新加入
「え。馬を、ですか?」
お昼御飯のサンドイッチを食べながら、俺は思わぬ言葉に相手を見返した。ドアさんがニコニコしながら頷く。
「例の冒険者が使っていた馬2頭だよ。彼ら個人の馬らしくてね、うちに引き取ってくれって連れて来られたんだけど、馬車を引くには向いてなくてねぇ」
聞いたところによると、彼らは余罪がたっぷりあったらしく、私財没収の上奴隷堕ちとなったらしい。その私財の中に馬がいて、乗合馬車組合に譲られたのだとか。
「もちろん、馬だけの貸出しもしてるところはあるんだけど、あなた達がまだまだ移動するみたいな話をしていたの、思い出してね」
「馬ですかぁ」
正直、ちょっと心惹かれている。乗合馬車とはとことん相性悪そうだし、好きな時に狩りに道草できるのがいい。この世界に来て馬小屋暮らしだったこともあって、馬とは友達感覚なところがある。
「いいんじゃないか」
「コクシン」
「レイトは世話が大変だとは言うが、街に着けば宿屋などで面倒見てもらえるし、馬車屋でも世話をしてくれるぞ」
コクシンの言葉にドアさんがウンウン頷く。そう言われると断る理由がなくなるなぁ。
「好きなだけ料理できるし」
「それな」
それホント大事。
今ちょっと骨から出汁を取ってスープを作りたいのよ。魚醤で失敗したから、美味いスープ作りたい。骨をグツグツ煮るとか、狂気の目で見られかねん。コクシン? 彼は呆れるだけだと思う。
「よし。じゃあ、うちで引き取るよ!」
というわけで、凸凹コンビに馬が2頭加わった。
黒鹿毛という茶色の毛の馬がコクシンの。足、たてがみ、尻尾が黒い。名前はクロコ。オスだ。
芦毛という灰色の毛の馬がオレの。名前はブランカ。メスだ。
会いに行くと、スリスリと鼻を寄せられた。俺たちのことをちゃんと覚えているようだ。
蹄鉄や鞍はドアさんのところでやってくれることになった。それでポーション代はチャラだ。むしろこちらが払わなければいけない気もするが。
「きれいにしてもらうんだよ」と、一旦別れて冒険者ギルドに向かう。
肉を入手するついでに、なにか依頼を受けようと思う。ギルド長とは色々あったけど、問題ないよね?
ギルドに入ると一斉に注目された。だめか? あ、これ、俺がてるてる坊主だからですね。まだ身長に変化は見られない。ぬぐぅ。
「どんな依頼にするんだ?」
コクシンは自分も注目され慣れているので気にしない。
「あ、ちょっと資料室覗いてみたい」
「資料室?」
「そういえばコクシンは見てないっけ。地図とか魔物図鑑とか、置いてある部屋があるんだ。どこのギルドでもあるって聞いてるから、この辺に出る魔物の情報とかニッツと違いがあるのか見たいんだ」
「ふぅん。分かった。じゃあ私も行こう」
ということで、受付嬢に場所を尋ねる。ここは地下にあるらしい。購買も地下だって。
資料室の蔵書は、それほど変わりがなかった。魔物図鑑と採取図鑑に数カ所違いが見られた程度だ。
この辺りではイノシシの魔物、ロックボアが多いらしい。いいですね、ぼたん鍋ですか。
あと採取関係で言えば、シアという木の根っこが依頼に出るようだ。根っこは木を弱めるから、あまり取りたくないな。染料だから依頼受けんでもいいか。
「コクシン?」
彼はじっと地図を眺めていた。
「どうかした?」
「いや。広いなと思っただけだ。領を出ても、まだまだ世界が広がってる」
「そうだね。しかもこれ、世界地図じゃないし。ほんの一部だよ。行きたいところは一杯あるんだ」
コクシンが嬉しそうに笑った。
「楽しみだな」
「ね」
特に目的はない。けれど行きたいところは一杯ある。何年掛かるだろうか。多分一生掛かったって廻りきれないだろう。楽しみしかない。
「よし。特に気をつけないといけないものはなさそうだし、近場の依頼を受けよう」
もう昼過ぎてるしね。
「分かった。あ、購買はいいのか?」
そういえばさっき寄りたいって言ったな。
「うん。また今度でいいや」
体動かしたいしね。コクシンもとくに異を唱えることなく、上に戻って依頼書を物色する。ここはキレイにランクごとに並んでるな。
Eランクの依頼で出来そうなもの。ボアを獲りたいから、森に入るのがいいな。
ということで、ラックという果物採取にした。ラックは小振りの柿みたいな見た目をしている。固いので潰して煮詰めて、ジャムにして食べるのが一般的。美肌にいいと一部の女性に人気なのだとか。
「ちょっ、コクシン! この、ヘタクソ〜」
パラパラと木の枝が降ってきた。時折実が付いたのも落ちてくるので、ごちっと頭に当たる。これで何回目だよ。
「狙えないならサイズ小さくしてよ! 木が可哀想でしょ!」
「やってるよ!」
「なってない! もう、コクシン風魔法で採るの禁止!」
むすっとコクシンが口を尖らせる。可愛くないのでやめなさい。
木になっている果実を俺が土魔法で撃ち落としていたのを見て、コクシンも風魔法で真似をしていたのだが、狙いが定まらない上に20センチ大の鎌を飛ばすので、伐採になってしまっているのだ。
大人しく落ちた果実を集め始めるコクシン。言い過ぎたか。しかし、精度は大事だ。魔力ゴリ押しでは困る。俺と行動するなら、覚えてもらうよ!
「…どうしたら小さくなるんだ?」
拾い集めたラックを魔法鞄に詰め込みながら、苦悩するコクシンを見やる。
「別にコンビなんだから、同じことできなくてもいいんだよ。魔法の特性ってのあるだろうし」
「でもこの間言っていただろう? 圧縮するとかなんとか。それなら同じように撃ち抜けるかもって」
「あ〜」
覚えてたのか。説明の仕方が分からなくて、誤魔化しちゃったんだよな。風をギュッと小さくする、そんなイメージをどう説明したらいいんだろう。
「とりあえず、魔力操作のスキルが取れるまで地道に練習かなぁ。攻撃系じゃないのなら、街中でも出来るし」
コクシンが首を傾げる。
「人が吹き飛ばない程度の風を、局所的にふわ〜と出す」
「それ、出来たらどう使うんだ?」
「髪の毛が乾かせる」
「……」
「あ、呆れたな。気持ちいいと思うんだけどなぁ。濡れたままだと地肌にも悪いしさ、女性とか髪長いから、出来るとモテるぞ?」
どうよ? とサムズアップしたら、ため息を吐かれた。なにさ。これ以上モテたくないって? カリスマ美容師のごとく、乾かし待ちの列ができそうだな。
しかし、風呂に入りたいな…。