妹
――いつも比べられてきた。
『まったく、お姉ちゃんは優秀なのに、どうしてあんたは駄目なのかしらね』
『お姉ちゃんは優しいのに、お前は――』
それは前世の光景だ。
姉妹はいつも比べられてきた。
優秀で可愛い姉。
対して自分は出来の悪い妹。
何をしても比べられた。
そして初恋の人までも――。
『お前の姉貴、今度紹介してよ』
――惨めだった。
次第にゲームにのめり込み、やり始めたのは「あの乙女ゲー」だった。
自分だけを見てくれる。
自分を褒めてくれる攻略対象の男性たち。
そこには幸せがあって、ルート――選択肢さえ間違わなければ、ずっと幸せでいられた。
現実では、姉は順調に人生を歩み――自分は落ちこぼれ。
良い大学を出て就職した姉とは違い、専門学校を出たら働き始めた。
何をやっても姉には勝てない。
そんな時だ。
ある男性と付き合うことになった。
自分の勤めている会社の――そんなに大きくはないけれど、次期社長という男性だ。
見た目は美形ではないけれど、優しくて真面目な人だった。
将来性もあった。
堅実で真面目な会社の二代目。
自分にとって幸運が訪れたと思った。
はじめて姉に勝てることが出来たと思えた。
だが――実家に報告に行ってから一ヶ月と経たないうちに。
『君のお姉さんと付き合うことになった』
何を言われているのか分からなかった。
両親に一応相談したが、
『別に良いじゃない。あんたは他に見つけなさい』
『お前には不釣り合いだろ』
姉の味方をするばかりで話にならなかった。
だから姉と話をした。
『ごめんね。でも、――ちゃんなら、次もきっといい人が見つかるわ。応援するね』
どちらが声をかけたのか分からない。
ただ、彼は私を裏切って姉を選んだ。
それを誰も責めなかった。
――私は家族が嫌いだった。
――姉という存在が嫌いだった。
◇
夜。
レリアは飛び起きると寝汗をかいていた。
汗が気持ち悪い。
呼吸が乱れ、夢にうなされていたのが分かった。
「また昔の夢だ」
昔――前世の夢だ。
ベッドの上で膝を寄せ、顔を埋めて嫌なことを思い出す。
違うと分かっていても――前世の姉とノエルを重ねてしまう。
リオンやマリエのことを思い出す。
「何よ。みんなして姉さんばかり大事にして。私だって色々と考えたのよ」
ノエルにエリクを押しつけたことを、二人に責められた。
少し独占欲が強いと思っていたエリクが、あそこまで酷いとは思わなかったのだ。
女性に暴力を振るい、明るかった姉を変えてしまうとは信じられなかった。
自分も悪いと思ったが、責められると腹立たしい。
「私だってちゃんと考えているのに。分相応にエミールを選んで、エリクを姉さんに譲ったじゃない。私の何がいけないのよ」
レリア――ピンク色の髪をした気の強そうな少女は、自分というのを理解している。
転生したからといって、マリエのように逆ハーレムを目指さなかった。
魅力的な男性陣がいる中で、目立たないエミールを選んだのも――彼女なりに色々と考えてのことだった。
どうせ一番は姉のノエルが持って行く、と。
ならば、自分がエミールとくっついてもいいはずだ、と。
「――こんなことになるなんて、誰も思わないわよ」
どこで狂ってしまったのか?
レリアは寝汗を洗い流そうと、立ち上がってシャワーへと向かうのだった。
◇
翌日。
目の下に隈を作った俺は、アンジェとリビアを連れてマリエの屋敷に向かった。
理由?
今後の打ち合わせとか、色々とあるからだ。
アンジェとしても、マリエとユリウスが暮らしている屋敷に顔を出すのは微妙な気持ちだろうが――拒否も出来ない。
共和国に残るにしても、戻るにしても話し合いが必要だ。
「リオンさん、大丈夫ですか?」
「――大丈夫」
フラフラしている俺を心配してくれるリビアは、腕を掴んで支えてくれる。
屋敷の玄関。
アンジェは呼び鈴を鳴らしていた。
「昨日は寝られなかったのか? なら、部屋を借りて少し休め。話し合いは私の方で済ませておく」
「だ、大丈夫。俺、頑張る」
俺たちを見守っているルクシオンとクレアーレが、
『昨日頑張れなかったマスターが、今日頑張れるとは思えません』
『興奮して寝られないなんて子供みたいね。寝られなかった理由は、子供っぽくないけれど』
――こいつらボールみたいに投げてやろうか?
俺をマスターとして扱わない人工知能共に苛立っていると、いくら待っても玄関が開かないことに気が付いた。
アンジェの機嫌が悪くなってくる。
「訪ねると伝えているはずだが、一体どうなっている?」
大きな屋敷には、使用人が派遣されているはずだ。
人手が足りずにバタバタしているとは思えない。
「何か問題でも起きたか? ルクシオン、マリエを呼んで来いよ」
『こき使ってくれますね。では――』
ルクシオンが屋敷に侵入しようとすると、何やら玄関の向こう側が騒がしくなってきた。
クレアーレが俺たちに言う。
『みんな、玄関から離れた方がいいわ。ほら、早く』
俺たち三人が玄関から離れると、急にドアが開いてそこから野郎五人が飛び出てきた。
野郎五人を追い出したのは――マリエだった。
「お前ら出てけぇぇぇ!」
玄関で蹴り飛ばされた五人は、ポカーンとした表情でマリエを見上げていた。
「え、何これ?」
朝から一体何をやっているのか?
激怒するマリエは、そのまま屋敷の中に戻っていく。
俺はユリウスに話しかけるのだ。
「お前ら、今度は何をした?」
俺たちに気が付いたユリウスが、少し慌てたように言い訳をはじめる。
「ち、違う。俺たちは何もしていない!」
疑わしい限りだ。
ジルクを見る。
「なら、またガラクタを買って怒られたのか?」
「ガラクタとは失礼な。物の価値が分かっていない人ですね。ですが、アレから私は何も購入していませんよ」
こいつはガラクタに価値を見いだし、高値で購入する詐欺師のカモだ。
だが、違うとなると――。
「お前か、赤」
「髪色で俺たちを呼ぶな! 俺だって何もしていない」
赤――グレッグがふて腐れたように地面にあぐらをかいて座っていた。
次に視線を向けたのはブラッドだ。
「ならお前だ」
「違う! 僕じゃない。僕は何もしていない!」
「本当か? マリエの奴、激怒していたぞ。きっと理由があるはずだ。だが、こいつらが違うとなると――」
最後に視線を向けたのは、クリスだった。
眼鏡の位置を正しつつ、立ち上がったクリスは困惑していた。
「私でもないぞ。本当に何もしていない」
五人が五人とも何もしていないと言う。
本当だろうか?
アンジェもリビアも、叩き出された五人を見て戸惑っている。
そんな微妙な空気が漂う場所にやって来たのは、カイルだった。
「あ、伯爵、お待ちしていました」
少し気怠るそう――というか、疲れた顔をしているカイルが俺たちを屋敷へ招く。
「え? この五人を無視するの? というか、何があったか説明しろよ。アンジェもリビアも困っているだろうが」
カイルは五人をチラリと見てから鼻で笑っていた。
「お、お前! その態度は何だ!」
ユリウスがカイルの態度に怒っているが、話が進まないので我慢してもらう。
「お前らは黙れ。ほら、こいつらが何をしたか言えよ、カイル」
カイルが疲れた顔で言うのだ。
「何もしていませんよ」
「はあ? そんなわけないだろ。こいつらが何かしたから、マリエが怒ったんだろ?」
何をして怒らせたのか――その発想から間違っていた。
俺はこいつらの駄目さをまったく理解していなかった。
「だから、何もしていないから追い出されたんですよ」
「――え?」
◇
話は少し戻る。
それはマリエの屋敷での朝食時のことだった。
「人手が足りなぁぁぁい!」
使節団と一緒に使用人が派遣されては来たが、十分な数を送っては来なかった。
必要最低限の暮らしが出来る人数。
おまけに派遣されてきたばかりで、準備も必要だ。
朝食作りはマリエたちが行うしかなかった。
共和国の学園も夏休みに入り、遅刻を心配しなくて良いのがせめてもの救いだった。
厨房で慌ただしく動き回っているマリエは、カーラが並べたお皿に次々に目玉焼きを載せていく。
カイルも朝食の準備に忙しい。
そこに――。
「うわぁぁぁ!」
――エプロンを着用したエリクが、皿を落として割ってしまった。
「何をしているんですか」
お腹を空かせた野郎共が待っている中、仕事が増えたとカイルが肩を落とした。
カーラは溜息交じりに掃除道具を取りに行く。
エリクが肩を落とし、
「す、すみません」
マリエはそんなエリクに近付くと、指を切っているのを見た。
「治療が先ね」
「て、手伝います」
初日から失敗続きというエリクは、頑張ろうとすれば空回りを越して足を引っ張っていた。
だが、マリエは――。
「駄目よ。血が出たら食事の用意はさせられないわ。カーラに治療してもらったら、あんたは少し休みなさい。朝食の用意が終わったら、後で私が治療するわ」
落ち込むエリクはマリエの言葉に従うのだった。
結果、エリクが手伝ったことで――普段よりも遅れて朝食を食べることになった。
そのため、育ち盛りの五人は朝から苛立っている。
朝食時。
ユリウスはエリクを責めていた。
「まったく、手伝って足を引っ張るとは情けない奴だ」
ジルクも同意している。
「マリエさんの邪魔をして楽しいですか?」
冷たい視線を向けるのはブラッドだ。
「朝食の用意すら出来ないなんて、聖樹の加護がない共和国の貴族は何の役にも立たないね」
眼鏡のレンズを拭いているクリスは、
「同感だ。これでは手伝わない方がマシだな」
グレッグは朝食のパンを食べながら、
「さっさと家に帰るんだな。ここにお前のいる場所はないぜ」
冷たい態度だが、マリエに近付こうとする男だ。
五人の態度も好意的でないのも仕方がない。
仕方がないのだが――。
落ち込んでいるエリクを前に、マリエは立ち上がると五人に向かって、
「エリクはね、朝から手伝ったわ」
マリエの様子が違うことに、ユリウスたちは困惑する。
「マリエ、どうした?」
「いい、エリクは手伝ったのよ。そりゃあ、仕事を増やして朝食の時間を遅らせたわ。それでもね、手伝ってくれたのよ。でも――あんたら、何もしていないじゃない」
ここに来てマリエは気が付いてしまった。
(あれ? どうして私がみんなの面倒を見ないといけないの? そもそも、共同生活なんだから、手伝ってもらうのが普通じゃない?)
「お前ら文句ばかり言って――少しは反省しろぉぉぉ!」
◇
カイルの話を聞いて俺は思ったね。
「お前ら馬鹿だな。何もしていないから怒られるとか」
ゲラゲラ五人を笑ってやると、ユリウスたちが俺を睨んでくる。
「そういうお前はどうなんだ!」
「俺、自活くらい出来るし」
そもそも前世は一人暮らしで、今世は貧乏貴族出身だ。
色々と出来ないと暮らしていけなかった。
悔しそうにしている五人を見ていると、ルクシオンがボソリと。
『ですが、今は何もしていませんけどね。世話をしているのは私ですし』
ルクシオンの言葉を聞いて、カイルが俺を「うわぁ~」とでも言いたげな呆れた顔で見ていた。
「伯爵も人のことは言えませんね」
「お前も馬鹿だな。俺は伯爵だぞ。身の回りの世話をする人間がいても良いんだよ。俺、偉いんだ」
ジルクが悔しそうにしている。
「私たちとそんなに変わらないじゃないですか」
「雲泥の差があると自覚して欲しいね。まぁ、今はルクシオンに任せているけどね」
「それは貴方個人の力ではありませんよね?」
「聞こえないな。それに、何も出来ないお前らと違って、俺は出来るけどしないだけだから」
出来ないのとしないのとでは、大きな違いがあるのだ。
こいつらイケメン共の弱点――それは稼ぎや生活力だ。
いや~、勝てる分野があって良かった。
俺の力じゃなく、ルクシオンの力だけどね。
ブラッドが俺を見ながら、
「君も叩き出されるんじゃないの?」
すると、ここでリビアが話に加わった。
「叩き出すなんてあり得ません! リオンさんが何も出来なくても、私が支えます! 私、炊事洗濯は出来ますし。私がお世話をします! だから大丈夫です」
アンジェも俺に優しい笑顔を向けてくる。
「リオンが何も出来なくても問題ない。その辺りの采配は私たちの仕事だ。その気になれば私が稼いでやる。だから、お前は何も心配しなくて良いからな」
――あ、あれ? 嬉しいけど、もしかして俺って二人のヒモっぽくない?
クレアーレが嬉しそうに言うのだ。
『マスター、愛されてるぅ! けど、これって何だかヒモみたい』
それを聞いて、誰かが「ぷっ」と吹き出した。
「ふ、ふざけるなぁぁぁ! 俺はヒモじゃねー! やってやるよ。こいつらよりマシだって証明してやるよ!」
ユリウスが俺に怒鳴ってくる。
「俺だってお前よりマシだ! 色々と負けているが、全てに負けていられるか。こうなったら勝負だ!」
いいだろう、受けて立ってやる。
この役立たずの五人よりマシだと証明しないと、俺の沽券に関わる。
「はっ! 何も出来ないボンボンが言うじゃないか。吠え面をかくなよ」
ルクシオンが呆れるように呟いた。
『何とも情けない勝負ですね』