Salyu特集|全曲レビューで紐解く、デビュー20周年トリビュート盤

2001年公開の映画「リリィ・シュシュのすべて」にLily Chou-Chou名義で楽曲提供し、2004年に小林武史プロデュースのシングル「VALON-1」でデビューを果たしたSalyu。個人の活動と並行し、Bank Bandとタッグを組んだBank Band with Salyu、Cornelius=小山田圭吾をプロデューサーに迎えたsalyu×salyu、haruka nakamuraとのコラボレーション名義・Salyu × haruka nakamuraなど、さまざまなプロジェクトでその唯一無二の歌声を世に届けてきた。

そんなSalyuのデビュー20周年を記念したトリビュートアルバム「Salyu 20th Anniversary Tribute Album "grafting"」が12月18日にリリースされた。このトリビュート盤は、Salyuと親交があるアーティストや尊敬するアーティスト、彼女の音楽に影響を受けたアーティストによるカバー音源18曲を収めたCD2枚組。豪華アーティスト18組がそれぞれの解釈でSalyu楽曲をカバーしている。

音楽ナタリーでは、Salyuの活動を初期から追ってきた音楽評論家・小野島大にトリビュート盤のレビュー執筆を依頼。初回生産限定盤に収録されるSalyuと小林武史によるセルフカバー音源を含めた計22曲の魅力を、小野島のレビューを通して掘り下げていく。

文 / 小野島大

デビュー20周年トリビュート盤「grafting」参加アーティスト

アイナ・ジ・エンド / 青葉市子 / 安藤裕子 / 木村充揮 / 小林武史 / 坂本美雨 / 桜井和寿(Mr.Children) / 玉置浩二 / Chara / 七尾旅人 / 中納良恵(EGO-WRAPPIN') / 原田郁子(クラムボン) / ビッケブランカ / 槇原敬之 / milet / MONGOL800 / 山内総一郎(フジファブリック) / ROTH BART BARON

Salyuというシンガーの在り方、彼女の楽曲を“再構築”する行為について

Salyuのソロデビュー20周年を記念してのトリビュートアルバム「grafting」がリリースされた。計18組のアーティストがSalyuの名曲の数々をそれぞれの解釈でカバーしている。さらにSalyu自身が小林武史とともに新たな解釈でリメイクした4曲を加えた計22曲3枚組。計2時間近い大作だが、長さを感じさせない極めて密度の濃いアルバムである。異なる種類の植物の茎や枝などを切ってつなぎ合わせ1つの木として再生させる「接ぎ木(grafting)」という手法が、本作と通じるものがあるという意味でアルバムタイトルが付けられた。

V.A.「Salyu 20th Anniversary Tribute Album "grafting"」ビジュアル

V.A.「Salyu 20th Anniversary Tribute Album "grafting"」ビジュアル

よく知られているように、Salyuの楽曲の多くはプロデューサーを務める小林武史が作詞作曲している。Salyuは一部の曲のクレジットに作詞で名を連ねているが、いわゆる自作自演を旨とする歌手とは言えない。これに関してSalyuは以前私の取材に答え、こう語っている。長くなるが引用する。

「いろんな先輩に言われるんです。自分で書くのが一番だよって。そう言われ続けて10年ぐらい経って。でも自分のバックグラウンドにおける違いもあると思う。私、歌の始まりが合唱だったんです。あとピアノも大好きで習ってたし。すでにあるものをいかに表現するかってところで音楽をやってきてるんですね。それが私にとっての音楽だったから、というのもあると思う。なんか、歌をどう表現するかってことにすごく興味があった。今は、できあがった脚本をどう演じるか──まあ舞台と歌じゃ全然違うけど──例えるなら、そういった感覚に近い。あとまあ、作詞家・作曲家としての自分にあんまり信頼を置いてない。なぜかというと、私が今まで出会ってきた音楽以上に、自分の歌詞は私をドキドキさせてはくれないから。というのも、自分の中から出てくるものって、私にとってはもう、わかってるものだから。人からいただくもののほうが世界観は広くて、たぶんその世界観全部を理解することができないから。そういった自分の中にはない新しい世界観の歌を表現することのほうが大変興味深いですね」(参照:salyu×salyu「s(o)un(d)beams」特集

「感情をどう込めるかっていうよりは、結果としてどういう感情に見えるかっていうことなんですよね。音楽ってそういうものだから。結果どう見えてくるかっていうことだから、“自分らしさを自分らしさを!”って自分に訴えかけながら歌った歌が、聴いてくれる人に『その人らしい』って届くとは限らないから。あたかも“そう見せる”というのが音楽ですから」(参照:Salyu「青空 / magic」特集

以上は2011年の発言だが、Salyuがどんなアーティスト / ボーカリストであるか、端的に示している。要はSalyuは「自分の気持ちをわかってほしい、自分という人間を知ってほしい」という自作自演歌手にありがちな自己表現欲求を持っているというより、目の前にある楽曲を、その核にあるものを自分の声でいかに表現していくか、ということを目指している、“プロのボーカリスト”なのだ。自作自演の歌手やバンドを取材することが多かった私は、自作自演が当たり前になる以前の、作詞作曲と歌が厳然と分かれていた時代の大歌手たちを思わせるようなSalyuの毅然とした発言が非常に新鮮だったし、頼もしく思ったことを覚えている。

もちろん13年も前の発言だから、今も同じ考えであるかはわからない。結婚、出産という経験を経た今、多少なりとも変わったSalyuが今回の4曲の再演で表現されているのかもしれない。だが少なくとも今作で取り上げられている22曲が作られたとき、Salyuはそんな姿勢で歌っていたことは確かなのだ。

そう考えると、Salyuの曲をカバーするという行為は、自作自演アーティストの曲をカバーするのとは違う位相にあることに気付く。自作自演アーティストの曲を他人がカバーする場合、ときに曲に込められたアーティスト(曲の作者)のパーソナリティや感情、自我にまで向き合うことになる。楽曲の解釈はしばしば、そのアーティストの人物像まで含めどう受け止め解釈するか、という行為につながる。ところがSalyuの場合、作者は小林武史であって、Salyuは小林がそこに込めたメッセージや情念やドラマやエゴを具現化し伝える媒介者の役割である。当然そこにはSalyuなりの楽曲解釈があり、Salyuの個性につながるわけだが、それはSalyuの楽曲をカバーした今作の18組のアーティストも同じだ。つまり小林武史の楽曲をいかに解釈し、表現するかという点において、Salyuも他アーティストも同じ地平にある。本作における18組のアーティストによるSalyu楽曲の歌唱・演奏は、単なるカバーというより“別バージョン”や“競作”という立ち位置に近いのかもしれない。

もちろんオリジナル楽曲はそもそもSalyuのために書かれた楽曲であり、Salyuの声に最適化され、どの曲にもSalyuという傑出したボーカリストによる解釈が強力なスタンプとして表現されている。我々はすべてSalyuという歌手のフィルターを通した楽曲しか知らない。特に本作では1曲を除きすべて小林楽曲が選ばれ、Salyuと小林の関係性が1つのテーマとなっていることがうかがえる。小林武史というソングライターとSalyuというボーカリストの密着度は極めて高い。そこをいかに逃れ、あるいは踏襲して、自分独自の解釈を打ち出していくか。その点については10年以上も前の自分の持ち歌を“再解釈”したSalyu自身も同じである。

デビュー20周年トリビュート盤「grafting」全曲レビュー
【DISC 1】

01. 新しいYES / 桜井和寿

[作詞・作曲:小林武史]
[オリジナル:13thシングル「新しいYES」(2010年3月10日発売) / 3rdアルバム「MAIDEN VOYAGE」(2010年3月24日発売)]

桜井和寿

この曲を歌うのはMr.Childrenの桜井和寿。桜井は「青空」などでSalyuに楽曲提供している。「to U」ではSalyuとデュエットも披露し、ステージでも何度も一緒に歌っている。つまりは身近にいる先輩・兄貴分であり、Salyuの最良の理解者の1人と言えるだろう。本作はSalyuから楽曲を指定したケースと、参加アーティストが自分で選んだケースがあるようだが、本曲は後者。新しい自分を肯定する。新たな未来を肯定する。悲しみの向こうの光を照らし出す。そんなポジティブな歌詞を、Salyuは若々しくパワフルに歌っていたが、桜井は飾り気なく自然体で歌い、Salyuのこれからの未来を祝福する。小細工なしの解釈が小気味いい。最高のオープニングと言えるだろう。

02. HALFWAY / milet

[作詞:小林武史、ERIKO、Salyu / 作曲:小林武史]
[オリジナル:11thシングル「コルテオ ~行列~ / HALFWAY」(2009年2月11日発売) / 3rdアルバム「MAIDEN VOYAGE」(2010年3月24日発売)]

milet

「コルテオ ~行列~」とのカップリングで両A面シングルとしてリリースされた、映画「ハルフウェイ」の主題歌。共作詞に名を連ねるERIKOは同映画の監督でもある北川悦吏子だ。歌うのはシンガーソングライターのmilet。「音楽の世界へ飛び込むときに歌った大切なきっかけの歌だった」という。オリジナルはアコースティックギターをフィーチャーしたフォーキーなアレンジで、Salyuとしては抑えめの歌唱が印象的だが、miletはアレンジの全体的なトーンは踏襲しながらも、Salyuとの声質の違いを生かして、より不器用でぎこちない、だが、いじらしい少女の恋を歌っている。

03. Dialogue(ダイアローグ) / VK Blanka

[作詞:小林武史、Salyu / 作曲:小林武史]
[オリジナル:2ndシングル「Dialogue(ダイアローグ)」(2004年10月27日発売) / 1stアルバム「landmark」(2005年6月15日発売)]

VK Blanka

ビッケブランカは、オリジナルのUKギターロック的なバンドサウンドを、少しテンポを上げてメランコリックなシンセポップにアレンジしているが、歌詞の世界観には忠実なアレンジで、内省と憂鬱と後悔と希望がやりとりされる歌詞をよりドラマティックに盛り上げている。「夢のような午後に~」のフレーズからファルセットになって急激に盛り上がるあたりがこの曲の聴きどころだが、ビッケブランカの柔らかな声は地声とファルセットの切り替えが絶妙だ。

04. アラベスク / 青葉市子×岩井俊二

[作詞:岩井俊二 / 作曲:小林武史]
[オリジナル:Lily Chou-Chou アルバム「呼吸」(2001年10月17日発売)]

青葉市子

青葉市子

2001年公開の映画「リリイ・シュシュのすべて」(岩井俊二監督作品)に登場する架空のシンガーソングライター・Lily Chou-Chou(=Salyu)の楽曲。Lily Chou-Chouの3rdアルバム(という設定の)「呼吸」のオープニングナンバーである。SalyuがSalyuになる3年前の曲だ。

本作収録のバージョンは、14歳のときにDVDで「リリイ・シュシュのすべて」を観て大きな衝撃を受けたという青葉市子が、2021年に岩井俊二と行った対談&セッション「青葉市子と岩井俊二、記憶と創作のダイアローグ。」でカバーしたときの演奏。岩井がピアノ、青葉がボーカルとギターを担当している。

オリジナルのドリーミーで浮遊感漂う美しく悲しいアンビエントポップから、さらに音数を減らし純粋な核だけを抽出したようなミニマムで静謐なカバーは、演者の思いや感情がオリジナルよりもさらに色濃く投影されているようで、なんとも濃密で感動的なバージョンに仕上がっている。客のいないライブハウスで録られたという響きのいい録音も聞き物だ。