魔石クラフター~ダンジョンのおまもり屋さん
よくあるダンジョンものの世界観で。
「ほら、砂耶。きれいだろ? やるよ」
多分、5歳だったと思う。当時、中学生だった従兄がそう言って小さな球体をくれた。
半透明な薄緑色の球体の中心に濃い赤の核。
それは直径1センチくらいで、幼い私の掌に載せられてさえ小さく、それでもただのビー玉と違うと分かった。
「卓兄ちゃん、これなぁに?」
「ダンジョンのモンスターからドロップした魔石だよ。砂耶はビー玉集めてたから、好きかなって」
「うん、好き! ありがとう! すごいきれい!」
指につまんだ魔石を光にかざすと、その輝きから目が離せなくなった。
その日、その時から。
私は魔石に魅せられたのだ。
◇
当時を知る人たちは、ゲームかラノベの世界になったと口々に言う。
今から約20年前。突如、世界中にダンジョンが現れた。原因は今もって解明されていない。
ダンジョン内にはモンスターがおり、倒すと魔石やアイテムがドロップする。
そして倒すと職業と経験値が得られてレベルが上がる。
怪しいことこの上もないが、20年もあればダンジョンの存在も日常になる。ドロップする魔石やアイテムが資源として有用だったことも大きかった。
更にモンスターを倒すと個人差はあるものの能力が向上したり、特殊能力であるスキルも得られるとあっては、利用しない手はない。
そして日本は、諸外国に比べて順応が早かった。ゲームやアニメやラノベで慣れ親しんでいたものとそう変わらなかったからだ。
だから当たり前のようにダンジョンを受け入れ、楽しんだ。
もちろん、そこには命の危険もあったが、得たアイテムで一攫千金、得たスキルでヒーローになれるとあっては、若年層を抑えることなど出来ず、時間を置かず制度化されることになった。
中学卒業後、誰でも申請すればダンジョンに入れるようになり、自然と職業にする者たちが現れ、ダンジョン・ダイバー、通称DDと呼ばれるようになり、彼らを統括するダンジョン協会が誕生する。
◇
私、高邑砂耶は現在16歳。高校二年生だ。
従兄から魔石を貰った十年後、中学卒業後すぐにDDとなった。
高校生活がメインであり、将来的に専業になる予定もなかったが、誰よりも熱心にダンジョンに潜ってきたと思う。
私はごく普通の女の子であり、運動能力も高くなければ戦闘センスもなく、ましてや戦略だの戦術だのを理解する気すらなかった。
モンスター相手であっても暴力は苦手だったし何より怖い。
それでも私は低レベルダンジョンで一般的には雑魚扱いのモンスター、スライムを倒し続けた。
すべては魔石のために。
◇
「砂耶に付き合うのは無理っ」
親友の穂乃果にあっさり見捨てられるのはいつものことだ。
穂乃果もDD資格は持っているが、それほどレベルが高いわけでもなく、たまに低階層にバイト代わりに潜るくらいのお気楽DDである。
一度、私に付き合ってはくれたけれどそれで懲りたという。私の場合、一回ダンジョンに潜るとひたすらスライム探して周回だから、飽きるのも仕方ないだろう。
だから放課後、今日も一人で学校からまっすぐ最寄のダンジョンに向かう。
バスで15分。いわゆるHPが上がっているので歩いても良いのだけれど、ダンジョンに入る前に疲れたくはないから楽をする。
桐ケ谷ダンジョンは桐ケ谷町にできたから、という安易な名前だ。
どこのダンジョンもネーミングに差はない。あるのはランク差。ダンジョンはその階層の深さや、モンスターの強さでランクが決まる。
桐ケ谷ダンジョンのランクはE。ほぼ最低ランク。全三層。出てくるのは、各層でスライム・ラビット・ウルフのみ。ダンジョンに潜り始めたひとが最初に挑戦するチュートリアルの扱いだ。
なので、このダンジョンの使用者はとても少ない。すぐに攻略完了できるから卒業してしまう。三層攻略してボスも倒して「桐ケ谷ダンジョン攻略者」の称号を得ると個人レベルが5まで上がって終了。この三種類のモンスターからは得られる経験値が低すぎて、レベルが上がり辛い上、魔石以外のアイテムもほとんどドロップしないために、一旦攻略済みになってしまうと旨味がまったくないからだ。
魔石の買取金額もスライムが五十円、ラビット百円、ウルフ二百円。子供の小遣いにもならないと、むしろ嫌われている。近所にもっと実入りのいいCランクダンジョンがあるから余計に閑古鳥が鳴く。
それでもダンジョンはダンジョンなので、協会の管理下にある。スタンピードの可能性があるからだ。いざ事が起こった際に備えて職員も常駐しているし、最低限の施設も付属している。
入り口の傍に建てられた3階建ての協会ビルに入って、ロッカーの申請をする。街中で武器とか身に着けて歩くのも危険なので、着替えてからでないと入れないのだ。
ロッカーの貸し出しも、ダンジョンの入場もDD資格があれば無料になる。
更衣室で制服を脱いで、タンクトップに七分丈のパンツ。足元はワークブーツ。リュックを背負い、ウエストベルトにポーションを入れ、縁なしの帽子とケープを纏い、各種アクセサリーを身に付けたら完了。武器はナイフ。通常は刃が出てないので、鞘なしでも安心。魔石を拾うための袋を持って、私は顔なじみの警備員に挨拶してからダンジョンに入る。
「いってらっしゃい。一層しかいかないと思うけど、一応気を付けて」
うん、まあね。この低ランクダンジョンで更に最初の一層にしか行かないことは職員も把握している。
一番初めにダンジョンに入って最初のモンスターを倒すと自分のステータスを見ることができるようになる。基本的に他人のステータスは見えない。
私のステータスは誇りたくなるくらいに低い。何せ、メインの相手が経験値をほとんどくれないスライムだし。
経験値が貯まらないとレベルが上がらない。
レベルが上がらないとステータスが成長しない。
でもね?
私は第一層の入り口から通路をまっすぐ進む。少し開けた場所に着くと周囲から感じるスライムの気配。迷わず隠密を使って姿と気配を消した上で、ナイフを核へと振り下ろす。以下、エンドレス。
スライムというモンスターは、昔のゲームで日本人に刷り込まれたような可愛いものではない。そもそも目鼻もないし。どろっとしたゲル状の半透明の塊だ。だから、生物を殺すような忌避感も沸かない。弱点の核だって外から見えている。
こちらから攻撃しない限り反撃もされない。反撃の手段は酸性液の射出だが、かかってもピリッとするくらい。とにかく弱いのだ。倒してもまた三十分程度で涌く。
さしたる疲労も感じることなく、広場のスライムを壊滅させると、さっさと先へと進む。同じように黙々とスライムを見つけては倒すという作業を続けて、私は一層最奥のボス部屋までやってきた。ここまでの所要、約十分。
ボス部屋に出るのもやっぱりスライム。
ただし、人間サイズもある巨大な奴で、正直気色悪い。
そして他のスライムと違って、あちらから攻撃してくる。
酸性液はさすがに強力で、まともに食らうと大怪我になる。
でも大丈夫。
アイテムで底上げされた〈俊敏〉で避け、その反動を利用して核をナイフで壊した。無事、討伐。一度倒すとボスは二時間復活しない。
「これで二時間ボス部屋使い放題~!」
このボス部屋を私は常より自分の作業部屋にしているのだ!
アイテムボックスから作業机と椅子を取り出して、まずは一休み。
ペットボトルのお茶とチョコバーでほっこりしてから、ステータスを開いた。
―――――――――――――――――――――
高邑 砂耶
16歳
LV.5
職業 中級クラフター
HP 10(+100)
MP 13(+202)
攻撃力 5
防御力 7(+300)
俊敏 8(+101)
器用 80
知力 20(+202)
幸運 29(+10)
スキル:土魔法、金属加工、魔石加工、加工品補強、反射、隠蔽、隠密、付与、気配察知、結界、アイテムボックス
称号:スライムスレイヤー LV.2
装備
防御のケープ(防御力に+300、俊敏に+100)
魔石付き帽子(HPに+100、MPに+200、知力に+200)
魔石ネックレス(MPに+2)自作
魔石チョーカー(俊敏に+1)自作
魔石ブレスレット(自動治癒)
魔石リング(幸運に+10)自作
魔石ピアス(知力に+2)自作
魔石バレッタ(MP自動回復)
魔石アンクレット(HP自動回復)
マジックナイフ(貫通力アップ)
アイテム自動回収袋
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そう、素の私のステータスはとても低い。お隣のCランクダンジョンなんかに行ったら瞬殺されるだろう。だけど、スキルと称号と装備品がおかしい。このレベルでならどれも持ってるはずがない。
その理由は、私がDDになって1年近くたった時に得た称号のせいだった。
《スライムスレイヤー》
スライムだけをソロにて1万匹倒した者に与えられる称号。
スライムとの遭遇率をアップ。スライムからのドロップアイテムの数と質をアップする。スキルを得やすくなる。
この称号のおかげで、私は通常ならばスライムから決してドロップしないような高性能の装備品をいくつも得ることができた。スキルだって多い方だと思う。普通の人はこの数をソロで倒したりしない。パーティを組んで他のモンスターを狙う途中で出て来るのを倒すくらい。なのでこの称号を持つ人は限りなく少ないと思う。
◇
DDとして認められた者は、最初のダイブでレベルとスキル、ステータスの他に「職業」を得る。
これは大きく三つに分けられる。
物理的攻撃を得意とする「戦士職」。戦士や剣士、楯士、槍士等。
魔法攻撃を得意とする「魔法職」。火魔法使いや水魔法使い等の属性に別れる。治癒系は稀少で大人気だが攻撃力はない。
「戦士職」が全体の約六割、「魔法職」が三割。残りの一割が「創成職」だ。
そして各職業に合うスキルを獲得していくことになる。
「職業」の変更はできない。「戦士職」がメイン武器をどれにするとか、「魔法職」がどの属性に進むかは選択できるが、異なる「職業」になることは絶対にない。
そして私は「創成職」、すなわちクラフターになった。
強さではなく魔石に魅せられた私にとってなるべくしてなった職業だと思う。
このクラフター、つまり物作りする職だが、モンスターと戦える武器を作ったり、魔法職用に杖やアイテムを作ったり、ポーションを作ったり、魔道具を作ったりと、幅広い。そして必ずアイテムボックスを得られる。
一部のクラフターは攻略クラン専属となって、荷物持ち兼用で潜っていたりもする。
戦いたい人がクラフターになると不幸だが、職業決定には本人の気質が現れるようなのであまり不満は聞かない。どうしても嫌な人は潜るのをやめるだけだ。中には自作最強装備でモンスターをがんがん倒しているクラフターもいるらしいけれど会ったことはない。
◇
私は作業机の上に持っていた袋の中身をすべて広げる。この袋はドロップ品のマジックアイテムで、倒したモンスターの魔石とドロップアイテムを自動回収してくれる優れものだ。
「やった! 銀があるからさっそく使える!」
まず、スライムの魔石を選別する。
モンスターを倒すとドロップする魔石は、種族ごとにサイズが同じだ。だからボス以外のスライム魔石は約10mmの小粒のものばかり。それでも得られる魔石の色やレベルが違ったりする。
私はまず不要な色の綺麗でない魔石を袋に戻す。これは後で売ってしまう。買取される魔石は色で区別されることはないので、まあお小遣いよね。それがざっと半数の三十個。
色のきれいな魔石のうち、色の似たものをグループ分けして、用意していた容器に入れていく。今日は赤系が多かったようだ。
夏が近いから涼し気な色がいいと、水色系の七個を残して片付けると、ドロップしていた銀のインゴットを取り出した。
「よしっ、金属加工!」
そう口にすると、銀が私のMPを使って変形していく。
底に丸い土台。そこから細い十本の棒を伸ばす。棒の中に魔石を一つ入れると、棒を縛るように一本に纏め、天辺で輪を作った。そう、イメージ通りの鳥籠のチャームになったのだ。別パーツで小さな蔦を作って鳥籠に絡ませると、ぐっと見栄えも良くなる。シルバーの鳥籠の中でころころする青い魔石が涼し気。バッグから取り出した革紐を輪に通してペンダントの出来上がりだ。
「いいね、かわいく出来たぞ」
DDになって、クラフターという職を得た私は、元々趣味だったアクセサリー作りを魔石素材でのものに切り替えた。
魔石は、たとえ最弱のスライムのものであっても、通常は傷つけたり破壊したりができない。例外がクラフター・スキルの魔石加工。穴を開けたり、カットしたりも出来るようになったから、天然石ビーズのような扱いをしている。
私がスライムしか倒さないのは、弱いから他のモンスターを倒せないというのもあるけれど、それよりもアクセサリーにするには、大きい魔石よりも小さい方が使いやすいからだ。特に日本人が好むアクセサリーの傾向だと。
次に銀を細く細く糸の太さにして、魔石を包んで編んでいく。漁港などで見かける浮き球が今回のイメージ。瓶玉とか呼ばれたりするアレ。
このパーツを残りの青い魔石全部で作っていく。
そのうちの2つに、既製品だと竹パーツという細長い金属棒を取り付け、さらにピアス金具をつける。夏場だし、揺れるアクセサリーっていいよね。
残り4つの小さな浮き球は、銀の網の天辺から伸ばして根付け風に編んで仕上げてストラップにした。
ちなみに、ドロップした銀をスキルの「金属加工」で細工して、すべてのパーツも作っている。
最初は市販品のアクセサリー金具使っていたのだけれど、スキルを得てからはもっぱらお手製。この方が強度もしっかりしているし、より自由な形状が作れるから。
私の魔石を使ったアクセサリーは、自分で使ったり友人へのプレゼントにしたりしているけれど、それ以外はダンジョン協会の許可の元で販売している。主にネット上のフリマで。
はっきり言って趣味だし、ダンジョンドロップがメイン材料だから原価も低い。だから販売価格もお手頃にしている。ドロップ品とはいえ銀とか使っているので、安くしすぎると他の普通の銀職人さんとかが困ってしまうので値段付けが一番難しいところかもしれない。
ちなみに、この魔石浮き球ストラップは、私の作るアクセサリーの主力商品。だいたい三千円までで好きな色を選べるようにしている。
これだと男性も使えるからで、そしてDDは男性比率が高い。戦う時に邪魔になるようでは困るし、アクセサリーに抵抗のある男性も多いしね。
たまにはオーダーの依頼も受けたりする。持ち込みの魔石を使って作るのも楽しいので、オーダーも嬉しい。
最初は指輪とかペンダントとかピアスとかポニーとか女性用ばかり作ってたんだけど、ストラップの比率が高くなったのは、今、丁度ボス部屋に飛び込んできた奴が原因だったりする。
「高邑! すまん、新しいの頼む!」
◇
それは今から三か月前。
私は今と同じように桐ケ谷ダンジョン一層ボス部屋を作業部屋にしてアクセサリー作りをしていた。その頃凝っていたのは砕いて丸小ビーズサイズにした魔石を樹脂ボールの中に閉じ込めるパーツ作り。色の組み合わせで表情が変わるのが面白くて沢山作ってたの。
ちなみに樹脂と言ってるけど本当はスライムからドロップする透明の粘液。私はスライム・レジンと呼んでいる。人体に害はないのは確認済み。で、樹脂と同じようにも使える面白ドロップ品。ダンジョン協会では使用もできなくて買取はしても持て余してると聞いて、嬉々として買い取ってもいる。しかもすごく安くで譲ってもらえる。市販のレジンより安いってどうなの?
そんな風に楽しく作業している所に現れたのが奴だった。
「あれ? ボスいねえの? って、高邑!?」
「矢彦じゃん。なんでこんなとこに」
「それはこっちのセリフ。何? このマイルーム状態」
―――矢彦こと矢作和彦はクラスメイトだ。クラスのムードメイカー的存在で、いつも賑やか。DDとしてもそこそこレベルが高くて熱心に潜っていると聞いている。装備品から見るに、間違いなく「戦闘職」で剣士系統だろう。桐ケ谷ダンジョンなぞとっくに卒業しているはずだ。たしか教室で大手クランの末端に所属してるとか話してたような。
「あ、ごめん。ここのボスに用があった? 上の層に行くんなら素通りしていって。ここ、私の作業場だから」
「普通、ボス部屋占拠してやることかよ」
「過疎ってるから許されてる。ここの職員も知ってて、スタンピード防止策として黙認状態」
私がこのボス部屋を作業場にするようになった理由はいくつかある。足りないパーツがあってもすぐに確保できる事。ダンジョン内はスマホが使用できないので逆に作業に集中できる事。場所代がかからないのに広く使える事。そして作業音が大きくても誰の迷惑にもならない事。これだけ揃えば立派な理由だ。
本当に、桐ケ谷ダンジョンに潜る人は少ないのだ。DD資格取ったばかりの初心者でさえ数回潜れば攻略完了できてしまう。そして大抵は中学卒業後の春休み中にチュートリアルを終わらせて去ってしまうのだ。遅くともゴールデンウィークまででピークは終了。それ以降の時期は無人に近い。稀に近所の人が二層のウサギのドロップ肉を目当てにくるくらいだが、そういう人とも顔見知りだ。
矢彦は作業台の上を覗いて私の手元に視線を向けてきた。
「何これアクセサリー? きれいなもんだな」
「うん、きれいでしょ。ちょっとは販売もしてるし売れたりもするよ」
「間違いない。クラフターの匂いがプンプンするぜ」
「それ以外の何だと?」
「武器とかポーションとか作んねえの? うちのクランのクラフターはそっちばっかしだぞ?」
「元々アクセサリー作りが趣味だから。武器は自分で使わないからよく分からないし、ポーションはスキル持ってないから」
「高邑みたいなDDもいるんだなあ。初めて知った」
「珍しい部類じゃない? フリマでも私以外はこの手のもの出品してる人はあまり見ないし」
「ま、いいか。じゃあ通らせてもらうな」
「ウサギ肉?」
「そっ。姉貴が急に喰いたいって言いだして」
「シチューにすると美味しいんだよね。今の時期、ちょっともう暑いけど」
たまには私だって二層に行くこともあるのだ。まあ、お肉のためだけど。あと、スライムよりもう少し大きい魔石が欲しい時とかも。そのくらいの戦闘能力(アイテム底上げ済み)はあるのだ。
「あ、矢彦、せっかくだからこれあげる」
完成品の中から新緑の若葉みたいな魔石の浮き珠風ストラップを取り出した。
「お、サンキュ。いくら?」
「クラスメイト特典で本日限りのサービス価格、なんと無料!」
「後が怖いやつじゃねーの?」
「クランに女の人がいたら宣伝しといて」
「幹部クラスしかいねーよ。どうやって使うんだ?」
「鞘とかに付けるといいよ。一応、おまもりも兼ねてる。HPが枯渇しそうになったら握ると1だけ回復するから」
「なにそれ、しょぼい」
言われなくても分かっている。私の付与レベルだとこれが精々なのだ。あくまでアクセサリーとして使用するのが主眼なので、付与はまあおまけだ。
「だから飾り兼おまもりなんだってば」
「なるほど? せっかくだから付けてくな。今度、もうちょっと深くまで潜る予定なんだ」
「川端Cダンジョン?」
「おう。そろそろ中層抜けられそうなんだ」
川端ダンジョンはCランクで、この近辺ではランクが高い方。入場するだけでもレベル15以上、攻略するならレベル30以上と言われている。身内以外には自分のレベルは話さないのが普通だけど、推測はできる。矢彦のレベルはおそらく20越えといったところだろう。
「あそこ攻略できたらクランでも中堅扱いになるし、だいぶ稼げる」
「あそこの中層だったらもう結構稼いでるでしょ?」
「装備替えたいんだ。今の装備じゃ下層は厳しいから」
「クランにクラフターいるって言ってたのに?」
「メンバー割引はしてもらえるけど、必要素材とか技術料で結構なお値段でさ」
「まあ命掛かってるから装備は大事だけど、だからって無理はしちゃダメだからね」
「そこらへんは、うちのパーティ結構慎重だから」
大抵のDDは二人から五人くらいでパーティを組む。前衛と後衛が揃う方が攻略しやすいし安全だからだ。あまり人数が多いと連携がしにくいから、少人数になる。ソロでやるのは桐ケ谷ダンジョンみたいな低ランクのところまで。野良でパーティ募集とかもあるけど、本格的にやるならば固定パーティ推奨。
そんなパーティを複数所属させているのがクラン。大人数が所属することで収益をあげ、クラン内の育成やバックアップに還元している。クランに所属するのは強制ではないので、単一パーティだけで攻略を進めることもあるが、クランに所属することで情報や装備が得られたりする。また、クランにはそれぞれ特色がある。「ガンガンいこうぜ」「いのちだいじに」等のスローガンを掲げているので、自分たちに合ったクランがあれば所属希望を申し入れる。中には身内で固まってメンバー募集のないところだとか、所属するには審査や試験があったりもすると聞く。
まあ? 完全ソロの私には無縁な世界なんで、本当に話に聞くだけなんだけど。
ウサギ肉を求めて去る矢彦に手を振ってその日は別れたのだが。
半月後、彼はダンジョンで大怪我をした。
◇
「いや、あれはない。中層にいきなりラスボス手前の最下層モンスターが出て来るなんて誰も予想してなかったし」
幸いにも治癒されて五体満足で学校にも復帰した矢彦は、事情を知りたがるクラスメイトに囲まれていた。なんとか逃げ出したものの、パーティーメンバーは全員重症。特に後衛を庇った矢彦はほとんど死にかけたらしい。
「俺が助かったのはクランの治癒魔法士が間に合ったからなんだけど、それもギリギリだった。高邑のおかげで命が繋がったようなもんだ」
一斉にクラスにいた全員の視線を受けて、私はたじろいだ。
「わ、私?」
「そう。高邑のくれたおまもり。HPを1だけ付与するってあれ。ボロボロになって意識失いかけた時に無意識に握ってたらしくて。おかげで俺のHPはゼロになってなかった。ゼロなら死んでたし、蘇生術なんて見つかってないから治癒の使いようもなかった。HPが1残ってたから治癒できたんだってよ」
「役に立ってよかった……?」
「なんで疑問形なんだよ。恩人だよお前は。治癒魔法士にも話したし、そのうちクランから連絡いくかもしれないんで、その時は頼む」
その後、まさかの大手クラン『災破』(矢彦の所属クラン)のリーダーから連絡が入って、クランメンバーのメンバー章として、ピンバッチの依頼が来た。
DDは死亡したところで自己責任なので保険もきかない。ただ死んでいなければ回復のしようもある。今回のことで生死を分けたのがHP1付与のおまもり。それをクラン全員に持たせたいということだった。
大手クランということで所属人数も百に近く。私はそれからしばらくおまもり作りに邁進することになった。報酬はすこぶる良く、来年は確定申告するほどになったよ……。
『災破』のクラン幹部の女性たちにも気に入って貰えて、お得意様も増えた。口コミで私のおまもりが欲しいという人も。『災破』クラン章の追加納品もあり、もうこれで食べていけるんじゃないかと思う今日この頃。
◇
「高邑、おまもり売ってくれ!」
「クラン章もあるでしょ?」
「あるけど、これは残しておきたい」
「それ以前に、危ない戦い方やめなよ。おまもりだけじゃ間に合わなくなるよ」
「モンスターの方から来るんだよ!」
生還した矢彦は。何故か以前よりも高レベルモンスターとの遭遇率が上がったらしい。
「来られたら防衛して倒すか逃げるしかないだろ!?」
そんなこんなで奴と奴のパーティーメンバーのレベルは急成長しているのだとか。
「もう高邑のおまもりがないと安心してダンジョンに潜れない!」
「毎度ありー。売るのは構わないし、知り合いに死なれたくないけど、クランにも相談しなよ? 小野さんも心配してたよ?」
「いつのまに、うちのクラン幹部と繋がりがっ!?」
「私のアクセ、気に入ってくれたみたいでさ」
◇
それからも矢彦とクラン『災破』との付き合いは続いて。専属にならないかというお声もいただいたけれど、好きなものを好きなように作っていきたいと断った。依頼は受けるけどね。
いつしか『桐ケ谷ダンジョンに住むおまもり屋さんの魔石アクセはダンジョン潜りの必需品』なんて噂も出るようになる。
住んでないし。おまもり屋さんじゃなくてアクセサリー屋さんだし。
最近、ビーズ刺繍に目覚めた。
そんな私のダンジョン・ライフ。
ダンジョンものとか、VRゲームものとかも読むのは大好きです。
ただ、自分で書くとなるとステータスの数値をどうやって決めていいかわからなくて。表記は半角でいいのか、とか変なところでつまずきます。
もしダンジョンが現れたような世界だったら、自分だったらどうしたいか?
その答えのひとつが砂耶です。
戦闘そのものにはほとんど興味がないので。
砂耶は高校卒業後、デザイン系の専門学校に行きそうです。矢彦はDD専業になって、腐れ縁は続く。