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極東救世主伝説  作者: 仏ょも
2章・二学期~
37/110

10話。最上隆文の考察

啓蒙啓蒙。

(ふむ。どうやら自分が嵌められそうになっていることに気付いたようだな。やはりこいつはその辺のガキよりもずっと賢い)


普通、軍学校に通う学生であれば、上からの命令が出たと聞けばそれが余程の無理難題でもない限りは『出世の機会が訪れた!』と喜ぶものだ。


だが啓太の反応は真逆。いや、それよりもっと悪い。上からの命令と伝えたにも拘わらず猜疑心を隠そうともしない啓太を見て、隆文は苦笑い……などせず、啓太に対する評価をさらに一段階上げることにした。


それは何故か? 啓太が自らに下された不可解な命令から何者かの暗躍を確信したように、直接軍から要請を受けた最上隆文もまたこの命令の裏を感じ取っていたからだ。


尤も、啓太は今回のこれを『自分を殺そうとしている』と受け止めていたのに対し、隆文は『俺を潰そうとしていやがる』と受け止めていたが、裏を疑っていることは一緒である。


(だいたい最初からおかしいんだよ)


今回の命令は、軍の上層部の中から『最上重工業さんは機体で結果を出した。であれば強化外骨格についても試作をお願いしてみてはどうか?』という声が上がり、周囲もそれに賛同したことに端を発している。


(表面だけみれば違和感はねぇ。表面だけみれば、な)


名分はばっちりだ。形式だけでなく、成果を重んじる軍人も納得できる、否、成果を重んじるからこそ否定できない名分だと言える。


しかし隆文からすれば、軍閥や財閥によって利益が独占されている中で新規参入を促すような意見が出ること自体おかしいのである。


なにせ通常であればそれなりの金を積み、大量の資料を纏めた上で何度もプレゼンを行ってようやく口添えが貰えるかどうというものなのに――事実、御影型のときはそうだった――今回隆文は何もしていないのだから。


(他の財閥とくっついている連中が勝手に俺を推薦する? ありえねぇ。つーか迷惑だ)


今の隆文は御影型の試作一号機のデータ取りと現在製造中の試作三号機に関するあれこれで手いっぱいであり、パワードスーツにまで手を出す余裕などない。そのため推薦されること自体が迷惑でしかない。


だがしかし、迷惑だろうがなんだろうがこれは軍からの正式な依頼である。


たとえそれが『試作品を作ってみないか?』という程度のものであり、まかり間違っても『造ったものを正式採用する』と言った類のものではないにしても、正式な依頼なのだ。


もしこれを断れば、今後最上重工業はパワードスーツ事業に参入することが難しくなるだろう。


少なくとも財閥系や、今回話を持ってきた連中が『前回こちらが薦めたのに断ったじゃないか』と言って門前払いをされてしまうことになる可能性は極めて高い。


(ま、連中はそれも狙いなんだろうけどよ。ちっ。せめてこれが今じゃなかったら大喜びしていたんだがなぁ)


機体は、単価が高いがその性質から必要とされる絶対数が少ない。


対してパワードスーツは、単価もそれなりに高いが、それ以上にほとんどの軍人が使うということもあって需要が非常に多い。そのため、大きな利益が望めるジャンルとなる。


最上重工業としても、機体の製造に一段落したら参入しようと思っていたのでこの提案自体は渡りに船と言えないこともない。


だが、如何に需要が多いジャンルとはいえ、切り分けられるパイの量は決まっている。


これは最上重工業が割けるリソースという意味でもあるし、各企業が得られる分配という意味でもある。


前者については完全に最上重工業の内部の問題なのでさておくとしても、後者の理由から最上重工業に参入されては困るという企業が存在するし、そういった企業が最上重工業の邪魔をしようとすること自体は企業努力として当然の話である。


その『邪魔』の方法が、敢えて推薦してくるという方向だったのはさしもの隆文も予想外のことであったが、その効果を見ればなるほどと納得するしかない。


もし最上重工業が断ったとしても向こうは一度手を差し伸べたという事実を得られる。

もし承諾したとしてもまともに労力をつぎ込めない以上、碌なものはできない。


最上重工業を陥れたい連中としては、どちらに転んでも最上重工業の参入を防ぐことができるので損はないという寸法だ。


(がんばりすぎた、か)


隆文は内心で独り言ちた。


事実、ここまで彼らが警戒されるのは、偏に啓太と御影型の活躍にある。


機体に限らず軍に武器を卸している財閥系企業の関係者からすれば――啓太しか扱えないとはいえ――1度の戦闘で大型の魔物を10体と中型の魔物を多数葬るという実績を上げた御影型は理不尽の権化であり、それを製造した最上重工業が警戒の対象となるのは当たり前の話だ。


(それだけじゃねぇ。量産型がうまくいってねぇのも問題だな)


彼らは、第二師団からの依頼で最上重工業が作成していた試作二号機を半ば強奪同然に接収したくせに、今もなお碌な成果を出せていないという事実がある。


このままでは彼らの立場もなにもあったものではない。さらにさらに。最上重工業では試作一号機から得られたデータがつぎ込まれた試作三号機の製造まで行っているのだ。


片や量産型の製造に失敗し、片や試作三号機の製造に成功したとなれば、なんのために試作二号機を接収したのかわからなくなってしまう。


量産型さえうまくいっていない軍の技術者や、それに協力している財閥系企業の面々にとって、現状は正しく針の筵であろう。だからこそこの一手だ。


試験を啓太にやらせることで試作一号機のデータ取りの邪魔をすると共にパワードスーツの製造に労力を割かせることで試作三号機の製造を遅らせることができる。


パワードスーツの製造に失敗すればヨシ。

製造できたとしても採用しなければヨシ。


なにせパワードスーツは他の企業も適時開発や改良を行っている兵装だ。故によほどの差がない限りは現状維持、もしくは同じ企業が開発、バージョンアップさせたものを使用するのが自然な流れとなる。


そのため、たとえ最上重工業を推薦した本人が、隆文らが造ったパワードスーツを見て『少々期待しすぎたようですな』とでも言って正式採用を見送ったところで非難をされることはない。


(どうせ向こうさんは『開発ご苦労様でした。次回の応募をお待ちしております』なんて返事まで用意しているんだろうよ)


最終的に最上重工業に残るのは、中途半端にデータを取られた試作一号機と、中途半端なパワードスーツと、データ不足で満足に組み立てられない試作三号機、となる。


量産型を軌道に乗せるための時間稼ぎと、最上重工業への嫌がらせを両立させた素晴らしい策だ。

考えた人間はそう自画自賛したことだろう。


事実、この策に穴らしい穴はない。

大体の流れを理解している隆文とて、相手の思惑を知りながらも応じるしかない。


それでもあえて隆文の利を見出すとすれば、労力をかけた分だけパワードスーツの製造に関するノウハウを得られるというところか。


無理に無理を重ねた上で肯定的な意見にすれば、未来への投資と言えなくもない。

まさしく『次回に期待』である。逆に言えば『次回に期待するしかない』とも言える。


(あぁ。そうだ。完璧だ。ウチは追い込まれるだろう。もしかしたら今回の件で軍という顧客を無くし、倒産するかもしれねぇ)


ならどうする? 

諦める? 

まさか。

妻や娘に冷たい目を向けられてなお浪漫を追求し続けた変態がこの程度で諦めるはずがない。


「……舐めるなよ」


隆文はキれた。

舐めた真似をしてくれた軍の関係者に。

自分たちを締め出すために姑息な手段を使ってきた財閥系企業の連中に。

何より『お前ら如きにろくなモノは造れんだろう』という前提で策を立ててきた連中に。


「やってやろうじゃねぇか」


この策を提案した者や、提案を受けて実行した者は知らなかった。


最上隆文がどれだけ己の会社を愛しているのかということを。

最上重工業は前世の記憶を持つ啓太すら認める変態企業であることを。

国防の最先端を担う精鋭の第二師団すらも認めた変態企業であることを。

変態企業を変態企業として周知させるに足る変態(技術者)たちの存在を。

そしてその変態(技術者)たちに対し、御影型ができる前から『浪漫は否定しないけど、それだけじゃ飯も食えないしアンタらに払う給料もなくなるよ! それが嫌なら、もっと売れそうなのを造りなさい!』と常識を説いた上で、()()()()()()()として需要が高いパワードスーツの製造を命じていた女傑の存在を。


「えぇ。えぇ。やってやりましょう」

「お前さん……あぁ、そうだな。お前さんも被害者だもんな。よし。やるぞ」


そして隆文も知らなかった。

前世の記憶を持つが故に色々とタガが外れてしまっている子供の怖さを。

魔物が大攻勢を仕掛けてきていた中でさえ『流れ弾』と称して司令部を砲撃しようとしていた子供の怖さを。

ただひたすらに己と妹の生活の平穏を求めるが故に、ある意味狂信者よりも行動に迷いがなくなった子供の怖さを。


この日、この時、この場所で。変態と変態は本当の意味で手を組んだのであった。


――策士は策に溺れるものだし、手を出してはならないものに手を出したものは、問答無用で脳を焼かれることになる。それが常識というものだ。


ブチ切れた二人の変態の手によって加害者ぶった連中が被害者となる日は決して遠くない。

大企業は敵。間違いない。




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閲覧ありがとうございました。

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