16話。遭遇
プロローグの少し前の話
収納機構はすぐにはできないということで、まずは肩口から出ている腕を一度取り外し、通常時は上腕部に固定することから始めることにした。
そこまで行ったら外せよと思わなくもないが、いざというときに4本腕となるのは最上さん的には絶対条件なんだとか。
火力云々ではなく、企業の色という意味で。
うん。そうだよな。財閥系の企業に真似されないようにしないとパクられるもんな。
量産型みたいにパクられても大丈夫なようにしないと安心できないよな。
一度『それを使わされる人の身になれ』と言ってやりたいが、瞬間的であっても火力が上がるのは確かなのでそれほど強くも言えないジレンマよ。
そんなこんなでもやっとしたものを抱えながらも、最上さんとともに極東ロシアを回る日々。
この国は、否、大陸にある国家の大半は魔物の侵入を許していない日本と違い、あちらこちらに魔物がいる。こういった野良の魔物によって主要道路や鉄道網が破壊されていたりするので、日本が製造している特殊なトレーラーがなければ大規模な物資の運搬とかは相当厳しくなっている。
なんというかアレだな。中世にいた行商人か、もしくは『月は出ているか?』で有名な某アニメのハゲタカみたいな感じを想像してもらえばわかりやすいかもしれない。
当然荒野を進むトレーラーは目立つので、魔物や山賊もどきに襲われることになる。
最初『護衛任務に機体はいらんだろ』なんて思っていたが、必要だな、うん。
日本は俺がほんわかと覚えている令和の日本みたいな街並みなのに、日本から一歩出たらこれだ。これを見たら共生派になって魔物と仲良くしようなんて思わないだろうよ。
だから、俺としてはこういうことこそ学校の授業で教えたり、お偉いさんを送り込んで視察させた方が良いと思うぞ。特に第三師団の関係者には念入りにな。
いずれ仕返しをする予定の連中については後にするとして。
現在俺たちは極東ロシア第三の都市【ナ・アムーレ】に向かっている。
ここら一帯を治める貴族が、最上さんら東北の名家と取引をしている相手なんだとか。
ちなみに極東ロシアの首都である【ハバロフスク】は名目上天皇陛下と同格である大公が治める土地なので特別扱い。さらに軍港がある【ウラジオストク】も財閥系企業が直接取引や援助をしているそうな。
ちなみのちなみに財閥系企業が第三の都市であるナ・アムーレで取引をしないのは単純にコストの問題らしい。
うん。ウラジオストクはともかく、ナ・アムーレは遠いからな。
企業である以上儲けを見る必要があるからそういう割り切りも仕方ないといえば仕方のないことなのかもしれない。
一介の軍人にすぎない俺はその辺の縄張りとかについて触れる気はないので最上さんたちの方で勝手にして欲しいところである。
「逆に言えば、ハバロフスクを越えれば日本の財閥連中は手も足も出ねぇってことだ」
「当然それらと繋がっている第三師団の関係者も、ですか?」
「おうよ」
自信満々に頷く最上さん。自分たちの方が極東ロシアの人たちと仲良くしているという自負があるのだろう。
俺としては『財閥系も最上さんも同じ日本人なんだから、向こうの人たちを騙すのもそう難しいことでもないような?』なんて気がしないでもないのだが、最上さんなりに確信があるのだろうから、いらんことは言わないことにする。
沈黙は金なのだ。
「それでな。9月は収穫期なうえ冬が近いということもあって小型の魔物たちが活性化するんだわ。俺らは商売のついでにそれらを狩って、少しでもいいからお前さんに預けているソレの成長と最適化を促そうってわけだ」
「なるほど」
魔物も冬ごもりの準備をするのか。
あぁ、いや、元は野生動物や人間なんだからするよな。
こっちの冬は相当寒いらしいし。
そして成長か。
確かに中型や小型だけでもパワードスーツは成長する。実際いままで中型を2体と小型を30体くらい片付けているが、微妙とはいえ成長と最適化がされているのがその証拠だ。
ただ、パワードスーツを成長させるために魔晶に収納している間、機体を外に出さなくてはならないのが面倒な所ではあるけどな。尤も、元々20キロだの30キロの荷重を受けながら寝るのは無理だと思っていたので、ありがたい話でもあるんだが。
―――
基本的な仕様として、機体と魔晶対応型の強化外骨格は同時に収納することができない。
もし同時にしようとすると、機体と強化外骨格の魔晶が反発して、弱い方――当然強化外骨格の方――が壊されてしまう。
―――
そんなわけで、日中は機体を魔晶の中に収納しつつパワードスーツで魔物を狩り、夜はパワードスーツを収納して、機体はトレーラーの中で待機状態にしている。
整備の人にとっては面倒なことこの上ないだろうし、商売を担当する人たちとしても無駄なスペースを使われることに思う所はあるだろうが、ここは遊園地ではないし魔物との戦闘もアトラクションではない。
本当にいざというときに火力が足りなくて死ぬのは俺も整備の人たちもごめんなので、トレーラーの一画を俺の機体が占めていることについての文句は、今のところ出ていない。
というか、最高責任者である最上さんが率先して機体の整備をしたがる人なので、文句も何もない状態だ。
簡単ではあるが、ここまでが極東ロシアに入国した俺たちの現状である。
……長々とした現実逃避はこのくらいでいいだろう。
「それで、そろそろ真面目な話をしたいのですが?」
「奇遇だな。俺もそう思っていたところだ」
「それはよかった」
いや、まじで。
「俺の気のせいでなければ、あそこの都市、えっと【アムールスク】でしたっけ?」
距離的には凡そ10キロほどだろうか。それなりの規模の街並みが見える。
「そうだな。ちなみに目的地であるナ・アムーレからおよそ45キロほど離れてはいるが、衛星都市的な役割を持つ都市だぞ」
「なるほど。その衛星都市さんなんですけど」
「あぁ」
「襲われてますよね? それも魔物に」
街中から煙が上がっているし、なにより群れて動いている連中が見えるので間違いないだろう。
「そう見えるな」
「戦ってますよね?」
「そう見えるか?」
「すみません。戦っているというよりは、もう負けた後。それも蹂躙されたうえに略奪を受けているように見えます」
ぱっと見た感じだと小型しか見当たらないが、その数が酷い。
間違いなく千は超えている。あれだけの魔物がうろついているのだ。
散発的な戦闘音は聞こえるが、防衛戦に失敗したとしか思えない。
「そうだな。俺にもそう見える」
「「……」」
「どうします?」
「どうしたもんかねぇ」
「「……」」
―――
襲われているなら助けろよ! と思われるかもしれないが、そもそも魔物の相手とはその国の軍が行うものである。よって介入できる戦力があるとはいえ一商人に過ぎない隆文がしゃしゃり出るのは筋が違うし、日本の軍人である上に『新兵器の試験及び隆文の護衛』という特務を受け持っている啓太が出るのはもっと違う。
なにより他国の領地で勝手に、それも自衛や護衛対象を守護するという目的以外で武装を解禁することは、指揮系統の乱れなどを招くため、たとえそれが人命救助が目的であっても重大な違反となってしまう。
考えてみて欲しい。もし東京都内でテロリストによる立てこもり事件があったとして、そこに突如として現れた他国の軍人が「シンヘイキダゼ!」と言って税関を潜り抜けた銃で犯人を撃ち殺したらどうなるか、を。
間違いなくその軍人は捕まるだろう。日本政府もその軍人が所属する国に遺憾砲を放つだろう。遺憾砲を放たれた国は秘密兵器を晒した軍人を処罰するだろう。
また流れ弾で誰かが傷付いたり、建物が損壊するなどといった被害が発生、もしくは拡大した場合、現場指揮官はこういうだろう。『そいつが余計な真似をしなければ余計な被害は出なかった』と。
つまりはそういうことだ。
もちろん地元の貴族からの許可を得ていたり、特別に要請があった場合などはその限りではない――ただし新兵器の情報が漏洩する可能性があるため、情報の取り扱いには幾重にも気を配る必要がある――が、啓太たちから見てアムールスクは完全に魔物に入り込まれてしまっている。
散発的に抵抗はしているようだが、このような状況で援軍要請が出せるのか。さらにこの状況で出された援軍要請が正式なものと認められるかどうかは非常に悩ましいところとなる。
「もし一般人から『助けてくれ』って言われた場合はどうなります?」
「……微妙なんだよなぁ」
極東ロシアは立憲君主制の国家であり、その主権は君主である大公と都市を預かる貴族たちが有している。そのため相手次第では『一般人が勝手に要請したことだから自分は知らない』としたうえで『勝手に街に入った』とこちらを非難する場合がある。
なので、援軍のつもりで街に入ったとしても火事場泥棒扱いされてしまい、賠償を求められる可能性も否定できないのだ。
「その賠償ってのも復興の足しにするためだからな。一概に貴族の横暴って非難するわけにはいかねぇのもわかるんだが……」
「もしかしたら国際問題にされるかもしれませんしね」
「だな」
たとえ理由が理解できたとしても、他人を助けるために命を懸けた結果が火事場泥棒だの違反者扱いされていい気分になる人間はいない。
啓太や隆文でなくとも二の足を踏むのは当然だろう。
そこで問題になるのが先ほど啓太が確認した『一般人からの要請があった場合』である。
もしもこれを受け入れて救助に入った場合、先ほど言ったように火事場泥棒扱いされる可能性が発生してしまう。
では受け入れなければいいかと言えばそうではない。その場合『同盟国の民衆を見捨てた』こととなり、これまた非難の対象となってしまうのだ。
「何も見なかったことにしてナ・アムーレに向かうのは?」
「できなくなはい。だがそれをやったら向こうの印象は最悪だろうな」
「最上さんって商人ですよね?」
「理屈はそうだ。だが感情は別。それが人間ってもんだ」
「……なるほど」
魔物に襲われている味方を放置して商売をしに来た人間に対し、取引相手はどう思うか?
考えるまでもない。
たとえそれが戦う力を持たない商人だとわかっていても文句の一つは言いたくなるだろう。
まして隆文には戦う力がないわけではない。啓太のこともそうだが、元々隆文は自社である最上重工業の隊商を護衛するために組織された私兵集団を抱えているのだ。
さすがに機士として機体を操れるレベルの者はいないが、砲士としてなら戦える者もいる。
パワードスーツを纏えば小型の魔物を蹴散らせる程度の練度を持った者もいる。
また最上重工業製の武器を装備している彼らの練度と装備の質は、基本的に日本の型落ち品を使わざるを得ない極東ロシア正規軍の一個中隊に匹敵するか、火力に限っては凌駕すると言っても過言ではない。
彼らの存在があればこそ、最上重工業は極東ロシア内陸部の都市と取引ができていたのである。
当然のことながら、取引相手であるナ・アムーレの貴族も隆文が正規軍に劣らない規模の私兵を抱えていることを知っている。
そのため、隆文が一戦もせずにナ・アムーレに入った場合、間違いなく『どうして見捨てたのか』とひと悶着が起こってしまうことは明白。
「いっそのこと全滅してくれてたら話は簡単だったんだけどなぁ」
「そうかもしれませんね」
ガシガシと頭を搔きながらそう口にする隆文と、あっさり同意する啓太。
これは彼らがことさら冷徹なのではなく、彼らの立場からすれば本当にそれが一番話が早いのだ。
全滅していたのであれば無理に戦う必要はない。
ナ・アムーレの貴族も仕方ないと諦めてくれるはずだ。
なんなら啓太が機体を取り出し、焼夷榴弾をばら撒くことで魔物を一掃することもできただろう。
だが生き残りがいるとなれば話は別。
まさか生きて魔物に抵抗している人たちを魔物ごと焼き払うわけにはいかない。
よって市街戦を選ぶしかなくなるのだが、その場合啓太は向こうの建物の損壊を防ぐために機体ではなくパワードスーツで出ることになる。
小型が相手とはいえその数は優に1000を超える大軍だ。それを相手にして無事で済む保証はどこにもない。
かと言って戦いを選ばなかった場合、自分たちが彼らを見捨てたことに気付かれるかもしれない。
なんならナ・アムーレ側からの援軍が出ていた場合、それとすれ違うことで隆文たちが彼らを見捨てたことが判明してしまう。どちらにせよこれまで積み重ねてきた信用はガタ落ちだ。
「……ほんと、どうしたもんかねぇ」
「……悩みますねぇ」
言葉だけ聞けば他人事としか思っていないように見えるかもしれない。
しかしそれはあくまで表面上の話。
今もなお魔物に襲われている街を見やりつつ呟く二人の表情は、街が魔物に襲われているのを認識したときからずっと苦々しく歪んでいた。
閲覧ありがとうございました
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