「進化思考」を読んで誤読したポイントとその改善案まとめ(追記あり)
太刀川英輔 著「進化思考ーー生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」」を読んでみてモヤモヤを感じたので先日記事を書きましたが、著者とのやり取りによるとどうやら私が「誤読」していたようなので、一旦記事を取り下げ、追記の上で再投稿しました。
本エントリではその経緯や原因、改善案なども考察してみたので、同じように誤読(?)した人、本書を読んでつまづいた人に読んでもらえると幸いです。
【2022.08.01追記】
本記事を書いた当初は私以外あまり批判者がいなかったので私が読み取れていなかった可能性を考慮し「誤読した」と記述しました。しかし現時点では私以外にも、デザインの研究者の方々や、生物学の研究者の多くの方々なども、本書の「進化」の使い方を誤用と指摘されている状況です。
専門家の方を含め、ここまで「誤読」する人が多い状況から考えると、誤読する読者に問題があるのではなく、本書の書き方に問題があるのだと思います。
下記に続く以前の記事は当時そのままにしてあるので「誤読した」と引き続き記載していますが、上記の通り、「生物学的に妥当性があるか疑問の多い記述」があるポイントとして読むことを推奨します。
【追記終わり】
経緯
①モヤモヤポイントを下記のような批評にまとめて2021年7月18日に記事公開しました。構成は以下。批判1〜5と、良い点を列記したものです。デザインからの立場と、生物学からの立場の2つの視点から批評しています。
私はプロダクトデザイナーですが生物学の専門家ではないので、それなりに生物知識を備えた1生物ファンとしての意見になります。
【批判1】
そもそも生物進化と創造性には何も関連はない
【批判2】
進化についての分析が表層のみで浅い
【批判3】
進化について間違った認識を植え付ける危険性が極めて高い
【批判4】
進化の概念に「愛」や「欲求」などの主観概念を入れてはいけない
【批判5】
生物進化事例の引用がむりやり過ぎる
【良い点】
アイデア発想法は秀逸
②するとFBでシェアされていき、なんと数日後に太刀川さん本人に(!)評を読んで頂き、さらに説明まで頂くことができました。評者として贅沢過ぎますね…ありがたい…
③そしてその説明のおかげで、私自身が誤解していた部分があることがわかり、それを前提に読み返したところ、初回で読んで感じたモヤモヤがだいぶ消えていきました(と、感じてしまいました)
④そこで私のように本書にモヤモヤを感じた人に向け、私が誤読したポイントを振り返ることで、好意的な解釈を試みてみようと思いこの記事を書いてみた次第です。
なぜ誤読したのか
私自身が生物学に寄った考え方をしている事が根底にあると思います。
本書は科学書ではありませんが「進化」という壮大な事象を1テーマに据えているため、私のように生物学に寄った考え方を持った人間からすると、モヤるポイントが非常に多いと感じるからです。
しかしそこに捉われたが故に私は誤読をしてしまいました。本書のエッセンスである「1人1人がデザイナーの視点をもって、より良い世界の実現に向け動いていくこと」は理解しつつも、生物学的な正しさの追求に思考が捉われすぎて、進化思考そのものの理解や狙いにまで到達できていませんでした。(それだけ間違いが多く、?と感じる記述が多かった事も確かです)これは勿体ない部分があったかもしれません。
※ただし目的は手段を正当化しないので、やはり私は引き続き強く本書を批判する立場を取ります。
全編を読んで私が感じた本書の方法論は「アイデア発想と洗練過程の半自動化」でした。
「アイデア発想=変異」、「アイデア洗練=適応」にそれぞれ呼応します。デザイン業務の上でこれらは非常に大切な過程ですが、実行するのはとても大変。著者はそれを1〜50からなる「進化ワーク」と命名したワークショップの一群とし、半自動化してくれるシステムを本書で紹介してくれています。これ自体はとても優れた思考システムだと思います。
あるデザイン対象xをこの進化ワークという方程式に代入すると、x1、x2、x3…xnまで案が増殖し(2章「変異」)、それらが環境で適応するかの検証を様々な視点から行う(3章「適応」)ことで淘汰圧をかけてアイデアを洗練されていくのは、確かに自然選択説の流れ(ダーウィニズム)に似ていると言えるでしょう。
このように進化思考は従来のアイデア発想とは異なる新鮮なアプローチ(※)であり、秀逸な方法論であることは先日の評でも取り上げた通りです。そのため、私のような誤解や思い込みによる先入観のバイアスがかかると、折角の方法論が広まりづらくなり勿体ないため、「こうすれば誤解や思い込みが減るのではないか」という視点で、「誤読したポイント」と「改善案」をセットとした私見を述べてみたいと思います。
※2022.08.02追記
2022年6月末に開催された日本デザイン学会での「『進化思考』批判」によると、この方法論に似たものとしてオズボーンのチェックリスト「SCAMPER」が既にあると指摘されています。本書の方法論は新規性あるものではなく、既存の方法論の焼き直しである可能性が高いです。本書ではオズボーン氏本人に触れられているものの、その方法論には何故か触れられていません。
冒頭でも書きましたが、誰かの参考になれば嬉しいなあ…
◆誤読したポイント1
進化思考はラマルク的な方法論であるという誤読
“個々の知識は間違っていないと思いますが、「創造」にこじつけた妄想(確証バイアス)の産物である”
“進化という現象に目的が存在するかのように論じるのは危険です。”
というamazonレビューがありました。おそらく私と同じく、つまずいた方の意見かと思います。
私は太刀川さんとFBでやり取りした際、「デザインとは目的があるもの(ラマルク的)とされているが、進化思考とはその逆の発想(ダーウィン的)でアイデアを発想する試みである」ということを直接説明してもらう事ができ、そうだったのかと驚きつつもその視点で読み返してみることにしました。ざっくりまとめるとこんな認識。
【現状の発想法】
アイデアを目的から導く(ラマルク的)
【進化思考の発想法】
まずエラーを強制的に発生させてみて、そして環境に合うか適合させる(ダーウィン的)
※2022.07.08追記
【誤読した内容】
変異の内容が生物の『形質』にのみフォーカスしているため、変異させる内容が目的論化してしまっている(ラマルク的)
しかし、上記レビューや以前の私のように、「アイデア発想=ラマルク的」の認識が既にセットされている人が読むと(こういう人の数は決して少なくないように思います)、この説明がないとその後も色眼鏡でみてしまうと思います。
これは特に、生物の研究者や学術的な立場の人にはこの傾向が強いと思います。これは仕方ないことです。何故なら科学の普及活動として、人類の未来の為に一般の人達にも正しい科学的リテラシーを伝えるという命題があるから。科学的な正しさに基づく啓蒙活動の重要性を理解しているから。
とりわけ最近は生物や進化のアナロジーを安易に利用した言説が出たりしがちらしく(もやウィンとか…)、どうしても学術的立場以外から出てくるものに対して、シビアに見る構図になってしまうのだと思います。(なおこれ自体は非常に健全なことです)
※2022.07.08追記
その原因の一つとして、「2章 変異」で取り上げられてる生物進化事例が『形質』のみであったことが挙げられます。形質とはまさしく生物自体の形状のことを指します。形質は目に見えるものなので進化の説明においてもわかりやすい指標にはなるのですが、形質というのはいわゆる結果論です。その形質になるように生物が進化したわけじゃありません。ある形質になるように目的があって進化したというのはラマルク的進化論になります。
ダーウィン的だったり現在の進化論に則るならば、『形質』の前に遺伝子プール内での頻度の変化であったり、中立進化的な要素を盛り込んでおくべきだった(それにより多くの説明を割くべきであった)かと思います。
そういった説明よりも『形質』における進化例が全面に出ていたために、「とてもラマルク的進化論で語ってしまっているなあ…」と感じたのです。
改善案1
最初に進化思考とはダーウィン的な思考回路である旨を、説明する。
変異と適応のフェーズは、それに即した方法であると、説明する。
生物進化と創造性は確かに似ている部分が多いですが、学術的観点からするとエビデンスが得られていないため、基本的に全く別のものとして認識されています。しかしもちろん参考にできる部分はあるので、それをアイデア発想に活かせないか活用してみた。というスタンスが進化思考の考え方であると思います。
それが理解できれば、たぶんつまずくことなく読んでいけるかと思います。最初にこの前置きがあると、その後の誤解や思い込み防がれるのではないでしょうか。
下記はそのスタンスから、進化思考・変異・適応を自分なりに納得いくよう説明してみた例です。これならまだ納得いく人いるんじゃないかなあ…
●進化思考が発生した流れの説明の例
①前提として、生物進化は目的(ラマルク的に)で進化しない
②しかし生物の形質が多様化して各環境に適応していることも事実
③それを、アイデア発想において活かせないかと考えた
④変異→継承→選択された形質が環境に適応していくダーウィン的な流れを参考とし、アイデア発想に活かしてみたのが進化思考。
●変異の説明の例
生物進化における、遺伝子の突然変異(遺伝子コピー時のエラー発生)を真似てみた方法。目的とは関係なく、エラーを引き起こす突然変異のもとになる状況を、機械的に記述してみるフェーズ。
※なおp74「進化もまたエラーから生まれる」で既にしっかり記述されていますが、個人的にはこの項が、2章 変異の冒頭に据えられていても記憶に残りやすいかもしれないと思いました。
●適応の説明の例
生物進化における、突然変異のエラー遺伝子が、その遺伝子プールの中で次世代に受け継がれていき、プール内で主要な位置を占めて形質発現に至るという流れを参考にしてみた方法。目的と関係なく出たエラーのアイデア達が、その環境に適するかを検証してみるフェーズ。
※こちらはp208で、動物行動学のニコ・ティンバーゲン氏の主張より引用されている為、まだ納得して読み進めていくことができました。
◆誤読したポイント2
「2章 変異」の各項目の冒頭で、生物や人工物に関連ないものが例示に入っており、つまづいてしまう
本書では、言語エラーのパターンから「擬態」「転移」などを導き出したのに対し、私は生物学での用法をベースにそれらの言葉を捉えていた事が、認識の乖離が起こってしまったのだと思います。
改善案2
p78「言語とDNA」の項目をもっと強く発信してみる
「言語こそ、創造として自然現象にとってのDNAだと確信するようになった(p82)」とあるように、ここが進化思考の発想の原点であると思います。故に、進化思考の思想そのものを支える背骨となるものなので、もっと強く打ち出す書き方としても良いかもしれません。これは生物学に寄った考えの私などからは出てこない発想であり、大切にして頂きたい視点であると思います。しかしそれ故に、この発想への理解がしっかり頭に残っていないと、その後つまづき続けると感じました。(現に私は、読み進めていくうちにこの部分を失念してしまってました)
◆誤読したポイント3
生物進化事例が、その形質になった経緯が省略されており、ただ形質を観察しただけになってしまっている。目的と結果が逆転している。
私にとって、ここが最もモヤモヤを感じたポイントでした。
発生過程や周囲環境の説明が省略され、形質だけを取り上げていた為、むりやり過ぎると感じてしまいました。例えばコウモリの指の例示では、「指の骨を長くしたという戦略」と認識させるだけの説明になっています。しかし実際は、
①白亜紀末の翼竜の絶滅により、飛行する脊椎動物という生態系ニッチが空いた
②樹上性の小型哺乳類が、樹上を飛び移ったりできる個体のほうが生存確率が高まった
③結果的に飛膜が発達していった
という流れがダーウィニズムとしての説明となるはずです。その流れが端折られていたので、つまずいてしまいました。周囲環境(ニッチの空き)や、発生過程(飛膜の獲得)を飛ばして形質のみを取り上げているので、これらを知っている人からすると、そこでつまずいてしまうのです。
改善案3
形質のみを取り上げている理由、目的と結果を逆転させている理由を説明する。
具体的には「進化思考とは、生物の形質から逆転のプロセスを経てアイデア発想を行う方法論のため、形質という結果にまず焦点をあてている。そこで「変異」フェーズにおいては形質のみを取り上げている」と説明する。となります。
太刀川さんの説明を受けて改めて読み返してみると、進化思考のフレームワークは、生物進化の③の形質について、とりあえず「経緯を無視」して形質のみ何案も発想(2章 変異)し、その後で市場なりユーザーなりに適合するか(3章 適応)でアイデアを淘汰していっているものだと捉える事ができました。その途端、だいぶすんなりと流れを受け入れられました。
進化思考とは、原因→結果を導くというデザイン思考的な従来のプロセスじゃなく、結果をいくつも出してみてから適合するのを探す、という生物進化の逆のようなプロセスを経るアイデア発想の方法論なんだ、と改めて納得しました。この説明があると、非常に納得できると思います。
※2022.07.08追記
実際の生物進化では遺伝子コピー時のエラーがもとで「変異」が生じるので、ある形質に向かっていくように進化することはありません。
進化思考では形質にがっつりフォーカスしていた為に、誤読が生じる一因になっていたと思います。
上記①②③のように、生物進化の流れで考えていくのは、どういう市場(生息地)があるか…そこに競合(天敵など)はいないか…といった従来のマーケティング手法と同じ部分が多いです(①→②→③)。
一方で進化思考とは、アイデア発想において強制的にエラーを引き起こさせて半自動化する方法論です(③→②→①)。
これですと、目的と結果が逆転していても何ら問題ありません。「進化と目的を繋げるべきでない」という批判に対しても説明がつきます。生物の形質という「結果」から逆算していく方法論としたら、つまずかずに、むしろ新鮮さをもって読み進めていけると思います。
◆誤読したポイント4
生物進化の事例と、人工物の事例で、関連が弱いものがある。
「2擬態」「5転移」で特に感じました。これらの言葉の生物学での用法と、本書での用法に違いがあった事が原因かと思います。
例えば生物進化での「擬態」はナナフシやコノハムシなどの保護擬態や攻撃擬態を指しますが、人工物で挙げられた面ファスナーなどの事例はバイオミメティクス(=模倣)の事例です。「模倣=似せる=擬態的発想」という観点から持ち出されたものだとは理解できますが、バイオミメティクスは生物学的意味における擬態と関連はない為、納得ができず、ここでつまずいてしまいました。
改善案4
生物進化の事例と、人工物の事例での、取り上げ方のルール(仮定)を説明する。
各項目の冒頭などで、説明して納得させる事が出来れば良いと思います。
「生物学における擬態/転移とは○○○です。そこで、人工物の擬態/転移とは△△△と仮定してみることにします」 という仮定の前置きなどがあると、考え方の一つとして、すんなりと受け入れられて読み進める事ができると思います。
◆変異の各項目ごとの追加事例案
ここから、変異の9パターン各項目ごとに、気になった箇所と、こういう事例があったほうがいいと感じた部分を記していきます。「2擬態」「5転移」「7分離」に特につまずいたポイントがあったので、その項については改善案も考えてみました。
既に本書で出されている事例は●で、新しく提案する事例は★で示しています。
【1変量:極端な量を想像してみる】
コウモリ(翼手目)は哺乳類では珍しく飛膜を獲得した系統なので、「9融合」のほうが近いかもです。他で例示されているシロナガスクジラ、ジンベエザメ、チーター、ナマケモノ…は非常にわかりやすかった。
【2擬態:欲しい状況を真似てみる】
かなりつまずきました。
生物学での擬態は「攻撃や自衛のために、周囲環境に似せること」。そこで人工物における擬態を「○○のために似せる」と仮定すると、①周囲に似せる②機能を似せる、があるかと思います。
そして人工物の事例として、生物の擬態に近いものも挙げておくと良いと思います。ここがなかったのでモヤモヤしてしまいました。そこで数点の例を挙げてみます。
生物事例:周囲に似せる
●ナナフシ、コノハムシ、ヨタカ(形の擬態)
★カレイ、カメレオン、ミミックオクトパスなど(色の擬態)
★ウツボカズラ、ラフレシア、ショクダイオオコンニャク(匂いの擬態)
人工物事例1:周囲に似せる
★アクロス福岡。大々的な緑化によって人工建造物が自然に擬態し、メリットを生んでいる例。(この例、太刀川さんの別のインタビュー記事でも取り上げられていました)
★白物家電の色。室内に合うようブラウン系やパステル系になったりした例。
★アウトドアウェア。アースカラー系が多い。逆に遭難時に逆に目立つよう、派手な色のものもある。
●迷彩柄(本書でも触れられています)
★ダズル迷彩。相手を撹乱させる為に軍艦に施される迷彩。事例としては面白いかも。そういえば撹乱迷彩って生物で何かあったっけ??
人工物事例2:機能を似せる
こちらは本書でも取り上げられているバイオミメティクスの事例がそのまま当てはまります。特に追記する必要ありませんが他にもいっぱいある。
●鳥の翼→飛行機の翼
●ゴボウの実→面ファスナー
★フクロウの羽→静音装置
★ロータス・エフェクト→汚れが落ちる壁
【3欠失:標準装備を減らしてみる】
生物学的なニュアンスと異なるので二次的に形質を失ったものの事例が良いです。生物学方面では「消失」「退化(退行進化)」と呼ぶことが多いので、欠失よりもそちらのほうが良いと思います。
なお、アルビノは進化とは少し異なるので、除外したほうが良いと思います。
●ヘビ、アシナシイモリ(手足が消失)
●ヒト(尾が消失)
★モグラ(視力が消失)
★アリクイ(歯が消失)
★ウマの蹄(指5本から1本に統合)
ヒラコテリウム〜プリオヒップスと進化していくにつれて、蹄が1本に(他の指が退化)。指による操作性を捨てて、細く長い脚という速く走ることに全力特化した形質への進化例。
【4増殖:常識よりも増やしてみる】
例として、増殖2の“群れ”の例で、1個体では出来ないことをやっているものを紹介します。
●イワシのベイトボール
●ムクドリの群れ
★サバクトビバッタの群れ(相変異。大規模な群れを形成することで、孤独相→群生相という獰猛モードに変身。闇堕ち仮面ライダー)
★サンゴの群体(群れ以外の例として、「群体」の例もあると良いかも)
【5転移:新しい場所を探してみる】
かなりつまずきました。
事例にあるイチイヅタは外来種であり人為が介入しているので、進化とはニュアンスが異なるため、事例から外したほうが良いと思います。これを入れてしまうと、人為が関わるウシやブタなどの家畜種、イネなどの栽培種、イエネコなどの愛玩動物もその範疇に入ってしまうので。
下記では生息域や生活環境を変えたことで繁栄につながった事例を示します。
(転移1)生息域の転移
マダガスカルやガラパゴスなどの島嶼では、天敵が少ない/いないため、生物群はその環境で独自の方向に繁栄していきます。創造性においても、本書にある「場所の転移」「技術の転移」とリンクすると思います。
★マダガスカル島、ガラパゴス島: 固有種の宝庫
★オーストラリア:有袋類全般
(転移2)生活環境の転移
水棲→陸棲、陸棲→樹上性、移動型→定着型など、生活環境を変える例。何世代もかけて変化していく例と、1個体の中で幼生と成体で姿が変化しているものの両方を挙げても良いと思います。
●魚類から両生類への進化
●タンポポの綿毛
★チョウや両生類の変態。生息場所だけでなく、身体構成や食性まで変える。
★カニやエビなどのプランクトン。幼生の時期を経る。
★刺胞動物。ポリプ型→クラゲ型→定着型のような生活環を持つ。
【6交換:違う物に入れ替えてみる】
交換には必ず相手が存在し、どちらかが利益を享受する仕組みなので、共生関係(とりわけ片利共生)に焦点があたると思います。その為、宿主を交換するという観点で「寄生虫」も近いのかと思いました。
●ヤドカリ(保護機能の交換。死骸の片利共生)
●カッコウの托卵(保護者の交換)
●ロイコクロリディウム(宿主の交換)
p340で紹介されていますが、より良い交換先を選ぶという事例ではここで紹介するのもアリかもしれません。生物に善悪の概念はありませんし。片利共生はどうしてもこうなりますが、寄生側の立場と、宿主側の立場で見解が異なりますね。
【7分離:別々の要素に分けてみる】
かなりつまずきました。
この項のエッセンスは「できるだけ分離して考えること」であり、創造物の事例は「分離壁(膜,開口)」となっています。ただ、生物進化の事例からは、創造物の事例のイメージがつきにくく、飛躍を感じてしまいました。そこで、生物進化の事例でも「分離壁」となる例を多く出すと、イメージが共有しやすく、自然な理解を促せるのではと思います。
●トカゲやヒトデの自切:生命維持部分との分離例。
●内蔵器官:マクロな機構の「分離壁」の例。
★気嚢:鳥類の肺呼吸システム。マクロな機構の「分離壁」の例。
★真核生物の細胞膜:ミクロな機構の「分離壁」の例。
★爬虫類のウロコ:体外環境との「分離壁」の例。半水棲(両生類)→完全陸棲(爬虫類)になるにあたって、大きな問題だった乾燥に適応するための表皮の例。
【8逆転:真逆の状況を考えてみる】
特に補足するものはありませんが、参考までに他の事例も。
★クマノミ、ブダイ:成長などによって雌雄が逆転。
★サカサクラゲ:物理的に逆転。
【9融合:意外な物と組み合わせてみる】
ミトコンドリアは好例ですが、生物進化事例がこれのみとなっているので、さらにわかりやすい例を出しても良いかもしれません。そこで、「機能A+機能B」が外観的にもイメージがつく事例を出してみました。
★コウモリ、モモンガ、ムササビ、トビトカゲ:陸棲動物+飛翔システム。
★ディメトロドン、エダフォサウルス:変温動物+暖房システム。
古生代ペルム紀の盤竜類という爬虫類のグループ(絶滅動物)。変温動物ですが、血管を張り巡らせた帆(神経棘)を融合させることで、日光が当たり短時間で血流が暖められ、素早く動けるようになった、という学説が主流。
◆変異の他の事例
変異の例はたくさんあったほうが良いと思うので、形質や特徴が特殊なもので、ひとまず思い浮かぶものを下記に列挙してみました。また、本書では現生生物のみに言及されている部分が多いですが、地球上で長期間を生きてきた(=生存に成功した)事例として、古生物や絶滅動物の成功例も取り上げると、より広がりが出て、更に良くなるのではと感じています。
★生きた化石たち
・シーラカンス(ラティメリア):古生代デボン紀(約4億年前)
・サメ(クラドセラケ等):古生代デボン紀(約4億年前)
・ゴキブリ(プロトファスマ):古生代石炭紀(約3億5千万年前~3億年前)
・トンボ(メガニウラ):古生代石炭紀(約3億5千万年前~3億年前)
昔から姿がほぼ変わっておらず、かつ身近なものを挙げました。ロングライフデザインにとってのヒントがあるのかも?しれません。
★超長寿の個体
(メタセコイア、屋久杉、ニシオンデンザメ)
巨大植物は数千年クラスの個体がいますし、ニシオンデンザメは脊椎動物最長で寿命が500歳の個体がいます。代謝を極限まで下げて個体が生存している例です。製品寿命と関連づけられるかも?
★片利共生
(フジツボ、コバンザメ、ラフレシア、着生ランなど)
大きな個体に寄ってくる獲物や、宿主の栄養分を食べて暮らす例。アイデアの広がりになるというより、片方だけの利益になっていないかチェックする適応の機構として働くかもです。
p352の補強に使えるかもしれません。
★共進化
(キサントパンスズメガとダーウィンのラン)
形態上は、かなり特殊な例。ある限定状況にだけ特化した突飛なアイデア発想の事例になるかもしれません。
◆適応の他の事例
「外来種」の視点を入れてみても良いかも?と思いました。
スティーブンイワサザイは、持ち込まれた1頭のネコにより絶滅しましたし、ドードーは人間がモーリシャス島に上陸すると乱獲され絶滅しました。またアマミノクロウサギは持ち込まれたマングースや交通事故により生息数が減っていますし、ウナギは人間が食用に乱獲し絶滅危惧種となっています。(マジで悲しいことにほぼ人間が原因)
新規参入が少ない特定市場では、旧態依然としたシステムが維持されがちであり、外来種により駆逐されるリスクが高まります。アイデアにとっての外来種(他分野の技術)を意識することで、アイデアの完成度が更に補強されるかもしれません。
◆ミスだと思われる箇所
★p119「クマの一種であるコアラ」との記載があります。これは誤りなので修正したほうが良いでしょう。哺乳類の中でもクマは有胎盤類の食肉目で、コアラは有袋類のカンガルー目なので、系統的にかなり離れています。
★p345「共生」がミーアキャットの“群れ”の説明になっており、p349「群れ」ではクマノミやウツボの“共生”の説明になっています。ここは逆になってると思います。
追記:3章「適応」についての指摘
【2022.08.01追記】
こちらについては日本デザイン学会で発表された「『進化思考』批判」発表者である松井先生・伊藤先生によりまとめられた下記Zennに、より的確かつ丁寧に修正項目がまとめられているので是非ご覧ください。
まとめ
以上、私が著者の意図を誤読したポイントと、よりスムーズな理解を促せるような事例を列挙してみました。理解の助けになれば嬉しいです。
ただし、ここは本当に重要なことなんですが、
進化に対する間違った理解が広まってしまうのは本当に避けたいと思います。目的は手段を正当化しません。
進化思考は、きちんと生物進化のパターンを捉えてアイデア発想に活かしたものになっているならば、非常に興味深い考え方だと思います。
ただし現状の進化思考自体はそのレベルにはまだまだ到達しておらず、生物学的正しさのある記述が少なく、著者の思い込みで書かれている似非科学的な書籍になっていることは大変残念に思います。私レベルの知識でも批判されるくらいの書籍なので、これから色々な批判がなされていくことでしょう。
でもそれこそが著者にとって良い機会に他ならなく、よりきちんとした書籍にできるチャンスだと思います。ここで批判を真摯に受け止めて、きちんと修正することが出来なければ、それはデザイナーとしての資質を問われます。デザイナーというのは対話をもとにより良いプロダクトを作り上げていこうとする意志を持っています。自らへの批判に対しても、対話を通じ、真摯に受け止めて改善していける、その能力がなければデザイナーとしては失格の烙印を押されるでしょう。
日本インダストリアルデザイン協会の理事長である著者には、私がこんな懸念するまでもなく、その資質が備わっていることを信じています。
ここまで長文読んで頂きありがとうございました!