バンクーバー編⑧ パンセクのドラゴン|虹はいまだ旅の途上——李琴峰のクィア的紀行
翌日、さっそくJoyさんのアドバイス通り、船でグランビル・アイランドへ向かった。片道運賃は6カナダ・ドル(約660円)。平日だからか、乗客は私しかいない。操縦士は黒いサングラスをかけた、灰色の短髪が格好いい中年女性である。ひょっとしたらブッチかも? と想像するようなマスキュリンな見た目だった。
グランビル・アイランドはこぶのように大陸にくっついている小さな半島である。ガイドブックによれば、もともとはバンクーバーの産業を支える工場街だったが、後にゴーストタウン化し、再開発を経て観光スポットとして生まれ変わったそうだ。
確かにグランビル・アイランドは廃れた工場街のような雰囲気がある。中身こそおしゃれなマーケットや飲食店、土産物屋、本屋などになっているものの、建物自体が古く、トタンの屋根や外壁のものも少なくない。一度没落した街に貧しい芸術家たちが集まってきて、アートの発信地になっていくのはよくあるパターンで、ここグランビル・アイランドもやはり過去に美術学校があり、今もアートギャラリーが軒を連ねている。自作の絵を印刷したポストカードや栞を販売している店や、ムードのいい独立系書店もあり、歩き回るのが楽しい。例によって店頭にレインボー・フラッグを掲げている店が多い。
船でダウンタウンに戻り、今度はチャイナタウンを訪れる。バンクーバーは移民の街であり、住民の約半分がアジア系だと言われ、南のリッチモンド・エリアに至っては中国系住民が95%に上る(と、現地の友人が言っていたが、実際に調べたら約5割~7割らしい)。当然、チャイナタウンはある。アメリカ同様、バンクーバーにも19世紀後半からゴールドラッシュ目当てで中国人移民がやってきて、チャイナタウンを築き上げた。目印の瑠璃瓦の屋根の中華門がとても目立つ。
とはいえ、チャイナタウンにはバンクーバーで最も治安の悪い一角が含まれているので、ここにいる間、私はずっとびくびくしていた。歩くペースもおのずと速くなり、なかなかゆっくり回れない。これが一人旅の欠点だ。自由がきく分、安全を含め何もかも自己責任になる。
中山公園(「中山」は孫文の別名)という明朝様式の中国庭園を回った。たいして広くない庭園にもかかわらず、入場料は16ドル(1760円)もする。もともと物価が高い上に歴史的円安に襲われているので、バンクーバー滞在中は何もかも高く感じる。季節も季節だし、庭園の樹々は枯れ枝ばかりで、特に見るべきものはない。唯一のサプライズは、ミュージアム・ショップで見つけたドラゴンのステッカーである。
バンクーバーではあちこちの店で、おしゃれなステッカーが販売されている。大抵は現地のアーティストが描き下ろしたオリジナルの絵柄だと思われ、値段もそこそこ高い。1枚4~6ドル(440円~660円)もする。可愛いものが多いので欲しくなるが、さすがにこの価格設定には閉口せざるを得ない。
ところが、中山公園のショップで見つけたドラゴンのステッカーは1枚1ドル(110円)という、まあほかの店と比べればかなりお得な値段である。しかも、ただのドラゴンではない。パンセクシュアル・カラー(ピンク、黄、青)に彩られるドラゴンである。「中国と言えばドラゴンでしょ」と言わんばかりに置かれる「Dragon Stickers」という箱の中で、そのパンセクのドラゴンはほかのドラゴンたちに交じって売られている。ここは別にクィア関係のスポットではないので、恐らくショップ側も色の意味には気づいておらず、ドラゴンだからドラゴンのステッカーとして売りに出しているだけだろう。実際、プライド・カラーのステッカーはその1枚だけである。だとしたら、私に見つけられたのは運命のようなものだ。早速パンセクの友人へのお土産として購入した。
ほかの人にとって特に価値がなくても、自分にとっては大きな価値がある。旅の途中でそんなものを見つけられた時の喜びは格別だ。
(つづく)