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王子との婚約が決まりましたのでお近付きのしるしにタオルセットを持っていきます。

作者: 雪野原よる

 婚約者との初顔合わせの日。俺は非常にイライラしていた。



 ロベルト第三王子。それが俺の名前であり、肩書だ。顔は物凄くいい、というわけじゃない、と俺は思っているが、金髪碧眼なので美形扱いされている。まだ十三歳だけど、将来有望な美形王子として姿絵が飛ぶように売れるし、道を歩けば幼児から婆さんまできゃーきゃー言ってもてはやしてくれる。皆、金髪碧眼好き過ぎだろ。子供の頃は金髪でも、成長するにつれて色が濃くなって茶髪になる率は高いんだぜ。それを警戒してか、俺の風呂係で、髪を洗う担当は、いつもお酢とカモミール入りのお湯を使ってる。効果があればいいけどな。


「王子! ロベルト王子、顔を顰めてないで、笑って下さい」


 ピシリとした声が降ってくる。


 わずらわしくて、俺は更に顔を顰めた。護衛兼従者のゼッカが、怒った熊みたいな顔をして俺を見下ろしている。


「分かっている。……当然」


 俺は王位継承者として、「そこそこのスペア」という扱いなので、「そこそこの教育」しか受けていない。毎日一時間くらい机に向かった後は、護衛兵を引き連れて森で狩りをしていても許される。必然、俺の周りは粗野な狩人みたいな連中ばかりになるわけで。口調も態度も、王子にしては大分砕けたものになってる自覚はある。


 でもやっぱり、「王子様」としては、澄まし顔で「私」とか言っていなきゃいけない場面だってあるのは分かってる。大丈夫、俺はとても外面がいいんだ。


「……これでいいだろう?」


 にっこりと微笑んでみせる。どうだ、みんな大好き、綺麗な王子様スマイルだろ?


「大変よろしいです」


 ゼッカが頷く。採点すんな。お前は俺の家庭教師か。


 しばらく、無言のまま、俺はゼッカと他の護衛たちを引き連れて城の回廊を進んだ。中庭に続く出口に近づいたとき、ゼッカがぼそりと言う。


「どうも、苛ついておいでのようですが。婚約者様は、とても良く出来た方というお話です」

「知っている。なんでも神童だとか。五歳でマナーの教師を唸らせ、十歳で今まで誰も見たことがない石鹸を開発したとか」


 なんで石鹸なんだよ。新しい希少金属でも掘ってこいよ。と思っているのは俺だけである。


「国王陛下も王妃殿下も、この婚約がつつがなく成ることを願っていらっしゃいます」

「だから、分かっていると言った」


 多少、語気が荒くなる。なんとか笑顔を保っただけ俺えらい、と心の中で自分を慰める。


 まだ若いうちに婚約をととのえるとか、絶対に間違ってると思うんだよな。そもそも男女問わず、恋愛っていうのは追いかけるから楽しい、みたいなところがあるわけで。追いかけようもない、周りにお膳立てされた婚約って、色々あって人生に落ち着いてる年代ならともかく、十代ぐらいだと地雷でしかないと思うんだが。


(それに、神童呼ばわりされる人間って、むしろ将来的に潰れそうで嫌だよな)


 当然、そんなことを思っているのも俺だけである。


 その日、明るく日差しが降り注ぐ中庭で対面している連中……俺、婚約者(予定)、父上、母上、婚約者殿の両親、侍女に護衛たちのうち、俺以外はキラッキラした目で見つめ合っていた。


「なんて賢そうなご令嬢なの」

「ロベルトの足りないところを補ってくれること、期待しているぞ」


 俺の足りないところを補ってどうするんだ。兄王子を蹴落として王位簒奪でもしろってか?


 と思っていることはおくびにも出さず、俺はうつくしく、あんまり物を考えていない王子っぽく微笑んでみせた。人にはそれぞれ、期待される役割っていうのがあるからな。


 俺の婚約者(予定)であるセシリア嬢は、見事なカーテシーをしてみせた後、


「粗品でございますが。お近づきのしるしに、どうぞ」


 綺麗な包装紙に包まれた紙箱を差し出してきた。


 表には、「タオルセット」と書いてある。




 ……なんで?




 なんで? なんでここでタオルセットを渡そうと思った???


 どういうこと?


「……」


 呪いを受けたかの如く沈黙する俺をよそに、周囲が盛り上がる。


「まあ、本当に良く出来た娘さんだこと!」

「誰にでも喜ばれる物を選ぶとは、なんとも気が利いているな」


 そうかな????


 ここでタオルセット持ってくる奴っている? いや、ここにいるんだけど。婚約者になる王子と初対面の時、普通タオルセット渡すか? おかしくない??


 そもそも、本当に粗品を渡したら不敬罪で首が飛ぶような世界で、「粗品ですが」は駄目だろ。誰か、マナー講師でも何でもいいから突っ込めよ!


「(うんうん)」


 マナー講師並みに口うるさい俺の従者はどうしているか、と思ってチラリと視線を向けたが、ゼッカはいかにも「感銘を受けました」みたいな顔でうんうん頷いていた。なんでだ。本当にそれはアリなのかよ。


「ロベルト! 何を黙っているんだ」


 父上からお叱りが来た。


 母上が溜息をつく。


「全く、いつもぼんやりして……きちんとした礼儀ぐらい、そろそろ覚えなさい」


 王子にタオルセット持ってくる奴を褒め称えてる連中に、礼儀がどうこう言われたくないです。


 とは言わず、俺は若干引き攣った笑みをセシリア嬢に向けた。


「……有難う。使い勝手がよく、どんな相手にも通用する贈り物を選ぶとは、さすがだね」


 王子には通用しないと思うが。普通は。


 セシリア嬢は慎ましく微笑んだ。


「喜んで頂けて嬉しいです。9000ロッシェもするタオルセットなんですよ」



 おい!!! 値段言っちゃ駄目だろ!!!


 完全なるマナー違反!!



「それは……使うのが楽しみだよ」


 俺の王子様スマイル、かろうじて存続。


「あの有名な産地のタオルで、使えば使うほど肌触りも吸水性も良くなって、『育てるタオル』と呼ばれているものですわ。肌が体感する新たな境地を感じて頂けます」


 おい。タオル売り込み商人の口上か。優秀なご令嬢っていうより優秀なコピー職人だろお前。


 だんだん頭が痛くなってきた。世界が不条理すぎる。


「こんなにも優秀な婚約者を迎えられて良かったな、ロベルト」

「ち、父上、お待ち下さい。私は自分の程度を弁えております。セシリア嬢はあまりに優秀で、自分では釣り合いが取れているとは思えません」

「だからこそ、お前を支えてくれる令嬢が必要なのだろう」

「ですが、セシリア嬢の才能を無駄にしてしまう可能性があります。今のところは仮の婚約ということにしておくのがよいかと……」


 必死に言い募る俺。まあ仕方ないわね……この駄目王子が……みたいな目で俺を見る周囲。なんなんだよこいつら。俺はこの不条理世界に飲み込まれたくないよ!


「私はそれで構いませんわ。王子もいずれ、運命の恋に出会うかもしれませんもの」


 にこにこしながらセシリア嬢が言う。


「運命の恋? そんな世迷い言を言い出して、婚約破棄する愚か者が絶えんのだ。ロベルト、お前はそんな愚か者になるなよ」

「仮婚約期間に成長できるよう、精一杯頑張りなさい」


 お小言を言う父上と母上。


 いや、運命の恋がいかにも常識外れ、みたいな態度だけれど。あんた達の常識ほど信用できないものもないんだが。俺的に。


 とにかく、本格的に婚約の書類をととのえる、みたいな場面からはかろうじて逃げおおせた。俺のあらゆる本能が、この仮婚約期間中に逃げろ! すみやかに! と叫んでいる。


「上等なタオルセットを頂いたのだから、あなたも何かお返しをしなさいね」


 お返しをすること自体は、礼儀として間違えていない……と思う。


 ただ、王子にタオルセットを持ってくるような奴に何を返礼すればいいのか分からない、という問題があるだけだ。



 後日。


 俺は悩みに悩んで、高級カトラリーセットをセシリア嬢に贈った。



「何を考えているの、ロベルト!」

「ご令嬢にカトラリーセットとは、まるで空気が読めん奴だ」


 なんでだよ!!!


 王子にタオルセットはOKで令嬢にカトラリーセットが駄目な理由は何なんだ!! あんたらの法則が読めねえよ!


 ……絶対にこの仮婚約を破棄してやると、俺は改めて心に誓った。






 ………更に後日談………



「ロベルト様、私が刺繍したハンカチなのですが……受け取って下さいますか?」

「君のような(常識的な)人からの贈り物、本当に嬉しいよ!」


 俺はとある令嬢から、綺麗に刺繍したハンカチを受け取っていた。


 これだ。これだよ。王族や貴族のちょっとした贈り物といったらこれだろ。


(話の分かる相手って素晴らしいな)


 ちょっと泣きそうなほど感動する俺の背後、通りかかった仮婚約者のセシリア嬢が生真面目な口調で言う。


「まあ、なんて常識外れなのかしら。ハンカチは手巾、手切れに通じるから不吉、不適切な贈り物ですわ」

「君とは価値観が合わないようだ、セシリア嬢。仮婚約はこのまま破棄させてもらう」




 両親にはめちゃくちゃ怒られたが、俺はつつがなくこの仮婚約を白紙に戻すことが出来た。



 ものすごくスッキリした。




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