VSコボルト
行動は予定通り。朝イチで依頼の処理を済ませ、さっさと街を出た。せっかく仕分けした薬草を、ごそっとひとまとめにされた。雑すぎる。効能落ちても知らんよ。
北へと向かう街道を、ちょっとばかり外れる。あの行商人ズに聞いた、果物をゲットしに行くためだ。コクシンは肉が好き、ラダは果物が好きらしい。俺は…なんだろう。嫌いとか苦手はあるんだけどな。
ポコポコと馬は坂道を行く。皆がよく通るのだろう、街道から外れていてもちゃんと道になっている。
ピクッとブランカの耳が警戒を示した。手振りで斜め後ろの2人に警戒するように伝える。程なく俺の耳にも草をかき分けて歩く複数の音が届いた。道の真ん中に馬を止め、下馬する。コクシンが剣を抜いた。
「! コボルトだ! 数は…たくさん!」
草むらから出てきたのは、中型犬が二足歩行している感じの魔物だった。ただし歯をむき出しよだれを垂らし、目が血走ってギョロ目のちっとも可愛くはない犬だが。数頭が棍棒を持っている。
「こんなの出るとか、聞いてないんですけど!!」
俺たちを視認した途端、わっと飛び掛かってきた。というか、走るときは四足歩行なのな。おかげで棍棒を持っているやつは遅れている。
コクシンが剣で大きく薙いだ。白い刃がコボルトたちに襲いかかる。
「レイト!」
悲鳴のようなラダの声に振り返ると、逆側からも出てきているじゃないか。
「ええい! コクシンそっちは任せた!」
正直コボルトはそれほど脅威はない。面は怖いが力は強くないし、真正面から来るしか能が無い。面倒なのは群れがデカいことだ。
「くらえっ!」
手当たり次第に石弾をぶっ放す。「ぎゃいん!」と悲鳴がそこいらで響く。
「ラダ! 目潰し! 風向き注意して!」
「わ、わかった!」
鞄に手を突っ込んだラダが、振りかぶる。
「でぇい!」
ぼふふん!
コボルトに命中はしなかったが、ちょうど集まっているところには落ちた。真っ赤な煙が巻き上がる。それと同時に「ギャヒーン!」という悲痛な鳴き声が同心円状に広がった。2個投げたな、ラダ。
「コクシン、こっちと交代。風で馬たち守ったげて!」
立ち位置をコクシンと変える。もう8割方倒している。すごいなコクシン。指鉄砲で1頭ずつ確実に潰していく。背後で風が舞った。えいえいとラダが何かを投げている。何投げてんだ、あれ。
「こっち終わり!」
「こっちも、あらかた済んだ。あとは倒れてるやつだな」
動くものがないことを確認して、コクシンたちを振り返る。ちょっと目がピリピリするが、効果は絶大だったようだ。そこいらにピクピクと痙攣しているコボルトたちが転がっていた。
「何頭か逃げていったのが見えたが」
「うん。討伐案件じゃないし、大丈夫。2人共怪我は?」
「私は大丈夫だ」
「僕も。あ、馬たちも大丈夫そう」
「オーケー。警戒しつつ処理するよー。コボルトは魔石だけなんで、よろしく。あ、コクシン。止めラダにやらせて」
「分かった」
「う、うはぁーい」
レベルがない世界なんで、経験値とかあるかどうかはわからない。それでも『殺す』という行為に慣れることに意味はある。俺と同じで後衛タイプだから、実際刃を突き立てる感触ってなかなか味わえない。
「…ご、26。26頭か。また出てきたもんだな」
サクッと穴を掘り、コクシンとラダが魔石を取ったコボルトを詰め込んでいく。周囲を確認して他の気配がないことを確認してから、火をつける。煙が立ち上っていく。これで焼肉食いたいとか思うんだから、俺もこの世界に馴染んだもんだ。
「どうする? 進むか?」
傍らに座ったコクシンが聞いてきた。剣の手入れをしている。
「これくらいなら問題ないと思うけど。ここで野営とかはきついな。ちゃっちゃと行って、採取して、夕暮れまでに街道に戻ろう」
「了解した」
コクリと頷く。実際コクシンはまだまだ余裕そうだったしな。
「ラダも大丈夫?」
「うん、平気。えと、指示してくれれば」
うんうん。いい顔してるぞ。どう動くかは慣れだからね。
念のため、初級回復薬をグビッとしてから騎乗する。お利口さんな馬たちは、コボルトに囲まれても騒いだりしなかった。晩ご飯のあと、労ってあげるからね。
「そういえば、ラダ。途中何投げてたの?」
思い出して聞いてみると、「これ」と鞄から取り出したそれを見せてくれた。小石になにか括り付けてある。
「レイトが見せてくれた爆発薬を参考に、作ってみた」
「へぇ、すごいね。効果はどうだった?」
「んー、いまいちかなぁ。思ったより弾けなかった」
爆発薬と名付けているが、火薬が入っているわけじゃない。とある木の樹液が衝撃を受けると弾ける性質を持っていて、それを利用した目潰しと似たような効果のものだ。ただし弓矢で使用し、飛び散るのは小さな鉄片だが。ラダはそれから発想を得て、小石が弾けるようなものを作ったらしい。
「鞄の中に入れてて大丈夫なの?」
「大丈夫。トリモチと一緒で、魔力流さないと弾けないから」
ラダが歩く危険物みたいになりつつある。まぁ、俺も持ってるけども。自衛だしオーケーだよね。
少し行った先に、聞いた果物がなっているのが見えた。昔々、この辺に村があった名残が、この果樹らしい。たしかにまとまって生えている。誰かが管理しているわけでもないので、勝手に採っていいらしい。
『プルンコ
甘いブドウに似た果物。色が濃いほど凝縮していて美味しい。酒精が含まれているので、食べ過ぎには注意。
生食、ジャム、ワインに』
プラムほどの大きさの、紫色の粒が5つほど房になっている。それが広葉樹に鈴なりになっていた。下の方は動物が食べたのか、もうあまりない。木に登らないといけないな。ここまで茂っていると、コクシンの上達した斬撃でも難しい。もちろん俺も。
「ということで、俺が登ります。2人は警戒よろしく」
危ないと言いたいらしいが、他に方法がないので、2人は渋々頷いた。この木は枝が多いし、木としては登りやすい。あとは魔法鞄にポイポイ入れていくだけの簡単なお仕事だ。1つ、こっそりかじってみた。
「んお」
ふわぁと鼻に抜ける酒精がたまらない。ジューシーな果肉と甘い果汁。これは食べちゃうわ。と、香りが下まで届いてしまったのか、2人にじとっと見上げられてしまった。すんません。お2人もどうぞ。ぽーいっと1個ずつ落とす。
「「ん~~」」
あ、酒精が含まれてるって言ってなかった。まぁ大丈夫だろう。弱くはないし、2人共。
食べ頃のものを鞄に詰め込み、意気揚々と下へ降りる。
「レイト、レイト! あっちの木のも採ろう!」
ラダは気に入ったらしい。次の木を指差す。
「取り過ぎはダメだよ。それにあんまり日持ちしなさそうだし」
「えー、じゃあ、あと1本。この木だけ! ね!」
まぁいいか。ジャムにもできるみたいだし。コクシンも反対はしないから、美味しかったんだろう。俺は再び木に登り、食べ頃のを採っていく。途中、さっきの取りこぼしか、コボルトが3頭出てきたが、コクシンが危なげなく対処してくれた。
あとはさっさと街道に戻る。もしかしたら、コボルトたちはプルンコ目当てに集まってたのかもしれない。香りが結構したから、他の魔物も寄ってくるだろう。ある意味、コボルトで良かったと言えるかもしれない。大型の魔物とか来てたら、危なかったな。
北へと進む。道幅が広くなった野営地に着いた。誰もいないが、日が落ちるまではもう少し時間がある。誰か来てもいいように、端っこに陣取った。
「はぁ~お腹すいたぁ」
馬の世話を始めながら、ラダが腹を鳴らす。俺もお腹が空いた。早く街道に戻ろうと、昼食抜いちゃったからね。馬上で干し肉かじってたけど、さすがにもたん。
「よーし。今日は高級干し肉だぞ!」
…冷めた目で見られた。ちょっとした冗談だよ。狩りの時間なかったから、パンと野菜スープでいいかね。あ、狩ってくる? じゃあ、火を熾して待ってますんで。
デザートはプルンコだよ。酔っ払うから1人1個です。見張りしないといけないんだからね。馬たちにもご褒美としてあげてみた。ツクシだけ食べた。
あたりが暗くなっても、野営地には誰も来なかった。