閑話 ファンクラブの日常
おまけです。
『セカンドファンクラブ』という組織がある。
彼が王立魔術学校へと短期留学にやってきた、その初日に結成された巨大組織だ。
会員の99%が女子学生であり、その数なんと100人はくだらない。
彼女たちの活動内容はたった一つ。
「セカンドを遠巻きに見守る」これだけだ。
具体的に言うと「学内で見かけたセカンドの一挙手一投足を定例会議で報告し合い、それをネタに色々と妄想して盛り上がる」ことが主たる活動である。
彼女たちは決してセカンドに近付かない。だが、その視線をセカンドから外すことはない。
YESセカンドNOタッチ――鉄の掟である。
ちなみに定例会議は毎日欠かさず放課後に空き教室で開かれている。参加人数は日に日に増加中だ。
一体何が彼女たちをそこまで駆り立てるのか。それには二つの理由があった。
第一の理由は、まず何と言ってもセカンドのその美貌である。異常なまでに整った顔と非の打ち所のない肢体は、まさに見る者の目を奪い去った。一目見たその瞬間から虜になった女子学生も少なくない。一日でファンクラブが出来上がるのも頷けるレベルの容姿である。
そして第二の理由。それはセカンドの性格だ。一見して隙がないように思えるセカンドも、心を開いた相手との会話にはその本当の性格が垣間見える。例えば、時たま大胆な言動をとったり、意外とお茶目で悪戯好きだったり、目的のためには容赦をしない苛烈さや強引さを見せたり、いついかなる時も決して余裕を崩すことのない優雅さがあったり、クールに見えて熱血で、時にはおバカなところもあったりする。
彼女たちはそんなセカンドの秘めたる性格がちらりと窺える度に、ファンクラブの沼へとズブズブ引き込まれていった。
「今日のセカンド様は中庭でのんびりとされていて、エコさんを膝の上にのせてお撫でになられていたわ」
「あぁ~ギャップ萌え」
「尊い」
「絵画にして学校中に飾るべき光景ね」
「今日のセカンド様はシルビアさんをからかっておられたわ」
「マジ? うわアタシもからかってほし~」
「分かる。むしろ靴のまま踏みつけて罵ってほしい」
「えっ、それは…………うん。アリね」
「今日のセカンド様はマイン王子とコシトリで遊んでおられたわ」
「ムキになるマイン王子と、手玉に取るセカンド様……」
「セカ×マイ……なんたる耽美」
「は? マイ×セカの下剋上敬語攻めこそ至高なんですけど?」
「いや、いやいやいやww俺様攻めの完全固定って既に答え出てるんだがw」
「あ゛?」
「お? やるか?」
時折このような抗争が勃発する。
ファンクラブの日常である。
また、ファンクラブ内には「解析班」なる精鋭も存在する。
セカンドが留学期間を終え、学校から去ってしばらく経った頃。セカンド熱を持て余した彼女たちの前に、解析班はものすごいものを引っ提げて現れた。
「エコ・リーフレットさん泥だらけ事件。おおよその概要を把握できましたので発表させていただきます」
会議の際、解析班はこうして独自に調査してきたレポートを発表することがある。
その全てがセカンドに関することなので、会員たちの興味は尽きない。
「落ちこぼれ獣人と呼ばれ1年F組の学生に加えその他多数の学生からいじめられていたエコさんですが、調査の結果、今回彼女が泥だらけで道に倒れていた原因はそのF組の学生らによるものだと判明しました」
内容に教室内がざわついた。「やはりか」「許せない」等、意見は様々である。
「発端はエコさんに雑用を押し付けた男子学生です。彼は普段から雑用を押し付けては邪魔をして楽しんでいたようですが、今回は更に計画的に邪魔を行いました」
計画的とは何か。解析班は黒板に図を描きながら説明する。
「エコさんは雑用に“やりがい”を感じていました。魔術はダメダメでも雑用なら役に立てる、と思っていたようです。ゆえに健気に雑用をこなしていました。件の男子学生はそれが気に食わなかったのでしょう」
黒板には、エコが台車で何かの袋を運ぶ絵が描かれていた。その何かとは、大量の「土」だった。そしてその土へと矢印が伸びており……その元には意地の悪そうな顔をした男子学生の絵。
「袋の中身を土と知らされていないエコさんはこれを校門付近まで運びます。同級生が自分を頼ってお願いしてくれた雑用だと思い込んでいるので、役に立つために一生懸命です。そこへ男子学生の仲間が来て、土めがけて水属性魔術壱ノ型を撃ちました。土と水が弾けて泥が飛び散ります。エコさんはこれを至近距離で浴びました」
教室内は俄かに騒がしくなる。考えていた以上に酷いいじめだったからだ。
「セカンド様と共にいる姿を見ていれば分かると思いますが、エコさんはとても利口なお方です。おそらく、その一瞬で袋の中身が土であり、自分を泥だらけにするために運ばされていたのだと気付きました。そして、そもそも今まで本気で雑用など頼まれていなかったこと、誰の役にも立っていなかったこと、役に立てば認めてくれるという勝手な思い違いと、現状のどうしようもない絶望を理解して、座り込んでしまったのでしょう」
解析班の考察に、教室内の空気が重くなる。誰もが「かわいそうに」と思った。しかし。
「……現場から200メートルほど離れた場所に。洗い流されていましたが、ほんの僅かな血痕が残されていました」
流れが変わった。
「何故エコさんがセカンド様にあれほど懐いているのか。あの場にセカンド様が颯爽と駆け付けたのは皆さんご存知でしょう。その後どうなったのか。この度、我々解析班が調査して参りました」
いよいよ本題である。
それまでの空気が一変、教室内は異様な熱気に包まれた。
「泥だらけになったエコさんを発見したセカンド様は怒りに身を震わせて『こんなことをしたのは何処のどいつだ言ってみろクソ猫』おそらくこう言います。拒絶するエコさんですが『ほう、この俺様に逆らうと言うのか?』と壁ドン。エコさんは頬を染めつつ涙目でF組の男子学生が去っていった方向を指さします。『いい子だ、付いてこい』そう言って泥をものともせずエコさんを小脇に抱えたセカンド様はその青黒い髪を風になびかせながら校内を疾駆して男子学生に追い付きました。それが先程の血痕が残されていた袋小路の場所です」
解析班の女子学生の口からセカンドっぽいセリフが出るたびに、聴衆はキャーキャーと盛り上がりを見せる。
「『俺の眼前でいじめだなんて良い度胸だな先手を譲ってやる』セカンド様はそう言うと男子学生に詰め寄ります。男子学生は後ずさりしますが逃げ場はありません。『破ァ!』セカンド様がお殴りになると、男子学生は倒れ伏して血反吐を吐きこう言います『せ、先手を譲るって……!』そこへこう言ってやるのです『嘘だよバーーーカ!』」
Yeaaaaaah!!
Foooooooooooo!!
教室は歓声と拍手に包まれた。
「こうしてセカンド様はエコさんをお救いになり、学校に平和な日々が戻りました。留学生ってスゲェ、改めてそう思いました」
以上で発表を終わります。と言って壇上を後にする解析班に、ファンクラブの女子学生たちは立ち上がり惜しみない拍手を送った。
「……は、入るのはやめておこっかな……」
ちらりと覗きに来たマイン王子がその光景を見てファンクラブ入会を考え直したことは、まだ誰にも知られていない。
お読みいただき、ありがとうございます。
おまけでした。安普請ですみません。
次回から『第三章 奴隷編』です。