お姫さまと本の悪魔のおはなし
とある小さな王国に、お城のみんなに「本の虫姫」と呼ばれるお姫さまがおりました。
本当の名前は誰も覚えておりません。お姫さまのことを名前で呼んでいたのはお姫さまのお母さまだけ。物心ついたときにはお母さまは亡くなっていましたから、お姫さまは自分の名前も知りません。
血の繋がらないお妃さまや、正妃腹のお兄さま、お姉さまたちは、お姫さまのことを「ニセモノ」と呼んでおりました。ですから小さい頃のお姫さまは途中まで自分の名前は「ニセモノ」なのだと本気で思っていたのです。
ある時、お姫さまはお城で不思議な男に出会いました。影のようにどこからか現れた黒衣の男は、何のきまぐれかお姫さまに文字を教えてくれたのです。そしてひとりぼっちのお姫さまは本を読めるようになると、どんどん物語の世界にのめり込んでいきました。
お姫さまには、お兄さまやお姉さまたちのようなお部屋はありません。お姫さまのためだけにあつらえらえたものは存在しないのです。それでも、お城には大きな書庫があります。
お姫さまは日がな一日書庫にこもって、どっぷりと本の世界に入り込んでおりました。三度の食事よりも大事なものは、読書の時間。お姫さまは、本さえあれば、それで満足だったのです。
ですから「本の虫」というのはむしろ、お姫さまにふさわしい、素敵な名前だったのかもしれません。
***
あるとき、お姫さまの姉である姉姫さまは大変な失敗をしでかしてしまいました。
この国では、冬になると黒い森の木の実は採ってはいけないことになっています。それは黒い森に住む魔法使いとの約束。厳しい冬を超えるために、貴重な木の実は動物たちのためにとっておかなければならないのです。
けれど偶然森を通りかかった姉姫さまは、寂しい冬の森にきらきらと光る赤い実がことのほか美しく思えて仕方がありませんでした。そしてこの赤い実をどうしても手に入れたくてたまらなくなったのです。
そして姉姫さまは、召使いたちが止めるのもきかないで、せっせと赤い実を集め始めてしまいました。手持ちの籠にこんもりと集められた赤い実。嬉しそうに赤い実を頬張った姉姫さまは、勢いよく赤い実を吐き出してしまいました。赤い実は可愛らしい見た目からは想像できないほどに酸っぱかったのです。
ちっとも甘くないことに腹を立てて籠をひっくり返してしまったせいで、寒く厳しい冬の間、森の動物たちのお腹を満たすはずだった木の実は、地面の上で無残に踏まれてぐちゃぐちゃになってしまいました。
そのことはすぐさま、黒の魔法使いから苦情として神殿に届いたようでした。神殿からやってきた神官さまは、怖いお顔で王さまたちに言いました。実は黒い森の主は、魔法使いではなく恐ろしい悪魔である。だから、悪魔との約束を破った償いをしなくてはならないと。
神官さまは、悪魔がとても怒っているので、神殿の北にある高い塔に姉姫さまを閉じ込めてしまうべきだと言いました。北の塔は昔から、処刑することのできない王族を幽閉するために使われている場所なのです。
姉姫さまは、神官さまの言葉に震えあがりました。本当ならば悪いことをした本人が、きちんと罪を償うべきなのでしょう。けれど、姉姫さまを可愛がっている王さまとお妃さまは、姉姫さまが北の塔に閉じ込められることを望みませんでした。
「そうだわ、ニセモノ姫を代わりに行かせましょう!」
何せ、姉姫さまのご兄弟も、むち打ちの罰をご学友に嬉々として代わってもらうようなひとたちなのです。だからこそ姉姫さまの言葉に、暗い顔をしていた人々の顔がぱっと明るくなりました。もちろんニセモノ姫というのは、本の虫姫のことです。
そもそも本の虫姫は、王さまが戯れに手を出した下女の娘です。姉姫さまは半分だけ血の繋がったお姫さまのことが大嫌いでした。同じ年頃の姫は、自分だけで十分だと思っていたからです。
周りのひとにとっても、ニセモノ姫の存在は頭の痛い問題でした。いつかどこかへ嫁がせるにしても、それなりのお金がかかります。厄介払いで押し付けられる先に貸しを作りたくもありません。ましてニセモノ姫ごときで、王家に縁ができたと思われても困るのです。いっそこの機会に死んでくれれば万々歳。
今まで生まれた意味を持たなかったニセモノ姫も、ようやっと存在価値を認められて感謝することでしょう。ニセモノの癖に本物の姫として北の塔に幽閉されるだなんて、なんと栄誉なことではありませか。お姫さまが生まれて周囲に責められた王さまも大層喜びました。
そうしてニセモノ姫こと本の虫姫は、北の塔に住まいを移すことになったのでした。
***
けれど、お姫さまもただ黙って北の塔に移ったわけではありません。かつて自分の名前を「ニセモノ」だと思っていたお姫さまですが、文字を学び本を読むうちに、我慢ばかりしていては損をするだけということを学んだのです。もしかしたら、文字を教えてくれた黒衣の男の性格が少しばかりお姫さまに移っていたのかもしれません。
「本ばかり読んで、何の役にも立たないお前が姉王女の代わりになれるのだ。誉に思うがいい」
「私は姉姫さまではありません。悪魔にはそれがわかってしまうのではないでしょうか」
「悪魔は心の中を読むことはできないという。お前が言わなければわからぬ」
「それならば、姉姫さまの代わりに北の塔に入る私に餞別をくださいませ。書庫の本を全部私にくださるなら、姉姫さまの代わりを務めましょう」
「ならぬと言ったなら?」
「私はただの偽りの姫。本当は名さえ持たぬ本の虫だと答えるまでです」
「お前が死ぬまで本は貸しておいてやろう。北の塔に入ったもので、長生きした者はいないのだからな。お前が死ねば、本は城に返してもらう。わかったならさっさと出ていくがいい」
抱えきれないたくさんの本を携えて、お姫さまは北の塔に閉じ込められることになりました。けれどお姫さまは、何にも気にしておりませんでした。むしろ自分のことを邪魔者扱いするひとたちがいなくなって、せいせいしていたくらいです。
北の塔は、罪を犯した高貴なひとびとが反省するために神殿に設置された頑丈な檻。だからでしょうか、運ばれてくる食事は粗末なものでしたが、お姫さまはちっとも気になりません。本を読んでいれば空腹なんて感じないからです。同じ理由で、夏の暑さも冬の寒さもお姫さまはどうということもありませんでした。
けれど、なんということでしょう。お城に住むお姫さまでなくなったお姫さまは、新しい本を手に入れる機会を失ってしまったことに気が付きました。本はとても高価なものです。今さら新しいものを要求したところで、王さまたちが融通してくれるはずがありません。今持っている本だって、隙あらば回収してしまおうと思われているくらいなのです。
大好きな本は何度読んでも飽きることはありません。それでも時々、新しい本を読みたいなあとお姫さまは思ってしまうのでした。
***
そんなある日のこと、神殿の神官さまがお姫さまの元にやってきました。姉姫さまが黒い森に住む魔法使いもとい悪魔との約束を破った際に、お城に来た神官さまと同じひとです。神官さまは北の塔にお姫さまが引っ越してきたのを見て、一度だけ顔をしかめましたが特に何か言うことはありませんでした。その神官さまが、わざわざ北の塔を訪ねてくるなんて一体何の御用なのでしょう。
「姫殿下、成人を迎えましたら悪魔の元に嫁いでいただくことになりました」
「それは生贄として、悪魔に頭から喰われろという意味でしょうか」
首を傾げるお姫さまに対して、神官さまは重々しく首を横に振りました。
「あなたはその身で悪魔の無聊を慰めるのです。悪魔があなたを気に入れば、この国は今までと同じように悪魔の加護を得られるでしょう」
「悪魔の元に嫁いだなら、新しい本が読めるでしょうか?」
「は?」
「私、新しい本が読めるのなら、今すぐにでも嫁ぎますわ」
神官さまは口をあんぐり開けました。何を言っているのか、意味がわからなかったのでしょう。そんな神官さまの前で、お姫さまはにこりと笑って言いました。
「悪魔は、人間を書物に変えてしまう力があるのだと聞いております」
「それを聞いてあなたは、悪魔を恐ろしいとは思わないのですか」
「ひとの数だけ新しい本が読めるのだと喜ぶ私の方こそ恐ろしいかもしれませんわね。それにいつか私も本にしていただけるのであれば大変光栄なことですわ」
するとまるで悪魔がその言葉を聞いていたかのように、お姫さまの左手の薬指に指輪が現れました。金や銀ではない、まるで闇夜を煮詰めたような真っ黒な指輪です。
「神官さま。ここにある本は、私の財産です。嫁入りの際にはすべて持っていきたいのですが、よろしくて?」
「お金や食べ物は必要ないのですか。どのような暮らしが待っているか、わかりませんよ?」
神官さまの問いかけに、お姫さまは小さくふきだしました。
「明日の命もわからぬ場所に嫁ぐのであれば、それこそ私はこれらの本を持ってまいります。大好きな本を読んでいれば、眠れないのもご飯を食べられないのも、ちっとも気になりませんもの」
「まあ、悪魔なりに生活は保障してくれるはずです」
「そういえば私の食事も赤い実になるのかしら? 動物たちの分を食べ過ぎないように気をつけなくちゃ」
「さすがの悪魔も、花嫁には人間用の食事を出しますよ」
ここに来てもやっぱりお姫さまにとっては、本が読めることが何より大事だったのです。
***
悪魔との結婚が決まっても、お姫さまはいつも通り。変わったことといえば、神官さまが悪魔から本を預かって持ってくるようになったことくらいでしょうか。今日も嬉しそうに微笑みながら、本を受け取るために手を差し出しました。
けれど、先に渡されたのは美味しそうなスープとパン。パンには真っ赤なジャムが添えられています。
「本ばかり読んでいてはいけません。ちゃんと食べなくては」
「痩せっぽちでは、お嫁に行けないから?」
「まったく、あなたはどうしてそう昔から食に無頓着なのですか」
「ひとりで食べるご飯は味気ないのです」
「それでは、一緒に食べましょう」
いつもなら使用人に渡された食事は、気が向くまで放っておくお姫さまが今日はにこにこと食べ始めました。お姫さまは、神官さまと一緒に食事をすると胸がぽかぽかすることを知っているのです。嬉しそうにパンを食べるお姫さまに、神官さまは言いました。
「今までここに入れられた罪人たちは、外に出たいと泣き喚いていました。彼らはわたしに向かって、ここから出してくれと懇願したものです。それなのにあなたはどうしてそんなに平然としているのです?」
「だって、逃げ出す必要なんてありません。私は日夜、さまざまな世界の冒険に出かけています。私の心は何より自由なのです」
お姫さまはそう言って、そっと本の表紙を撫でました。文字を学んでから読み始めた本の世界は、さまざまな発見に満ちています。現実の家族には恵まれなかったお姫さまは、本の中でたくさんのことを学んだのです。
「けれど今の生活は寂しいでしょう? 悪魔はわたしにすべてを任せきりで、あなたの顔さえ見に来ないのですから」
「あら、寂しくなんてありません。神官さまがここに来てくださっているではありませんか」
お姫さまの言葉に、監視役の神官さまは鼻白んだように答えました。
「結婚相手のいる女性とは思えない言葉ですね」
するとお姫さまは不思議そうに首を傾げて尋ねました。
「そういえば私は結婚したら、神官さまのことをなんとお呼びすればよいのでしょう。悪魔さま……だと変ですから、昔のように魔法使いさまと呼んだらよいのかしら?」
「は?」
「あら、神官さまが魔法使いさまであることは知らない振りをしていなければいけなかったのかしら。ごめんなさい。私、本で勉強したことは覚えているのですが、口伝の不文律などがあるのなら教えてくださいませ」
いやいや、そうじゃないと神官さまは額を押さえました。
「どうして、わたしが悪魔だと思ったのですか? わたしは神官ですよ?」
「神官さまこそ、何をおっしゃっているのかしら。初めて書庫でお会いしたときからあなたは何にも変わっていらっしゃらないではありませんか」
くすくすと可笑しそうにお姫さまは笑いました。
***
お姫さまが黒衣の男と初めて会ったのは、もうずいぶんと前のことでした。悪魔が出るという噂のお城の書庫に閉じ込められていた時のことです。
文字が読めないお姫さまにとって、書庫というのはかびくさくて、寒くて、暗い場所でしかありませんでした。
それでもここに入っていれば、意地悪な姉姫さまたちから隠れることができます。いるかいないかわからない悪魔なんかより、血の繋がった家族のほうがよほど警戒すべき対象だったのです。
読めない本に囲まれて、やることもないお姫さまは、とりあえず端っこで横に膝を抱えて座り込みました。お姫さまにとって、黒は好きな色です。眠っていれば全部忘れることができるからです。
そこに突然現れたのが、黒衣の男です。この書庫には、お姫さま以外誰もいないはずでした。扉には外から鍵がかけられています。男はまるで影のように、どこからか湧いて出てきたのです。
「どうしてこんなところで寝ているのです。ここは悪魔が出ると有名でしょう?」
「だって姉姫さまが怖いんだもの」
「悪魔が怖くないと?」
「悪魔は私のことを階段から突き落としたり、食べ物に針を入れたりするの? それなら私、悪魔も怖いわ」
「悪魔はそんなことはしません」
「じゃあ、大丈夫よ」
「でも悪魔は、人間を本にしてしまうそうですよ?」
「本かあ。本になると、痛いのかな。痛くないなら、別に本になってもいいか」
あっけらかんと言い放ったお姫さまに、黒衣の男は言いました。
「まあもしも悪魔が人間を本に変えてしまうことができたとしても、あなたを本にすることはないでしょうね」
「私が『ニセモノ』だから?」
「あなたの中が空っぽだからですよ」
黒衣の男の言いたいことはよくわかりませんでしたが、自分は悪魔にすら必要とされていないことがわかり、お姫さまは少しだけしょんぼりしました。
「おや、なんだか残念そうですね」
「だって私は、悪魔にさえ要らないと言われたんだもの」
「それなら空っぽじゃなくなればよいのです」
「どうやって?」
「ここは書庫ですし、本を読んでみてはいかがでしょう」
そこでお姫さまは小さく首を横に振りました。
「私、字が読めないの。教えてくれるひともいないから無理よ」
黒衣の男は、お姫さまを上から下までじっくり観察したあと、訳知り顔にうなずきました。
「それでは、ここにいる間でよければわたしが文字を教えてあげましょう。もちろん、お代はいただきません。あなたはわたしに面白いものを見せてくれそうですから」
「ねえ、あなたはだあれ? なんて呼んだらいいの?」
「好きに呼んでいただいてかまいませんよ」
「ホンモノ?」
お姫さまのことを「ニセモノ」と呼ぶひとたちは、同じくらい「ホンモノ」という言葉を使いました。目の前にいるひとは、お城で見かける王族のみんなよりも綺麗で立派です。それならば、きっとこのひとには「ホンモノ」という言葉がふさわしいのでしょう。
「……わたしのことは、魔法使いと呼んでください」
「わかったわ、魔法使いさま」
そうしてお姫さまは、黒衣の魔法使いに文字を教わったのでした。
「どうしてあなたはここにいるの?」
「もともとは黒の森に住んでいたのですが、うっかり閉じ込められてしまって」
「そうなの? じゃあ、私が外に出る時に一緒に外に出たらいいわ。何日後に扉が開くかはわからないけれど」
「おや、早く出たくはないのですか? わたしが叶えてあげますよ。対価はいただきますが」
「まるで、悪魔みたいなことを言うのね。ここで文字を一緒に勉強したいから、扉は開かなくていいの」
「悪魔みたい、ね。わたしと会ったことは、決して誰にも話してはいけませんよ」
「約束を破ったらどうなるの?」
「悪魔があなたを本に変えて、図書館におさめてしまいます」
魔法使いがかぶっていた黒い外套を脱ぎました。艶やかな美貌もさることながら、流れる紫紺の髪の間からは水晶のような二本の角が生えています。目を瞬かせながらお姫さまは、このひとが悪魔だというのなら、悪魔というのはずいぶんと紳士的で上品なのだと驚いたのでした。
***
「わたしに会ったことは、誰にも言ってはいけないと教えたではありませんか」
「だって、あなたは私にこの世界は広いことを教えてくれたもの。お城以外の世界があることを知ることができたもの。だから、お礼に私を本にしてしまってかまわないのよ。私の中は、もう空っぽではないでしょう? たくさん本を読んで、たくさんいろんなことを学んだわ。本になって、あなたの蔵書のひとつに加えてもらえたら私はそれで幸せなの」
くすりと神官さま……いいえ、悪魔が笑いました。
「いいえ、あなたの中身は本にしてしまうほど満ちてはおりません」
「本で勉強したことは無意味だとおっしゃるの?」
「まさか。それは大切なことでしょう。けれど、せっかく外の世界は広いことを知ったのです。それならば、一緒に出かけませんか?」
「それは、どういう意味で?」
「もちろん、こういう意味ですよ。わたしの花嫁殿」
悪魔がお姫さまの手を取ると、辺りは一瞬闇に包まれます。その闇が晴れた後、北の塔の中にはお姫さまの姿どころか、本の一冊も残ってはおりませんでした。
それからしばらくして、お姫さまの生まれた国は大きな争いがありました。美しい女神さまとその御使いによって知恵を授けられた勇敢な男が、傲慢な王族を打倒し、新しい国をひらいたのです。
それからもよく学び、よく考える者の前には、この美しい知恵の女神が御使いを連れて現れるようになりました。
***
「知恵の女神だなんて、恐れ多いわ」
「あなたにぴったりではありませんか」
悪魔が嬉しそうにうなずきました。
「そもそもあなたとの約束を破ったのに、どうして私は本にされていないのかしら?」
「あなたは本にされてしまう代わりに、わたしの図書館の管理人として働くことになりましたからね。さあ、新たな王国を支えるために適切な人材を育成しなくては」
「魔法で国を潰したりはしないのですね」
「やってもよいのならやりますが」
「いいえ。人間は学ばなければ過ちを繰り返します。手助けだけに留めるべきでしょう」
「それでこそ、わたしが見込んだあなたです」
それからお姫さまは、本で学んだことを、悪魔と一緒に本物の世界の中で知ることになります。悪魔との約束の場所はかび臭い書庫ではなく、お日さまの匂いに満ちた日常の中にありました。
ある時、お姫さまはあっと小さく声を上げました。
「私、王国の本を全部借りっぱなしにしています。どうしましょう、返しに行った方がよいのでしょうか」
「別に気にする必要はないのではありませんか。そもそも陛下は、あなたが死んだら本を引き上げると言ったのでしょう? あなたより先に死ぬほうが悪いのです」
「まあ、悪いひと」
「だって、わたしは悪魔ですから」
目を丸くするお姫さまの横で、悪魔が片目をつぶってみせました。
***
もしもあなたの目の前に見知らぬ扉が現れたなら、怖がらずに扉を開けてみてください。扉の向こうには、美しい図書館が見えることでしょう。図書館には、びっしりと本が並べられています。そこに並べられている本は、あなたのためのもの。どうぞご自由にお読みください。
たくさんの本があり過ぎて選べなくなってしまったら、奥の部屋で本を読んでいる図書館の主に尋ねてみるのも良いかもしれません。
綺麗なお姫さまは、わくわく胸が高鳴る、希望に満ちた本を選んでくれます。
黒衣の魔法使いは、ちょっぴり小難しくて、少しばかり苦いけれど、ためになる本を選んでくれます。
どちらの本を読んでも構いません。
どちらの本を読まなくても構いません。
あなたの心の準備が済むまで、扉は開き続けることでしょう。
あなたが冒険に出かけたいと願ったならば。それこそがまさしく出発の合図なのですから。
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