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絶妙な古さの秘密とは?! フィルムエストの映像を文字から深掘り

昭和のニュース映像と思いきや、アナウンサーが繰り出すのは「タピオカ」「インボイス」「新型コロナウイルス」といった「令和」のトピック。

一瞬いまが何年なのかわからなくなるような、古くて新しい、そして思わず笑ってしまう映像を作り続けている「フィルムエスト」。完全に架空の内容であるにもかかわらず、その再現度の高さから、本物の古い映像と勘違いする視聴者も多いのだとか。

何とも味わい深い、昭和感あふれる手書き番組タイトルの数々

今回は、2024年に改刻フォントがリリースされる写研書体にも造詣が深い「フィルムエスト」主宰のにしいさんに、モリサワnote編集部が文字という側面からその魅力に迫ります。
にしいさんの深すぎる書体愛がうかがえるエピソードも……!どうぞ最後までお楽しみください!


主宰のにしいさんは顔出しNGのため、アイコンでご紹介!

フィルムエストTV
1980〜90年代のテレビ番組やCMの雰囲気を、限りなく緻密に再現したYouTube動画チャンネル「フィルムエストTV」が人気の映像集団。
「フィルムエスト」誕生のきっかけは、主宰のにしいさんが高校時代に制作していた、バラエティー番組のパロディー動画。2014年3月にYouTubeチャンネル「フィルムエストTV」を開設し、近年は著名人とコラボした作品も公開し話題に。企画から映像編集まで担当する、にしいさんは1994(平成6)年生まれ。

写植に魅せられた「昭和大好き」少年

― 本日はよろしくお願いします!「フィルムエストTV」は映像のトーンはもちろん、タイトルやテロップ文字まで昭和の雰囲気を忠実に再現していることに驚きます。まずは、にしいさんの “書体との邂逅かいこう ” を教えてください。

にしい 書体に興味を持ち始めたのは小学校低学年の頃でした。物心ついたときから古いものが好きで、昔の写真をよく見ていたんですけれど、写真にある漢字と学校で習った漢字の形が違うことに気がついて。
例えば同じ『静』という漢字なのに、なんで違うんだろう?と疑問に思いました。結局、国語辞典の後ろについている新字体と旧字体の対照表を見て解決した記憶があります。

左:新字体、右:旧字体

にしい 小4から小6にかけては個人的にポスター作りブームがやってきて、「この教室に入ってはいけません」といった標語をWordで作ったり自分で描いたりして、勝手に学校中に掲示しまくっていました(笑)。

― 小学生にしてタイポグラフィーを活用されていたとは!現在の片鱗が垣間見えます。

にしい 今思えばそうかもしれませんね。当時のパソコンに入っていたフォントではよく丸ゴシックを使っていて、欲しい書体がない場合は文字を手書きしていました。5年以上たってから小学校を訪れる機会があったのですが、手書きのポスターはいくつかそのまま残っていましたね。

― それだけよくできていたということですよね。手書き文字は何かお手本があったんですか?

にしい 特になかったです。ただ、町の看板や海外の道路標識が好きで、インターネット検索を覚え始めた頃にずっとこれらの画像を探していました。標識のもつ意味には一切興味がなくて、文字のたたずみ方とか配置とか、気になるのは完全にデザインだけ。
 
あと、マンガの吹き出しの中に書かれている文字について「ひらがなは明朝っぽい(アンチック体)のに、漢字部分だけゴシック体なのはなぜだろう?」と不思議に思っていました。当時は僕自身も気づいていなかったんですけれど、文字をデザインとして見ていたから、書体の違いが気になったのかもしれません。

アンチック体は、セリフ表現や見出しとして、
力強さや、肉声感のある感情のこもった印象を与えます

― その観察力や探求心は今に続くものですね。中学時代はいかがでしたか?

にしい 僕は関西出身なんですけれど、中学時代に『探偵!ナイトスクープ』というバラエティー番組がちょうど20周年を迎えていたんです。
ある時に昔の映像を振り返る回があって、そこで見たテロップは、自分がポスターで使っていたフォントと何かが違うことに気づきました。Wordで選択できる丸ゴシックやゴシック体、ポップ体とも異なる。

そして調べる中で書体名が「石井ゴシック」や「ナール」だということは突き止めたんですけれど、どうやらパソコンで使えるフォントとしては存在しないらしい。じゃあなぜ番組で使えているのか? 当時は全く仕組みがわからず、それが 写植しゃしょく だと知ったのはしばらく経った後のことでした。

■写植とは
「写真植字」の略で、その名のとおり写真の原理を使って文字を印画紙やフィルムに焼き付ける植字方法。DTPが普及するまでは印刷用の文字として一般的に用いられ、マンガの吹き出しやテレビ番組のテロップにも使われていました。

https://www.morisawa.co.jp/culture/japanese-typesetting/05/

―「なぜ?」がたくさんあった少年時代だったんですね。

にしい そうですね。そしてしばらく時間が経ってから何かの拍子に「あの疑問の正体はこれだったんだ!」と気づくことが多いです。点と点がつながるというか……、壮大な伏線回収のようなことがたびたび起こります。

写植に関しても、SNSが発達し文字について発信する方をフォローするうちに、なんとなく輪郭が見えてきました。ただ当時は写植そのものよりも、写植で使える書体そのものに興味があって、写植のメカニズムを理解したのはここ2年くらいかもしれません。

― 本当に「点」だったんですね。

にしい 僕の人生の中で写植が一番「点」かもしれない(笑)。活版印刷や活字はみんなもその存在を何となく知っているけれど、写植は文字の歴史からスコーンと抜けていて、いきなりフォントの全盛期になっちゃう。この流れがなんだか不思議だなあと、ずっと感じていました。

― 写植のどういったところが、それほどにしいさんを惹きつけたんでしょう。

にしい 昔のものがとにかく好きだったんですよね。大人たちは「懐かしい」と言うけれど、僕の中では懐かしさとは全く別軸にあり、昭和時代の書体はデザインとして面白かった。僕にとっては新しいから好きなんです。

一番興味があるのは1980年代後半から90年代初頭、僕が生まれる直前くらいまでの10年間。撮影機材の画期的な進化などもあり、当時の映像を見るとテレビの表現もかなり自由な印象を受けます。バラエティー番組に携わる方たちの「何でもやってみよう!」というワクワクしたムードが、画面越しに伝わってくる。
そこに必ず添えられていたのが写植文字でした。当時の空気感を表現するには、必須の存在だったんです。


動画の方向性を決定づけた「テレワーク」ロゴ

― ご自身で動画を作るようになってから、フォントはどのようなものを使われていたんですか。

にしい 『探偵!ナイトスクープ』で使われていたテロップを徹底的に調べていた頃から、フォントそのものへすごく興味を持ち始めました。学生向けの有償フォントを契約し、友達とバラエティー番組の真似ごとをして作った動画に使ったりしていました。

このころから技術的にもこだわるようになりました。コメントフォロー(しゃべりに合わせて入れるテロップ)の文字数が多いと1行に収まらないので、カーニングで詰めるか、変形をかけるかといった、細かな調整もしていました。

― それが今の緻密な編集につながっていくわけですね。現在のような「VHSテープに録画されていたような映像」スタイルになるのは、X(旧Twitter)で「テレワーク」のロゴが広く拡散されたのがきっかけだとか。

にしい コロナ禍の中で急速に広まった「テレワーク」ですが、この単語の響きが絶妙に古いのでは?と思い、ロゴを作ってみたくなったんですよね。イメージとしては1990年前後の雰囲気。既成のフォントを使ってもあの古い感じは出ないなと、手書きで作りました。

―おっしゃるとおり絶妙に古い…! ロゴデザインのこだわりはどこにありますか?

にしい こだわりは文字同士の詰まり具合でしょうか。これくらいの文字間隔じゃないと、1990年前後の雰囲気がでないと思います。手書きなので1文字ごとに曲線の角度も違いますが、そういう不均一なデザインが、この時代の味わいを生み出しているのかなと思っています。

にしい 「テレワーク」ロゴを公開するまで、X(旧Twitter)のフォロワーは実際に知っている友人しかいなかったんですけれど、ロゴがバズってから一気に5~6千人にまで跳ね上がりました。
そのときに感じたのは、自分が面白いと思っていることが他の人にも伝わるんだ、ということ。バブル期に光を当てた面白さと、自分が研究し続けてきた技術がちょうど合った気がしました。

手書きや写植の活用も。テロップ制作は超マニアック!

― この経験をきっかけにフィルムエストの方向性が決まったわけですね。ところで、現在上がっている動画の多くに、昔のテレビ番組で使われていたような文字が見られます。これらはすべて手書きですか?

にしい タイトル周りは基本的に手書きで作っています。最近では「私人逮捕」の動画タイトルがそうですね。個人的にはかなり気に入っているんですが、それほど動画の視聴回数が増えていません(苦笑)。
あとは、筆文字っぽい表現や、フォントにないゴシック体の雰囲気を出したいときにも手書きで作成します。

動画も是非ご覧ください!

にしい 一部の動画ではテロップに写植を使っています。写植機をお持ちの小林さんという方が「機械はたまに使わないと壊れちゃうから、写植でテロップを打ちますよ」とSNSを通じて声をかけてくださったのがきっかけで、ありがたくもお願いしているんです。
写植機も初めて実際に見せてもらい、ようやく仕組みが理解できました。先ほどの「点と点がつながった」エピソードのひとつですね。

この動画にも、随所に写植の文字が使われています!

にしい 写植のほかにも、パソコンにあるフォントを加工してテロップに使っています。実際に写植が使えなくても、昭和風のテロップには線がぼやけていたり、角の部分が丸みを帯びてにじんでいたりする「写植感」が必須だと考えています。
なので、「游ゴシック」などの写植のエッセンスを受け継ぐフォントを加工することで、再現を試みています。この加工技術の習得に約3年かかりました。

悩ましいのが、いい塩梅でフォントの画質を汚すテクニックを写植文字へ同じように施すと、どこか雰囲気が違うんですよ……(苦笑)。それでまたゼロからやり直し。今も模索し続けています。


「コミュニケーションする映像」を目指して

― 2024年、写研の代表的な書体「石井明朝」「石井ゴシック」が、OpenTypeフォントとしてリリースされます。まさに、中学生の頃のにしいさんが探しても見つからなかった写植書体がデジタル化されるわけですが、どのように感じていますか。

にしい モリサワさんの書体は常に洗練されている印象で、僕はそこに写植の味わいを大きくは求めていないんですね。モリサワフォントは現代になくてはならない、ないと困る生命線的な存在で、フィルムエストが追求している昭和風な書体とは、また別モノといえるのかもしれません。
ただ、今回石井書体の長い封印が解かれるということで、むちゃくちゃ楽しみにしています! できることなら第二弾、第三弾があるとうれしいです。

 ― ありがとうございます! 石井書体とは別に、写植書体や写研書体でフォント化(デジタル化)を期待する書体はありますか?

にしい 僕は、先ほどもお話しした「ナール」と「スーシャ」がすごく好きで。スーシャは往年のトレンディードラマに出てくる書体で、オープニングのクレジットや、最後に表示される「このドラマはフィクションです」の箇所によく使われている印象です。
あとは「ゴカール」ですね。ポップ体と言われるけれども少し違っていて、遊びすぎていない感じがいいなと。これらがフォント化されることを期待しています。

― では最後に、今後の「フィルムエスト」の展開についてお聞かせいただけますか。

にしい ありがたいことに、各所から「こんなことやってみませんか」というお話をたくさんいただいていて、挑戦してみたい想いが強いです。名前にフィルムと付けているくらいなので、いつか映画も撮ってみたいですし、YouTubeに限定せず活動を広げていけたらいいですね。
 
自分たちから発信するものはある程度道筋が見えていて、ルーティン化されているところもあります。しかし、外部の方から依頼されたものって大喜利に近いというか、自分では思いつかないシチュエーションが待っているので面白いんです。

― お話をうかがうだけでワクワクしてきます!にしいさんのnoteに「今後はコミュニケーションする映像をつくりたい」と書いてあったのを思い出しました。

にしい まさにそうです。一年くらい前に書いたnoteですけれど、言霊なのか、これを書いて以来、動画でコミュニケーションする機会が増えてきたんです。
自分の作った映像が勝手にひとり歩きして、観ていただいた方に面白がってもらえたり、人と人をつなぐツールになったり。フィルムエストの映像を介して、もっと多くの方とコミュニケーションできるといいなぁ……なんて思っています。



いかがでしたか?
にしいさんのあくなき探究心や制作時のエピソードがあまりにも興味深く、取材時間があっという間に過ぎてしまいました。

昭和風文字の再現を目指して探究を続けるにしいさんですが、もちろん映像にかけるこだわりも並大抵ではありません。
あえての粗いモザイク、ボイスチェンジャーで加工した音声、レトロ家電などの小道具収集……。限りなく昭和時代のリアルを再現する映像の裏には、一切の妥協を許さないストイックさと、たゆまぬ努力がありました。

ぜひ、“文字” にも注目してフィルムエストTVを見ていただけると嬉しいです!この記事へのスキもお待ちしています♡(担当:M)