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おかしな転生  作者: 古流 望
第9章 名探偵ペイストリー
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086話 新年会の名探偵

 「乾ぱ~い!!」

 「新年おめでとう!!」


 木杯を高らかに掲げる者たち。中身は輸入物北方産のワイン。

 老若男女入り乱れての有様に、常ならぬ状態を想起させる。

 それも当然のこと。何せ、今日は一年で一番新しい日。新年の祝いなのだ。


 「さすがは御領主様。良いもの食ってるわ。特にこの肉の料理。ダグラッド、お前食わねえなら俺に寄越せよ」

 「馬鹿を言うな。トバイアムに食わせるぐらいなら、子供にやる。特別に仕入れた牛の肉って話だし、御領主様のところの料理人が、張り切って作ったらしいぞ。滅多に食えるものじゃない」

 「詳しいな」

 「ああ。事前の下調べは完璧さ。子供たちがよだれ垂らして話してたのを聞いておいたのさ」


 現在モルテールン領ザースデンでは、新築の領主館のロビーを解放しての新年祝賀式典が行われていた。

 式典という割にかなりくだけた雰囲気であるが、それもまたモルテールン家らしい毎年の光景。元より成り上がりとも言われる家柄で、虚飾や華美よりも合理と実利を重んじるのが家風の為、無駄な飾りや派手な出し物が一切無い。全くのゼロというわけではないのだが、貧乏所帯だった時からの名残で、申し訳程度の飾りしかない。

 招待客と呼べるものも、辺境故に他家の貴族などはほとんど居らず、用意された食事を食べるのはもっぱら家人の家族か領民の有志といった具合。


 「これ、うちのやつでも作れっかな?」

 「無理じゃないか。お前んとこのはスープでも焦がすだろ。まだ息子の方がマシな料理を作るって話じゃないか」

 「うちの嫁さんのは愛情がこもってるんだよ」

 「愛情よりもハーブでも入れた方が何ぼか旨いだろ」

 「そういうなって」


 新年祝賀は一年でも一番大きなお祝いごと。ペイスなどが評して曰く、盆と正月と誕生日が一緒に来た、というぐらいには、重要なイベント。

 何せ、今日を境に大人になった者たちが居るのだから。成人の日も兼ねるような、重要な一日。


 モルテールン家の料理人による料理は、俗にいう「ペイストリーのレシピ」を幾つか伝授されているため、一風変わった物もある。

 この世界の最先端ともいえる料理であることは露知らず、領民はただ美味しいものがタダで食べられるからと喜んでいた。

 食べながらのおしゃべり。彼らの会話に多いのは、やはり新たに成人した者たちのこと。自分たちの身内や、或いは近所の子供が成人したとなれば話題にもなる。


 「それにしても、結局成人の儀式では誰も魔法は授からなかっただろ。結構な金を掛けたのに、ご愁傷さまだよな」

 「そうだな。本聖別受けるのもタダじゃねえしよ。今日本村(ザースデン)に来てたのは司祭って言ってたか?」

 「教会の身分なんて分かんないな。うちに来るぐらいだから、下っ端じゃないのか? まさかお偉いさんが来るってことも無いだろうし」


 聖別の儀式は、古い時代の通過儀礼に起源を持つ成人の儀式。危険な行為を進んで行うことで成人に足る勇気を示し、過酷な状況で過ごすことによって成熟した精神を表す。

 これが魔法の習得と結びつき、宗教的な権威が管轄とするようになって幾年月。


 王都や、或いは多くの領地では、生活の身近な場所に教会がある。そこへ出向いて聖別の儀を執り行ってもらうのが通例。

 ところが、モルテールン領のような超ど田舎には、教会が無い。その場合にどうするのかといえば、聖職者を領内に招くのだ。領主家が費用を負担して。

 幾ばくかの浄財をもって信心を示し、その信心に対し徳を持って応えるという教会の建前の元、モルテールン領にも聖職者が呼ばれていた。


 「彼らは、助祭。教会でも、聖職者としては一番低い扱いですね」

 「ありゃ、若様。いつの間に」

 「さっき、ようやくあいさつ回りを終えて戻ったばかりですよ。もうすっかり暗くなってしまっていますが、楽しんでいますか?」

 「そりゃもう。こうして集まるのも年に一度ですからね」

 「若様も一杯どうです? 北方産の酒って話でしょう?」

 「ちょっとしたコネでエンツェンスベルガー辺境伯領から仕入れたワインですね。原酒をうちで寝かせたものです。出来上がりが気にはなりますが、僕はこれからがあるので遠慮しておきます」


 いつの間にか賑やかな喧騒の中に、ひと際目立つ銀髪の少年が紛れていた。


 モルテールン領には現在四つの村が存在する。王都に近い中央付近ならば村一つ、畑一枚でも男爵や子爵の位階を持つ家もあるが、それを考えるなら準男爵家としてはかなり多い。もっとも、辺境という点で質という面ではまだまだ田舎。

 田舎故にすべての村に聖職者を呼ぶわけにもいかず、すべての村の新成人が本村(ザースデン)に集められているのだ。毎年、新成人とその家族も集まることで、とても賑やかになる。


 「ふ~ん。しかし若様、慌ててこっちに戻ってこなくても、出かけてたんなら他所に泊まりって話もあったんじゃ? 御領主様はまだ見えねえようだし、そうしちゃならねえってことは無いでしょう」

 「おう、そうそう。ヴィルヴェ様のところには子供も生まれたって聞きましたし、お呼ばれしてたんでしょう? ゆっくりして来ればよかったのに」

 「姉様や義兄様もお忙しいですから。それに、先約もあって……」

 「先約?」


 ペイスの言う先約。

 それが、目ざとくペイスを見つけて寄ってきた。


 「ペイス!! 遅いじゃないの!!」

 「ジョゼ姉様、僕は今しがた仕事から戻ったばかりなのですが……」

 「もう、おなかがペコペコで倒れそうなのよ。ペイスが料理してくれるって約束じゃない。ずっと待ってたのよ?」

 「忘れてませんよ。遅くはなりましたが、下ごしらえは出かける前に終わらせてありますし、すぐ出来ます」

 「むふふ、楽しみねえ」


 ペイスがこれから料理を作る。

 それを聞いた周りの人間は、当然反応する。


 「くそっ、何で俺は腹いっぱいになるまで食っちまったんだ!!」

 「肉何ざ滅多に食えねえと思って食いだめしたのに、若様、殺生です!!」

 「俺、ちょっとその辺走って腹減らしてくる」


 新年の祝いの料理はタダで食える。

 他家では領民に領主が施すなど滅多にないことなのだが、モルテールン領が極貧に喘ぎ、苦役の如き開拓を行っていた最初期に、せめてこの日ぐらいはというカセロール達の思いやりから生まれた風習。

 新年の祝いの席。珍しい料理や、豪華な料理も饗される。日頃は贅沢などしたくても出来ない貧しい人間ばかりだが、この日だけは美味しいものが食べられるのだ。

 各家が持ち寄った焼きたてのパン。冬支度に用意していた干した豆を、じっくりと煮て戻したスープ。それに、領主家から振る舞われたヤギの香草焼き。どれもこれも、おなか一杯食べられるだけの量を用意している。


 しかし、ペイストリーの料理はそれらに比べると、物が違う。何より希少価値がある。

 食べられるのはペイス次第という不定期すぎるタイミング。作るたびに違うメニュー。食べた者たちがこぞって絶賛する味。ザースデンでは手に入ることのない珍しい食材。

 どれをとっても、競争心とプレミア感を煽る要素である為、食べられる機会は逃したくないのが人情というもの。


 「ダグラッド、お前若様が料理を準備してること知ってたな。だから肉料理に手を付けてなかったんだろ!!」

 「ふっ、情報を制する者は先んじる。外務の基本だ、基本」


 自慢気なダグラッドに対し、悔しそうな他の面々。仕事がら、情報の収集や整理、或いは推察や予測を得意とするダグラッドにしてみれば、この日に合わせたようにペイスが材料を揃えて、色々と準備をしていることを探り当てるなどは容易いことである。


 「得意そうなところ悪いのですが、今日の料理は我が家のプライベートスペースでの振舞いになります。従士の参加は不可ですよ、ダグラッド」

 「なっ!!」

 「何でも、お泊り会を企画している関係だそうで、夜遅くまでリコを男の前に置いておくことは止めておいた方が良いとの判断です」

 「若様やカセロール様は男でしょう」

 「身内は構わないそうです。文句は、母様に言ってください」


 ペイスの口ぶりから、本当にアニエスが決めたことだと察した男たち。

 如何に従士といえど、主家の奥方が企画したプライベートな催しに、無理やり参加するなど出来るわけがない。


 「く~!!」

 「ぶひゃひゃ、残念だったな。肉は俺たちが食っちまうが、ここは皆と一緒に、朝まで飲もうぜ」

 「「そうだそうだ」」


 既に十分顔を赤らめている酔っ払いたちが、一人だけ(さか)しらに振る舞おうとしていた裏切者を仲良く囲む。自分たちに内緒で良い思いを独占しようとしていたことに、罰を与えると息巻く。

 皆の手には木杯があり、ここぞとばかりにダグラッドへ飲ませようとしていた。

 普段は皮肉屋で賢しらに振る舞うことの多い男を、酔い潰しに掛かる算段らしい。


 「皆も酒はほどほどに。それじゃあシイツ、後は任せます。父様が帰ってきたら、母様の部屋まで来るように言っておいてください」

 「俺だけ貧乏くじですかい」

 「役得もあるでしょう。頼みますね」

 「へいよ~」


 ペイスは後事を従士長に任せ、(ジョゼ)に急かされて厨房に入った。

 今日のメニューは、新年特別メニューだ。


 出来上がりを屋敷の奥の部屋でそわそわしながら待つのは、アニエス、ジョゼ、リコの女性陣と、リコの侍女であるキャエラ。女性ばかりの場ともなれば、おしゃべりが止まることが無い。

 炒った豆をお茶菓子代わりに摘まんで空腹を紛らわせ、ペイスの料理が出来るのを今か今かと待ちわびていた。


 新年の初めのコース料理。

 初めは、軽く酢漬けになっている根野菜のサラダ。シャクシャクとした歯ごたえと、僅かな酸味が心地よく、ドレッシングなど無くても食べられるから低カロリー。

 夜更かしする女性陣の肌のことまで考えて用意された一品だ。


 前菜を食べ終わるころ。深夜を回って、広間では酔いつぶれた死体もどきが出来上がったタイミングで、モルテールン家の当主が帰ってくる。


 「あなた、おかえりなさい」

 「うむ。お前たちは今から食事だそうだな。私も腹がすいている」

 「ちゃんと、ペイスちゃんが用意してるって言ってたわ」

 「なら、少し着替えてくる」


 着替えを手早く済ませて妻の部屋に入るカセロール。

 夜会の帰りらしい、香油の匂いを漂わせながらであったが、食事を共にするものは誰もそれを嫌がったりしない。

 その点、当主の家長権を絶対視する文化的なものである。


 二品目は白身魚のスープ。

 ボンビーノ子爵領で水揚げされた魚のアラから出汁を取った、根野菜のたっぷり入ったスープだ。


 「ほう、これがジョゼの言っていた魚か」

 「そう。あたしのリクエストよ。前に一口だけしか食べられなかったから、ペイスにワガママ言っちゃった」

 「自分で我儘だと分かっているなら、これっきりにしておきなさい。()を通すなら、弟ではなく将来の旦那にすることだ」


 カセロールも、父親の威厳をもって娘を諭す。

 弟が幾ら出来が良かろうと、我儘を言うのは筋が違うと説教の一つもする。息子の方は説教のタネには事欠いたことが無いが、娘の方をこうして説教するのも久々だと父親は感じていた。


 「あら? それなら私はカセロールに我儘言っても良いのかしら」

 「……ほどほどにしておいてくれ」

 「うふふ、じゃあゆっくり考えておくわ」


 スープを飲みながら歓談に興じる夫婦の間には、一種独特の雰囲気がある。長年連れ添ってきただけあって、阿吽の呼吸。


 「お義父様も、お義母様も、仲がよろしいのですね」

 「うふふ~リコちゃんも、そのうち分かるわよ。旦那はね、最初の躾が肝心なの」

 「こらこら。他所の家の子に何てことを教えているんだ」

 「あら、いずれうちの子になるから良いのよ。ね~」


 今日のアニエスは、ご機嫌である。

 ここのところ忙しかったからと、家族の触れ合いも限られ、朝ごはんすら顔を合わせられないことがあった。その埋め合わせが今日出来ただけでも、精神的に安堵感が広がる。


 メインは魚のパイ。

 ジョゼの強いリクエストで焼かれたパイで、深夜の食事になることを踏まえて油っ気を抑えてある一品。


 「ふむ、やはり魚は良いな」

 「あたしは、もっと味が濃くても良いと思う」

 「ジョゼはまだ子供なのだな。大人になると、こうしてあっさりとしたものも美味しく思えるものだ」

 「お父様も、おじいちゃんだもんね」

 「……そう言われると、自分が年を食って老いたように聞こえる」

 「孫が居るのは事実じゃない。姉様の子からすれば、お父様は祖父よ?」

 「そりゃそうなんだが、まだ若いつもりなのだ……若いよな?」

 「さあ」


 ジョゼの指摘に、カセロールは顔を顰めた。事実は事実として受け止めているのだが、まだまだ現役で若いつもりの四十前。ジジイと言われて素直に喜べないのもまた複雑な年ごろの心境である。


 そんな和気あいあいとした雰囲気の中、最後のデザートを持ってペイスが部屋にやってくる。


 「お食事は如何でしたか?」

 「美味しかったわ。ペイス、毎日料理する気無い?」

 「姉様、それでは料理人が失業してしまいます。料理人を今度鍛えておきますので、それでいいでしょう」

 「美味しいものが食べられるなら、何でもいいわ。それで、デザートは何?」


 よくぞ聞いてくれました、というペイスの表情に、皆が笑う。

 この少年が、お菓子について並々ならぬ情熱を持つことは周知の事実であり、お約束のようなやり取り故に、皆が笑ったのだ。


 「今日のデザートは、あえてメインと揃えてパイ風にしてみました。それも、新年にぴったりのスイーツ。ガレット・デ・ロワ」

 「新年にぴったり?」

 「ええ。パイの中には、ソラマメが一粒だけ入っています。それに当たった人が冠を被ることで、今年一年の幸運が贈られるとの言い伝えがとある国にはあるそうです」

 「確かに、新年にはぴったりね」


 ペイスの説明を聞いた皆は、とても興味深そうな顔をした。

 切り分けられたどこかに豆があるのだと、結構真剣に選び始める。

 特に、こういったイベントごとが大好きなジョゼが、リコと共に絶対に当てると息巻く。


 「こっちの方がちょっと厚くないかしら」

 「でもお義姉様、こっちの一切れのここらへんが、少し膨らんでいるように見えませんか?」

 「確かに。う~どれだろ」


 そんな娘たちを親二人は微笑ましそうに見ているのだが、カセロールに関しては一人だけ雰囲気が違っていた。

 アニエスにしても、順番こそ娘たちが先に選ぶように言うが、当てるつもりはある。だが、父親はその気がなさそうなのだ。


 「父様、どうかしたのですか?」

 「ん、ちょっとな。そうだペイス、お前なら、どこにその豆が入っているか、分かるんじゃないか?」

 「え? それはもう。はっきりと。でも、僕が選ぶのは最後ですよ?」

 「なら、(はず)れを教えてくれ」

 「外れを? 当たりではなく? 何故です」


 ことお菓子に関して、類まれな嗅覚と観察眼を持つペイス。彼にかかれば、微妙な焼き具合の違和感から豆の位置を探り当てることも容易い。菓子に関してのみならば、名探偵である。


 父親に言われ、あえて外れのピースを渡すペイス。

 何でわざわざ豆の入っていない物を選ぶのかと、疑問を持ったのだが、その答えも父親が教えてくれる。

 実に、心のこもった、深々とした溜息と共に。


 「……しばらくは、冠は遠慮したい。当分は冠と名の付くものは見たくない。退屈で死にそうだったからな」


 カセロールの言葉に、ペイスは無言でもう一切れを追加するのだった。


これにて今章結


さて次章

「レーズンパンの恋模様」(まだ仮称)

お楽しみに

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