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「会社はだれも君に残って欲しいとは頼んでないよ」と、新卒時代の上司は言った

『会社は誰も平岡に、会社に残って欲しいとは頼んでいないよ。』

これはぼくが社会人1年目の頃に、上司に言われた言葉だ。それもずっとずっと役職が上の上司に。

新卒入社した会社の本社は東京・六本木。「東京で働くんだ。」そんな希望と憧れを持って大阪から出てきた。研修で仲の良い同期ができた。東京の電車にも、人の多さにも少し慣れてきた。

研修が終わって配属の内示で言い渡されたのは、縁もゆかりもない名古屋営業所だった。

会社で決まったことだから仕方がないこと。頭では理解できても、心では納得していなかった。

「採用時に東京勤務と聞いていたのに」
「採用部と事業部の連携ができていない結果だ」
「本人の意向が一切配慮されていない」

いかにも正論のように会社を批判することは簡単だった。地方配属になった新入社員の愚痴を、ほとんどの人は同情をもって聞いてくれた。

そんなときに上司との1on1で言われたのが、冒頭の言葉だった。

『会社は誰も平岡に、会社に残って欲しいとは頼んでいないよ。厳しい言い方だけど、今辞めると言っても誰も止めない。』

内定をもらって丁寧に懇親会や入社式をしてもらった。自分は必要とされてこの会社に入ったのだと思っていた。でも会社にとっては、別にぼくがぼくである理由はなにもなかった。

「3年くらい働いたらステップアップのために転職する。」

当時は心の中で密かにそんな風に思っていた。先の上司の言葉が『3年お前にいて欲しいなんて誰も頼んでいないぞ』と言っているように聞こえた。ぼくは完全にお客様気分だった。

でも、その上司は後にこう付け加えた。

『でもそれはぼく自身も同じこと。だれもぼくが辞めると言っても止めはしない。だからね、ぼくは自分の意思でこの会社で仕事をしているんだ。』

会社と自分は常に対等な存在。会社は別に自分を求めているのではない。でもそれと同時に自分もその会社にこだわる必要はない。

別にぼくは頼まれて会社に入ったわけではないはず。自分の意思で選んで、この場所に立っている。続けるのも辞めるのもぼくの自由だ。そしてそれは新入社員でも役職者でも同じ。

そう思った途端、自ら選んだ環境を愚痴っている自分に恥ずかしくなると同時に、気持ちがスッと楽になった気がした。

縛るものが何もないのに自分がここにいるのは、他ならぬ自分の意思なはず。なんでここにいるんだっけ。そうだ、この会社でやりたいことがあるんだった。

ーーー

結局ぼくはその会社を3年勤めて辞めることになる。何が嫌だったわけではなく、会社でやる以上にやりたいことが見つかったから。

辞めると告げてから最終出社日として希望したのは、有休消化を含んできっちり1ヶ月後。異例のスピード退職だ。

「本当にいきなりのことですみません」と詫びたぼくに、やっぱりその上司は『会社は最初から平岡に残って欲しいとは頼んでいないよ。うち以上にやりたいことがあるなら、もちろんその意思を尊重したい。』と言ってくれた。

『会社は誰も平岡に、会社に残って欲しいとは頼んでいない。』という当時の上司の言葉は、当たり前の社会の厳しさを教えてくれると同時に、自分はどこにいても自由だと教えてくれた。

今日から新たに社会人になる人は、きっとこれからいろんなことを経験すると思う。それは楽しいことはもちろん、納得できないほど理不尽だと思えることも。

偉そうなことは言えないけどぼくが伝えたいのは、今の環境を選んだのは自分の意思で、それを変える自由も常に自分の手の中にあるということ。

だから自分がやりたいことは、会社員だからと遠慮する必要は無いと思う。あなたは自由だから。

そしてもし愚痴を言いたくなった時は、今の環境は自分で選び取っていることを思い出そう。あなたは自由なのだから。

ーーー

ちょうどこの3月末に、その上司も20年近く勤めた前職を辞めて別の会社に行くことになったとFacebookの投稿で見かけた。

きっと彼も今以上にやりたいことを見つけて、自分の意思で新たな一歩を踏み出したのだと思う。大きすぎる背中を見ながら、次に会う時に恥じないようぼくもまた頑張ろうと思う。満開の桜が上司の栄転を祝福しているように見えた。

今日の1枚

東京で桜を見ると、希望と不安を抱えて上京してきた時のことを思い出します。使ったフィルムはFUJICOLOR 業務用100。

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平岡 雄太
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