オッサンと会う
ヴォラーレの街。東西に長く、特産は魚の塩漬け。東側に大きな湖がある。西側は山。すごく高い。魚が食べられる。やったー!
「ふむふむ。冒険者の短期入居ですか。それは需要あると思います?」
俺たちは商業ギルドでオッサンに捕まっていた。
昨日は色々あって疲れていたので宿に泊まった。やっぱりうるさかったので、家を借りることにしたのだが。
「さあ、それはなんとも。今までそういう話なかったんですか?」
「私は知らないねぇ。そもそも1日単位とか、1週間単位の契約自体稀なんじゃないかな」
「まぁそうでしょうね」
そもそも宿で事足りるもんなぁ。安宿から高級宿まであるし、基本寝るだけなのだ。わざわざ自分で色々しないといけない、家を借りる理由がない。俺たち以外には。
「安ければ借りるんじゃないか?」
コクシンが言うが、お金をケチる人たちは野宿である。
「まぁ、安宿と高級宿の間の値段ならもしかしたら需要はあるかもしれないですね」
冒険者は飲んで騒ぐのが大好きだ。けれど体質的に飲めないという人や、静かに飲みたい人はいる。お金に余裕ができる高ランクの冒険者なら、そういう選択肢もあるだろう。そもそも高ランク冒険者は毎日依頼を受けない。数日から数週間単位で休暇を取ることがあるらしい。
「あとは治安の問題ですかね」
ふむふむとオッサンがメモを取っている。新たな不動産部門でも立ち上げるつもりなんだろうか。
「空き家を活用できるのはいいけど、武装した不特定多数の人が出入りするお隣さんとか、不安を覚える人もいるでしょうし」
「なるほど。たしかに」
冒険者は一般職ではあるが、一部の粗暴な輩のせいで、お近づきになりたくないという人もいる。宿を壊された経験から、冒険者お断りの宿もある。
「周辺住民とのトラブルは、私としても望んでおりません。手持ちに空き家がいくつかあったので、利用できるかと思ったんですが…」
「まぁ、事前に説明しておけば…。職員さん自身も商売してるんですね。受け付けとか書類作成みたいな仕事ばかりかと思ってました」
「あ、私ギルド職員ではないです」
「…は?」
目の前のオッサンをまじまじと見やる。ギルドに入ってすぐに親しげに喋りかけてきたから、普通に職員かと思っていたのだが。なにか? 俺は権限もないオッサンにご丁寧に説明していたというのか?
「あ。やだな、お顔が怖いですよっ。ちゃんと! ちゃんと職員をご紹介します! 一番優秀な人をっ。説明も私めがいたしますよ!」
よほど俺の顔が怖かったらしい。早口にまくしたてる。
「…ほう」
で?
「うちの商品もお安くご紹介しますよ!」
「商品?」
「食品を取り扱っております。名産の各種魚の塩漬けも取り揃えておりますよ!」
「えーやったー! 絶対ね。あとで行くから!」
大魔神からニコニコ笑顔の幼児にジョブチェンジ。食料ならばお釣りが出る交渉である。コクシンが呆れたように俺を見ていたが、交渉とはこういうものだよ。まぁ完全に偶然ですが。
オッサンが「本気で考えていいですか?」というのに「いいよ~」と返しておき、ホンモノの職員さんを紹介してもらう。職員さん「またですか」とか呟いてた。鼻が利くのか美味しそうな話を持っていそうな人に突撃しては、職員さんに押し付けていくのだとか。
そんな職員さんに、街外れの一軒家を紹介してもらう。街外れを望むのは、お風呂とか魔法鞄を使うからだ。
無事日割りで家を借りることができた。掃除はラダがやっといてくれるらしいので、お願いして俺とコクシンは買い出しに向かう。まずはさっきのオッサンの店。安くしてくれるって言ったからね。
「ああ、いらっしゃいませ!」
オッサンは奥から笑顔で出迎えてくれた。揉み手をしそうな勢いだ。
店内はきれいに整頓されている。棚には商品とともに値札と、おすすめポイントが書かれた紙が貼ってあった。この世界でこういうの見るの初めてだなぁ。
「たくさんありますね」
「でしょう。こちらのものはもちろん、輸入品もございますよ」
結構手広くやっているらしい。店の大きさは飛び抜けているわけではないけど、結構有名な商会なのかもしれない。未だにオッサン呼びだが、俺。
塩漬けの魚とともに、干物もある。ただし丸干し。小魚だな。アジとかホッケの開きはないのだろうか。あ、湖か。淡水魚か。
塩、砂糖、胡椒。調味料類も豊富だ。しかし俺が欲しい味噌や醤油はやっぱりなかった。いっそ作るか。味噌は一般家庭でも作れる難易度だったはず。…大豆あったっけな?
豆類も売っていた。鑑定を駆使せずとも大豆は大豆だった。小さい瓶1つ分だけ買う。小豆もあったけど、俺が調理できないのでパス。あんこ食べたいんだけどなぁ。水吸わせて煮ればいいんだっけ? あれ黒豆? 失敗してもいいか。豆は日持ちするし、一瓶ずつ買っとこう。
輸入品の中にカカオの粉らしいものがあった。チョコが食べたい。が、流石にカカオから作るのは無理。鑑定さんすら薬としか認識してない。調理系のスキルがあったら、作れるんだろうか…。
なんだかんだと2時間くらい居座った。楽しいね、財布を気にしないお買い物って。流石に散財したので、しばらくはお仕事頑張ります。
カウンターに積み上がった商品に、オッサンがホクホクしている。レシートなんてものはないが、何個かは割り引いてくれたらしいよ。魔法鞄に放り込む俺たちを見て目をキラキラさせていた。売りませんよ。
「いやぁ、いい商売させてもらいました。今後ともお付き合いさせていただきたいものですね」
オッサン目が本気よ。
「残念ながら、あちこち行きますので。そうですね、どこかでまた会えたなら」
商品に間違いはなさそうだし、付き合い自体は俺も歓迎だ。が、定住するわけじゃないし、定期的に帰ってくるわけでもない。
「ふふ、まぁそうでしょうね。私どもももっと余裕が出れば支店を出せるんですけどねぇ」
ふっと肩の力を抜くオッサン。儲かってそうだけどこの街だけなのか。お互いにこやかに笑い合って握手。もしかしたら街を離れるときにもう1回寄るかもね。
さて、あとは野菜とパンと、魔導具とか他の店も……お金ないんだった。見るだけならいいよね?