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おかしな転生  作者: 古流 望
第7章 海賊のお宝
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066話 旗艦炎上

 「一体、何があったのですか!!」

 「分かりません。旗艦がいきなり燃えだして、あの通りです。何やら争っているような気もするのですが、暗い中のことで、はっきりとは……」

 「シイツを叩き起こして甲板に来るように伝令!!」

 「もう来てるんで、その必要はねえですよ。この騒ぎに寝こけるほどお上品な育ちではねえもんで」


 休息命令に従って、目ぼしい連中が全て寝ていた時。

 慌てふためいたような見張りが、ペイスを叩き起こさんばかりの勢いで駆けこんできたのだ。

 急いで甲板に出てみれば、ペイスの目に映ったのは燃え盛る炎。

 夜という、空と海が黒一色で溶けあう時間。本来であれば境など分からないはずの海面が、はっきりと赤い境界線を照らし返していた。

 火中に有るのは旗艦。木造船が何よりもおそれる船の火災とくれば、只事では無い。


 煌々と夜空を照らす明かりがあるのだから、遠目からでも何処に旗艦があるのかはっきりと見える。

 それ故、シイツの【遠見】は十全に威力を発揮した。


 「シイツ、見えましたか?」

 「これはちいと不味いですぜ。どうやら、内紛です」

 「内紛?」

 「同じ格好の奴ら同士で争ってます。ありゃ海賊じゃねえですね。ボンビーノ家の内輪もめですかい?」

 「そんなわけないで……不味い。すぐに船内を捜索し、侵入者の確認。船員を全員叩き起こして、周囲の警戒を戦時体制に!!」


 燃え盛る旗艦の様子を目にした瞬間、一瞬呆けたペイスであったが、さすがに現状を把握すると動きは早かった。

 ボンビーノ子爵家の船全てで争いが起きているらしいことを見れば、何があったのかを知るのは容易い。


 「坊、もしかして」

 「ええ。状況から推察して、ボンビーノ子爵は嵌められたのでしょう。恐らく、リハジック子爵あたりに。休息命令を見計らったように動いたところを見れば、計画的なもの。内通者の可能性も高い。うちの船にも必ず何かしてきているはずですから、工作員の潜入と、敵の有無を確認するのは急務です」


 モルテールン家の次期領主が指示を飛ばしている時。

 ドタバタと騒がしい音が、船内からした。

 何事かと思っていると、四人程の男が(あみ)で巻かれて連れてこられる。


 「全く、人の安眠を妨害するとは、躾の悪い奴らだ」

 「糞が!! 放しやがれ!!」


 悪態をつく連中を、何人かで協力して運んでいたらしい。

 その中心にいたのはレーテシュ伯の恋人、セルジャンだった。


 「セルジャン殿、一体何があったのです?」

 「外が騒がしくなる少し前に、船に火を付けようとしていた連中が居たのですよ。私はモルテールン家の人間ではないので、居ること自体が予定外だったのでしょうな。夜中に気配を感じて確認しようとしたところでばったりと。こいつらも私に気付いたので声を掛けたら、四人がかりで襲ってきました。甲板も慌ただしい様子だったので只事ではないと、縛り上げて連れてきた次第です」

 「それはそれは。よく未然に防いでくれました。ありがとうございます。お手柄ですよ」

 「この程度のチンピラに、遅れは取りませんよ。それより、気を付けた方が良い。ただ単に火付けだけで済むわけがない」

 「ええ、分かっています。すぐにも、襲撃があるかも知れません。セルジャン殿も御準備を願います」


 火を付けようとしていた連中は、ボンビーノ子爵が手配していた漕ぎ手の一部だった。セルジャンやシイツによる強引な事情聴取(ごうもん)の結果、結構な金で貴族の使いを名乗る男に雇われて、ことに及んだらしいことが判明。

 尚、船内捜索と事情聴取の結果から、幸いにもネズミはこの四人だけであったのは救いであった。


 だが、この騒動に怒り心頭なのが水龍の牙の面々だった。

 逃げ場のない船の上での火災というのは、船乗りにとって嵐や大波以上に恐ろしいものであり、海の上に暮らす者にとってみれば、放火は絶対の禁忌。最上級の禁則事項。

 海の男のタブーを犯した連中は絶対に許さないと、放火魔たちをタコ殴りにし始める。簀巻きにされた男たちの歯が飛ぼうが、目玉が潰れようが、骨が折れようがお構いなし。シイツの事情聴取が穏健に見えるほどの暴力の嵐。

 結局、ペイスが止める頃には、生きているのが不思議なほどの有様になっていた。アンモニア臭がまき散らされた中、ペイスは顔を顰める。


 「放火魔も、れっきとした証拠です。それ以上やれば死んでしまうので、その辺で。それよりニルディアさん、旗艦に救出の要員を出せますか?」

 「……難しいね」


 最後に蹴りを一つ見舞った後、ニルダは答えた。


 「駄目ですか」

 「この船を近づければ、火の粉でこっちに飛び火する。船を預かっている以上、近づけるのはごめんさ。小舟でなら近づけるかもしれないが、二人乗りの船で行けたとしても、乗り込む前に矢の的。乗り込むにしても囲まれる。第一、あっちの船はもう持たないよ」


 もう持たない。

 そう言ったニルダの言葉の通り、火に包まれていた旗艦に決定的な動きがあった。

 帆を上げる為の支柱(マスト)が、根元から折れていく様が遠目からでもはっきりと見える。


 「ああ、脇の辺りにでかい気泡が出た。こりゃ船内に大量の水が入ったね。いよいよ沈みだすよ」


 ボコッっという音が聞こえてきそうなほどに、大きな泡が旗艦脇の海面に浮かぶ。

 ペイスはニルダの解説を聞くことになったが、これは船が沈む前に起きる予兆なのだそうだ。こうなると、船底にも穴が開いていると見るべきだという。

 そして、気泡を発するほどに損壊した以上、船はもう沈むしかないとも言った。


 誰もが旗艦に目を向けるなか、夜目の利くグラサージュが動くものに気付く。


 「若様、旗艦から小舟が一艘来ています。誰か乗っているようですが、どうしますか」

 「弓構え、灯りを持ってきて下さい」


 甲板に上がってきていた連中のうち、数人が弓を構える。

 ギリリと音が揃い、何時でも矢が放てる格好。

 燃え沈む旗艦の灯りで逆光になっていたため、確認の為に船上から小舟を照らす。そこには、見知った顔があった。

 弓を向けられていることに気付いたのか、慌てた声がする。


 「待ってください。私です。モルテールン卿」

 「弓構えやめ。総司令官殿です。グラスとセルジャン殿は矢を番えたままで、何時でも構えられるように。小舟の後ろや周りに、良からぬ者が付いていないか確認。居たら、とりあえず撃ってよし。確認不要」

 「はっ」


 小舟に乗って先頭艦(バロン)にやってきていたのは、ボンビーノ子爵ウランタとその補佐役ケラウスだった。

 甲板に引き上げてみれば、子爵はかなり憔悴した様子。何があったのかと、ペイスは説明を求めた。


 「面目ない。当家の手配した者の中に、何処(いずこ)かの手が伸びていたようです。皆が寝静まった頃を見計らって、全ての船で一斉に動いたらしく、気が付けば既に火に囲まれておりました。海へと逃げだす者も多く、私も小舟に乗りこむのが精一杯で、モルテールン卿の船だけは静かでありましたためこうして……」

 「僕を信用してもらえていたのはありがたく思います。この船に来た以上、もう安心です」


 ウランタは、泣きそうな顔をしていた。

 初陣で、寝こけていた間に部下の反乱が起きて逃げ出す羽目になった、という事実を受け入れる心痛からである。旗艦以外が火付けだけは阻止できたことを見れば、それも仕方がない。

 事実、ペイスの船は統制がしっかりと行き届いていたのだから、比較してしまうとどうしてもウランタの拙さが目立つ。


 「誰の手引きか分かりますか?」

 「分かりません。怪しいと思えるところは有りますが、一つというわけでは無いので」

 「ふむ……ならば、ちょっと調べてみますか。総員戦闘態勢、総力戦用意。旗艦の炎を目くらましに、他の船の反乱分子を鎮圧します。最低でも一人、指揮官クラスを生け捕りにすることを優先。下っ端は、抵抗すれば容赦は要りません。まずは二番艦から行きましょう。ニルディアさん、海蛇ニルダの出番です。難しい操船になりますが、頼みます」

 「よっしゃ、お前ら気合入れな!! あたいらの力を、見せつけてやるよっ」


 この瞬間から、バロンが旗艦になった。

 ウランタとケラウスを保護し、落ち着かせている間、水龍の牙の面々は大口を叩けるだけの見事な操船を見せる。

 旗艦の脇のギリギリ。それも風上をキープしてすり抜けるという高難易度の操船を行い、そのまま勢いを付けつつ他の船に接近していく。

 こすり付けるように際どい動きで船同士が近づく間際、ペイスが声を張り上げた。


 「まだあちらの船には、此方の味方として戦っている者も居ます。弓は撃てません。直接乗り込んで制圧します。全員、準備はいいですね? 抜剣!!」

 「モルテールン卿、何故貴殿まで剣を抜くのです」


 ウランタの驚愕に対し、ペイスは当然の顔で答える。


 「僕も出るからに決まっています。今です、全員かかれ!!」

 「「うおぉぉぉ!!」」


 戦場で獣の咆哮が重なる。

 船の揺れにタイミングを合わせるように、一斉に船員たちが二番艦に飛び移っていく。鉤の付いた縄などで船体を固定し、まるでサーカスのような曲芸じみた動きで船に飛び移っていく者も居た。

 途端に始まる、敵味方入り混じっての強襲戦。


 「ボンビーノ子爵に味方する者は左袖を捲れ。さもなくば敵とみなして叩っ斬る!!」


 元より、ニルダが素人同然と言い切った海兵たちが相手。

 船の揺れにも慣れ、船上の戦いに最適化されている水龍の牙の無頼達の活躍は目覚ましい。船の上を文字通り飛び回るように、またたく間に制圧していく。

 意外なことに、そんな彼らに交じり大活躍を見せていたのがセルジャン。

 恵まれた体格もあれば、培ってきた武芸もある。船の上の戦いについても、ある程度の経験があるらしく、水龍の牙の面々も驚くほどの“海の男”がそこに居た。

 彼らは敵味方を仕分けしつつも、敵には容赦なく剣を振るう。


 モルテールン家の面々も、堅実に歩を進めている。

 一塊になって死角をなくし、戦場を常に見渡しながらの行動には落ち着きがあった。


 「ほう、さすがはセルジャン殿。伊達に坊と切り結んだわけじゃねえですね」

 「……これは、使えそうですね。色々と」

 「お、またペイス様が悪い顔になってる。俺初陣なんですから、無茶はやめてくださいよ。まだ恋人も居ないのに死にたくない」

 「ラミトは、いい加減女性の前だと緊張する癖を直すべきですね」

 「どうも女の子の前だと意識しちゃって……まだ今回の方が落ち着きます」

 「普通は逆でしょうに。初陣で落ち着くという言葉が出るのは、異常ですよ」

 「坊がそれを言っちゃ……っと、せい!!」


 船内の陰から襲い掛かってくる者も危なげなく倒していく。


 「お、どうにもこいつが頭だったようですぜ。他の連中が逃げ出し始めた」

 「ふむ、ならば」


 ペイスは息を吸い込んだ。そして一気に声を出す。


 「総員、掃討にかかれ!! 深追いは無用です」


 俄然、戦闘員の意気が上がった。

 何故ならば、水龍の牙にしてみれば、逃げる相手というのはこれ以上ないほどに刈り易い敵だからだ。活躍した内容によって報酬を付ける今回の契約から言うならば、金が目の前を泳いでいるような美味しい状況である。つかみ取りで金貨銀貨を取り放題の稼ぎ時に、より一層の気合が入る。

 そんな勢いづいた状況であれば、逃げる連中も必死になって逃げる。海に飛び込む。

 またたく間に、船上は味方と死傷者のみとなった。


 「よし、次行きます。総員、バロンに乗船。この船はウランタ殿に引き渡します」


 乗艦していた旗艦を失ったウランタに対し、制圧した二番艦を新たな旗艦として引き渡す。

 ペイス達は引き続き他の船の制圧に向かうが、ウランタ達は後方で、海に落ちた味方の救助活動にあたることになる。

 それぐらいはやらせてほしいと、ウランタ自身が言いだしたからだ。


 戦場の経験が豊富な人間の揃っているモルテールン家御一同様。

 一旦掴んだ流れと、高まった士気をもってすれば、他の船の制圧もあっという間だった。

 最後の方になれば、何もせずとも敵が逃げ出した。寒さの厳しくなってきた季節、まず生きて陸地にたどり着くのは難しいのだが、それでも船上よりはマシとばかりに海の中へと飛び込んでいく連中が居た。

 無論、モルテールン家の人間も全くの無傷では無い。ラミトが軽傷の切り傷を負い、今回雇っていた人間にも刺し傷による重傷者が一名出た。死者が出るかどうかは、重傷者の予後次第。


 全ての制圧を終え、敵指揮官格の人間がペイス達の元に引きずり出される。人数は四名。恐らく、一つの船に一人の指揮官を置いていたと思われるが、数が足りないのは大暴れしていた連中に始末されたからだ。そして、生かしたまま連行したのにも訳がある。

 あまり気持ちの良い物ではないと分かっていながら、軍の指揮官として情報を強引に聞き出さねばならないのだ。


 後ろ手に縛りあげられた者の前にペイスが立つ。捕縛された者の後ろにシイツが位置取り、縛られたままの手の指を握る。いつでも指を潰せる形だ。


 「それで、あなた方の雇い主は誰です?」

 「はん、俺たちは子爵の圧政に立ちあがった善良なうぎゃあぁ!!」

 「綺麗な小指でしたね。シイツ、次は薬指で。そうそう、話したくないなら別に構いません。貴方以外にも捕まえた者が居ますので。もし話したくなったのなら、早いうちに話すことをお勧めしますが。それで、他の仲間は居ますか?」

 「だから知らなぎゃああぁあ!!」

 「仲間をどうやって見分けていたのですか?」

 「あぎゃえええ、止めろ、止めてくれええぇ!!」

 「行動決行を指示したのは何時ですか?」

 「目が、目があぁあ!!」


 指揮官格の四名ほどがそれぞれ別々に聞き込みの対象になり、情報の裏付けと口裏合わせの阻止を行う。

 しぶとい人間も居たが、急所を潰されかける段になってようやく口を割る。

 そうやって聞き込んだ結果、幾つかの情報が整理された。


 「黒幕はやはりリハジック子爵。しかも、逃げるルートに海賊の待ち伏せですか……」


 反乱した連中は、落ち目で凋落著しいボンビーノ子爵家を見限り、今回の作戦が上手くいけばリハジック子爵に、今以上の待遇で取り立てて貰えると約束されて内通していたと語る。

 捕まっても自分達とは繋がっているとは言うなと言い含められていたそうだが、モルテールン家の歴戦の古強者と次期領主に掛かれば、口を割らせるのも容易い。

 海賊の内情が、彼らと同じようなリハジック子爵子飼いの手下という事実も確認が取れた。

 おおよそ、想定していた可能性の中では、悪い方に該当する。


 事実が明らかになった時点で、行動方針の話し合いが始まった。

 総指揮の立場にあるウランタ自身が疲弊している為、ペイスが暫定で指揮権を持っている状況で。


 「俺たちは戦争をしようってわけじゃねえでしょう。ここは海賊の待ち伏せを避けつつ一回退いて、改めて体勢を整えるべきじゃねえですかい? こうやって証拠も揃ったんですから、外交でリハジック子爵に手をひかせることも出来るでしょうよ。ただの海賊相手ってのと、子爵家子飼いの海兵相手ってのとでは、まるで意味が違う」


 思慮深い常識論を言うのは、モルテールン家従士長の役目。

 今回の海賊討伐の目的は、海賊被害を無くし、海洋交易路を確保することにある。また、その副産物として、ボンビーノ子爵の実力を喧伝する狙いだ。

 恐らく素直に認めはしないだろうが、リハジック子爵が黒幕と分かったのだから、交渉次第で海賊という名の兵を引かせ、海洋交易路の安全確保が適う可能性も出てきた。それを達成できれば、ボンビーノ子爵も面目を施せる。

 ここであえて戦わずとも、作戦目的を達成できるのなら、退くのも勇気。

 そうシイツは言った。


 無論、ペイスとしてもその意見は頷けるものだった。

 別に戦闘狂というわけでも無い菓子狂いのペイスは、一旦はシイツの意見に賛同し、大きく遠回りさせての帰路につきかけた。

 帆を上げ、さあ船を出そう、としていた矢先。

 ペイスは何を思ったのか、船を海賊の待ち伏せる海域に行くよう命じた。


 「坊、何を考えているんです!!」

 「ちょっと、良いことを思いついたのですよ」


 そう言った少年の顔には、これ以上ないほどに爽やかな笑顔が浮かんでいたのだった。


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