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雪合戦 姉対弟(上)

少し中途半端ですが、長くなってしまった為に分けて投稿します。

 

「うー……寒い。絶対これ風邪引くぜ」


「何言っているんだよ。トールが風邪を引くわけがないじゃないか」


「そうだな」


 トールが体を震わせながら道を歩く。


 その後ろを歩く俺とアスモは、トールの呟いた言葉を呆れたように返す。


「まあ、そうかもな。アルが即席のお風呂を作ってくれたからな!」


 俺達の突っ込みを違う風に解釈したのか、トールが嬉しそうに言う。


 いや、俺とアスモは馬鹿が風邪を引くわけがないという意味で言ったのだが、わざわざ怒らせる必要も無いので黙っておく。


 真冬の川に見事ドボンしたトール。本来ならばアスモも巻き込まれて落ちるはずだったが、そこは俺の魔法のシールドで間一髪。


 トールはアスモだけ助けた事に憤慨したようだったが、ちゃんと引き上げて即席の土魔法で作ったドラム缶風呂を用意してやると、表情を喜びへと変えた。


 なので、今寒がっている理由は単なる湯冷めだ。


 村人でも簡単な魔法を使える人はいるが、お風呂を用意できるほどの力を持つ人は殆どいないらしい。水は井戸なり川なりと汲んでくればいいのだが、それはとてつもない労力と時間がかかる。かと言って大量の水を魔法で出す事も出来ない。


 それに肝心の湯船がないので意味が無い。なので、大概は桶にお湯を張って身体を拭くくらいなのだそう。


 だからトールもお風呂に久しぶりに入る事が出来て嬉しいらしい。


 日本人の俺なら絶対耐えられない。拭くだけって何それ。


 エマお姉様もいるし、今度あいつの家にお風呂を設置してやるか。



 雪の景色を眺めながらの気持ち良さそうにドラム缶風呂に入る姿に惹かれはしたが、帰り道の事を考えると入る事は躊躇われた。というか、屋敷までの間に絶対に湯冷めする。



 川から戻り、広場へと戻ると何故かエリノラ姉さん、エマお姉様、シーラさんの三人組がいた。一体どうしたんだろうか。


 その周りでは村人がこちらを窺うような視線でちらほらと。


 不安と警戒をしながら進むと、腕を組んで、目をつぶっているエリノラ姉さんが口を開いた。


「アル。あの氷像は何かしら?」


 氷像? あー、俺達三人で作ったやつね。


「あー、あれね。結構自信作だったんだ。俺達で作ったんだよ!」


 俺が笑顔で答えると、エリノラ姉さん達は顔を見合わせて頷いた。


 何だろう? やっぱりコイツらの仕業だみたいな感じは。


『言っちまった!』


『あー、もうこりゃ駄目だろ』


 遠くからは村人達の弱々しい声が聞こえてくる。


「俺達の作った氷像がどうかしたのですか?」


 トールがエリノラ姉さんへと、緊張に声を震わせながら尋ねる。


 多分心の中では、直接お話しできてラッキーとか思っているに違いない。


「どうかした? あれを見てそう言うのかしら?」


 鋭い視線をこちらに向けた、エリノラ姉さんは氷像を指さす。


 そこには俺達が苦労して作り上げた、美の結晶が――あられもない姿になっていた。


 全く意味が分からない。


 俺達がこだわったプロポーションは何者かによって乱され、醜い姿へと変わり、とても見てはいられない。腹はポッコリと膨らんでいる上に、筋肉がついていたりと無茶苦茶。まるで子供にでも悪戯されたかのようだ。それが顔にまで手が付けられていたら、どうとでも言えたのだが、そこだけが手を全く付けられていないために誰をモチーフにしたのかがまるわかりだ。


 ただ、エリノラ姉さんの氷像には全く手が付けられておらずに。胸元だけがふんだんに盛られている。


 恐らく、この悪戯をした人達がエリノラ姉さんだけは敵に回してはいけないという、本能に従いやったものと思われるが、明らかにこれは挑発だ。


「いや、これは違う!」


「何が違うのよ! アルが自分達で作ったって言ったわよね?」


 エリノラ姉さんの怒気のはらんだ声と主に雪玉が飛んでくる。


 勢いよく飛んできた雪玉を避けて、後方の民家へと下がる俺達。


 く、くそ。確かにそれも笑顔で言ってしまった。


 過去の俺をぶん殴ってやりたい。


 それにしてもエリノラ姉さん、最初から投げる準備をしていやがったな。


「俺達じゃねえよ!」


『あ、でも俺トールがエマの氷像の胸を削っているところ見たぞ』


『俺も俺も。トールの奴にやにやとしながら胸元をごっそりと削っていたよな』


 弁解の声を叫ぶトールだが、タイミング悪く村人達の声が聞えた。


 お前達なんてタイミングの悪い瞬間を見ていたんだ。


「余計な事言うなよお前ら!」


「へー、やっぱりトールの仕業だったんだ」


 平坦な声をしながら雪玉を準備するエマお姉様。目、目にハイライトが無い気がする。


「ちょ、違うって姉ちゃん! 俺はただパッ――」


「黙りなさい!」


 それ以上は言わせないとばかりに、雪玉が連射されてトールは撤退を余儀なくされる。


「なあ、姉ちゃん? トールはともかく俺は何もやっていないよ? だから雪をかき集めなくていいんだよ?」


 俺達の中で唯一身を隠していないアスモが、姉であるシーラさんを説き伏せようとしている。


あの野郎、自分だけ助かるつもりか。


「えー? そんな事はどうでもいいよー。それより私雪合戦やってみたかったんだー」


 何という魔性の笑顔。俺達の姉とは違う意味で危ない人だ。アスモは説得が通じないと見るや、急いで俺達と同じく民家の影へと身を隠す。


「おいどうする?」


「いや、もうこの状態から持ち直すのは面倒くさい気がする。」


「シーラ姉ちゃんもどうにもならない」


「隠れてないで出てきなさい!」


「後ろめたいことがあるから隠れるのですよ」


 身を寄せ合って話合う中でも、雪玉の嵐はやむ気配がない。


「……こうなったらやるか」


 一度ああなったエリノラ姉さんを止める事は難しい。俺は覚悟を決めた瞳でトールたちを見る。


「ああ、たまには姉ちゃん達をぎゃふんと言わせるのも悪くないな……エリノラ様にかっこいいところを見せるチャンスだ」


「俺はあんまり理由ないけど、ターゲット付けられているから仕方がないな」


「「期待してるぜ、動けるデブ」」


「お前達を売って命乞いしていい?」


「「冗談冗談」」


 ここらで雪玉の嵐がやむ。顔を出して様子を見ると奴らは雪玉を量産していることがわかった。恐ろしい速度で玉が出来上がり次々と山を築く。


 特にシーラさんの作る速度が半端じゃない。ああいう単純作業が好きなのだろうか。


「シーラ姉ちゃんは雪玉を作るのが得意だよ。単純な作業は楽だから好きなんだって」


「その発想俺の姉ちゃんと似てんな。うちの方は集中力ないけど」


 一方でエリノラ姉さんは雪玉を一切作ることなく、仁王立ちで俺達を警戒している。


 まるでドッチボールで投げる事だけが大好きな小学生のようだ。らしいといったら、らしんだけど。


「よし、勝ちに行くよ。今日こそは弟は姉に勝るという事を証明してみよう」


「「おう!」」


 俺達は希望抱いて、作戦を練るのであった。





 ×     ×      ×




「じゃあ行くよ!」


「よっしゃあ!」


「俺は玉を作るぞ」


 声を掛け合い、俺達は一斉に民家から躍り出る。


「出て来たわね!」


 待ってましたと言わんばかりに、エリノラ姉さんが雪玉を投げてくる。


 それは俺の頬を掠めて、隠れていた民家へとぶち当たる。


 そして何かが潰れる鈍い音。振り返れば、そこには鈍器で叩かれたかのようにめり込んだ雪玉が。


『俺の家の壁がああああああっ!』


『諦めろ。エルマンが直してくれるさ』


 どこかから聞こえる悲痛な声。しかし、今はそんな小さな事に構っている場合ではない。


「……外れたわね」


「アル!」


「わかっている!」


 こんな剛速球、一度受けたら終わりだ。


 少し予定が早まったが、作戦通りに壁を展開することにする。


「氷壁!」


 地面に手をつき氷魔法を発動させる。


 すると俺達を守るように次々と氷の壁が生み出される。それは一列にではなく、俺達が前へと進みやすいように一定の間隔を空けて。これはこちらが一方的に攻めやすいようにするためだ。


「魔法!?」


「すごいですねー。こんなにたくさん」


「相変わらず無駄な所で力を発揮する弟ね!」


 それはさっそく効果を発揮し敵の雪玉を次々と弾く。俺達はその効果に口の端を上げ、氷の壁から半身を出し、雪玉を投げつけていく。


「きゃあっ! エリノラ様、氷の壁が邪魔で玉が当たりません!」


「ははは! 姉ちゃんざまあねえぜ!」


「むー、アスモずるいー!」


「知らないね!」


 トールとアスモを見る限りでは、作戦通り優勢らしい。


『おー、これは面白くなってきたな。お前どっちが勝つと思う?』


『このままだとアルフリート様じゃねえか?』


『というか、何であんだけ魔法使って平気なんだよ』


『七不思議の一つだな』


『やっぱり、エリノラ様が勝つんじゃねえか?』


『ワシはアルフリート様に銅貨一枚賭けるぞ!』


『俺はエリノラ様に銅貨二枚だな』


 少し離れたところでは村人達が何やら盛り上がっている。それはあっという間に伝播して、次々と人が集まる。


 それはそうと俺、今日一度も子供以外で女性を見ていないんだけど。皆内職でもしているのだろうか。


 いや、うちの村の女が男だけで遊ぶなんて許すはずが……。何か俺達の知らない所でよく無い事が進んでいる気がする。


 なんて考えていたが、エリノラ姉さんの一声により現実へと戻される。


「壁があるなら回りこめばいいじゃない」


 そこには猛スピードで壁をくぐり抜け、俺のサイドへと回りこむエリノラ姉さんが。


「……残念そこは落とし穴」


「えっ? きゃあっ!」


「ははは、接近戦が得意なエリノラ姉さんならそうしてくると思ったよ!」


 俺はエリノラ姉さんが落ちた、落とし穴に氷魔法で蓋をしてトール達の応援へと向かう。


 何のために最初に地面に手を着いたと思っているんだ、あれは氷魔法で壁を作り出すためじゃなくて、地面を陥没させるためだよ。


 結構深めに作ったし、少しは時間稼ぎになるでしょ。


「トール、アスモ! 応援に来たよ!」


「よっしゃあ! 投げろ投げろ!」


 状況が三対二へと変わり、俺達が優勢となる。


 俺達の猛攻により、シーラさんとエマお姉様は民家へと撤退する。


「くらえ!」


 そして、それをチャンスと見たアスモが追い討ちとばかりに雪玉を投げつける。


 それは真っすぐに飛んでいき、逃げ遅れたシーラさんの胸元を捉えた。


「あっ」


「「「玉が逸れた!」」」


『『『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』』』


 何という弾力。アスモの手によって放たれた雪玉は確かに、シーラさんの胸へと当たったはずだ。なのに、それは柔らかいクッションに衝撃を吸収されてしまったかのように、ぽよんと跳ねて地面へと落ちた。


「やったわね、アスモー!」


 シーラさんが怒り、仕返しとばかりに玉を投げる。


 それを見て壁に身を隠そうとしたアスモだが、追い討ちの為に前へと出たアスモが身を隠す壁はなく、左腹部を捉えた。


 そして雪玉がバスッという音を立てて、白い結晶を散らすはずだったが……。


『『『玉が消えた!?』』』


「いや、違う! 玉が肉に埋もれたんだ!」


『『『……ッ!』』』


 トールの一言により、村人がざわめく。


 ……恐ろしい。なんて姉弟なんだ。アスモとシーラが引き起こす結果に俺達はただ慄く。


「アル! よくもやったわね――ってきゃあっ!」


 足と拳に魔力を纏わせ、蓋着きの落とし穴から這い出た、エリノラ姉さんだったが、着地して再び違う落とし穴へと嵌る。


「……アル、どんだけ落とし穴作ったんだよ」


「いや、あの辺りは俺が通ったところ以外は全部落とし穴だよ」


「……えぐいな」


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