氷に覆われた北極海の真ん中の海底で、食べ物を見つけるのは難しい。場所によっては水深4000メートルを超える海底のサンプルを採取すると、肉眼で確認できる生物がほとんど、あるいは全くいない泥ばかりだ。
ところが、2011年、そんなサンプルに珍しいものが含まれていた。最初にそれを見た学生は「シロクマ!」と声を上げた。
白い毛皮に見えたものの正体はカイメン(海綿)の一部で、衝撃的だったとドイツ、アルフレッド・ウェゲナー研究所の海洋生物学者アンティエ・ボエティウス氏は振り返る。「このエリアにいるカイメンの数は、おそらく1平方キロ当たり1体ほどです。そのカイメンに命中し、なんという偶然だろうと私たちは思いました」
しかし、2016年、ライトとカメラを持って同じ場所を再訪したボエティウス氏らは、活動を止めて久しい海底火山の頂上を覆い尽くすカイメンを発見した。なかには直径1メートルに達するカイメンもいた。
ボエティウス氏らは不思議でたまらなかった。このカイメンたちはいったい何を食べているのだろう? 食べ物がないように見える場所で、「どうすればあれほどの密度まで増えることができるのか全くわかりませんでした」
その後、分析を重ねた結果、驚くべきことが明らかになった。2月8日付けで学術誌「Nature Communications」に発表された論文によれば、カイメンたちはかつて繁栄したチューブワームの化石を食べていた。
海底火山がまだ活動していたころ、湧き出るメタンを目当てにチューブワームがコロニーを形成した。およそ食べ物には見えないそのチューブワームの化石を栄養に変えてくれるのは、カイメンの体内にいる共生細菌だ。
論文の筆頭著者で、ドイツ、ブレーメンのマックス・プランク海洋微生物学研究所に所属するカイメンの専門家テレサ・モルガンティ氏によれば、カイメンがここで生き延びられるのはこの共生関係のおかげだという。
化石を食べる動物が発見されたのは今回が初めてだ。「ほかの生物には利用できない食物源をカイメンが利用しているという発見は最高にクールです」とオランダ、アムステルダム大学の海洋生態学者ジャスパー・デ・ゴージ氏は話す。「また、細菌との共生が食物の獲得に大きな柔軟性を与えるという過去の研究結果も裏付けています」。なお、デ・ゴージ氏は今回の研究には参加していない。
化石を食べて生き延びる
ボエティウス氏によれば、噴火活動のある海底火山では、死んだチューブワームが残したチューブ(筒殻)の上で次の世代が暮らし、「毛むくじゃらの丘」が形成されるという。噴火活動が弱まり、メタンの供給が停止すると、チューブワームは死に絶える。しかし、キチン質とタンパク質からなるチューブは残り、やがて化石になる。(参考記事:「【動画】水深3800mの深海に奇妙な生物群集」)
火山が活動を停止した後も、それまでの火山活動が一帯の生態系に影響を与え続けうることは過去の研究で明らかにされている、とノルウェー北極大学の海洋生態学者エメリー・オストロム氏は話す。それでも、「これほど極北に、これほど密集したカイメンの園があることに驚いています。私たちは深海のすべてを知っているわけではないという証拠です」。オストロム氏も今回の研究に参加していない。