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5-3.黒い靄

※8/16 誤字修正しました。

 4/21 描写を一部修正しました。


 サトゥーです。予定は未定という言葉がありますが、事前に綿密なスケジュールを立ててれば上手く行くならデスマーチなんてこの世には存在しないですよね。





「よっしゃ~ 10連勝!」

「アリサばっかりズルい~ ポチも勝つ~」

「タマも勝ちたい~」


 後ろから幼女達の声が聞こえる。2時間ほど前からオレ以外のメンバーで学習カードで遊んでいる。

 あまり余所見もできないので詳細はわからないが、アリサが大人気(おとなげ)ない勝ち方をしているようだ。


「アリサ、10連勝記念だ」

「何? 絵本?」

「それだけ勝てるなら、そろそろ読めるだろ?」

「ん~ たぶん読めると思う」

「ならポチとタマに読んでやってくれ。同じ学習カードばかりじゃ、文字を覚える前に飽きそうだからな」

「あいあい」


 オレが差し出した絵本を最初は渋っていたアリサだが、やがて納得したのか絵本を床に広げて読み聞かせはじめる。

 それにしても2日で覚えるとか凄いな。


 さっきまで文句をいっていたポチとタマも、お話が始まるとちょこんと座って話に耳を傾け始める。


 アリサの意外に慣れた絵本の朗読をBGMに、馬車は街道を進む。


 今日の野営場所を検討するためにマップを調べたかったので御者を替わってもらおう。

 最初はリザに頼もうと思ったんだが、真剣な顔でアリサの朗読を聴いていたので止めてルルに頼んだ。


「少しの間、御者を頼む」

「はい、ご主人様」


 御者台を端にずれルルを迎える。手綱を渡し、マップの確認に専念しようとしたが、ルルから見たら無言で座る主人か……ちょっとイヤだな。


 オレは一旦荷台に移動して御者台を背にして座る。


 さっそくマップの確認をして野営地の選定に入る。実は旅に出る前に候補を考えていたんだが、残念ながら予想より走行距離が短いようなので予定していた候補地が使えない。


 日暮れまでは約4時間ほどだ。

 この丘陵はあと3時間も走れば東西の山が接近した渓谷になっている。前に本屋で買った「王都への旅路」では、この先の谷は難所と書かれていたので谷の手前で野営したいところだ。


 マップで見るかぎりでは、2箇所ほど野営地にできそうな場所がある。手前のところは近くに池もあるから、そこにするか?

 ファンタジーで水場というと水の精霊や水棲の魔物でも出そうだが、マップに出ているのは大蛙くらいなので大丈夫みたいだ。大蛙は迷宮にいた巨大蛙と違って、魔物ではなく普通の両生類のようだ。

 魔物と普通の生き物の線引きはどこなんだろう?





「ご主人様」


 珍しくルルから声を掛けてきた。

 少し戸惑いを感じる声だったので、マップを端にずらして視界を確保する。


「どうしたルル」

「あ、あの、あれを見てください」


 ルルの横から顔を出して指差す方を見ると、南東の山の一部に微かに黒い靄が出ている。

 それにしてもかなり遠い。ルルはよく気がついたな。


「さっき、あの山の辺りから鳥がたくさん飛び上がったんで気になって見ていたんです。そうしたら、あの靄が現れたんです」

「なんだろうな?」


 あの辺はマップの範囲外のあたりだ。そちらを目を凝らして見る。

 AR表示には「未確認の飛行昆虫型の魔物」と出ている。このAR表示はマップと連動しているみたいだから詳細が出ない。

 鑑定も発動しないところをみると有効距離があるのかもしれないな。


「何々? 何かあったの~?」

「アリサ続き~?」

「あったのです?」


 御者台に上半身を乗り出しているオレにかぶさる様に、アリサが乗ってくる。アリサの上にさらにタマが乗る。

 気配からの想像だがポチも乗ろうとしたようだがズリ落ちてしまったみたいだ。


「あそこに黒い靄みたいなのがあるだろ」

「何アレ?」

「黒いからコウモリ~?」


 ポチは鼻を押し付けるようにオレと幌の間の狭いスペースによじよじと割り込んでくる。割り込んでくるのは良いが向きが逆だ。

 しばしポチと見つめ合った後に、体の前のスペースを広げてポチの向きを反転させてやる。


「黒い粒々が動いてるのです」


 おお、凄いな。あの距離で見えるのか。

 飛行型の魔物だったら10分くらいでここまで来るかもしれないな。

 一旦、馬車を遮蔽物の陰に移動して様子をみる事にしよう。


「ルル、前の方に見える林の近くまで行ったら呼んでくれ」

「は、はいっ」


 オレは上に乗ってるアリサをルルの横に座らせる。


「アリサはルルの横で黒い靄の動きを見ていてくれ。あの靄は魔物かもしれないから戦闘準備だけはしておこう」


 魔物という言葉にリザが反応する。


「ポチ、タマ戦闘準備です」

「あいあいさ~」

「らじゃ~なのです」


 そんな言葉を教えてたのは誰だ。いや、聞くまでもないな、いつも真実は一つだ。


 戦闘準備と言っても、リザが槍の布を解いて、ポチとタマが帯剣するだけだ。タマは鞄から投石用の小石をポチにも渡している。

 鞄が重いと思ったら、そんな物を入れてたのか。


 リザが2人が抱える石を小袋に入れて腰に下げてやっている。

 オレは箱から取り出したクロスボウの準備をする。といっても弦を張るだけだ。危ないのでボルトは、まだセットしない。

 リザ達が自分の準備に追われているのを確認しつつ、箱経由でストレージからクロスボウを3丁とボルト200本を追加で取り出す。





「来て、靄の一部が動き出したわ」


 まだマップ圏内には入っていない。アリサの頭越しに山中を見ると確かに靄の一部が山裾の方に移動を開始している。

 オレはルルと御者を交代して、アリサ達を馬車の中に戻す。


 リザ達から準備完了の報告を聞くまで待ってから馬車を加速させた。

 アリサが小声で聞いてくる。


「ご主人様、メニューで種類とかレベル判らないの?」

「あの辺は圏外なんだよ。10キロくらいまで近くに来てくれたら判るぞ」

「魔物が近くまできたら魔法の使用許可が欲しいの」


 ユニーク以外のスキルと蚤の市で使っていた魔法の使用許可を与える。


「あと魔物避け空間(ドッジ・フィールド)が使いたい。他には睡眠波(スリープ・ウェーブ)睡眠空間(スリープ・フィールド)倦怠空間アンニュイ・フィールドとかも許可が欲しいわね」


 オレは各魔法の説明を聞いてから許可を与える。


「敵が多い時は睡眠魔法で眠らせてくれ」

「相手が興奮してたら効かないのよね」


 アリサが苦笑いしながら言う。それは戦闘で意味がないのでは?


「だから倦怠空間アンニュイ・フィールドで鎮めてからコンボで使うのよ」

「なかなか使うのにコツがいりそうだな」

「まあね~ あいにくと範囲魔法は敵味方の区別がないから最終手段だけどね」

「直接攻撃系は無いのか」

精神衝撃弾(サイコ・ボール)とか精神衝撃波(ショック・ウェーブ)とかもあるんだけど、せいぜい相手をスタンさせるくらいよ」

「リザ達と連携するなら、その2つの方が使い勝手が良さそうだな」


 その2つの魔法も使用許可を与えた。

 あの魔物の群れは何かを追いかけているんだろうか?


 マップの外縁に魔物が出現した。


六足猪(ダッシュ・ボア)だと?」


 同じ位置に鼠人も居る。マップ上の光点は高速で一緒に動いている。どうも騎獣のようだ。その速さは時速50キロ近い。数は5騎だ。


「何それ?」

「あの靄が追いかけてる鼠人の騎獣の名前」


 六足猪(ダッシュ・ボア)がレベル5~6、乗ってる鼠人は3~7レベルだ。

 位置が不味いな、このままだとオレ達の後ろに出る。


 鼠騎兵から数分遅れて、黒い靄の一端が圏内に入ってきた。


「後ろから来てるのは大羽蟻(フライング・アント)って魔物だ、2~4レベルで低めなんだが毒攻撃と酸攻撃ありなのが厄介だな」

「げっ、毒とか酸は致死性?」

「酸は火傷程度みたいだ。毒は麻痺毒だから一匹に刺されたくらいなら大丈夫みたいだ」


 とは言っても、ヘタに麻痺させられたら多数に囲まれて噛み殺されるだろう。

 鼠騎兵を追って現れた大羽蟻はすでに50匹近い。


 そんな話が終わる頃、鼠騎兵が後方200メートルほどの場所から林を突き抜けて街道を横切り丘へ抜けていく。

 よし、こっちに来る気はないみたいだ。オレは内心馬に詫びながら、心を鬼にして鞭を振るう。オレやリザ達は何とでもなるが、追いつかれたらルルと馬達がヤバイ。


 ブォンという殴りつけるような轟音が林の向こうから聞こえてくる。全部で89匹が鼠騎兵を追いかけている。


 このままやり過ごせるか?

 そんなオレの甘い考えは背後のアリサの報告で水泡に帰した。


「一匹、こっちに来たわ」



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