【社説】被爆80年 核廃絶の流れ 確かなものに

 日本被団協へのノーベル平和賞授賞式で、フリードネス・ノーベル賞委員長が世界に訴えかけた言葉が強く印象に残っている。

 「安全保障を核兵器に依存するような世界で、文明が存続できると信じるのは浅はかだ」

 フリードネス氏は続けた。核兵器がどれだけ人道に背いているかを身をもって示してきた被団協に学び、「核兵器のない世界」を諦めてはならないと。

 被爆者運動の重みと被爆地の願いが、世界に届いているのだと改めて確認できたからだ。多くの壁が立ちはだかろうとも、核兵器廃絶の流れを確かなものにせねばならない。

 米国が広島と長崎に原爆を投下し、ことし80年。人類が核と向き合ってきた歳月でもある。

■浅はかな為政者

 再び使われこそしなかったが、葬り去ることもできなかった。それどころか、手放そうとしない強国のエゴに今も振り回されている。核被害の恐ろしさが、核保有国に響いていない状況を放っておけば、人類は破滅への道をたどるしかない。

 ロシアのウクライナ侵攻や、イスラエルが繰り広げる中東の戦闘で、多くの市民が命を奪われている。ロシアは核による脅しを繰り返し、イスラエルは政府高官らが相次ぎ核使用の可能性を示唆した。核の力を信奉する為政者たちの浅はかさを許すわけにはいかない。

 米中対立も影を落とす。米国は24年5月に臨界前核実験を強行し、中国は核弾頭の増産を急ぐ。北朝鮮は核実験まで準備しているとされる。日本をはじめとする米国の同盟国は、厳しい安全保障環境にとらわれて思考停止に陥っている。

 核による脅し合いは国と国民を守る手段にはなり得ない―。被爆者の声に耳を傾け、国際社会がそう決意した証しが、21年に発効した核兵器禁止条約だ。

 24年9月現在で94の国・地域が署名、73の国・地域が批准している。被団協の受賞は、志を同じくする国や、国家を超えて連帯する市民の追い風になるはずだ。被爆者が命を懸けて築き上げた「核使用のタブー」を「核保有のタブー」へと高めていく必要がある。

■核禁条約参加を

 同時に被団協受賞は被爆国日本に具体的な行動を迫る。その一つが条約批准だろう。核廃絶の流れを途切れさせないためにも、この機を逃すべきではない。

 石破茂首相は8日、被団協代表委員の田中熙巳(てるみ)さんらと面会する。その場で3月に開かれる第3回締約国会議へのオブザーバー参加を明言すべきだ。被爆国として「核なき世界」の旗を振る以上、ふさわしい場所に立たなければならない。

 オブザーバーとなれば、自認しながら果たせていない核保有国と非保有国の橋渡し役にとどまらず、核抑止論を乗り越える対話にも取り組めよう。保有国に核の悲惨を直視させ、先制不使用を含む核の役割低減の合意を積み上げる。核の傘から抜け出す近道となろう。

 核兵器関連で生じたヒバクシャの支援なども条約は柱に据えている。広島や長崎の知見を蓄積する日本の使命ともいえる。

■証言伝え継いで

 世界への発信や行動に説得力を高めるためには、なぜ日本が無謀な戦争に踏み切ったのか、という問いに向き合うことも欠かせない。政府だけでなく、被爆地にも必要な営みであろう。

 平和賞の受賞演説を、田中さんは「核兵器も戦争もない世界の人間社会を求めて共に頑張ろう」と締めくくった。そのために「証言の大運動」を展開するという。被爆80年の節目にかける思いを共有したい。

 被爆者がいなくなる日が近づいている。いつまでも頼れるはずがない。次の世代に証言を伝え継ぎ、国内外に広げていく。縦に横に、核廃絶へのうねりを生み出していく。その決意を私たちが示す番である。

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