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第四十五話 嫁は怖い

 半泣きのセトをソファーに座らせる。

 魔族の存在は知っていたが、実際に見たのは初めてのことだったこともあり、アレクは驚いた。そしてその魔族が半泣きになりながらカインに縋る姿を見て、さらに驚愕した。カインが宥めるのを見て、込み入った事情だと察し、紹介されセトと挨拶したあとに、代官邸で仕事をすると言ってアレクは執務室から退出していった。


「それで、いきなりどうしたの?」

 

 何があったのかまったくわからないので、セトに説明させた。


「――うちの妻に、浮気していたのを見つかって魔王城から追い出された……」



「「……」」


 カインは絶句した。後ろで控えているダルメシアはため息をつく。


「あれほど私がお仕えしていた時にダメだと言っておいたではないですか……。レファーネ様は、浮気には厳しいお方だと、何度も、何度も、何度も言いましたよね」


 ダルメシアはセトの妻のことを知っていた。

 しかも相当なヤキモチ焼きらしく、浮気には厳しいとのことだ。


「ダルメシアがいた頃は、お主が止めてくれただろう。今は私にそんな説教をするのはおらん。だからつい魔が差してもうてな……」


 セトの妻が他の街へ行っている間に、街娘に手を出したところを、セトに付けられていた使い魔が全て妻であるレファーネに報告していた。

 レファーネが城に戻ってきてから、セトは問い詰められ白状したところを、王城のテラスからそのまま蹴り落とされたそうだ。そして鬼気迫る勢いで追ってきたので逃げだし、以前、この街で召喚したこともあり、場所もわかっていたので転移してきたということだった。


「セト……自業自得だ」


 カインはため息をついたあと、冷たく突き放した。


「そんな……」


 セトがソファーで力なく肩を落とす。

 ダルメシアの説明では、魔族の国では、一夫一妻制が基本となっており、このエスフォート王国のように、一夫多妻制ではないということだった。

 しかもセトの妻のレファーネは魔族の国では有力貴族の令嬢で、浮気には特に厳しく、セトはいつも怒られていたそうだ。


「そんな冷たいこと言わないでくれっ! お主だって、婚約者が三人もいるではないかっ! 私だってたまには息抜きがしたいのだっ!」


「むぐっ」


 たしかにこの国では合法で、国王たちの方針で無理やり決まったとはいえ、カインには三人の婚約者がいた。そのことを持ち出されるとカインとしては強く言えなかった。


「――わかったよ。少しの間はこの屋敷にいてもいいよ。ただ、外には出ないでよ? 魔族がこの街を歩いていたなんて知られたら大騒ぎになる」


 カインの言葉に、セトは目を輝かせ、カインの手を両手で包みこみ感謝する。


「カイン様! ありがとう! 少しの間だけこの屋敷にいさせてくれ。変幻の術を使えば、人族と同じように出来る。この屋敷にいても平気だ」


 セトは立ち上がり何かの呪文を唱えると、身体が光に包まれていく。光が消えるとそこには、セトの顔つきだが、角がなく赤髪の人族に見える男性が立っていた。

 その姿を確認して、カインは話を続ける。


「その姿なら誰が見ても驚かないね。この屋敷にいる間はその格好でいてくれ。それにしてもそんな魔法があったんだね。もしかしてダルメシアも?」


 ダルメシアは無言で頷く。


「はい、私はいつも変幻魔法でこの姿となっております。魔法を解きましょうか?」


 ダルメシアの言葉に、カインの頭の中では「蟲使い」を想像した。そして一瞬にして浮かび上がった脳内のイメージを首を横に振り打ち消したあと、ダルメシアにそのままでいてほしいと懇願する。


「わかりました。残念ですが、このままでいましょう」


「それにしてもセト、数日だったらいてもいいけど、ちゃんと自分の城に戻らないとダメだよ」


 カインの言葉に、嫌々ながらもセトが頷く。


「それでしたら、私が魔族の国へ行って説明して参ります。私でしたらそのまま王城まで行けますので、レファーネ様に会うことも可能でございます」


 ダルメシアの提案に、カインは頷いた。


「たしかにそうだね。いきなり王が行方不明になったら大変なことだからね。ダルメシア、セトがここにいることを伝えておいてくれるかな」


 カインの言葉にダルメシアは姿勢を正して一礼し、地面から湧き出した黒い渦の中へと消えていった。

 セトと二人だけになったこともあり、セトの国について色々と聞いてみた。

 魔族の国は、このエスフォート王国があるグルニュード大陸から、ずっと南へ行き、さらに海を渡り船で一週間ほど離れた島を、一つの国として生活しているそうだ。今は二百万人くらいの人口がいるということだが、皆、魔法特性が強く、魔法神の加護を持っているとのことだった。

 カインは魔法神レノの顔を思い浮かべながら話を聞いていく。

 島ということもあり、漁が盛んだが、内地では農業もしており、それなりに文明も栄えていて、話を聞いていると、この国とほとんど変わらない生活を送っているそうだ。

 魔族にも、貴族制があり、大まかに上級、中級、下級に分けられている魔族の中で、上級魔族が貴族として国の運営を行っているということだった。中級魔族は官僚が多く、下級魔族は国民として国を支えている。

 セトの妻のレフィーネは、上級魔族の伯爵家の令嬢で、あまりの美人で一目惚れをしたセトが告白し、結婚したそうだ。

 ただ、その性格までは結婚するまで知らず、結婚したあとはずっと尻に敷かれている状態だとわかった。


「カイン様も、そのうち遊びにきてください。歓迎いたしますから」


「うん。是非行かせてもらうよ」


 セトの言葉にカインは頷く。そのあとも、魔族の国について色々とセトと話し合った。

 話を続けていると、急に部屋に黒い渦ができた。先ほどダルメシアが消えた時の渦と同じだったこともあり、戻ってきたのかと思っていた。

 そこから出てきたのは、体中傷だらけになり、左腕が肩からなくなって、すでに虫の息の状態になったダルメシアだった。

 カインは驚き、すぐにダルメシアに近寄る。


『エクストラヒール』


 カインが魔法を唱えると、ダルメシアは光に包まれていく。光が消えると執事服はボロボロだが、身体は元に戻ったダルメシアがいた。

 身体を抱き起こすと、ダルメシアは意識を朦朧とさせながらも話し始める。


「カイン様、申し訳ありません。ありがとうございます。セト様、申し訳ございません……私の説明では納得していただくのは無理でした」


 その言葉だけを残し、ダルメシアは意識を失った。


「……」


 ダルメシアの姿を見て、セトは震えている。

 その瞬間、また新しい黒い渦が出来上がる。

 そして姿を現したのは、真っ赤なドレスを着ている美女だった。髪は赤く腰まで伸びており、顔は絶世の美女とも言えるほどの美形だ。額からは角が二本生えていたが。美女が着ている赤いドレスは胸元が開いており、そのスタイルも目が離せなくなるほどに美しい。

 そんな姿を見て、セトの顔は真っ青になっていた。

 そしてその美女は話し始める。


「あら、あなた。こんなところにいたのね。ダルメシアが説明しにきたけど、他の人にご迷惑をおかけしているのがわからないのかしら」


 美女はセトのことを上から冷たい目で見下ろす。


「い、い、いや……カイン様はそんなご迷惑など……」


 顔を真っ青にさせ、冷や汗をかきながらセトは答える。


「あ、ご挨拶がまだでしたわね。私はセトの妻の、レファーネ・ヴァン・ダルシュタインと申します。いつもうちの夫がお世話になっております」


 優雅にドレスの両端を摘み丁寧な挨拶をする。

 カインも立ち上がり、レファーネに挨拶をする。この女性から出るオーラに逆らってはいけない気がした。


「初めまして、カイン・フォン・シルフォード・ドリントルです。セト殿には魔族の国の話を色々と聞かせていただきました。まずはお座りになられてください」


 セトの座っている隣の席を勧める。


「カイン様、ありがとうございます。それでは失礼いたしますわ」


 レファーネは優雅にソファーに座る。そしていつの間にか気がついたダルメシアがカインの後ろに回る。


「カイン様、紅茶を準備いたします。着替えもしたいので一度失礼いたします」


 ダルメシアは、いつもとは違う少し焦った様子で、部屋を退出した。

 執務室にはカイン、セト、レファーネの三人が残る。


「カイン様、事情は夫から聞いていると思います。男としてどう思われますか」


 レファーネは真っ赤な切れ長の目で、まっすぐにカインを見つめた。

 ただ、絶対に逆らってはいけない人だと直感で感じてしまった。

 すがる目でセトはカインを見つめていたが、即断罪した。


「魔族の国は、一夫一妻制だと聞きました。しかもこんな絶世の美女ともいえるほどの素敵な奥様がいるのに、他の女性を意識するなんて言語道断ですね」


「……」


 その瞬間に、セトは泣きそうな目をし、レファーネは嬉しそうな表情をする。


「あら、カイン様、私も同感ですわ。それにしても言葉がお上手ですわね、絶世の美女だなんて」


 レファーネは胸元から出した扇で口を隠しながら答える。やはり女性は容姿を褒められるのは嬉しいようだった。

 扉がノックされ、ダルメシアが用意した紅茶とカップを乗せたワゴンを引いて部屋に入ってくる。

 いつの間にか新しい執事服に着替えており、紅茶の用意する。


「お待たせいたしました」


 ダルメシアはそう言いながら、紅茶を各自の前に置いていく。そしてカインの後ろに控えた。

 レファーネは紅茶を一口飲み、笑みを浮かべる。


「やはり、ダルメシアが淹れた紅茶は美味しいですわね。引退してしまったのが今でも残念だわ」


「今はカイン様にお仕えする身でございますので」


 ダルメシアは一礼をする。

 少しの間、雑談を交わし、セトとレファーネの二人は帰ることになった。

 さすがにセトが哀れな気がしたので、いつでも遊びにきていいと伝えた。

 カインの言葉にレファーネも了承してくれ、セトは嬉しそうな顔をする。


「それではカイン様、ごきげんよう。セト様いきますわよ」


「カイン様またくる!」


 レファーネはセトの片耳を掴んだまま、二人共黒い渦に消えていった。

 カインは一息つきソファーにどっしりと座る。


「ダルメシア、逆らったらいけない人っているんだね……」


「カイン様、おっしゃる通りでございます……」


 女性は怖いと改めて思ったカインだった。



いつもお読みいただきありがとうございます。

名前が途中間違えておりましたので「レファーネ」で統一しております。


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