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48 夢のマイホーム


 ご主人様他二人がドラゴン狩りに出発してすぐ、私はランバージャック伯爵家を訪ねた。


 ミスリル合金は2日に1回のペースで少しずつ送っていたため、後は代金を受け取るだけとなっている。300億CLもの大金を。


「ユカリ様、お話は既に伺っております。手筈通りに」

「助かります」


 伯爵家家令のフォレストが私を出迎えた。

 事前の話し合いで、私はこれからご主人様が帰還するまでの間この伯爵家に滞在させてもらう予定となっている。伯爵側は二つ返事であった。


 私は300億CLを持ってうろつくような馬鹿ではない。護衛を雇うことも考えたが、少々心許ない。恐らくはご主人様の傍にいることがこの世で一番の安全なので、ここは大人しく待っていた方が良いと判断した。


 だが、私もただ待っているだけではない。


 購入予定の大豪邸――ご主人様は既に目星を付けている。


 その話し合いのため、伯爵家の一室を借りて場を設けることにした。


 呼び出すのは王都郊外にある超高級住宅地の開発に力を入れているデベロッパーと、王都一のゼネコン、工務店、大工など。豪邸を買うだけならば売主だけ呼べばいいところだが、ご主人様の素晴らしき夢を果たすためにはまだ足りないほどである。


 ほどなくして金の匂いを嗅ぎつけた業者のお偉い様方が部屋を訪ねてきた。全員がダークエルフの私に対してペコペコとへりくだる。流石は商業都市を治める伯爵というべきか、その名前には絶大な効果があるのだと実感した。


 さて、本題に入る。

 ご主人様は豪邸を購入されるにあたって下調べをしていた時、こう仰った。


「なんか思ったより小せえ」――と。


 王都郊外にある最も大きく最も高額な豪邸は25億CL、それでもご主人様のお眼鏡には適わなかった。ではどうするというのか。ご主人様は満面の笑みでこう仰った。


「この辺のを3×3で9つ買って、間にある土地も全部買って、1つのでかい敷地にしよう」――と。


 ……愛するご主人様ながら、一瞬、この人はひょっとして馬鹿なんじゃないかと思った。


 ただ、ご主人様は目をキラキラと輝かせながら仰るのだ。「北西が水の都をモチーフにした豪邸」「北は森林の中の隠れ家っぽい豪邸」「北東は温泉旅館風の屋敷だな」「東は芝生の広い庭とプールがあるスタンダードな豪邸」「南東は使用人用の豪邸にしよう」「真ん中と南はくっつけて縦長の城にしよう」「南西はヴァニラ湖を一望できる湖畔の豪邸」「西は沢のほとりの和風豪邸だ」と。

 確かにそう仰った。私は一言一句漏らさずに記憶している。


 であるならば、私のすべきことはただ一つ。

 ご主人様の夢の実現へ向けて第一歩を踏み出すのだ。


「…………」


 こちらの要望を説明すると、全員が沈黙した。

 当たり前だ。前代未聞もいいところである。


「見積もりをお願いいたします」


 私は「至って本気です」という視線で全員を射抜き、軽くお辞儀をした。業者の方々はハッとした表情を浮かべ、それぞれ数字を考える作業へと移っていった。



 その日の晩、各業者から見積もりが届いた。

 豪邸・土地・改築など、全て合わせて約216億CL。


 ……たかが家にここまで大金をかける人間を私は聞いたことがない。さしもの王宮でももっと安いだろう。流石はご主人様、家においても世界一位に違いない。


「さて、後は……」


 私は各業者に対して購入・着工については現物を見てから判断をする旨を書いた返事を送り、椅子の背もたれに体重をあずけた。


 これで準備は万端。残すところは“使用人”をどうするかである。


 そのようなことを考えていると、不意にドアがノックされた。訪れたのは伯爵家のメイド。夕食の時間にはまだ早い。来客の予定はもうないはずだけれど……


「失礼します。モーリス奴隷商会、商会長のフィリップ様がいらっしゃいました。如何いたしますか?」

「――!」


 モーリス商会!

 私とご主人様の平穏を崩しかねないその存在を片時も忘れたことはなかった。しかし私が一人の時を狙って来ようとは!


 恐らくは業者のうちの誰かが余計な気を利かせたか、口を滑らせたか。いずれは直面する問題だと思ってはいたが、まさかよりによって今日とは思っていなかった。


 私は既に奴隷ではなくなっている。ご主人様によって“脱獄”させていただいた。ゆえにモーリス商会に存在する私の契約書は失効しているはず。言い逃れはできない。


 どうするべきか。会わないという選択もある。だがその場合、関係の悪化は否めない。


 こうして真っ向から訪ねてきているところを見るに、少なくとも咎めに来たわけではないと分かる。何らかの手違いで脱獄してしまった、すなわち故意ではないということにして白を切るなら、素知らぬ顔で今会っておくべきだろう。しかし全てを見抜かれていた場合はどうか。私を捕まえる? 伯爵家の元でそのような行為はできない。では何故私を訪ねてきたのだろう?


 敵対するにせよしないにせよ、会って話をしないことには始まらないようである。


「……只今立て込んでおります。少々お待ちを」


 私はメイドにそう伝えるよう頼み、ご主人様にチーム限定通信で連絡を取った。

 返事は早かった。曰く「多分大丈夫」――いささか不安になる。しかしご主人様が仰るのだからきっと大丈夫なのだろう。


「準備が整いました。フィリップ殿をお通しください」


 ベルを鳴らして指示を出す。メイドは「かしこまりました」と一礼し、部屋を去った。


 5分ほどして、細い目をした小太りの男、モーリス商会の商会長フィリップが現れる。


「…………!」


 フィリップは私を見るやいなや、目を見開いて驚きの顔を見せた。


「……失礼。いやはや驚きました」


 何に驚いたというのか。私は言葉を発さずにあちらの出方を窺う。


「なにやら違和感を覚えましてな、少し様子を見に来たのですが……私の勘も鈍りましたな」

「……?」


 言っている意味が分からない。


「世の中には非合法に隷属を解除して闇市へと流すような輩がおりましてね、全くけしからん連中です」

「!」


 やはり、見抜かれている!


 ……いや、しかし。この男にはご主人様を咎めるような様子はない。どういうことだろう?


「その点、貴女の主人は素晴らしい。こうしてきっちりと奴隷を管理している」

「???」


 わけが分からない。私はもう奴隷ではない。契約も失効しているはず。そのことをこの男が知らないわけがない。


「これは貴女の主人に。貴女の元の主人から預かっていた物です」

「元の、主人――!?」


 私は驚愕する。フィリップが差し出してきたのは一通の手紙だった。


 ルシア・アイシーン女公爵。孤児の私を拾い暗殺者として育て上げた女性。それがご主人様に手紙? 一体何故?


「亡き公爵閣下より、もしも貴女と主人の関係が良好ならばお渡しするようにと仰せつかっておりました」

「なっ!」


 この男、そんな、まさか!


「貴方、全てを知って……!」

「おや? 何のことですかな? 私はただ手紙を預かっていただけにございます」

「嘘です、現に私は奴隷ではっ」

「いえいえそれは私の勝手な勘違いでございましたよ。貴女とセカンド様は大変良き主従関係かと」

「…………」


 ニコニコと目を糸のようにして微笑むフィリップ。知らぬ存ぜぬで貫き通す腹積もりだろう。


 何故そのようなことをするのか。しばし考え、私は気付いた。


 ルシア様が私の命を繋いだ理由、私がモーリス奴隷商会に拾われた理由、そして商会長が脱獄を見逃す理由。


 それらが意味するところは――手紙。


 ご主人様に、この手紙を届けることこそが目的だった……?


「……承知いたしました。必ずお渡しします」


 私がそう言うと、フィリップは破顔して一礼し、言った。


「さて。雑事はここまでといたしまして、本題と参りましょう」


 まだ何かあるのか。そう考えている間に、フィリップは口を開く。


「使用人に打って付けの奴隷は是非とも我がモーリス商会から」




   * * *




「こちらが予定地東の豪邸です」


 俺たちは商業都市レニャドーでユカリと合流した後、ユカリの案内で王都の超高級住宅地の端にある『セカンド邸』予定地へと訪れた。


 俺の目の前にあるのは想像通りの豪邸。サッカーができそうなくらい広い芝生の庭と、涼しげなプールに馬鹿でかいウッドデッキ、景色が一望できるバルコニー、周りにはヤシの木、大きな窓がたくさんあり天井もかなり高く日当たりも風通しも良い二階建ての白くて大きな家、部屋の数は20ではきかないほどに多く、台所はお洒落なバーのようで、リビングはテニスの試合ができそうなほど広い、まるでリゾート地の超高級ホテルである。


「な、なんじゃこりゃあ……ッ!」


 シルビアはそのまま殉職しそうな太い声をあげて驚きのあまり固まった。


「ここにすむの!?」


 エコは居ても立ってもいられないのか、一階へ二階へ庭へプールへと駆けずり回りの大興奮である。


「……これで9分の1ですからね」


 ユカリは呆れた様子で言う。その通り。この豪邸は9つあるうちの1つ『東の豪邸』だ。今更だが自分でもどうかと思う。完全にやりすぎた。絶対に持て余すだろこれ……。


「ま、まあ飽きたら別の豪邸に移って、ってのを繰り返せばいいだろ。あっ、いや、そうだ季節によって移ろう。ここは夏用だな!」

「使っていない間も維持費はかかるんですよご主人様」

「大丈夫だ金はいくらでも稼げる」

「…………」


 ユカリにジトーっとした目で見られる。


「他の所も見にいくか」


 俺は視線から逃れるようにそう言って、南へと歩き出した。


 歩いて15分かそこらでやっともう一つの豪邸が見えてきた。煉瓦造りの大きな洋風の豪邸だ。いや、豪邸というより城に近いかも知れない。仮名は『南東の豪邸』、ここは使用人の家にする。しかし自分の敷地の中で一番近い場所まで徒歩15分って……いや、考えるのはよそう。


「む? これとさっきのとで選ぶのか?」


 見上げるような豪邸を目の前にしてきょとんした表情で言う。流石はシルビア、よく分かっていないようだ。こういうところほんと好き。


「ここも俺の家だ」

「は?」

「こことさっきんトコとこれから回るトコ合わせて9つ、全部俺の家だ」

「へぇっ……?」


 プラチナブロンドの美人が口を気前良くあんぐりと開けて驚いている姿を見るのは何とも感慨深いものがあるなぁ。


「ちなみにここは使用人たちが暮らす予定の家だ」

「 」


 またしてもフリーズした。

 俺はシルビアを叩き起してから豪邸の中の様子を見て回る。内装は木造で、重厚感のあるシックな雰囲気。どことなくアンティークな趣きも感じる。部屋数は東の豪邸よりも多くあり、大勢の使用人が暮らせそうだ。特に食堂と台所が広くて良い。大人数の食事を一度に済ませることができそうだ。


「使用人の教育は私にお任せください」


 南東の豪邸を出ると、ユカリがそんなことを言ってきた。流石にハードワークすぎる気もするが……


「いいのか?」

「是非とも、この私に、やらせていただきたいのです」


 ユカリの決意は固かった。というか何か執念めいたものを感じる。ちょっと断るのが怖いのでお願いすることにする。


「わ、分かった。よろしく頼む。無理はするなよ」

「ありがとうございます、ご主人様」


 ユカリは無表情のまま長い耳を一回だけぴこっとさせて、どことなく嬉しそうに一礼した。



 その後、俺たちは9つの豪邸全てを視察した。建て直しや改築などを必要とする豪邸は9つ中7つ。東の豪邸と南東の豪邸はそのまま使うことに決定した。


 そして購入を済ませる。同時に工事が始まった。ユカリの手回しのおかげですんなりと事が進んだ。

 計216億CL。これだけやってこの価格なら安い気がする。



「セカンド殿! 東の豪邸には今夜からもう入居できると言っていたぞ! 楽しみだな!」


 シルビアはウッキウキだった。


 気持ちはすげーよく分かる。俺は今まで現実の生活には無頓着だった。メヴィオンができる環境さえあれば十分だったからだ。まあ、社会的に言えば“負け組”である。

 しかし、この世界こそが現実となった今、“勝ち組の証”とも言える豪邸を手に入れた俺の気分はドンドングングンずいずい上昇中だ。


「いえええええ゛え゛え゛っ!」


 エコはテンションが上がりすぎておかしくなっていた。若干声も枯れている。


「今日はバーベキューにするぞ!」


 かく言う俺も超有頂天ラッシュ突入中だった。まだ東の豪邸に向かって歩いている途中なのにエビやら肉やらをインベントリから取り出して串に刺し始める。何やってんの俺。


「お手伝いいたします」


 ユカリも「ふふふ」とか言って笑っている。クッソ珍しい。


 こうして、異様にテンションの高い4人組が豪邸のウッドデッキで夜通しバーベキューをして盛り上がるのであった。



 翌日、酷い二日酔いでポーションを飲まずには誰一人として起き上がれなかったことは言うまでもない。


お読みいただき、ありがとうございます。


『セカンド邸』案内

北  森林の中の豪邸

北東 温泉旅館風の屋敷

東  スタンダードな豪邸

南東 使用人用の洋風豪邸

南  風雲セカンド城

中心 風雲セカンド城

南西 ヴァニラ湖畔の豪邸

西  沢のほとりの和風屋敷

北西 ヴェネチアンな豪邸



あ ほ く さ

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