第八話 家庭教師(12/21修正)
家庭教師が来る日となった。
お披露目会から一か月が経ち、ガルムが手配していた家庭教師が、ついに見つかったのだ。
昼になり、カインはわくわくして待っていると、シルビアが呼びに来た。
「カイン様、家庭教師になる冒険者の方がお見えになっています。応接室にご案内しております」
「ありがとうシルビア、今からいくよ」
応接室の扉をノックしてから、シルビアが扉を開ける。
部屋に入ると赤髪を後ろでポニーテールのように縛った、革鎧の軽装をした二十代前半に見える女性剣士と、頭までフードをかぶったローブを着た女性魔術師が座っていた。
対面に座り挨拶をする。
「初めまして、カイン・フォン・シルフォードです。先日五歳になりました。よろしくお願いします」
女性剣士のほうが、最初に答えてくれた。
「初めまして。私はこのグラシア領で冒険者をしているミリィでしゅ。あ、です。片手剣と盾を持って前衛をしています。Dランクです。隣にいるのはニーナです」
ミリィは慣れない敬語を使い、所々噛みながら挨拶をする。
「ん……ニーナ、よろしく」
「こら! ニーナ! 貴族様のところに来たら敬語使えって言っておいたでしょ!」
ミリィに責められるがニーナは敬語を使う気はないらしく、フードを被ったまま挨拶をする。
「ミリィ先生と、ニーナ先生ですね。僕の先生になるのですから、敬語は使わなくていいですよ。これからよろしくお願いします」
カインの言葉に、ミリィは緊張した顔つきから笑顔になる。
「ふぅ。そう言ってもらえると助かるわ。ニーナは人見知りだから、いつもこんな感じ。ニーナも同じDランクよ。ニーナ! こんな時くらいフード取りなさい」
ミリィがニーナのフードを後ろに下げる。
緑髪の美女だ。しかも耳が長い。
おぉ。エルフだ。初めて見た。
しかし、すぐにニーナはフードを被ってしまう。
「まったくニーナは仕方ないわね! それにしても、領主様のご子息の家庭教師って言ったけど、まだ五歳でしょ? 必要あるの?」
ミリィからの質問に、カインは真剣な顔をして、ミリィを見つめる。
「僕は三男ですから、この家を継ぐわけではありません。父上には将来冒険者になりたいと伝えてあります」
「ふーん。だから冒険者ギルドに依頼がきたのね。まぁわかったわ。契約では週にニ回、剣術と魔術が各一回ね。宿題も出すからやっておくのよ」
「わかりました」
ミリィの話にカインは頷いた。
「さっそく訓練場に行きましょうか。ニーナ行くわよ」
「ん。わかった」
シルビアに案内され、裏庭にある訓練場にきた。辺境伯の領都なだけあり、兵士が常駐しているため訓練場が併設されている。訓練用の剣は用意してあるが、大人用なので、カインは自分専用の木剣を持っていく。
「まずは剣術からね。見てあげるから素振りをやってごらん。悪いところはその都度注意するから」
剣道のような構えで木剣を正面に持つ、スキルに武術があるので剣が自然と動く。
振り下ろし、切り上げ、払い、他にも色々とイメージのまま木剣を振っていく。
一通り終わらせて、ミリィ先生のほうを向く。
ミリィは口を開いて愕然としていた。
「なんなのカイン君! すごすぎて注意することなんて何もないわよ!」
「ミリィより強いかも……」
ぼそっと言うニーナ。
「五歳にはまだ負けないわよっ! カイン君! そこまで出来るなら、模擬戦をメインに教えるわ」
「はい。わかりました。ミリィ先生」
お互いに五メートルほど距離を取り、向き合ってから木剣を構える。
さすがに、武神の加護Lv.10を持っているから、本気を出したらまずいと思い、三割程度の力で攻めていくことにした。平気そうなら少しずつ上げるつもりだ。
「まずは見てあげるから、かかっておいで」
ミリィは余裕をもって構えている。
「いきます!」
足に力を込めて飛び出す。五メートルの距離を一瞬で差を詰める。
木剣を振り下ろすが、ギリギリのところでミリィが持っている木剣で抑えた。
「カイン君、本当に五歳? ありえないんだけど」
「本当ですよ。つい先日洗礼を受けたばかりですから」
「今でも、十分に冒険者としてやっていけるくらい強いわよ」
カインはひたすら攻める。
ミリィは躱したり木剣で受けたりするが、結構ギリギリだ。
「ちょっと待って、一度休憩。このままやっていたら私が持たないわ」
「はいっ! わかりました」
お互い距離をとる。カインは特に問題はなかったが、ミリィはすでに肩で息をしていた。
「カイン君。武神の加護持ちね。そうじゃないと、こんな鋭い剣を五歳ではありえないわ」
「本当は、あまりステータスのことは父上に言うなと言われていますが、先生なら問題ないと思います。たしかに武神の加護をもっています」
「やっぱりね。一日私が付き合うのは無理だわ。方針を変えましょう」
肩で息をしながらミリィが答える。
「毎回、私とニーナが半分ずつね。前半が私で、終わってからニーナに魔法を教えてもらいなさい。ちょっと休憩したいから、ニーナまかせた」
「まかされた」
フードを被っているから、表情がいまいちわからないが、エルフなだけに魔法は上手なのかもしれない。
「私は、魔法神の加護Lv.3がある。まかせて。まずは魔法の基礎を教える」
カインはその場で座って、休憩しながら。
「まずは、魔力を感じるところから始める」
ニーナ先生は、魔法の本の最初から教えてくれるつもりらしい。
「あ、基礎はもうできます」
「……もうできるの? もしかして魔法ももう使える?」
「本で勉強したので、初級編は使えるようになりました」
「属性は何? 私は風、土、水、光の四属性。火はエルフと相性が悪いの。カイン君の属性に合わせて教えるわ」
「全属性です」
「「……」」
ミリィもニーナも固まっている。
「先生??」
「ありえない。全属性なんて賢者クラスよ。宮廷魔術師だって全属性使える人なんていない。ちょっと見せてみて。初級の水球は使える? 使えるなら見せて」
「出来ます。やってみますね」
カインは訓練場の的に向かい右手を上に向ける。
『水球』
魔法を唱えると、右手の上には、一メートルの水の塊ができている。
そのまま的に向けて放つ。水の塊は勢いよく飛んでいき的を破壊する。
「こんな感じでいいですか?」
振り向くと、先ほどと同じで固まっている二人がいる。
「ニーナ先生?」
愕然として固まっているニーナが動きはじめた。
「……無詠唱。属性魔法のレベルが高い。しかもその規模なら加護も持っている。天才? 五歳ではありえない」
「私たち、教えることないかもしれないわ。剣技も魔法もすでに一流よ。訓練場でできることなんて限られているわ」
汗を手でぬぐいながら答える。
「あ、先生、タオルあります」
つい普通に、アイテムボックスからタオルを二枚だしてミリィ先生とニーナ先生に渡す。
「「えっ」」
「ん?」
カインはなんで驚いているのかわからずに首をかしげる。
「……アイテムボックス」
「あっ!!!」
つい流れでやってしまったが、アイテムボックスのスキルもレアだったことをすっかり忘れていた。
「もう何があっても驚かないわ。カイン君に付き合っていたらキリがないわ」
「ん。そう。カイン君天才」
二人は呆れていた。
「それなら先生たちにお願いがあります。僕のステータスは父上からは、他言無用と言われていますので、内緒でお願いします」
「あとこの五年間ずっと領都の屋敷の中にいました。初めて外に出たのは、先日の洗礼のために教会に行っただけで、まだ外に出たことないのです。魔法の練習の名目で、領都の外に連れて行って欲しい」
「カイン君、まだ外に出たことないのね。たしかにこの訓練場で中級以上の魔法を使ったら、大変なことになる。領主様に説明して、許可がもらえたら連れて行ってあげるわ」
「ほんとですか!! うれしい!! 街も見てみたいし、冒険者ギルドも行ってみたいです!!」
カインは目を輝かせて喜んだ。
「これは領主様を説得するしかないわね」
そっと溜息をつくミリィだった。
◇◇◇
今、応接部屋に座っている。両隣には父のガルムと母のサラがいて、対面にはミリィ先生とニーナ先生だ。
「領主様、カイン様は剣技もベテラン冒険者クラスで、魔法も初級すべてが使えます。五歳として考えてみれば天才としか、言いようがありません。これから中級を教えるにも、訓練場では出来ません。領都の外の草原地帯で、練習できればと思っております。許可をいただけませんか」
ミリィが説明をしてくれる。
ニーナは相変わらずフードを被ったまま無言だ。
ガルムは頭を抱えた。
ステータスを見たときから、そうなるとは思っていた。
ただ、家庭教師をつけた初日から、そこまで言われるとは思っていなかった。
横でサラは自分の子供が天才と呼ばれて、喜んでカインの頭を撫でている。
「わかった。領都の外に出ることを許す。但し外泊は認めん。必ず日が沈む前に屋敷まで戻すことが条件だ。領都の外でも森の奥までは行くなよ」
ガルムに認められて、カインが喜んでいる。
「カインが外に出るなら、一応武器と防具も用意しないとね! さすが私の息子なだけあるわ」
サラはノリノリである。
やっと外に出られる許可が出て、喜んでいたカインであった。