ロマンと虚無と
弓を構える。目標はロックボア。ガリガリとしきりに地面を足でかいていて、こっちには気づいていない。
ひゅんっ!
矢は見事に目に命中…と思ったら、当たる瞬間に頭を振られたようだ。矢が刺さらず落ちるのを見ながら、次のを構える。顔がこっちを向いた。
「しっ!」
矢を放ってすぐ、体をひねる。額のあたりに矢を受けながらボアが突っ込んできた。
ガツっ!
ボアの体が不意に横倒しになり、そのまま首の辺りから血しぶきが舞った。
「危ないな。なんで壁を出さないんだ」
脇からコクシンが出てきた。ちょっと怒っている。そりゃそうだな。一人でやるといった結果がこれじゃあな。
「あーうん、ごめん」
じっと見られる。
ボアの額から矢を抜いた。浅い。これではいくら撃っても致命傷にはならないだろう。やっぱり小動物が限界か。
「レイト?」
「うん、ごめん。次から気をつける」
はぁと小さくため息をつかれた。
「怒っているわけじゃない。なにか理由があるなら、それはそれで構わないんだが…」
理由か。まぁ、呆れる理由なのだ。
実際、弓は土の魔法で代用できてしまう。代用どころか、指鉄砲のほうが威力も射程距離も速度も段違いに良い。減るのは魔力だけでお金もかからない。とっさに撃てるし、体勢が崩れていてもどうにかなる。
それでも弓を使いたいのは、いわゆるロマンである。
「はぁ? ろまん?」
ロックボアの処理をしながら、自分で笑う。コクシンは周囲を警戒しつつも、意味がわからんと目を丸くしていた。
「ロマンっていうかなんていうか、せっかくスキルとして持ってるんだからさ、育てたいんだよ。俺のアホな妄想かもしれないけどさ、なにかあると思うんだよね」
ぶっちゃけて言えば、ゲームのようなとんでも技が使えるようになったりしないかなーという野望だ。ホーミングとか連射とか、何なら龍の咆哮みたいなのとか…。
コクシンは『剣術』を持っている。俺が教えるまで飛ぶ斬撃なんて使えなかった。でも、できたのだ。イメージと技量さえあれば、俺だって使えるはずなのだ。魔法と組み合わせなくても。
だって、じゃないとスキル化の有難味があんまりないよな。コクシンによると、一般的にスキル化すると、武器の扱いが軽くなる、最適な軌道が見える、威力が上がる…と言われている。俺の矢がしょぼいのはただの力不足だ。スラッシュっぽいのはあるらしいけど。
あと、魔力が使えなくなった場合も想定している。魔力切れ、あるいはダンジョンに魔法不可の領域があるかもしれない…とか。
まぁそんなわけで、わざわざ弓を使っていたのだ。
「でもだからって無理は良くないよね。狩りのときは極力安全策を取るようにするよ」
血抜きしたボアを仕舞ってもらう。
コクシンは小さく笑った。
「そうしてもらえると、私も安心だ。だが、事前にどうするのか分かっていれば、ある程度は対応できる。やりたいならやればいいさ」
男前の発言ありがとう。だめよ、甘やかしちゃあ。
「じゃあ、今度はうさぎでやるね!」
コクシンの顔が、あれだ、チベットスナギツネに…。反省はしてるよ!
ところで今日の依頼は、ロックボアではない。マントラコラだ。間違ってないよ、マンドラゴラじゃない、マントラコラ。顔っぽいのがある二股の野生の大根。いや、マンドラゴラじゃねーの?って思うけど、違うんだなぁ。
「あ。あれじゃないか?」
コクシンが指差す先に、ゆらゆらと大根が揺れていた。くねくねしながら。…きもっ。
トゲトゲの葉っぱたちの中央に茎があって、そこに大根がぶっ刺さっている。ちょうどパイナップル的ななり方だ。おしり的なのが茎と繋がっていて、自由な足がくねくねしている。偶に他のと絡み合っている。
近寄ると、警戒なのか縦揺れをし始めた。怖い…。
「…引っこ抜くんだっけ?」
振り返ったコクシンが無表情だ。
「うん。声は出すけど攻撃はしてこないよ。俺がやるから、コクシンは警戒をお願い」
「いや、私もやろう。そのほうが早く済む」
「わかった」
ということで2人で収穫だ。白い大根部分をむんずと掴み、上に引っ張るとスポンと抜ける。離れると死ぬのか、動かなくなった。それを用意した布袋に放り込んでいく。
「あー」「あー」「あ〜」「あ゛ッ」「あー」
引っこ抜く度にマントラコラが声を上げる。特になんの作用もないのだが、見た目と相まって地獄絵図だ。たまに色っぽい声を上げるのがいて、イラッとくる。
「こんなもんでいいか」
なんとか規定量以上を採ることができた。
『マントラコラ
植物系魔物。繁殖力が強いが攻撃力はない。白い体(実)は食べられる。麻痺毒があるので生食は不可。煮ると麻痺毒は消えるので、まるごと煮て日干しにするのが一般的。類似品のマンドラゴラのように薬効はない』
袋の中いっぱいの二股大根。虚無を浮かべた顔っぽいのが健在なのが地味に嫌だ。
「レイト」
虚無と見つめ合っていたら、コクシンから警戒の声が飛んできた。周囲に気を配ると、何かが歩いている音を拾った。1つ、2つかな。
「ゴブリン」
俺が辛うじて聴き取れる声で、コクシンが呟いた。
ゴブリンか。なにげに俺出会うの初めてだな。
この世界のゴブリンは、人間の子供サイズの緑の肌をした二足歩行の魔物だ。つまり俺と同サイズ。前屈みに歩いていて、細長い手足に裂けた口、不揃いの歯と爬虫類っぽい目。
うん。二足歩行に忌避感あるかと思ったけど、そうでもないな。あれは別物だ。コクシンと目を合わせる。指を1本立てた。1体ずつってことだ。
討伐部位は耳だったな。頭は避けて…。
「ぎぎゃ!?」
射程範囲に入ったところで、土魔法を発動。びきびきっと、1体の足元が固まった。もう1体はコクシンが処理するから、大丈夫。
弓を構え、矢を番える。イメージは追撃。1度で2度攻撃したことになる。
「しっ!」
「ぎゃぴっ」
だめだ、浅い。その横でコクシンが普通に1体を切り捨てている。もう一回。悪いが君には練習台となってもらうよ。
結局、3射した。
「お?」
自分が倒したゴブリンを見ると、刺さっている矢に並ぶように浅い穴があった。追撃が成功しかけていたのかもしれない。いいねいいね。最初に足止めすれば、なんとかなりそうだ。あとは単純に筋力を上げ、弓を強いものにする。とはいえ、身長次第になるけど。
ちなみに、本日ラダはお留守番である。街にいる間、ラダは引きこもって薬を作ることになった。それを市で売る。売れるようにわざわざランクを落として作ってもらう。嫌がるかと思ったが、「わかったー」の一言だけだった。本当はいいのを作って、どこかの薬店にスカウトされたらいいのだが。本人は旅が楽しいらしい。
さぁて。帰ろう。
さっきちょっとやばいの見つけたんだ…。