろいろな当事者の意見を聞いて、この問題は放っておけないと、甲状腺がんにかかって苦しんでいる人がいることを伝えたいと、問題提起することが一番の目論見としてやった」。
しかし、この中で「些末な言い間違い」があったという。それを福島県から指摘されて当時の報道局長やプロデューサーは「びびった」という。因果関係がはっきりしていないとSNSでの炎上もあった。
「放送から1か月以上経ってから訂正をやれと言ってきたのです。僕は訂正をするようなものではないと怒った。放送局のコンプライアンス部も関わって、結局ぼくは外されて膳場さんに訂正原稿を読ませてましたよ」。
「萎縮効果が出て来た。他ではほとんど(福島の甲状腺がんの問題を)とりあげませんね」と金平さんは話す。
「復興」を邪魔する?「風評被害」
「論拠となるキーワードは風評被害です。「あいつらが騒ぐから風評被害が起きる」っていうんです。風評加害だと。例えば「今復興が進んでいるのにあいつらがそういうことをいう」というメディアに対する批判になっています」と金平さんは説明した。
白石さんは「原発事故後の復興PRのために政府は電通一社に240億円を支払っているのです」と指摘。
「本来、福島で何が起きているのかをきちんと見なければならない時に、福島県、電通、農林水産がいかにネガティブなニュースを流させないようにするかって会議をしていたのです」。
「そして一番のNGワードが「子どもの甲状腺がん」だった。触られたくないということで、少なくとも福島県内のメディアはそういう立ち位置に見えたんです。本来ジャーナリストの仕事である権力批判と苦しんでいる人たち(に関する報道)をしてはいけなくなっている」。
スミスさんによると、日本外国人記者クラブ(FCCJ)で、原子力情報資料室の故高木仁三郎氏とともに1997年に「もうひとつのノーベル賞」といわれるライト・ライブリフッド賞をとったマイケル・シュナイダー氏が記者会見を行った時、日本の記者も25名も出席していたのに彼らから記事は全く出なかったという。
その日本の記者たちは学者や現地の人の話には見向きもせず、東電や経産省といった権威ばかりを取材していたとスミスさんは話す。
「市民科学者」たれ、連帯せよ
金平さんは「権威に対する惰性が染みついてしまっている。しかし、それを全否定しても彼らは閉じこもるだけ。それを解きほぐしていかないと変わっていかないと思います」と述べた。
さらに「今社会を覆っているコンプライアンスというもの。SNSが炎上すると、こんな面倒なことにつきあっていられないとなって、物事の本質を考えることなく、面倒なことを避けちゃう」。
「また、自分の主張だけが正しいというような正義とか「お前、復興の邪魔するのか」といって自由な言論を押しつぶすような言い方が世の中に広がっています」と金平さんは危機感をあらわにした。
東電の周りに集まってきているような人たちに対しては「自分たちの知識はいったい何のためにあるのか」ということをあの事故が彼らに突き付けているのだという。
金平さんは「市民科学者」というのが一つのキーワードだと話す。
白石さんは関連して次のように述べた「誰かが上から下に伝えるのではなく、みんなで学び合う。情報がフラットに広がるように、みんなが出前授業を持てるぐらいにと思っています」。
「市民運動とかで頑張っている人がいてもつながっていない。要するに連帯していくということです」と金平さんは話した。