福井地裁の交通事故判決をめぐる誤解と解説
※4/19以降,記事の中でいくつかの追記をしています。
【04/23追記】
今回の事件の判決文が公開されました。
■今回のテーマは何?
平成27年4月13日,福井地裁で次のような判決が出されたそうです。
記事に書かれている情報では判決の事実認定と論理が正確には分かりませんので,現時点で私は,判決に対する賛否は示せません(ちなみに,従来の法論理からすれば,この記事の文章は一部,不正確ではないかと予想されます)。
そもそも,「もらい事故」という言葉は一定の評価を含んだ表現ですので,「もらい事故」かどうかも,現時点では私はよく分からない状況です。
ただ,上記判決&記事に関するネット上のコメントに一定の誤解が認められるようですので,簡単に解説しておきたいと思います。
尚,ネット上のコメントを拝見したのは以下のサイトですので,コメントの内容に色々と偏りがあることは否定しません(笑)。
【追記】
断定はできませんが,記事内容から推測するに,今回の事故に関する2012年当時の報道と写真のようです。写真とGoogleMapのストリートビューからすると見通しは良さそうですが……事実関係が分からないと何とも言えないですね。
■基礎知識
Q1.自賠責って何?
自動車損害賠償責任の略語です。一般に,自動車損害賠償保障法(いわゆる自賠法)3条に基づく責任のことを言います。
Q2.自賠法3条って何?
ざっくり言うと,交通事故の場合に,被害者から加害者への損害賠償請求を簡単にするための規定です。ただし,ケガや死亡などの人身損害に限られます。自賠法3条は物損には適用されません。
ちなみに,自賠法3条には次のように書かれています。
Q3.なんで自賠法3条が定められたの?
理由の1つは,民法の不法行為(709条)の規定だけではマズイと考えられたからです(※1)。
民法の不法行為(709条)の原則からすれば,被害者が加害者に損害賠償を請求しようとすると,被害者が,加害者に故意or過失があったことを証明しなければなりません。
しかし,この証明はとても難しいのです。例えば,あなたが被害者で,もし,加害者が居眠り運転をしていたとしても,それをどうやって「証明」しますか? ブレーキ痕の有無等だけで「証明」できますか?
そのため,自賠法3条は,人身事故があった場合には原則として加害者に責任を負わせることにしました。ただし,加害者側が,自動車の運行について過失がなかったことなどを立証できれば加害者の責任を無しにする,ともしています。
質問の文脈からは少し離れますが,言い換えれば,自賠法3条は「条件付の無過失責任」を定めているのです(※2)。
※1 理論的な詳細については潮見佳男『不法行為法2』(信山社,第2版,2011年)305頁以下などを参照。
※2 塩崎勤ほか編『【専門訴訟講座1】交通事故訴訟』(民事法研究会,平成20年)78頁。尚,より正確に言えば,「自賠法3条の責任は,免責のために無過失は不可欠であるが,それだけでは免責を得るのには十分ではなく,過失を要件としない責任であるということになる。」(窪田充見『不法行為法』〔有斐閣,2007年〕230頁)。
■みなさんのコメントの要旨と誤解
とりあえず落ち着いていただきたいのですが,今回の裁判は民事裁判です。刑事裁判とは別です。自賠法は刑事裁判には適用されません。刑事裁判の場合,検察官が立証しなければなりません。心配しないで。
そして,無過失の証明が必要というのは,上に書いた通り,まさに自賠法が定めていることです。ですから,裁判所はあくまで法律に従って判断したということになります。
上に書いた通り,確かに,民法の不法行為の立証責任は被害者側(損害賠償を請求する側)にあります。
しかし,これまた上に書いた通り,今回は自賠法が問題になっていますので,この原則が修正されています。加害者側(損害賠償を請求される側)が無過失を立証しなければなりません。
恐らく,「無過失」という言葉の印象に引きずられて,いわゆる「悪魔の証明」について言及されているのだと思いますが,無過失の証明はできます。
例えば,今回の福井地裁の事故と似たような事故で,実際に無過失が証明されたものとして,東京高裁平成8年6月26日交通民集29巻3号683頁(※3)などがあります。
東京高裁の事故の内容は,左にカーブしている片側一車線の道路を走っていたバイクが転倒し,対向車線に飛び出したところ,対向車線を走っていた自動車に衝突,バイクの運転手がケガをしたというものです。
大雑把に言うと,この事故では,(1)バイクが対向車線に飛び出した時点で既に自動車とバイクの距離が非常に短い,(2)そのような段階では事故は避けることはできないなどの理由で過失が否定されました。また,この事故では,福井地裁の事故と異なり,前方不注意もないとされました(福井新聞の記事だけでは断定はできないのですが,福井地裁の事件では,前方不注意の過失がなかったことを立証できていない?ようです)。
もちろん,事故の内容にもよるのですが,このように,無過失の証明が「限りなく不可能」ということはありません。
※3 当然ですが,事故の状況がまったく同じという訳ではありません。ちなみに,第1審の横浜地判平成8年1月26日交通民集29巻3号685頁も自賠法3条但書の適用を認め,請求を棄却しています。地裁の担当裁判官は,先日,法務省訟務局長に就任された定塚誠判事でした。
浦和事件,再び……!
これはご指摘のとおりで,ドライブレコーダーがあると事故の事実関係の詳細が分かりやすくなりますので,良かれ悪しかれ立証はスムースになりやすいです。
事実関係次第です。上で紹介した東京高判平成8年6月26日のような事案では,まさにご指摘のとおり無過失です。
他にも,例えば,あなたの運転する車の前方300メートルぐらいの位置で,対向車がセンターラインを越えてきた場合,制限速度を守っていれば通常はブレーキが間に合い,あなたに過失はありません(そもそも事故にならないと思いますが(笑))。
しかし,この時,もし,あなたが前方不注意であった為に,飛び越してきた車に気づかず衝突してしまったとすれば,あなたには過失が認められます。
また,あなたの運転する車が制限速度を100kmオーバーしていてブレーキが間に合わなかった場合,あなたには過失が認められます。
どちらも,極端な例で恐縮ですが(笑)。
ですから,相手の車がセンターラインを越えてきた場合に一律に無過失にする,ということはできません。
【追記】
判決文を見てみないと詳細は不明ですが,東京高裁の岡口判事のtwitterに以下のような記載がありました。
私も詳細は存じ上げないのですが,今回の事件って合議事件なんですか? 合議事件だったとすれば,確かに,裁判長は別の判事かと思われます。
他方,ご担当裁判官の修習期からすれば,特例判事補として単独事件を担当することは可能かと思われます(途中で留学等をされていると別ですが)。
とりあえず,本件に本当に興味がある or 真摯に批判をされたい のであれば,少なくとも判決文を一読されるべきかと思います。
その上で,判決の事実認定 or 論理がおかしいと思われたのであれば,是非,「批判」をされるべきです。また,裁判所,裁判官も真摯にその批判を受け止めるべきです。
【04/24追記】
解説編を書きました。
【参照等】