UXから脳を掘り下げる読書の旅
THE GUILDの @goando です。
同僚のこばかなさんから読書バトンが渡ってきたので、お勧めの書籍を紹介します。
はじめに: UXのために脳を知りたくなった2017年
お勧めの書籍を紹介する読書バトンですが、今年はUXへの理解を脳視点から掘り下げてみたくなり脳科学に関する書籍を読む機会が多かったので、これをテーマに2017年の私のお勧めの書籍をご紹介したいと思います。
#1 : ファスト&スロー - ダニエル・カーネマン
まず今年、脳について理解したいと思ったきっかけの一冊があります。行動経済学のノーベル賞受賞者ダニエル・カーネマンの「ファスト&スロー」です。
以前にも読んだ事があったのですが今年に入って改めて読み直して、これがきっかけとなり今年は脳の働きに強く興味を持ちました。
行動経済学は「人間は必ずしも合理的に行動しない」という観点を基に、経済学に認知心理学を取り入れた研究です。
認知心理学は知覚・理解・記憶・思考・学習・推論・問題解決などの人間の認知機能を対象にした研究で、ファスト&スローでは非常に多くの研究成果が紹介されています。
本書では人間の直感的な判断 =「速い思考」、 時間をかけて行う熟慮熟考の判断 =「遅い思考」、またはシステム1とシステム2という概念的な仕組みで、人間が物事をどう知覚し、処理しているかを説明しています。
システム1は無意識または直感による行動。例えば道を歩いたり自転車を漕いだり、または歯を磨く、等の行為は一般の方にとってほとんど意識を傾けずに実行する事が可能です。また会話をしている相手の表情から感情を読み取るといった事もシステム1によって自動で行われています。突然飛んできたボールを避ける、という行動ももちろんシステム1です。
これに対してシステム2は意識的な思考による行動を指し、例えば群衆の中から知人の顔を探し出すとか、食事のテーブルで自分がマナーを守れているか注意したり、家電製品のカタログを見ながら比較検討したり、と言った熟慮が必要な判断がシステム2によって行われます。
私達は常に処理しなければならないタスクをこのシステム1とシステム2に振り分け、効率良くマルチに行っています。例えば「自動車を運転しながら同乗者と会話を楽しむ」という行為は無意識的な処理と意識的な処理を同時並列に行っている状態です。
システム2はシステム1による直感的な判断を制御する役割も担っており、システム1の処理が誤っているとシステム2が判断すれば、意識的な判断に切り替わる訳です。
この認知の特性はUXやUIを考える上で非常に重要な観点です。なぜなら意識的な判断の総量は人間の一日の活動の中で限界があり、注意力というコストを消費し続けます。注意力が尽きれば自我の消耗を招きミスに繋がり、ストレスを感じる事態に陥ります。従い、私達のようなデザイナーは常にUIが人間にとって負担を与えない様に人間の認知特性を考慮した上で、人間が使いやすいデザインしていく必要があるのです。
少々前段が長くなってしまいましたが、ファスト&スローをきっかけに人間の脳がどう目の前の出来事を知覚し、理解し、思考によって処理するのか、もっと知ってみたいと言う興味から色々な本を読みました。
#2 : MIND HACKS - 実験で知る脳と心のシステム
次にご紹介するのが、脳の構造、視覚、聴覚、言語理解、感覚器同士の関係、推論、構造の理解、記憶、他者との関係など、知覚の特性を具体的な実験方法を基に解説した「MIND HACKS」です。
ファスト&スローよりも、もっと具体的に知覚でどうインプットが処理されているのかを知る事が出来ます。興味深かったケースから幾つかをご紹介します。
人間の脳は他人をより検知しやすく発達している
これは人間の進化の過程で危険から回避するために、視覚上動いているものを人間として認識しやすく出来ている、という研究です。例えば暗い夜道を歩いていて、全く人間でないものが人間に見える事があります。
人間の脳には人間の顔を処理する専門の部位がある
私達は視覚に入った人間の顔から無意識に表情を読み取り、相手の感情の予測を立てます。例えば相手が怒った表情をすれば、その情報が意識に到達する前に身体は警戒状態に入る訳です。この表情を判別する機能や、逆に感情を表情で表す能力は、実は先天的に備わっています。
時間的、空間的に同時に起こった2つの事に因果関係を探し出す
例えば部屋のドアを閉めたら、その瞬間部屋の電気が消えたとします。この時に脳はドアを閉めた事と電気が消えた、全く関係のない2つの事象を関係していると捉える訳です。条件として2つの事象が140msec以内に発生する必要があります。逆に因果があるはずの2つの事象が140msec以上かかっていると、少なからずストレスを感じるはずです。例えばUI上のボタンを押した時のレスポンスが遅れると気持ちが悪いのはこの性質に関係してそうです。
この様に、人間の認知特性が数多くまとまっており、UXを考える上でヒントになる情報が詰まった良書でした。ただし10年前とやや古い書籍の為、こちらを読んで興味が出た分野について最新の研究をサーチしてみるという使い方が良いかもしれません。
#3 : サピエンス全史
こちらも脳つながりで手に取ったのがきっかけですが、今年読んだ書籍で間違いなく一番の面白さでした。
大筋としては現生人類のホモ・サピエンスが認知革命を経て、どの様に地球上の生態系の頂点に上り詰めたかから始まり、農業革命・科学革命・宗教・イデオロギー・帝国主義・資本主義を経て現代の文明に至ったかを様々な非常に斬新な切り口で考察した内容になっています。
なぜホモ・サピエンスが自分たちよりも大柄で逞しいネアンデルタール人や、ホモ・エレクトスなど他の数あるホモ属に打ち勝つことが出来たのか、その秘密は7万年〜3万年前の間に起きた、認知的能力の革命によるものと多くの研究者に考えられています。
ここで非常に興味深いのはホモ・サピエンスが他の種族よりも優位に立てたのは高度な言語の獲得と「虚構を信じる事が出来る能力」だという事。実在しない虚構を脳の中で具現化して信じる事により、伝説や神話、神々、宗教などによって規範を作り、それが不可能な種族はせいぜい血縁・知縁の数十人単位の集団に留まったのに比べて圧倒的に多数の個体を統率する事が出来た事がホモ・サピエンスを生物の頂点に押し上げました。この虚構は、その後イデオロギー、資本主義、貨幣と姿を変え現代の人類を支配するミームとして世界に君臨しています。
我々人類がどんな過去を辿り、どこへ向かおうとしているのか、今までの価値観を捨てて改めて考えさせられた作品です。お正月に人類史に思いを馳せながら読書はいかがでしょうか。
#4 : マインドフル・ワーク
昨今大流行のマインドフルネス、以前から興味はあったものの瞑想という行為にややスピリチュアルな先入観があり、敬遠していました。
脳は多量の糖分を消費する器官として知られていますが、実は意識的な思考活動をしている時よりも、安静時の状態の方が約20倍ものエネルギーを消費しています。これは「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」という活動で、いわゆる脳のアイドリングに当たる状態ですが、脳内のさまざまな神経活動を同調させる働きをしていて、記憶の再構築等の処理を行っています。このDMNの過剰な働きや異常な状態が、精神疾患やアルツハイマー型認知症と関係があると見られています。
このDMNの働きがファスト&スローで言う「システム1とシステム2」の相互連携を表していると感じ、もう少し理解を深められないかと思ったのが本書を手に取ったきっかけです。
DMNというのは、いわゆるボーッとしている状態ですが、こんな時ほど人は過去や未来、その時の心配事などあらゆる事に心を巡らせています。訓練する事によって、この思考があっちこっち彷徨う状態を軽減するのがマインドフルネスです。
訓練と言うのはいわゆる瞑想です。私自身瞑想について先入観があったので、マインドフルネスを敬遠してしまっていた理由でした。しかし現在では瞑想に関する科学的な検証が進んでいて、例えば瞑想をする事によってコルチゾールが低減しストレスが低下する、免疫力が向上する、また瞑想を繰り返し行う事により、大脳のうち感覚入力を処理する皮質領域に変化が起きる事も判明しています。瞑想によって集中力を高めるように脳の構造を強化出来る事が科学的に証明されている訳です。
1800年代にアジアからアメリカに禅文化が渡り、1900年代のビート・ジェネレーションやヒッピー文化で大衆に受け入れられ、現在では多くのプロスポーツやFacebookやGoogleをはじめ、シリコンバレーの多くの企業で企業活動の中心に採り入れられています。
まさに3000年もの時間の中で定性的に実験を繰り返し蓄積されたノウハウが、いま科学の力によって定量的に証明されている様に思います。
さて、自分が本書を読んでマインドフルネスを採り入れてどうかと言うと、半信半疑で瞑想をはじめたものの、概ね良い結果が確認出来ています。
定量的な説明する事が出来ないのですが、思考がクリアになり物事の優先順位が設定しやすくなった様に思います。自分のコントロールが及ばないものは早々に見切りをつけ、生産性を高められるタスクを優先的にこなす事が出来ています。コントロール出来ないものに対して悶々と悩む事が減ったので、大体の時間が心穏やかに過ごせる様になったと感じています。
またマインドフルネスを採り入れていく過程でスマホの通知は一切オフにしました。日々仕事に取り組む中でスマホがもたらすノイズは余りに多く、注意力を阻害し、生産性を著しく下げていた事に今更ながらに気付き、今ではスマホをチェックするのは自発的に確認したくなった時だけです。
この本をきっかけに禅や原始仏教、ミニマリズムなどにも興味が出て本を読み漁っていますが、なかなか深淵な世界なので少しずつ試していきたいと思います。
瞑想のやり方
瞑想は要するに座禅ですが、5〜10分の間目を閉じて自分の呼吸音に集中して何も考えないようにします。何も考えないようにしても何かしら考えてしまうので、自分でその状態を客観視し、再び何も考えないようにします。しばらくするとまた意識が彷徨いだすので、再び客観的に自分が何を思ったのかを観察します。これを繰り返す事により、自分が「過去を振り返りがちなのか」「未来に思いを馳せているのか」「心配事ばかりなのか」「妄想ばかりしているのか」など、自分の思考パターンを分析する事が出来ます。私の場合は今日やる事ばかり考える傾向が強い事が分かりました。思考に費やす事が出来るエネルギーは有限なので、なるべく自分がコントロール出来る事に使いたいですね。
#5 : イシューからはじめよ
最後になりますが、こちらも一応脳つながりで元脳科学者でマッキンゼーのコンサルタント、現在Yahoo JapanでCSO(Chief Strategy Officer)安宅さんの「イシューからはじめよ」です。私のバイブルと言っても良い本です。
元々はデータ分析のノウハウを学ぶ目的で手に取った本書ですが、データ分析に関するテクニカルな話よりも、多くの部分がデータを扱う上でのマインドセットについて説いている内容です。
なぜ生産性が高い人はそうでない人の100倍ものバリューを生み出す事が出来るのか?それは100倍の価値をもたらすイシューを最初に見極めているからに他ならず、バリューの低い仕事を幾ら積み重ねても生産性を上げる事は出来ません。
データ分析の作業は、膨大な量の情報からビジネスに変化をもたらす価値のある情報を見つけ出す作業です。行き当たりばったりでデータを探っても、膨大なデータの海で溺れてしまいます。データ分析を行う上で一番大事なのは、分析を始める前にイシューを見極める事だと気付かされました。これはデータ分析に関わらず、全ての仕事に通じる考えだと思います。
安宅さんのマッキンゼーでのコンサルタントのキャリアを通じて体得された、生産性を高める為の仮説の立て方、分析シナリオの設計、スタンスを明確にする事、アウトプットを人に伝える方法が体系的に紹介されており、データの仕事に関わる方であれば一番最初に手に取って欲しい一冊です。
また脳科学のバックグラウンドから、人が情報を理解する時に脳ではインプットがどう知覚され処理されているのか、メッセージを印象づける為に前後の繋がりをどう表現するべきなのか、など脳科学に基づいた理論を数多く学ぶ事が出来ます。
THE GUILDの中でも私はコンサルティング業務をさせていただく機会が多く、この様な役割におけるバリューとは何なのか、私達のアウトプットによってクライアントに変化をもたらす事が如何に重要であるか、仕事に対するコミットメントについて改めて考えさせられた一冊です。
以上です。今年は「脳」という切り口で何冊もの本を読みましたが、脳科学と禅などジャンルが違えど根底では共通していそうな事柄が数多く見つかり、自分にとって新たな視点を沢山獲得できたと思える一年でした。ご興味がありましたら年末年始のお休み中に手に取ってみて下さい。
▼ 読書バトンという事で、以下の御三方に渡したいと思います!
めちゃくちゃ本を読んでそうな、STANDARDの吉竹さん。
数学者で読書家なイメージの、THE GUILDの奥田さん(alumican)。
ファッション・ガジェットと造詣が深い、THE GUILDのnagikoさん。