第41話 一発逆転
”契約解除通知書”
届いた紙切れは、あまりに呆気なく九条の配信人生を終了させた。
事前連絡ひとつなかった。
むしろ、今までの経緯を説明するため事務所に顔を出したら「もう君は関係者ではない」と追い出され、混乱したまま自宅に戻れば、母親が通知書を見せ始めてことの次第が分かった所だ。
「ねえ、信。これどういうことなの? 契約解除って……それにあなた、最近ヘンなことしてるって近所で噂になってるし……」
「っるせぇな、勝手に人の手紙見るんじゃねえよ!」
「そうだけど、でも母さん心配だし……それにダンジョン配信者なんて、いつまでも続けられる仕事じゃないでしょう? あなたもそろそろ歳なんだし、普通の仕事に――」
いつもの小言に舌打ちし、九条は二階の自室に飛び込んでいく。
どいつもこいつも分かっていない、と椅子を蹴飛ばすその顔は、羞恥のあまり真っ赤に染まっていた。
九条信が始めて”ダンジョン配信者”という職を聞いた時、馬鹿な奴らだ、と心の底から軽蔑した。
世界各地に出現した”ダンジョン”。
人間が魔力を持ち、スキルを操りゲームのようにモンスターと戦闘を行う、新たな未来――聞こえはいいが、その実情は体よく使い捨てられる底辺労働者だ。
それなら普通に勉強して、普通に仕事をした方がマシだろうに。
昔から、九条は優秀な男だった。
小学生の頃から弁が立ち、勉強せずとも成績優秀、当たり前のようにグループの中心で笑っていた。
クラスに大抵一人はいる、いじめて良さそうなヤツをうまく標的に祭り上げることで自分は多数派につき、教室での地位は常に盤石なものを築いていた。才能があったのだ。
――陰りが見えたのは、高校に入ってからだ。
授業に、分からないところが増えた。
運動においても、気づけば学年中位くらいまで落ちていた。
今まで、努力してる奴を鼻で笑うのが九条の役割だったのに――いつの間にか、勝てなくなった。
その頃から、母は成績でなく性格を褒めるようになった。
……もちろん、今さら努力などするはずもない。
九条信は天才だ。
天才は、努力、なんていうみっともないことをしないに決まっている。
だから。
九条が第一志望どころか、滑り止めすら落ちた時――ようやく、世界の真実に気がついた。
この世界は、不平等なのだと。
まず母親が悪かった。母の出自は底辺大学らしく、その血筋を引いてる時点で勉学の才能がないのは明白だった。
父親も悪かった。うだつの上がらない平凡なサラリーマンでは、経済格差が生まれるのも必然だ。
いわゆる親ガチャに外れたと気づいた九条は、やがて大学にもいかず引きこもり、自分が世界から正しく評価される環境があるはずだと目を血走らせながらパソコンを弄り――
ようやく、見つけた。
ダンジョン配信者という、才能がものを言う世界に。
『人生一発逆転、君もダンジョン配信者になろう!』
ダンジョンの出現時期は2010年代中盤。
これなら、生まれもった才能も関係なく――九条の中に眠る、真の才能を引き出してくれるに違いない。
そして実際――才能はあった。
大した努力もせず、一般狩人と呼ばれるB級までするりと昇進した。
その後、ダンジョン配信事務所のオーディションも通過した九条は、当時人気のあった配信グループ“ナンバーズ”の新顔としてデビュー。
ここから自分の人生が始まる……そう、思っていた。
”ナンバーズ”のグループリーダーは九条が参加した後、一月経たず退職。
その後、お家トラブルにより事務所は”Re:リトライズ”と”アンサーズ”に二分。
その後は転げるように人気が落ち……今に、至る。
「不平等、不平等不平等……っ!」
テーブルに肘をつき、髪をかきむしりながら九条は世界を呪う。
どうして、世の中はこうも理不尽なのか。
どうして、自分だけがこんな目に遭うのか。
親が良ければ。友人に恵まれれば。仲間の実力が高ければ。
どれもこれも、九条は何一つ足りていない――
「くそっ!」
ライセンスを一時停止された今では、個人配信者としてダンジョン深層に潜ることすら不可能だ。
強引に潜れば、今度こそ逮捕される。
かといって今さら、他の配信者のようなふざけた路線変更など出来るはずもない――
「……っ。まだだ。僕にはまだ、この不条理を覆す方法がある!」
ストレスのあまり目を真っ赤に充血させた九条は、スマホ片手に自宅を飛び出す。
向かう先は、Re:リトライズ事務所の社長室……
ではなく、県内にある高層マンションの一角だ。
ドンドンと扉を叩き、ドアチェーン越しに顔を覗かせた小太りな男――深六木陰へ掴みかかる。
「開けろ、深六。話がある」
「え。九条先輩? ……待ってよ。君とボクはもうパーティじゃないし……そもそも、あんなことになったのは君達の責任だろう? あれのせいで、ぼ、ボクも事務所をクビになって……せ、責任取ってよね!?」
「黙れ、もともと親のコネで入ったんだろうが! お前みたいな豚が配信映えするとでも思ったか!?」
「そ、そんな言い方……」
「けどな、そんなお前でも一発逆転できる方法がある。このまま、惨めな豚のまま終わるのは嫌だろう?」
九条の説得に、深六のゆるんだ顔が歪む。
この豚も、歪なコンプレックスを拗らせた男だ。
醜い外見にも関わらず、配信者などという身を目指した時点で、プライドを拗らせているのは明白。
「……まあ、話を聞くだけなら……」
深六がチェーンを外したのを確認し、部屋へと押し入った九条は顔をしかめる。
いかにも、オタク系大学生の一人暮らし。
ゲームソフトやゴミが床に散らかり、洗濯物までひっくり返っている惨状を鬱陶しく思いながら、九条はゲーミングチェアどかっと座る。
「深六。ダンジョン配信者に必要なもの、分かるか?」
「……じ、地道な努力、とか?」
「馬鹿かお前。必要なのは才能だ。誰よりも強いとか、どんな人間よりも愛嬌があるだとか……誰よりも武器に詳しい、なんてのでもいい。強烈な才能、そして才能から導かれる個性、それこそが配信者に必要なものだ。そして僕にはその才能がある」
ただ、環境が悪かった。
運悪く悪質なリーマンにはめられ、運悪くバカな仲間が手を出したせいで自分も巻き添えを受けた。あまりにも理不尽だ。
だから――運さえ良ければ。
その運を掴む方法は、一つしかない。
「深六。お前のパパ、迷宮庁のお偉いさんなんだろう?」
「どうしてそれを……」
「社長が愚痴ってたんだが、そんな話はどうでもいい。――君なら、手に入れられるはずだ」
両手を合わせ、九条はにこりと、人なつっこい邪悪な微笑みをもって彼に迫る。
曲がりなりにも、B級狩人として経験を積んだ九条にはわかる。
先日、政府が行った掃討クエストが、ただの掃討作戦でないことを。
今までの、政府の動きから考えられるのは……。
「凪の平原に、新しいダンジョンが出来た。そんな情報を、君のパパが持っていたりしないかい? それを、ちょっとだけお借りしたいんだ」
新規ダンジョンの情報。それは多くの国民が求めるものだ。
ゲームの最新情報。芸能人の不倫報道。政治家の汚職……聞いたところで何一つ得はないにも関わらず、リスナー共は飢えたピラニアの如く情報をむさぼり、SNSに不平不満を書き連ねていく。
その情報を、独占できれば――九条の名は世間に大きく報道されるに違いない。
「もちろん、君に責任はない。情報提供を頼んだのは僕だからね。君は、言われた通りにしただけ。だろう?」
「それは……でも、禁止事項で」
「不平等だと思わないかい? 迷宮庁の連中は僕等に掃除だけさせて、新ダンジョンという利権を自分達だけで独占しようとしている。そもそも迷宮庁の活動資金だって、元は僕等の税金だ」
「っ……で、でも新規ダンジョンは、ボスもまだ不明だし、下手に刺激するとゲートクラッシュの可能性も……」
「君は、負け犬のままでいいのかい?」
覗き込むように伺うと、深六がびくっと強ばった。
真っ青になる男に、九条は密かに嘲笑する。
この男は典型的な社会不適合者だ。
おそらく学校でも虐められていた側だろうし、他人に頼らなければ生きていけないタイプの人間だろう。
低い自尊心と、それを認めきれない歪に肥大したプライド。
そんな男の劣等感を刺激し、乗せることなど容易い。
さあ、と九条は立ち上がり、手を差し伸べる。
「深六君。僕らは短い間とはいえ、ともに戦った”仲間”だろう? その仲間として、君と一緒に進みたいんだ。新しいダンジョンへ。――そして、世間に蔓延る不条理をこの手で拭う。それが僕等、ナンバーズの使命だと思わないかい?」
この世は不条理に満ちている。
だからこそ、九条が立ち上がらなければいけないんだ。
次こそ一発逆転を成功させ。
自分をクビにした配信事務所を見返し、迷宮庁の奴らを見返し、あのリーマンに泡を吹かせ、そして――九条の才能を今度こそ評価してくれる、平等かつ真っ当な世界に進むのだ。
九条は真っ赤に染まった瞳を滾らせ、朗々と熱弁を振るいながら、にやりと唇をつり上げた。