超絶不幸なTS少女は配信上で大人気でした
「お前さ、昨日相沢さんに告白するって言ってなかった?」
友人の湊川健斗が俺の部屋のクッションに腰を下ろし、苦笑交じりに尋ねる。
「言ったよ。昨日決行するはずだったんだ……」
昨日はデートの予定だった。二人で買い物をし、夜ご飯を食べ、その後に告白する手はずだった。しかし、それは叶わなかった。振られたというわけではない。そういうことならまだ諦めもついただろう。
「そのタイミングでTS病にかかったねぇ……。お前って本当に不幸だよな」
性反転病だとかTS病だとか呼ばれるそれは現代の医学では解明できない病である。その名の通り性別が変わる。それによって俺は女になってしまった。高校生というには少し幼い顔立ちの少女へと……。
おかげで昨日は病院へ行かざるをえず、デートはおじゃんになった。日を改めるにしても、こんな姿では告白もなにもない。つまり俺は舞台に立つことさえできなかったのだ。
健斗は乾いた笑いを浮かべた俺の肩をポンポンと叩く。
「いっそ思いっきり笑われるか真面目に励まされるか。どっちがいい?」
「どっちでも怒らんから好きにしてくれ」
「怒られないなら俺はお前のおっぱいを揉みたい」
「殺す」
「怒るとかそういう次元じゃないな」
しかし、と健斗は俺の姿を見つめる。
「かわいいじゃん。中身がお前じゃなかったら惚れてたわ」
「嬉しくない。さっさと戻りたい」
美少女になったところでいいことなどない。男にちやほやされようとも不快だ。大きな胸も重いし邪魔で仕方がなかった。
「しかし戻るっつっても薬はないしなぁ……」
俺はぼやく。TS病はもはや病というより超常現象に近い。原因も何も解明されていないのに、薬などあるはずもないのだ。
「……あるぞ」
「え?」
しかし、健斗が驚愕の一言を放つ。
「一般には知られてないんだがな。俺の兄貴が通ってる大学。今臨床実験中らしい」
「マジか!? それいつになったら手に入る?」
「認可にかかる時間次第だな。あと一つ問題がある。めっちゃ高い。新車が買える」
「……無理じゃん」
親に頼み込んでも不可能だろう。うちにそんな余裕はないし、姉と母が女になった俺をいたく気に入っている。昨日も病院から帰った後、さんざん着せ替え人形にされた。
もし経済的余裕があったとしても買わないに違いない。代わりにかわいい娘に新車をプレゼントしてくれるだろう。そういう親だ。がっくりと肩を落とす俺に、健斗は突飛な提案を告げる。
「ってなわけでお前、ゲーム配信をやってみないか?」
意図がつかめず、怪訝な顔で健斗をにらむ俺。
「まあ理由を聞けよ。今のお前は美少女。聞いた感じ声はかなりかわいい。それに何よりお前は不幸体質だ」
「前者は分かるが後者は何だ?」
「配信界隈における格言を教えてやろう。かわいそうはかわいい、だ」
ビシィ、と人差し指を俺に突きつける健斗。そういえばこいつはネット配信の重度なオタクだったことを思い出す。
「配信における不幸はハプニングになる。それに狼狽える女の子ってのはかわいい。つまり取れ高になるのだ。究極の不幸体質であるお前はまさに取れ高製造マシーンだ!」
たしかに俺の不幸体質は常軌を逸している。そのエピソードは枚挙にいとまがない。
まずじゃんけんに勝てない。友人グループで食事に行くと、負けた人間が奢るという条件でじゃんけんを行うのが恒例だった。だが、三連続で俺が負けた後、勝った奴が奢るというルールに変更されて俺が三連勝した。微妙な空気になってそれ以上はやっていない。
妙な人間も寄ってくる。一日に三回別々の宗派から宗教勧誘を受けたこともあれば、セーラー服を身にまとった初老の男性から一目ぼれだと告白されたこともある。
おまけに笑いごとではないのだが、ヤクザの銃撃戦の流れ弾がかすったこともある。普通の人間ならばまず遭遇しないような経験が多いのだ。
「お前の妙な経験だってネタとして昇華できれば最高の雑談だ。いろいろ見てる俺が言うんだ。間違いない」
「……で、結局それが薬とどうつながるんだよ?」
「配信ってのは上手くいけば収入が入る。運が味方すれば、それこそ薬なんて一発さ」
本当にそんな上手く行くものか、とは思うが……。
「しょうがねえ。だまされたと思ってやってみるか」
我が身の不幸を嘆いているだけでは何も始まらない。稼いで元の体に戻って告白する。そのためならば、やれることはやってみようじゃないか。
「さて、まずはテスト配信から……」
俺は健斗に渡されたメモを読み込んでいた。配信にあまり詳しくない俺は、健斗にあらゆる知識を聞いたのだ。さすがに前情報なしで渡っていけるような世界でもない。ちなみに隣にいてアドバイスをくれよと言ったら激昂された。
「男の影をちらつかせるな。お前、燃えるぞ?」
背筋の凍るような声で詰問され閉口せざるをえなかった。面倒な業界だが、そういう拘りを持った人間もいるのだろう。
何はともあれ、ここから俺は一人で何とかしなければならない。深呼吸を一つ。そうして気合を入れなおす。
プレイするゲームは『アサルトドラゴンズ』。今世界的に大人気のフルダイブMMORPGだ。冒険者となって巨大な島を探索し、その中に棲まう凶悪なドラゴンたちを、剣と魔法を駆使して倒していく。
ゲーム性はシンプルなアクション。それ故に万人受けし、フルダイブゲームが発展し安価になったこともあり品切れが続いている。もちろん俺は抽選販売を逃し続けていたため、健斗のを譲ってもらった。
専用のゴーグルと手足の機器を装着し、ゲームを開始する。キャラクタークリエイトは簡単に済ませ、声に似あう金髪の少女を作り上げる。
配信はここからだ。メニューから配信開始を選択し、ゲームスタートをする。視界に広がるは所々から溶岩の噴き出る洞窟。そのリアリティーに圧倒された。ゲームのはずなのに熱気さえ感じられそうだった。
斬新なチュートリアルステージだな、と思いながら俺はひとまず挨拶の練習をする。
「はぁい! 新人配信者のルミカです! このゲームも配信も初めてなんですけど、頑張るのでよろしくお願いしまーす!」
死ぬほど恥ずかしい! あまりにあざとすぎないかと思うが健斗が言うにはこれが受けるらしい。とにかく今は視聴者もゼロ人だ。気楽に探検して、その中でキャラクターとゲームの操作に慣れていこう。
そう思った瞬間……。
『あれ? 初心者さん?』
うわ!? 視界の端にコメントが映った。さすが大人気ゲーム。無名の配信でも見に来るような人間がいるんだな……。
健斗かと思ったけど、あいつのアカウントとは違う。つまりは見知らぬ人だ。見る人なんかいないと思って公開を制限してなかったのはまずかったか。
「は、はいっ。新人配信者のルミカでしゅ!」
やっべ、かんだ。ってか誰かに見られてるって思うとすげえ緊張する。顔から火が噴き出そうな恥ずかしさと、周囲に滾るマグマの熱気で体が燃え上がりそうだった。もちろん後者は気のせいなのだが、体感温度はそんな感じだった。
しかし、その熱を冷ます一言がコメントに書かれる。
『これゲームバグってる』
「…………え?」
羞恥に悶えている場合などではなかった。
『こんな装備で獄炎竜の巣行けるってマジ?』
『なわけねえだろ。バグだよバグ』
『何件か報告上がってたでしょ。チュートリアルすっ飛ばしてランダムな所に飛んじゃうバグ』
いつの間にか閲覧者とコメントが増えている。だが、それどころではない。しょっぱなからハプニングじゃないか。しかも洒落にならんやつ。
「え~っと、それって配信止めないとゲームが壊れちゃったりする?」
『しなくね?』
『このまま進んで欲しさはある』
『ってか声かわいい』
「あ、ありがと~。でもこのまま進むって、操作も分からないからなぁ……」
チュートリアルをやっていないのだ。他の人の配信を見てなんとなくは分かっているものの、実際に動かすのでは勝手が違う。
『分からないことあったら教えるよー』
『大丈夫。この辺のモンスターなら何やっても勝てないから』
『ひたすら逃げるだけ』
「それ大丈夫じゃなくない!? っていうか死ぬのちょっと怖いんだけど!?」
フルダイブゲームも初めてなのだ。あくまでゲームだと分かっているが、その感覚は現実に近いのではないかと背筋が冷える。
バグったゲームを映し続けるのもなんだし、一回やり直そうかな、なんて考えていたとき。俺の背後から奇妙な唸り声が聞こえた。振り向いた俺が見上げたのは、全身に炎をまとったドラゴンであった。
「いやぁぁぁぁ!? 出たぁぁぁぁ!? みんなどうすればいいの!? 教えて助けて!」
この状況で素を出さなかったのは、健斗との特訓の成果と言うべきか。とにかく俺はリスナーたちに助けを乞う。
『何こいつ!?』
『未発見モンスじゃん!』
『ごめんルミカちゃん。俺らこいつの行動分からない』
コメント欄が瞬時に匙を投げる。さっきまでの発言はどこに行ったんだ、と言いたいが新種ならば仕方ない。
けどこれ、死が確定した? いっそゲームを切ってしまった方がいいものか。
『今来た。これどういう状況?』
『初心者がバグ引き当てて未発見モンスとエンカウントした』
『やば。不憫過ぎでしょこの子』
なんかコメントと視聴者がどんどん増えていってる気がする。だが、今の俺にそれを喜ぶ余裕はない。
『ルミカちゃん逃げて』
『そして今どの辺にいるか特定させて』
『特定班早く! これ獄炎竜の巣の何層だ?』
視聴者たちは未発見モンスターに心を躍らせている。今ここでゲームを切ってしまえば総すかん間違いなしだ。
「まさかこれ、死ぬことも許されない……?」
ぼやいている間に敵は攻撃態勢に入る。思いっきり息を吸い始めた。
『ブレスだ。避けて』
『一直線に飛んでくるかも。正面からずれて』
俺はコメントに従い走って逃げだす。ドラゴンは俺の頭上にいくつもの火球を吐いた。
俺は急いで落下地点から逃げる。コメントが地面に着いたら炸裂するかも、と言ったのでできる限り遠くに。リスナーの予想通り火球は地面に着くと炸裂し、爆炎をまき散らした。
「怖ぁ!? これ逃げ切れるの!?」
『モンスターの生息圏から出れば逃げられる』
『新モンスだからどこまで圏内か分からん』
『見た感じ星七くらいだから生息圏めっちゃ広いよ』
星七、というとこのゲームの最高ランク。トッププレイヤーが挑戦するコンテンツの一つだ。
「ええ!? じゃあもう焼かれるしかないってこと?」
『なんとか耐えて。場所特定したい』
『場所さえ分かれば出口までコメントで誘導してあげる』
『がんばれ。今二千人がついてる』
「二千!?」
本当だ。それくらいの視聴者がいる。さっきからコメントも爆速で動いている。健斗の言っていた不幸は配信の味方というのが、ここまでだったとは。
「分かった。なんとかよけ続けるから! 早くみんな助けに来て!」
そうして俺はレベル一にて、最強のドラゴンの攻撃を避け続けることになった。
「暇なやつちょっと来い! なんかバグって新種のドラゴンと戦ってる配信者いる!」
後から聞いた話だが、そんな書き込みがバズっていたらしい。ゲームが世界的に有名だったこともあり、数多のプレイヤーたちが拡散し、リンクを踏んでいく。
「おあぁぁぁぁぁああああああああああ!?」
その先には涙目になって逃げまくる少女。コメントで経緯を知れば、その不憫さに思わずクスリとしただろう。
『これどこ?』
『炎獄竜の巣のどこか。特定はよ』
『ルミカちゃんもうちょい場所特定できる情報ちょうだい』
「ふざけんなぁ! 初心者だから逃げるだけで精一杯……おわぁ!?」
振り下ろされた爪をヘッドスライディングでよける。もちろん寝転んでいる暇はなく、すぐさま立ち上がって走り出した。
「ちょ、誰か助けて! まだ分かる人いないの!?」
『まだ時間がかかりそう』
『もうちょい情報ちょうだい』
『ブレス来るよー』
予備動作を見た視聴者のコメントを頼りに、俺は一目散に逃げだす。
ひとえにブレスと言っても三種類あり、地面に着くと炸裂する火炎弾を放つもの。一直線に炎を発射するもの。そして自分を中心として大爆発を起こすもの。それを見極めるのは非常に困難で、俺も逃げに徹していなければとっくに死んでいただろう。
今も判断が少し遅れ、大爆発の炎がお尻にかする。かろうじてダメージ判定は逃れたが、間一髪すぎて心臓に悪い。
『惜しい』『惜しい』『惜しい』
「誰だ敵側応援してるやつ!?」
『不憫かわいくてもう丸焦げにされてほしくなってきた』
『分かる』『分かる』『分かる』
「この異常性癖者どもがぁ!?」
なんだ不憫かわいいって!? コメントが増えるにつれこういうのが目立つようになってきて、無性に腹が立つ。
『特定した。6Fの細い道の先。あの何もなかった小部屋に時間限定で通路ができてる』
『ぐう有能』『時限の隠し通路とか誰が分かんだよ!』『よし、装備整えていくか』『攻略班頑張ってー』
どうやらコメントが位置を特定したらしい。俺はホッと胸をなでおろす。
「で、どっちに逃げれば助かるの!?」
特定まで終わったのならば、こいつの行動圏外に出ても問題はない。そう思って俺はコメントに呼びかける。
『…………』『…………』『…………』『…………』
「………………え?」
急に黙りこくったコメント欄に困惑して、俺の足は止まる。同時に敵の攻撃によって、足元から火柱が上がった。
「裏切りやがったなぁぁぁぁぁあああああ!?」
最後の最後でおよそ一万のリスナーたちが一致団結。俺を燃やすために動いた。俺はみんなの期待どおりに、燃え盛る炎に飲み込まれたのだった。
『お疲れルミカちゃん』
『いやー面白かった』
『ありがとう』
『ここで焼身代』
「嘘だぁぁぁぁああああああああ!?」
レベル一のHPなどすぐに消し飛び視界は暗転。コンテニューの画面が出るが、ノータイムでいいえを選択する。俺は失意のままに配信も切った。
残ったのはとてつもない疲労と、不憫かわいいという評価にたいするちょっととんでもない額の投げ銭だった。
翌日。俺は健斗を誘って少し値の張る中華料理を食べていた。もちろん俺の奢りだ。譲ってもらったゲーム代を返そうと思ったのだが飯でいいと言われたからだった。
「春巻きうまぁ」
皮がパリパリで中はトロトロの熱々。冷凍物とは一線を画している。
「いいご身分だねえ。一夜でバズってファン急増。底辺の配信者たちが嫉妬で怒り狂ってるぜ」
そう言いながら健斗も小籠包を口に運ぶ。想像より熱かったのか、口に入れてからハフハフと飲み込めないでいた。
「運も実力の内って言葉を使う日が来るとは思わなかったな」
昨日のバグは所謂「幸運な不幸」だった。不幸は取れ高であり、配信においては長所となる。まさかこれほどまで力を持つとは思わなかった。
まあ嫉妬を受けたから引退なんていうわけにもいかないし、開き直るしかない。今までの不幸と差し引きゼロってことで。
「また新しい不幸もあったことだしな」
俺は健斗にスマホの画面を差し出す。そこに映されたのは、俺が好意を寄せる女子、相沢さんとのトーク履歴だった。
『ゲーム配信見たよ! あれ君でしょ? 友達が有名になっててなんか不思議な気持ち。けどかわいかったし面白かった!』
「見られてたわ……」
デートの予定がつぶれた際、謝るために電話をかけていたのだ。その際の声で特定されてしまったらしい。
画面に表示された「友達」の二文字が俺の心にのしかかる。ちゃん付けやかわいかったという言葉も、脈が完全になくなったように思わせる。
「あの配信一発で見られて特定か。これもまぁ不幸だな……」
「あと、そのトーク履歴の下スクロールしてみ?」
健斗は俺に言われるがままにして、そのまま体を硬直させた。
『まあ配信もTS病の治療薬を買うまでだから……』
『TS病に治療薬なんてなくない? うちのお姉ちゃん病院勤めだけど、そういう話はないって言ってたよ?』
それを見た健斗がさっと青ざめる。
「正直に言え。あの話、嘘か?」
「……すまん。落ち込んでるお前が見てられなかったんだ。やることでも見つけたら元気出るかなって……」
俺のためを思った。そう言われると責めづらい。健斗はいたずら好きだが、意味もなく他人を貶めたりはしない人間だ。現に俺は配信で人気を博して、この体も悪くはないかもと思ってしまった。
「しょうがない」
「許してくれるのか?」
「配信のアイディア。出し続けてくれるならな」
自分の不幸に絶望したりもしたが、それが笑顔を生む世界があると知った。だとしたら、こんな体質も悪くはない。
お読みいただきありがとうございます。
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