028 カニクリームパスタと冒険者
「カッニカニカニカニトマ~♪ カッニカニカニカニトマ~♪」
「ご機嫌すぎでしょ、店長さん……」
開店準備中に歌っているのを、トルトが呆れた顔で見てくる。
だって今日の日替わりパスタソースは、特別なんだよ。
「昨日のカニで作ったソースが、本当に美味しいんだよ~。ほら」
「ふ~ん……あ、本当だ」
「すごく美味しいです!」
二人にソースを入れた小皿を渡して、味見してもらった。
カニ爪で出汁をとったソースに、タップリのカニのほぐし身。
こんな豪華なソース、なかなか仕込むことはできない。
「あの大きなカニ爪を、ハンマーでバッキバキに砕いて炒め始めたときは、呪術の薬でも作り始めたのかと思ったよ」
「あれはな、カニの出汁を取るための儀式なのさ……!」
カーナヤクラブの爪は大きすぎて、丸ごと鍋に入れるのは難しかった。
そこで細かく砕いてから、野菜やトマトソースと煮込んでソースを作ることに。
いわゆる、アメリケーヌソースの甲殻類をカニにして作ったのである。
「そしてこのソースで作ったパスタを、貝皿に盛り付ける……くぅ~!! 楽しみ!!」
お客さんの反応が楽しみだなぁ。
貝皿が安定するように通販『百円ショップ』で、リング状の鍋敷きもたくさん買ったし。
準備はバッチリだ!
「料理がそんなに好きなんて……僕が言うのもアレだけど、変わってるよね」
やれやれ、と言った顔で言うトルト。
自分の好きなことに没頭するのは、トルトも同じだと思うんだけどな。
「でもこんなに美味しいものが作れるなんて、魔法みたいで楽しいですよ」
「そんなにほめるなよ~、ラディル~」
「……魔法みたい、か。確かに、そうかもね」
「もう~、トルト先生まで~」
やはり朝から褒められると、気分が良いな!
今日の営業も頑張ろう!!
天気も良いから、たくさんお客さんが来てくれそうだ。
「それじゃ、いたりあ食堂ピコピコ、オープンします!」
開店前の予想通り、お昼は常に満席になるほどお客さんが来店。
日替わりのカニのパスタソースも好評で、ランチだけで七割ほど売れてしまった。
「カニのパスタ、すごい出ましたね!」
「ああ。夜のお客さんも、喜んでくれるといいな」
昼休憩を終え、夜の営業。
開始直後は仕事帰りのお客さんが多いが、引きも早い。
やはりお酒を出していないので、こんなものなのかな。
≪カランカラーン≫
「いらっしゃいませ」
貸し切り状態の店に入ってきたのは、歴戦の冒険者グラトニー。
戦士系最強キャラクターだ!
この人には物語終盤から隠しダンジョンまで、ずっとお世話になったな。
「あ! グラトニーさん!」
「なんだラディル、ここで働いてたのか」
意外なことに、グラトニーと親しげに話すラディル。
彼もラディルの事を、知っているようだ。
「ラディル、知り合いなの?」
「はい! たまに朝の特訓に付き合ってくれてるんです」
「へぇ~」
感心している間に、トルトがグラトニーをカウンターに案内する。
グラトニーは渡されたメニュー表を、パラパラとめくった。
「ご注文はいかがいたしましょうか?」
「そうだな……」
一通りめくって見たものの、彼はすぐにメニューを閉じてしまう。
どうやら馴染みのない料理で、オーダーが決められなかったようだ。
「よくわからんから、おすすめの料理を頼む」
「今日はカニ! カニクリームパスタがおすすめですよ、グラトニーさん!」
「そうなのか? じゃあ、それを頼む」
ラディルに熱くすすめられて、グラトニーさんは日替わりのカニクリームパスタを注文した。
俺は早速、調理にとりかかる。
フライパンにソースを入れながら、ふと思い立つ。
今まかないを食べてもらえば、ラディルがグラトニーさんのスキルを覚えるのでは?
「……もうお客さんも来なそうだし、ラディル達もまかないにしちゃうか?」
「え? 良いんですか!?」
「グラトニーさん、知り合いなんだろ? ゆっくり話しながら食べたらいいよ」
「ここはお言葉に甘えようよ、ラディル」
どうやら自然に、食事する流れに出来たな。
カウンターに座ったラディルとトルトの分も合わせて、俺はパスタを作った。
「お待たせしました、カニクリームパスタでございます」
ソースたっぷりのカニクリームパスタを、シャコ貝の皿に盛り付ける。
ポセさん用に拾った貝ほどではないが、かなりの大皿。
見た目のインパクトに、グラトニーの目が見開いた。
「これはうまそうだ!! いただこう」
「いただきます!」
「いただきまーす」
カニのクリームソースをたっぷり絡ませて、パスタを口に運ぶグラトニー。
かなりしっかり味わってから、意外な人物の名前を口にした。
「旨い!! こりゃあ、ワンホリーの酔いが醒めるワケだ」
「ワンホリー?」
どうしてここで、ワンホリーの名前が出るのだろう?
俺が不思議そうな顔をしたためか、グラトニーは話を付け加える。
「ひと月ほど前か? 夜中に真顔のワンホリーが『ピコピコのメシは酔いが醒めるほど旨い』って、言って回ってたんだぜ」
「そ、そんなことが……」
「冒険者仲間で、そんなに旨いのかって噂になってたんだ」
まさかワンホリーが、そんな口コミをしていたなんて……。
一体どれだけの人に、宣伝して回っていたのだろうか?
そんなに料理が気に入ってたのか、ワンホリー。ありがとう。
「確かに、通いそうなぐらい旨かったぜ。またよろしくな」
「はい! お待ちしております」
食事を終えたグラトニーさんを、見送る。
これから、冒険者のお客さんも増えるのかな?
肉や魚料理も増やしていった方が良いだろうか……なんか、楽しみになってきた!
「そういえば、スキルの方はどうなったかな」
スマホを確認すると、ラディルに追加されたスキルは闘志。
攻撃技の威力が上昇するスキル。
さすが戦士系最強キャラクター! ラディルとのスキル相性抜群だな。