[go: up one dir, main page]
More Web Proxy on the site http://driver.im/
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅥ
516/520

機工界編 将来(就職先)が明るい女の子



 秘密の地下工房までの道中は、幾つかリスティ製の罠があっただけで特筆すべき点はなかった。代わり映えのしない暗闇に包まれた一直線の地下通路だ。


 リスティ曰く、普段は自作の電動キックボード(設計図は既に提出済みで悪路以外では実用化されている。これもリスティの貢献の一つ)で移動しているとのことで、ハジメ達も途中から乗り物で移動した。


 ちなみに、〝乗り物〟とは流体金属である。まるで空港などにある動く歩道(ムービングウォーク)のようだった。立ったまま高速で移動する不思議に、子供達は遊園地のアトラクションを楽しんでいるかのように大はしゃぎである。


 噴火同然だったガラクタ山の崩壊時の時といい、なんとも器用に流体金属を使いこなすハジメにユエ達が感心したのは当然、龍太郎達男子陣はロマンを感じたのか、ちょっと分けてくれないかとおねだりしたり。


 あるいは、どうやって制御しているのか興味津々のリスティが根掘り葉掘り質問したり。


 なぜか、コートが同化するように呑み込まれて〝前全開つなぎ服優花ちゃん〟が復活し、ジャスパーや男の子達が気まずそうに目を逸らしたり……


 そうこうしているうちに、一キロメートルほど進んだだろうか、ハジメ達は目的地に辿り着いた。


 元々はスライド式の金属製扉があったのだろう。いや、正確には隔壁だろうか。半分だけ壁から飛び出していたり、半壊していたり、奥に引っ込んだままだったり。何重もの隔たりを展開できたようだ。


 今は機能していないようで、代わりにか無骨な両開きの鉄扉で隔てられていた。


「これ、リスティが取り付けたのか?」

「うん! 待ってて、今開けるから」


 流体金属を〝宝物庫〟に回収しつつハジメが尋ねれば、案の定であった。電子キーではなく、ポーチから中世時代に使われていそうなカギを取り出すリスティ。おそらくお手製のカギだろう。


 ミュウが重厚な鉄扉を見上げながら、思わず、


「え? どうやってやったの?」


 と尋ねる。鉄扉は片側だけでも数百キロはあるだろう。子供の膂力では、否、大人でも取り付けは容易でないはずだ。クレーンなども無理だ。スペースがない。天井に滑車などを取り付けてやったのか……


 いずれにしろ、リスティの小さな体では困難を極めそうだ。


「扉は割と最近だ。元々は向こう側の通路も合わせて扉はなかった。性能実験も兼ねて、えーてんを使ってやったんだ。大変だったけど」

「えーてん?」


 こてっと首を傾げるミュウ。なんとなく響きに覚えがある。それはハジメ達も同じだったのだろう。ハジメを筆頭に何人かが「まさか」と僅かに目を見開いた。


 その〝まさか〟だった。


 ギィッと微かな音を立てて扉が開く。「入って入って!」と宝物を見せびらかす子供みたいな浮かれた様子で初のお客さんを招き入れるリスティ。


 ぞろぞろと中に入る。そして、リスティが壁のスイッチをパチリッと入れた途端、電灯に光が灯り、


「これは……」


 ハジメをして、思わず言葉を詰まらされた。ジャスパー達や優花達は唖然として、ユエ達は「なるほど」と頬を引き攣らせつつも納得の顔を見せる。これは確かに秘匿して当然だろうと。


「じ、自作のロボットぉ……?」


 淳史が思わず声を漏らす。そう、ロボットだ。


 壁一面の収納、幾つもの作業台に置かれた試作品・研究品の数々、自作の作業補助用機械や加工用機械、散乱する遺物や素材、危険物エトセトラ。


 驚愕の対象は多々あれど。


 最も目を引くのは器具で吊された五体のロボットである。


 機兵ではない。かつてG10の隠れ家で出入り口の鍵代わりを務めていたロボットのような、作業用の無骨なタイプだ。大型に小型、スリムタイプ、キャタピラタイプがある。


 機兵には人の脳が使われている。故に、ジャスパーは真実を伏せつつも、マザーの遺言ということにして全回収を厳命し、処分している。実は密かに慰霊碑のようなものも建てていたりする。


 それを知っているからか。流石に機兵自体を隠し持つということはしていないらしい。だからこその自作なのだろうが……


「これ、リスティちゃんが作ったの?」

「そうだよ、香織の姉さん。どれもこれも研究段階でまともに使えないけど……」


 少し恥ずかしそうに俯くリスティ。本当は機兵のように動くところを見せたかったのだろう。上目遣いにチラチラとハジメを見ながら、若干早口で説明を続ける。


「AIは可能不可能とか知識を得られるかどうかに関わらず論外だ。G10への裏切りだから。命令通りに動かすのもこんぴゅーたーの深い知識がいるからまだ無理……だけど、有線で繋いで直接操作するならいけるかなって思って」


 それが、今の研究のメインらしい。


 つまり、機械式の繰り人形だ。よく見ればロボット達の背中からはコードが伸びていて、まるで格闘ゲームのコントローラーのような器具に繋がっている。


 そのうちのスリムタイプは脚甲や手甲のようなものと接続されていた。もしかしなくても、動きをトレースさせるタイプだろう。


「入口の扉は、これを使って取り付けたってことか……」

「う、うん。まだ、細かい動きはできないし、走ったりもできないけど……作業の補助くらいはなんとか……」

「いや、十分に凄いことだ。ああ、本当に」

「!! へ、へへっ」


 工房内にも視線を巡らせながら、ハジメはリスティの頭を撫でた。リスティの頬がバラ色に染まる。内股になってモジモジもしちゃう。


 だが、そんなリスティを見てもミュウは揶揄いの言葉一つ投げられなかった。その目は釘付けだ。五体目の、ただ一体だけ操作用のコードで繋がれていないロボットに。


「パ、パパ。ミュウね、こういうの映画で見たことあるの……」

「そうだな。一緒に見たもんなぁ」


 鋼鉄の人型機械。ただし、中身は空洞。無骨で、歪で、まだまだ不格好ではあるが、それは確かに、


「「「さ、最初のアイアン○ンじゃねぇか!!」」」


 ミュウと同じく、他の四体との違いに気が付いて凝視していた龍太郎、淳史、(のぼる)の声が綺麗に揃った。


 無理もない。それは、あまりにも似ていた。某鋼鉄の男と呼ばれた者が洞窟の中で作ったプロトタイプの、そう、アーマードスーツに。


 奈々と妙子、それに鈴も某映画は履修済みなのだろう。ほわぁ~っと口を開けて驚きをあらわにしている。


「リスティちゃんリスティちゃん! これは動くんですか!?」


 一緒に某ヒーロー集合版を見た際、「我が家のメンバーを当てはめるとしたら、私はやっぱりキャプテンですね!」と自信満々に言ったものの、全員から「え? シアはハ○クでしょ」と言われ、怒ってパンプアップしたシアが興奮気味に尋ねる。


 アーマードスーツタイプにやたらと反応が良いことにキョトンッとしていたリスティは、その質問にがっくりと肩を落として首を振った。


「完全に見かけだけだ。動かすためのエネルギーがぜんっぜん足りなくて、耐久性と動きの滑らかさを両立する目処が立ってない。子供用ならと思ったけど各パーツの小型化が死ぬほど難しい。俺が成長したら意味なくなるし……」

「おいおい、まさか立体機動装置は妥協案か?」

「う、うん。機兵を着て動ければ、それが一番便利だと思ったんだけど……」

「……この子、本当に五年前まで知識ゼロだった? 発想力がとんでもない」


 あらゆる創作物に触れる機会のある子供ならまだしも、リスティのような生い立ちの子ができる発想ではない。と、さしものユエからも戦慄が感じられた。もちろん、他の者達も同じだ。


 だが、当のリスティは、むしろそんな反応に不思議そうにしている。


「? 別にこれくらい普通だろう? おと――(あに)さんは生身に金属の腕をつけてるし、機兵は人の頭の中身を入れたロボットだ。機兵は最悪だけど、機械の体が便利なのは事実。なら、体を傷つけずに着脱式で利用できれば……と考えるのは当然だ」


 完全な強化外骨格こそがリスティの研究の目指すところらしい。どこか悔しそうだ。本当はミュウとの戦いでお披露目したかったのだろう。


「リスティ……お前……」


 低く唸るような声が響いた。ジャスパーだ。いつになく厳しい表情だった。感心よりも不安や憂慮が勝る、そんな表情だ。


「あ、兄貴……機械人形は便利だ! 作業効率は爆上がりだし、作業中の危険性も減る! 自動車や飛行機に手足がついて、より便利になると思えばいい! コルトランの役に立つ!」


 なんとなく空気感が自分とずれていると、ようやく察したのだろう。有用な研究であり危険もないと少し慌てながら猛アピールするリスティちゃん。


 そのアピールには反応せず、ジャスパーの視線は壁面収納や作業台に向く。到底理解できそうにない物が所狭しとある。だが、明らかに武器と分かる物もあった。


 眉間の皺が更に深くなる。ミンディがなだめるように隣に寄り添うが、その表情はやはり濃い憂慮の色に染まっていた。


 なんとも言えない空気感が漂う。


「リスティ、少し見て回ってもいいか?」

「! ああ! もちろんだ、(あに)さん!」


 ジャスパーやミンディの様子で逆に不安そうになっていたリスティが、ハジメの一言でパァッと表情を輝かせる。安心させるように微笑を浮かべて、ハジメはユエや龍太郎達にも視線で促した。


 肩を竦めて一斉に工房見学に繰り出す面々。


「これ、もしかしなくても電話じゃないか?」

「ああ、そうか。マザーの支配下だと発展しすぎてて無線通信技術しかないのか。逆に有線なら、技術解明するまでもなくコルトランで利用できるかもって感じかな?」

「っていうか、デスクの上にあるの基板だよね? うわっ、凄いメモの量。基板の仕組みを試行錯誤で勉強してるんだ……」

「あ、これ自作の基板かな? 左から順に少しずつ複雑になっていってるね……」


 (のぼる)、淳史、奈々、妙子が、作業台の周辺を見学していく。いちいち感心せずにはいられない様子だ。更に、


「え、リスティちゃん。これも自作ですか?」


 愛子が驚いたように指をさす。たくさんのパイプに埋もれるようにして置いてあった物――見た目は完全にライフル銃があった。肩当て部分がやたらと大きいが。


 ジャスパーとミンディがどんどん厳しい表情になっていくのを見て、視線を泳がせながらもコクリッと頷くリスティ。


「爆発物は貴重だから、磁力の反発と圧縮空気で銃火器を再現できないかなと思って。でもダメダメだ。狙いがバラバラだし、威力も低い。数メートル先の相手に、ハンマーでぶん殴った程度の威力しか与えられない」

「いえ、十分では?」

「それなら近寄ってハンマーでぶん殴った方が早いじゃん」


 シアみたいなことを言うリスティに、愛子は愛想笑いを返すしかなかった。今度は雫が尋ねる。四角い金属の箱だ。


「リスティちゃん、これは何かしら?」

「それは湯沸かしの機械だよ。火にかけるんじゃなくて、電気の力で素早くできないかなと思って……いずれは食べ物の中の水分も直接温められたら料理の手間が省けていいと思うんだけど」

「のぅ、リスティよ。もしかしなくとも、これは発電機かのぅ?」

「あ、うん。雲上界の発電設備は高度すぎるけど……ガラクタ山とか地下で取れたものなら少しは仕組みを理解できたから自分でも試してみたんだ。めちゃくちゃしんどいからやめたけど。今は普通にケーブルを使って地上から通風口を通して電力を引っ張ってきてる」


 と、視線を転じるリスティ。ルームランナーみたいなものがあった。コードが大型の機械に繋がっている。人力で電力を生み出す実験をしていたのだろう。


「発電機まで自作したってこと?」


 電力の窃盗に関してはさておき、優花が思わず額に手をやる。


 電力の存在は秘匿中の秘匿事項だった。元上界民からも知識は得られない。サルベージした様々な発電機や蓄電器系のガラクタを少しずつ解析し、壊れた物同士を組み合わせて効果を確かめ、修復し、試行錯誤を重ね、そうして極めて単純な構造とはいえ、ほぼ独学でここまで至ったのだ。


 それは感心を通り越して、信じ難い気持ちにもなるだろう。


 武器ばかりでなく、このようにコルトランの役に立つ物もたくさん考えているようだが、しかし、ここまで来れば問題はそこではない。


 ハジメやリリアーナだけでなく、ユエ達の表情も険しくなり始めた。懸念すべきことに思い至ったからだ。


「リスティ、研究ノートみたいなものはあるか?」

「あ、うん! ある!」


 棚に駆け寄り、両手で抱えるほどの紙束を持ってくるリスティ。少し不安そうなリスティの頭をぽんぽんしてあげながら、その研究ノートに目を通していく。


 最初の頃のはほとんど図形ばかりだ。まだ文字を習得していなかったからだろう。本人にしか分からないので飛ばし、後ろの方から見ていく。


 自分の努力と研鑽の証拠というべきものを憧れの人に見てもらえて、リスティのそわそわが止まらない。


 ミュウに「落ち着けなの」と頬をツンツンされて「うるへぇ!」と噛んじゃうくらい。


「……火力、水力、風力……発電設備の構想まであんのかよ。蒸気を利用しようって発想はどっから着想を得た? こっちは保存食の缶詰から思いついた真空状態に関する考察とアイデア? それに……各種、化学反応のデータか」


 一通り目を通し、ふぅ~っと思わず盛大に息を吐くハジメ。見上げてくるリスティに優しい笑顔を見せる。再び頭をぽんぽんしながら。


「掛け値なしに称賛ものだな。とても五年前まで文字すら知らなかったとは思えない。ああ、参ったよ。お前は、お前は凄い子だな」

「! そ、そんなこと、ないけどぉ? ふへっ」


 再び響いた絶賛の声。動かないはずのネコミミがぴょこぴょこっと高速で動いている様子を幻視してしまうくらい、リスティから隠しきれない歓喜が溢れ出している。


 こんなに人がいなければ小躍りくらいしていたかもしれない。


 だが、そんなリスティに、ハジメは水を差した。片膝を突いて視線の高さを合わせて、これ以上ないほど真剣な表情で。


「ああ、本当に想像以上だ」

「……(あに)さん?」

「リスティ――自重する気はあるか?」

「え?」


 何を言われたのか分からないといった様子で、リスティは見事に固まった。淳史や奈々が「え!? なんで!? 今、褒めたところじゃん!」と驚愕している。


「研究や開発をするなとは言わない。だが、そうだな。何をどの程度研究するか、いつ表沙汰にするか、全てジャスパーに従うことはできるか?」

「な、なんで? どうしてそんなこと言うんだ?」

「危険だからだ。開発した物が、じゃない。お前の身が、という意味でだ」


 そこで、ようやく淳史達も理解したらしい。あっという表情になる。


 あの決闘の時の装備からしてうっすらと感じていたこと。この本当の工房と、これからリスティが実現していくだろう研究内容を見て確信したこと。


「ジャスパーも、分かってるよな?」

「……ああ、旦那。こいつらが完成したら……いや、研究内容を知られただけでも不味い。リスティは……火種になりかねねぇ」


 五年が経ち、既に派閥が生まれつつある。そんな中、人類発展の、あるいは自陣営勝利の要になり得る女の子を、人々がどう見るか。


 もはや、総督の弱点なんてレベルの話ではない。


「……そう遠くない将来、争奪戦になるかも」


 ユエの言葉に、ようやくリスティも自分の立場を理解したらしい。ハッとした顔になる。


 ハジメに認められたい。ミュウに勝ちたい。コルトランの発展にも貢献したい。


 純粋な、そう、子供故のあまりに純粋な想いだけで突っ走ってきたリスティだ。己の価値に、それに気が付いた者達がどういう行動に出るかということに、思い至らなくても仕方ない。


 既に、数々の研究成果とサルベージャーとしての優秀さは知れ渡っている。目を付けている者もいるかもしれない。


 そんな彼・彼女等が、リスティの本当の研究成果を知ったら……


 これから先、我欲や自主性をどんどん芽生えさせ、あるいは取り戻していくであろう人々を思えば、楽観視などしていいはずがなかった。


「リスティ、この工房は破棄してくれ」

「ッ、あ、兄貴……」

「もう十分じゃないか? ミュウちゃんとも納得のできる勝負ができた。旦那にも褒められた。何も研究自体やめろってんじゃない。もっと簡単な、そう、あの有線の通信機とか、それこそ誰でも簡単に使えるようジェットパックの改良をするとか、そういうので――」

「嫌だ!!」


 歩み寄りながら諭すジャスパーから、リスティは逃げるように飛び退いた。キザ歯をむき出しにして、目をこれでもかと吊り上げている。ネコミミフードも相まって、威嚇する猫のようだ。


「ずっとってわけじゃねぇ。十年、二十年と経てば技術も追いついてくるだろう。そうすりゃあお前の研究もそこまで目立たねぇはずだ。それからでも遅くは――」

「遅すぎに決まってるだろ! 絶対に嫌だ!」

「お前が生き急ぐように研究していたのはよ、旦那に会いたかったからだろう? でも旦那はもう、ここにいる。これからは会える」

「夢は一つじゃない。少しでも早く聖地に辿り着いて、G10が安心してアーヴェンストになれるようにしなきゃ――」

「そのG10は、お前が危ない目にあうことをよしとする奴か?」

「それはっ……っ……でも、俺は(あに)さんみたいになりたくて……ミュウにだって追いつけていないのに立ち止まってなんかっ……」


 納得できない様子で、でもジャスパーの言うことも理解できるから、ぐっと唇を噛み締めるしかない。


 言うなれば、一生懸命に目標に向かって邁進していた子供に向かって「今は限りなく自重して、十年後、二十年後に頑張れ」と言っているようなものだ。全速力で走るなというのだ。


 それはまぁ、


「簡単に納得できるはずがないの……」


 ミュウが深い共感を覚えながらリスティに寄り添う。固く握り締められた拳を、自らの両手で包み込む。


 なんとも重苦しい空気が漂った。子供達がリスティに心配そうな目を向けていて、優花達がやりきれなそうな表情になっている。


 そんな中、一拍おいて、


「「ま、そうだよなぁ」」


 声がハモった。ハジメとジャスパーだ。互いに顔を見合わせ、そっくりな苦笑が浮かんでいるのを見て、更に苦笑いを深くする。


 思いのほか軽い雰囲気の二人に、リスティが目を丸くした。


「兄貴?」


 戸惑い気味に呼び掛けてくる末の妹に肩を竦めつつ、ジャスパーは唐突に両膝をついた。そして、ハジメに向かって地面に額を擦りつけるようにして頭を下げる。傍目には土下座のような体勢だ。


「旦那。すまねぇが、なんとかしてやれねぇか? この通りだっ」


 総督として放置はできない。だが、兄としては妹の気持ちを尊重してやりたい。何より、リスティの情熱と才能を、そして意志を、腐らせるなんてことしたくなかった。


 案じる気持ちと同じくらい、否、それ以上に、ほとんど独学でこれだけの成果を見せた妹が誇らしくもあったから。


 ユエ達も同じような気持ちだったのだろう。子供に頑張るなと言いたくない。他者に合わせて、抑圧された中で生きていけとは言いたくない。全力で走りたい方へ走らせてあげたい。そんな気持ちが瞳に滲んでいる。


 ハジメは肩を竦めた。


「まぁ、アーティファクトで結界を張るなりすれば、リスティ以外には絶対に入れないし見つけられない工房にはできるだろう。発明品の公表はジャスパーとよく話し合ってからにしてもらう必要があるが……火種になり得る危険性はかなり低減できるはずだ」

「おおっ、流石は旦那だ!」

「おと――(あに)さん! ありがとう!!」


 喜色満面の顔を上げたジャスパー。その兄貴の背に感謝の念を込めてガバチョッと抱きつきながら、リスティもまた満面の笑みをハジメへと向けた。


 解決策が出されて、リスティが自重しなくていいことに少し複雑そうな心情を滲ませながらも、ミンディ達もホッと安堵の吐息を漏らしている。


 香織がニコニコしながら「やっぱり、ハジメ君は子供に甘々だねぇ」と揶揄い口調とは裏腹に嬉しそうに呟けば、ユエ達も柔らかな表情で頷き……


 しかし、続く言葉で、まだ認識が甘かったことを思い知らされた。


「けど、それだけじゃあちょっとばかし――惜しいな」

「「え?」」


 ぽつりと呟かれた言葉に、ジャスパー&リスティがキョトンッとする。


「本当に、意志の強さも情熱の程も予想外だ。完全に見誤っていた。しかるべき教育を受けられたら、どれだけ才能を伸ばせるだろう。と、否応なく思ってしまうくらいにな」

「あの、(あに)さん? それはどういう……」


 リスティが戸惑い気味に問うが、ハジメはなぜか虚空に視線を向けたまま返答せず。


「この子の歩む速さは、コルトランの人々と違いすぎる。自力で聖地に辿り着くのに十年はいらない。五年もあれば実現してしまいそうだ。だが、それは一人の突出した人間のゴールであって、人類のゴールとは言えない。人類はもう大丈夫だと安心することは、できない」


 リスティが目を見開く。自分が聖地に辿り着いても、G10は安心できないというのだ。ようやく、自分がどれだけコルトランのレベルからかけ離れつつあるか実感してきたらしい。


「何より、この子は俺の娘になることも諦めないだろう。その気持ちを、俺は受け入れた」


 これも予想外だったこと。はっきりと父親にはなってやれないと告げてなお、リスティは諦めなかった。健気にも、その背を追い続けると宣言した。いつの日か、娘と名乗ることを認めてもらえるように。


 五年という子供にはあまりに長い、約束を反故にするような空白期間があってなお、その気持ちは微塵も揺らがなかったのだ。今更心変わりするとは思えない。


「ミュウも、その意志の強さや決闘を通じて半ば認めているようだしな」


 ハジメが穏やかな眼差しで確認するようにミュウを見やれば、ミュウはプイッとそっぽを向きつつも否定はしなかった。お揃いのヘアピンがきらりっと光る。


「つまり、リスティは身内も同然。少なくとも、いずれはそうなるだろう」


 明確な言葉を貰って、リスティが「あわわっ」と動揺している。嬉しさのあまり、ジャスパーの後頭部をペシペシッ。


 と、同時にユエ達は気が付いたようだ。ハジメの襟元からニョロッと流体金属の先端が出ていることに。小型のカメラとマイクが見て取れた。


「俺の言いたいことが分かるか? ――G10」


 ジャスパー達から「えっ」と驚きの声があがる。まさか思いもしなかったのだろう。実は、コルトランに来てからずっと映像と音声がG10と繋がっていたことに。


 しばしの沈黙の後、声が返ってきた。


『……リスティは例外だと?』


 久しぶりに聞いた声に、子供達からワッと歓喜の声が上がる。ミンディもまた声を聞けて嬉しそうにしながらも、話の邪魔にならぬようシーッと口元に指を立てて注意した。


「そうだろう? 嫌でもリスティとは顔を合わせることになる。それとも、聖地に辿り着いたリスティから逃げ回りながら人類を見守るか?」


 からかうように問えば、通信機からは沈黙が返ってきた。思考しているのか、ただ反論できなかっただけか。


 一拍おいて、降参したような声音を響かせてくる。


『確かに、彼女の成長速度は完全に私の想定を上回っています。第二のハーデンとまでは言いませんが、末恐ろしく感じるほどに。キャプテンの期待も理解できます。仰る通り、リスティと生涯会わないのは無理がありそうですね』


 そう言う声音の中に嬉しさが滲んでいるのは気のせいだろうか。


 超高度な演算能力を持ったAIが、己の想定を上回られる。人類の可能性を誰よりも信じ、大切に思っているG10にとって、それは何より嬉しいことなのかもしれない。


「ミュウに勝ちたい、俺に追いつきたい。同時に家族の役にも立ちたいし、コルトランの発展にも貢献したい。それがリスティの意志だ。その情熱が破格だというのはお前も見たな?」

『はい、キャプテン』

「基礎知識がない状態でこれだ。積み上がる知識量に比例して加速度的に成長していくだろう。才能自体はハーデンに及ばずとも、文明を一からやり直している世界での価値は勝るとも劣らない」

『……そうでしょうね。キャプテン達の懸念は実に的を射ていると思います』

「なら、コルトランで独学させ続けるより、あるいは俺の世界に連れていってしまうより、お前の元で、まずこの世界の技術を学ぶ。それが一番じゃないかと思うんだが……どうだ?」

「G10が先生に!?」


 リスティの声が裏返る。完全に予想外だったに違いない。子供達もざわざわ。ジャスパーとミンディも目を見開いている。


『それは、リスティに聖地との行き来を許せということでしょうか?』

「そうだ。ちょうど前に言ってたろ? お前がアーヴェンストになるに当たって、いずれは各部門の責任者が欲しいって。お前は、AIに権限が集中することや自己判断が必要な状況を極端に嫌うからな」


 あくまで、人の指示で動きたいのだ。G10は。とはいえ、各部門の細々した点まで全てキャプテンたるハジメに問い合わせるのは非効率である。だからこその案だ。


 そして、それにはアーヴェンストの整備部門も含まれる。


「ここに、良い技術者の卵がいるが、どうだ? 育ててみないか?」


 ひたむきで、一途で、頑固な情熱と意志を持った子供に、相応の機会を与えてあげたい。


 つまるところ、それがハジメの欲求だった。


 感動で瞳を潤ませるリスティと、そんなリスティに優しい目を向けて頭をぽんぽんしてあげているハジメ。


 まぁたそうやってパパする……と、ユエ達が生温かい目を向けている。優花とミンディは、なんだかぽわぁ~とした目を向けているが。


「G10。俺からもどうか頼むっ」

『ジャスパー……』


 G10が返答をする前に、ジャスパーが再び深々と頭を下げた。


「あんたの決意は十分に理解してる。けどよ、リスティにコルトランは狭すぎるんだ」

『……』

「ちょいと苛烈だが、優しい子だからよ。本当は真っ直ぐ旦那だけを追いかけたいだろうに、故郷(コルトラン)の役に立とうと毎日一生懸命頭を捻ってくれてる。もう、どれだけ貢献してくれたか……でもよぉ、情けねぇが、こいつに報いてやれる方法が俺には、いや、コルトランにはねぇんだよ……」

「兄貴、俺は別に見返りなんて――」


 リスティが何か言いかけるが、ジャスパーは片手を突き出して制止した。


「報いるどころか恩を仇で返す未来が来ちまいそうだ。今だって、旦那の助けがなけりゃあ抑圧することしかできねぇ。だから――頼むっ。リスティを全力で走らせてやってくれ! この通りだ!」


 一拍おいて、「お願いします!」の声が湧き上がった。リスティがハッと振り返れば、兄弟姉妹が揃って頭を下げていた。ミンディと目が合う。微笑を浮かべて頷き、やっぱり「お願いします」と頭を下げた。


「みんな……」


 誰も彼も、末の妹の未来を案じ、同時に好きな場所へ思う存分羽ばたいて欲しいと願っているのだ。それが分かって、リスティの瞳がじんわりと滲む。


「で、どうなんだ、G10」

『……ある意味、ジャスパーはキャプテン以上の恩人です。懇願されては問答無用に却下はできませんね』


 少し思案しているような間を置いて、G10は返答した。


『リスティ、幾つか条件があります』

「は、はいっ」

『一つ、学んだ知識を決してコルトランに漏らさないこと。二つ、研究内容の秘匿を徹底すること。三つ、研究成果の公表に関しては全てジャスパーに従うこと』

「大丈夫、守る! 絶対に! 破ったら爆破するなり切り刻むなり好きにしてくれ!」

『あ、いえ、そんなことはしませんが』


 リスティちゃん、目が本気だった。命を懸けている者の目だった。G10が映像越しなのに思わず気圧されてしまうくらい。


「あ、でも、一つだけお願いしたい!」


 しかも、なんか要求を出してきた。


「聖地には自力で行く。行き来できるようにしてくれるのはありがたいけど、そこは変えたくないんだ! 自分で決めたことだから。だから、できれば自力で会いに行くまでは通信で先生してほしい!」


 最初は通信教育がお望みらしい。実に意地っ張りで頑固な要求だった。


 だが、その頑なさが、むしろG10にとっても、ハジメにとっても好評価だったようで。


『キャプテン、そう言っていますが?』

「はは、流石はリスティ。この意地と根性が急成長の要因なんだろう。ああ、いいさ。直通の通信機を用意しよう。どちらにしろ、最初は座学で基礎を固めないとだしな。もちろん、G10が良ければ、だが?」

『是非もなし、でしょう』


 声音は明るい。様々な事情を考慮し、G10も決意したらしい。


『リスティ、貴女に私の知識を伝えましょう』


 わっと歓声が上がった。リスティの将来の道行きが明るく照らされたようで、我が事のようにジャスパー一家が喜んでいる。口々に感謝の言葉をG10やハジメへ送ってくる。


「あ、ありがとうっ! G10、ううん、先生! それに、おと――(あに)さんと兄貴、みんなも!!」


 リスティも噛み締めるように声を震わせる。


『先生、ですか……。私の職歴を、かつての仲間が聞けばショートするほど驚くでしょうね。ふふっ』


 なんて、リスティの言葉に柔らかい声音で感想を漏らし、しかし、直後には普段の通りの声音に戻って。


『では、キャプテン。私はこれで』

「ああ、悪かったな。細かな打ち合わせは聖地に戻ってからしよう」


 早々に通信から消えるG10。リスティはあくまで例外。ジャスパー一家と談笑することはできないと線引きしたようだ。


 その真面目さに苦笑しつつも、G10の意に反して呼び出したのは自分なので謝罪しつつ、ハジメも引き留めはしなかった。


 ミンディや子供達が少し残念そうだが、G10の気持ちは理解しているので直ぐに切り替える。リスティの周りに集まり、良かったなぁ! と肩や背中や頭をバシバシ。


 痛ぇよ! と怒鳴りつつも、その声音は弾んでいた。気合い充実といった様子で、ぎゅっと握り拳だって作っちゃう。


「これで、もっとミュウに近づける。ずっと速く追いかけられる!」

「ふんっ。言っておくけど、ミュウだって日々精進しているの。少しだって待ってなんてやらないから、せいぜい頑張るがいいの」

「上から目線で言いやがって……まぁ、今は上だからしょうがねぇけど、見てろ! 直ぐに追いついてやる!」


 少女二人が、何やら少年漫画みたいな熱いハートをぶつけ合っていた。ニッと不敵に笑い、拳をぶつけ合っている。


「これは、なんだか凄い技術者が生まれそうな気がするね」

「ほんとね。将来の就職先はアーヴェンストの整備士? なら、この世界どころか……」

「異世界の技術も貪欲に吸収してしまいそうじゃなぁ。G10ではないが、うむ。中々に末恐ろしい」


 ハジメに飛びつくリスティを見ながら香織と雫が顔を見合わせ、ティオがクツクツと楽しそうに笑う。


「……ハジメ、やっぱり子供には甘々」

「ミュウちゃんを優先するという割には随分と手厚いですねぇ?」

「ふふ、でも分かります。あれだけの熱意と努力を見せられたら……一人の教育者として、いえ、大人として、最適な教育の機会を与えてあげたいと思いますもん」


 愛子の言葉に、確かにと笑みを浮べて頷くユエ達。


 ハジメに抱っこされて胸元に顔をすりすりする――途中で、笑顔のミュウに引っぺがされるリスティ。


 ちょっとくらいいいだろ! と咆えるリスティに、良い訳ねぇだろ! パパの胸にすりすりしていいのは娘だけなの! と咆え返すミュウ。額をごちんっとぶつけ合いガルルッと唸り声を上げ合う。


 苦笑しながら、阿吽の呼吸でレミアとミンディが二人を引き離しにかかった。


「なんにせよ、将来が楽しみじゃん?」

「ミュウちゃんの教育方針はオールマイティーな感じでしょ? だとすると、リスティちゃんこそ南雲君のスタイルに一番近い成長をするかもね?」

「そういう意味でも娘に相応しいかも……?」


 微笑ましそうな奈々と妙子、それに鈴の言葉が聞こえていたのか、リスティが「え!? そ、そうかなぁ?」と照れ顔に。ミュウの顔がギュルンッと妙子と鈴を捉える。二人揃って「ひっ」と声をお漏らしした。


 ミュウが「パパ! ミュウも工学の勉強したいの! 錬成魔法も!」と片腕に飛びつきおねだりすれば、負けじとリスティもハジメの片腕に抱き付く。


 あやすハジメの眼差しは実に優しい。そのパパぢから溢れる表情を見たからか。


「……子供かぁ……来年にはユエさん達も……」

「優花。今、羨ましいなぁと思いました?」

「!? な、なに言ってんのリリィ! そんなこと……」


 隣の淳史達は思った。コートをぎゅっと抱き締めながら、すぅぐポワポワと何かを夢想しているような表情になる優花を見て、もう表情に全部でてるよ……と。


 と、そこで、将来の不安が払拭されて誰よりも安堵の吐息を漏らしていたジャスパーが、ハジメにひっついて離れようとしないリスティに困り笑顔になっているミンディを見て、それから再びハジメを見て、何やら思案顔に。


 一拍おいて、よしっと膝を叩いて勢い良く立ち上がる。


「なぁ、旦那」

「うん? なんだ、ジャスパー」

「リスティのこと、本当にありがとな。その~、ついでと言っちゃあなんだが……どうせならミンディも身内に加えてやってくれねぇか?」

「!!!?」


 空気がビシッと固まった。ついでにミンディも目を見開いて石化。子供達はバッとミンディへ視線を向け、次いで隣のハジメへババッと視線を向ける。


 衝撃発言に妄想でポワッていた優花も一瞬で覚醒して「えっ、待って! なんでそんな話に!?」と動揺し、ユエ達は「ほぅ?」と感情の読めない細めた目をミンディへ向ける。


 溜息を一つ。ハジメがジト目をジャスパーへ向ける。


「いきなり何を言ってんだ? お前は」

「いやな、こいつ、ここ一、二年ですんごい数の求婚を受けんだよ。でも恋人を作るどころか、どんな良い奴もすっぱりきっぱり断っちまってさ」


 「ほほぅ~~?」とユエ達が更に目を細めた。ちょっとだけ感情が読める。たぶん、好奇心だ。


 じわじわと赤くなっていくミンディが、ようやく口を開きかけるが……


「ちょっ、兄さん! 何を言い出すの――」

「旦那のこと忘れられねぇんだなぁ。五年経っても惚れてんだよ、うん」


 ジャスパーさん、なんの躊躇いもなく妹の心情を暴露していく。


「俺でも分かるぜ。今のジャスパーがノンデリの化身だってよ」

「ああ、震えるぜ。どうしてくれんだよ、この空気」

「くそっ、なんかくそっ。分かってたけど! ミンディさんも魔神の毒牙にっ」


 龍太郎と昇がドン引き顔でジャスパーを見つつ、巻き込まれないようスススッと部屋の隅へ下がっていく。淳史だけ、違う意味で震えていた。奈々から「玉井っちじゃあ天地がひっくり返ってもあり得ないよ~」と容赦ない一撃を受けて、更に震えた。


 いずれにせよ、ユエ達の目が大変に鋭い。大企業の面接官みたいな目つきだ。リスティを筆頭に子供達も固唾を呑んでいる。


 奈々と妙子が「優花っち! 割り込みは禁止ですって言わなきゃ!」「そうだよ。ちゃんと列に並んでくださいって注意して!」と狼狽えている優花に発破をかけ、鈴が「いや、行列のできるラーメン屋じゃないんだから」とツッコミを入れているのはさておき。


 身内を誰よりも大事に想っているノンデリ総督の善意100%なお願いは止まらず。


「頼むよ、旦那! 何も直ぐにって話じゃねぇ。リスティがいつかこの世界から飛び出すその時、一緒に、な? そんだけ奥さんいるんだし、一人や二人増えるくらい別にいいだろ? たぶん、このままじゃあミンディの奴、奥さん達に遠慮して何も言わねぇ。旦那を想ったまま一生独り身に――」

「もう黙ってぇ~~~~っ!!」


 ミンディさん、絶叫&猛ダッシュ。顔を真っ赤にしたまま、無意識に近くの作業台にあった何かを手に取り、大きく振りかぶった。


 リスティから「あっ、それは!?」と焦りの声が飛び出るが、制止の暇もなく。


 えぐい殴打音とほぼ同時に、鼓膜をビリリと叩く爆発音が。


「ぶげぇらぁ!?」


 ジャスパーがフィギュアスケーターの如くギュルルンッと回転しながら吹き飛んだ。そのまま工房の棚に頭から突っ込み、壁尻状態みたいになる。


 ぴくりっとも動かない……


「リスティ! あのバットなんなの!? 爆発したの!」

「バット? 金属の棍棒だけど……衝撃に反応して爆発する仕組みを考えてて、その試作品だ。一回しか使えないのが欠点なんだよなぁ。こう釘とか刺して、その釘一本一本に爆薬を仕込む感じはどうだろう? それなら技術で打点を調整すれば何回かは爆破できる――」

「この研究オタク! そんなとこまでパパに似ないで! 解説してる場合じゃないの!」


 途中から兄貴の心配を忘れて研究に思考を囚われるリスティちゃん。MADの素質がありそうだ。どこぞのMAD錬成師のように。


 それはともかく、今は凶悪極まりない試作品の直撃を受けたジャスパーさんである。


「わ、私……なんてことを……ち、違うの……そんなつもりじゃ……」


 カランッカランッと音を立てて転がる爆発金属バット。ミンディが、完全にサスペンスドラマで人を殺してしまった犯人みたいな狼狽え方をしている。


「あ~、大丈夫だよ、ミンディさん。気絶してるだけだし、直ぐに治せるからね!」

「え? 仕留めきれなかったのか? やっぱり爆発力が分散して? それともワンテンポ遅い? やっぱりまだまだデータが足りな――」

「ちょっと黙れなの、この研究バカ」


 ミュウにペチンッと頭をはたかれてハッと我に返るリスティちゃん。


 香織がジャスパーに回復魔法をかけているのを尻目に、ユエが面接官――否、もはや尋問官みたいな雰囲気で前に出てきた。


「……で? ミンディ。ジャスパーはああ言ってるけど、実際のところどうなの?」

「そうよ! どうなのよ! はっきりしてよ!」

「優花っち、それブーメラン」

「ちょっと静かにしてようねぇ~」


 優花が親友二人に引きずられるようにして後方へ下がっていく。


 取り敢えず、勢いで兄を殺っちゃったわけではないと分かって、ほっと胸を撫で下ろしたミンディ。焦りもピークを過ぎれば、逆に冷静になれるらしい。深呼吸もすれば、落ち着いた雰囲気が戻ってきた。


「兄の戯言です。忘れてください」


 しっかりした口調だった。迷いや誤魔化しのない真っ直ぐな目でユエを見返している。


「……そう? あながち嘘じゃないと思ったけど?」


 過去の記録映像や再会してからの様子。時折、チラリッとハジメに向ける眼差し。リスティや子供達と接するハジメの姿に自然と綻ぶ表情……


 ジャスパーの言葉が完全に的外れであるとは、この場の誰も思わなかった。


 誤魔化せないと理解したのか、ミンディの表情に苦笑いが浮かぶ。


「確かに、お慕いしていました。いえ、今でもお慕いしています」


 子供達から「おぉ!」と声が上がる。期待の目がハジメに向けられる。優花ちゃんが更に狼狽える。萌え袖をパッタパタ!


「ミンディ。気持ちは嬉しいが、そういう意味で受け入れる気はない」

「分かっています。私も、それを望んでいるわけではありません。ですから、本当に戯言だと流してください。普通に恥ずかしいので、ほんとにお願いします」


 火照った頬をパタパタと手で仰ぎつつも、ハジメの言葉を遮るようにして結論をはっきりと告げるミンディ。


 その表情に無理をしている気配はなかった。ユエ達を見て身を引いたような諦観の色も。


 もっとこう、強く明確な意志により出された結論のようだった。


「えっと……なんで?」


 思わず尋ねたのは優花だった。心底不思議そうだ。それはユエ達も同じらしい。


「求婚を断り続けているんですよね? ハジメさんが理由ではないんです?」

「はい、シアさん。違いますよ。本当に兄さんは……はぁ、分かっていないというか脇が甘いというか……」


 呆れた様子で壁尻継続中のジャスパーを横目にしつつ、ミンディが語るに。


 どうやら求婚ラッシュを受けているのはジャスパーも同じらしい。あの遭遇した女性所員さんのように密かにジャスパーを想っている女性なら数え切れないほどだとか。


「でも単純な好意だけじゃありません。立場が立場ですから」

「なるほど、総督ですものね。ランデルと結婚して王妃になりたいと考える貴族令嬢達と同じ。打算や利益を求めての求婚があるのは当然ですね」


 リリアーナが理解を示す。同時に、雫も「なるほど」と手を打った。


「つまり、ミンディさんへの求婚も打算ありきということね?」

「ええ。もちろん、純粋な好意でしてくださる方もいますけれど、多くはそうです」


 つまり、総督の身内となることでジャスパーへの影響力を持ちたいのだ。それが分かるから、ミンディは全て断っている。たとえ純粋な好意を持つ相手でも間接的な影響はあり得るし、派閥化への影響も無視できないから。


「兄さんは人が良いので、既成事実なんて作られたらもう断ることはできません」

「ああ、そう言えば一時期、兄貴ってば寝込みを襲われまくったんだっけ?」


 リスティが思い出したように割と衝撃的な事実を口にする。何それうらやまけしからんっと淳史は大変憤った。


「それで私がいろいろ対応していたんですが……」

「もしかして、今はそれでミンディさんがジャスパーさんのお相手だと思われて?」


 レミアが、なんとなく読めた展開を口にすれば図星だったらしい。愛しい男の傍に寄ってくる女達への牽制、血の繋がりのない義兄妹の愛……昼ドラでよく見てきた展開です! と。


 あの雲上階で遭遇した女性所員が「貴女がついていながら!」と口にしたり、ミンディにジャスパーを任されてやたらと嬉しそうにしていたのも、つまりそういうことなのだ。


「対外的にはお二人が互いに想い合っているから求婚を断っている、ということになっているんですね?」

「ええ、愛子さん、その通りです。都合が良いので否定もしていません。もちろん、兄さんに心から想う人が出来たなら、それが一番良いのですけど」


 どうやら、求婚を断る理由は随分と政治的らしい。だが、どうやらそれだけではないようで、ミンディは誰もがハッとするほど気力の充実した、それこそ不敵な笑みにも見えるような素敵な笑顔を見せて続けた。


「それに、私、やりたいことがいっぱいあるんです。お料理や服飾もそうですけど、世界の真実を知っているからこそ、人には出来ないたくさんのことがあると思うから……。それでコルトランに貢献したいんです」


 山頂からコルトランの都を眺めた時のミンディの様子が思い出された。発展していく街並みを誇るような、愛しささえ感じさせる表情と声音を。


「生涯、この都の、私達の故郷の成長を見守りたい。手助けしたい。それが、今の私にとって最も大事な想いであり願いなんです。だから、ふふっ、たとえハジメさんに連れ去られても、私、直ぐに逃げ出しちゃいますよ? 故郷に帰るために」


 茶目っ気たっぷりに、ウインクまで付けて、そう断言するミンディ。


 生涯の目標と生きがいを見つけた彼女の笑顔は、ちょっと言葉では表現しきれない魅力をたっぷりと秘めていた。


「まったく。なんで俺が振られたみたいになってんだ? まぁ、いいけどよ」

「南雲ざまぁ――イダァッ!?」


 言葉とは裏腹に納得と敬意のこもった笑みを浮かべるハジメ。ミンディの眩しく感じるほどの生き方はリリアーナにも通じるところがある。素直に応援したくなるものだった。淳史への指弾だって無意識に加減しちゃう。


「……そう。素敵な生き方だと思う。応援してる」

「ふふ、ありがとうございます。ユエさん」


 ユエの眼差しも優しい。納得と感心が宿っていた。


 子供達が、なんだか堪らないといった様子でミンディのもとに寄っていく。邪魔になるかと思ってハジメが自ら距離を取れば、リスティさえもその場に留まりミンディに抱きついた。


 そんな子供達を見るミンディの表情は、


「聖母じゃん」

「いつか〝コルトランの母〟とか呼ばれそうだねぇ」


 奈々と妙子が思わずといった様子で感想を漏らすくらい、そして否定する者が皆無なくらい、確かに強さと慈愛に満ちていた。


 微笑ましく、なんとも和やかな空気が流れる。


 と、そこで、


「ハッ!? 俺は誰!? ここはどこ!?」


 ジャスパーが復活した。収納棚の奥深くに頭を突っ込んだままなので「暗い!? 狭い!? こえぇよぉ~っ」とジタバタしている。


 ……なぜ香織は、棚から引き抜いてから治療してあげなかったのか。


 香織が慌ててジャスパーを引っこ抜く。


「大丈夫ですか、ジャスパーさん!」

「な、なんだ? ここはいったい……俺は確か、山頂で昼メシを食べようとしていて……」


 記憶が飛んでいらっしゃる。リスティの目がきらんっと光った。モルモットを見る研究者みたいな目つきだと、ミュウは思った。


 工学の勉強も大変結構なことだが、G10には道徳と倫理の授業もするよう伝えておこう、と姉心に誓う。


 ミンディが慌てて兄のもとへ駆け寄った。


「何を言ってるの、兄さん。ご飯ならもう食べたでしょ!」


 その返しもちょっとどうなんだとハジメ達が思っている間にも、甲斐甲斐しく介抱しながら事情を説明するミンディ。


 その姿を見れば確かに、この先もずっと兄を支え、コルトランの発展を見守っていくのだろうと、思慕の念が彼女を揺らがせることはないのだろうと確信するに十分だった。


 一時的な混乱だったようで、ジャスパーも次第に記憶を思い出していく。これには香織も一安心。


 そんな中、確かに傍目には夫を支える妻のように見えても仕方ない雰囲気のミンディを見て、「ふむ」と頷く声が。


「ところで、ミンディよ」

「何を言ってるのよ、兄さん。私が兄さんを殴ったりするわけないじゃない。それも金属の棒でなんて。死んでしまうわ。兄さんは転んで頭をぶつけたの――あ、はい。なんですか、ティオさん」


 なんか記憶の捏造を図ろうとしていたっぽいミンディが、呼びかけに小首を傾げる。


「この世界の次に予定しておる旅行先にはの、国を背負いつつも、ミンディと同じようにご主人様を慕っているであろう者がおってな?」

「はぁ……そうなんですね」


 いきなり、なんの話だろう? とますます困惑するミンディ。それはハジメ達も同じだ。訝しげにティオを見やる。


 注目が集まる中、ティオはニヤリと笑った。


「この世には、こんな言葉があるのじゃ。そう――現地妻」

「!?」


 なぜかドヤ顔のティオに、


「お前、なんで今それ言った?」

「……ティオ? 正妻の制裁が必要?」

「珍しく変態以外で混沌を呼ぶじゃないですかぁ。ティオさんもしっかりと旅行気分のようですねぇ」


 ハジメがいらぬ事を言ったティオの右頬をつねり、ユエが左の頬をつねる。いひゃいのじゃ~と幸せそうに、いや、だらしのない顔で訴えるティオ。


 香織と雫が苦笑気味に頭を振る。


「まったくティオったら。そんなのでミンディさんが揺らぐわけないのに」

「ごめんなさいね、ミンディさん。気にしな――」


 ミンディさん、思いっきり揺らいでいた! え、なに、その言葉、知らない……でも、なんだか素敵な響き……みたいな顔だ!


 ユエ達は当然、子供達も思わずじぃ~~っと凝視しちゃう。


「ハッ!? ち、違います! そんな素敵な言葉に期待したりなんてしませんから!」

「ミンディお姉ちゃん……本音、滲み出てない?」


 リスティの指摘に、ミンディは顔を真っ赤にして顔を伏せた。


「そ、そんなのダメなんだからぁ! 南雲、最低よぉ!」

「いや、しねぇよ、そんなこと。それこそティオの戯言だっての」


 優花ちゃんの猛抗議と疑惑を、もちろん、ハジメはばっさりと切り捨てた。


 だがしかし、ハジメを囲む複数の奥さん達の姿を見れば……


 奈々達や淳史達、それに子供達から「ほんとぉ~~?」と実に疑わしそうな眼差しが向けられるのも仕方のない話かもしれず。


 現地妻という概念を知ってしまったミンディの微妙な雰囲気と、姉の幸せを願う子供達の期待の雰囲気も相まって、その後の観光はなんともふわふわした空気感が漂い続けたのだった。



 その後。


 限られた者しか入れない結界の敷設や聖地直通の通信機の設置をハジメがしている間、引き続きリスティの工房を見学したり、広大な地下でサルベージャーの真似事をしてみたり。


 あるいは、召喚直後のハジメと光輝の様子を過去視しに行ったり。


 夜にはジャスパーの私邸にて、シアとレミア、それに優花が中心となって地球の料理を振る舞うパーティーを行い、ミンディや女の子達はユエ達女性陣と、ジャスパーと男の子達は龍太郎達と、それぞれ明け方近くまでおしゃべりに花を咲かせたのだった。


 なお、ハジメとミュウ、そしてリスティだけは工房に戻って、出立ギリギリまで、否、仲良くシアにプロレス技をかけられるまで夢中で工学談義をしていたりする。


 そうして、その翌日。


「……今度は直ぐ会える、よね?」

「ああ、会える。もうヘマはしない。安心しろ」


 少し不安そうなリスティをハジメが抱き締めて、


「そんなに直ぐ再戦でいいの? ミュウが圧勝しますが?」

「お前は来なくていいが? あと五年くらい」


 ミュウとは最後まで煽り合い&メンチの切り合いをして、でも、最後には拳同士をこつんっとぶつけて笑い合い。


 ジャスパー達の見送りを受けながら、ハジメ達は聖地へと戻ったのだった。


 そうして、聖地では復活した自然や人の怖さを知らない動物達と戯れたり、ハジメ&G10&復活ノガリさんVSマザーの最終決戦を見学したり、アーヴェンストの内部ツアーをしたりとのんびり過ごすこと二日。


 ハジメ達は次の世界――天竜界へと旅立ったのだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


時間なくて最後は駆け足気味になりましたが、聖地での戦いはリスティ達観衆がいないと蛇足感ありそうですし、アーヴェンストの内部ツアーはやっぱり元所有者達が一緒の方がいいかなと思いダイジェストにさせて頂きました。

これにて機工界編は終わりです。お付き合い頂きありがとうございました! 


次回からは天竜界編ですが(閑話を挟むかも?)、プロットの見直しに一週かけさせて頂きたいので次週はお休みです。また隙間時間のお供になれば嬉しいです。よろしくお願い致します!


※ネタ紹介

・アーマードスーツ

 『アイアンマン』より。ただ、現状ではむしろ『からくりサーカス』の方向に行くかも?

・ヒーロー集合版

 『アベンジャーズ』シリーズより。シアは十分キャプテンの資質ありますけどね。

・暗い!? 狭い!? こえぇよぉ~っ

 『葬送のフリーレン』のミミックに食われるフリーレン様より。

ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いいねで応援
受付停止中
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。
感想を書く場合はログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
作品の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。

↑ページトップへ