光合成は地球の生命にとって不可欠だ。生態系の基礎をになう植物は、これによって自らの栄養を得ている。しかし、光合成がどのような仕組みで行われているのかについては、まだ正確にはわかっていない。
今回、ふたつの新たな実験によって、光合成の中でも特に難しい反応のひとつである水の分解における謎の一端が明らかになった。
水の分子が分解されると、酸素が空気中に放出される。「われわれ全員が依存している、あらゆる高等生物にとって不可欠な酸素は、まさに光合成の副産物なのです」と語るのは、米ローレンス・バークレー国立研究所の化学者で、ひとつ目の研究の共著者であるジャン・カーン氏だ。昆虫、魚、人間を含むすべての動物は酸素呼吸を行っており、大半の植物もまた、細胞呼吸のために酸素を必要とする。
カーン氏のチームは、「光化学系II(こうかがくけいに)(PSII)」と呼ばれる、水を分解するタンパク質の複合体をバクテリアから抽出し、そのふるまいを観察した。光化学系IIにレーザーやX線を照射することによって、彼らは原子レベルのプロセスを捉えることに成功した。この論文は2023年5月3日付けで学術誌「ネイチャー」に発表された。
また、同じく2023年5月3日付けで「ネイチャー」誌に掲載されたもうひとつの研究では、光合成の最中に起こっている光化学系IIの変化を赤外線を利用して観察した。
これらの研究手法により、水分子の分解における、これまで観察されていなかった様子が初めて捉えられた。
水分子を分解する目的は電子の放出であり、その電子が光合成におけるその後のプロセスの動力源となる。「これは光合成全体を動かすエンジンなのです」とカーン氏は言う。
謎に包まれていた4つめの段階
光化学系IIの内部には、マンガン、カルシウム、酸素などのイオン(電荷を帯びた粒子)のクラスターがある。このマンガンクラスターこそが水分子の分解を担う触媒であり、新たなふたつの研究もそこに焦点を当てている。「この段階は、原子レベルでは十分に理解されていないのです」と、研究の共著者で、ドイツ、ベルリン自由大学の生物物理学者ホルガー・ダウ氏は言う。
これまでの研究から、マンガンクラスターの水分解反応は4つの段階で進行することがわかっている。まず、光化学系IIの中に水分子が入り、クラスターと結合する。その間、クラスターは入ってくる光から、分解に必要なエネルギーを3段階にわたって蓄積する。最後の4段階目では、さらに酸素分子ができて分解がリセットされるが、この極めて重要な段階は謎に包まれていた。
そこで、4段階目で何が起こるのかを知るために、カーン氏らのチームは、バクテリアから取り出した多数の光化学系IIを暗所に置き、レーザー光を短時間、複数回当てて光合成反応を引き出してから、X線を照射して原子の構造がどのように変化するのかを観測した。こうした方法により、水分子の分解の重要な段階が実際に進行している様子を詳しく捉えることについに成功した。
これによって判明したのは驚きの事実だった。「これまで考えられていた理論は、酵素自体が電子を得た後、最後の段階で化学反応が一気に起こるというものでした」と、ローレンス・バークレー国立研究所の生物物理学者で、ひとつ目の研究の共著者であるビッタル・ヤチャンドラ氏は言う。しかし、彼らのデータはこの予想を支持するものではなかった。「わかってきたのは、最後の段階は一気に起こるのではなく、そこにはより小さなステップが複数存在するということです」
この中間のステップがどのようなものであるのかはまだ明らかになっていない。もしかすると、2つの水分子が一時的に過酸化水素(H2O2)に変化し、その酸素原子が新たな結合で結ばれて、水素が強制的に排除されているのかもしれない。