クラスアップ
龍刻の砂時計に行くと受付のシスターが兵士に代わっていた。
「ここにいたシスターは?」
「三勇教徒ですから連行しました」
ああ、犯罪者のレッテルを貼っている最中ね。
むかつく奴だったからな。ざまあ。
「それで? クラスアップはどうすれば出来るんだ?」
「まずはクラスアップしたい方を教えてください」
女王の言葉通りにクラスアップさせたい相手……ラフタリアとフィーロを見る。
少し前ではここでクラスアップなんて出来ないと思っていたのに、何が起こるか分からないものだな。
「はーい! フィーロが先にやりたい!」
クラスアップを先にやってみたいとフィーロが手を上げる。
ラフタリアの方を見ると、それで良いと頷かれる。
「じゃあフィーロを先にクラスアップさせるぞ」
「わーい!」
「フィーロちゃん頑張ってー!」
人型のフィーロがトコトコと前に出る。
「では楽な姿勢になり、龍刻の砂時計に触れて意識を集中してください」
「こう?」
フィーロは魔物の姿に戻り、徐に龍刻の砂時計に触れる。
一瞬、フィーロが触れた所から波紋のように砂が輝く。
「ではクラスアップの儀式を行います」
女王の指示で兵士達が砂時計を囲むように立ち、床にある魔方陣のような溝に液体を流し込む。
「あれ? なんか聞こえてくる?」
フィーロが耳を澄ます。
「集中して」
「はーい」
フィーロはゆっくりと目を閉じて、両手を広げる。
砂時計が淡い光を宿し、その光が床の魔方陣を伝う。
その中心にフィーロは立っていて、光が包み始める。
「では、未来の自分の可能性を選んでください」
「あ、何か見えてくるー」
目を閉じたフィーロが呟く。
その時、俺の視界にフィーロをデフォルメしたアイコンが浮かび上がり、ツリーのように変化先が現れた。
「この者は使役された魔物ですよね? イワタニ様がお選びください」
「ああ、そういう事も出来るのか」
視界に様々に派生するフィロリアルの可能性が出現する。
しかし。
「これはフィーロ自らが選ぶ事だ。俺が選んで良いものじゃない」
拒否を選ぶ、すると魔物本体に選ばせますか?
という項目が出るので肯定する。
「わ! なんか一杯見えてきた」
どうやら俺が先に見えるようだな。魔物紋の影響だろうな。
「どれにしようかなー……」
楽しそうにフィーロは目を瞑って自分の可能性を選択する。
俺が決めても良かったが、フィーロの一生はフィーロが決めるものだ。
そうだ。ラフタリアにも言っておこう。
「ラフタリア、フィーロにもしたが、波が終結して俺が元の世界に戻っても大丈夫なように自身に選ばせたい。良いな」
「ナオフミ様が選んだ未来なら何でも良かったのですが……」
「ダメだ」
「……分かりました」
何やら不満そうにラフタリアは呟く。
俺が勝手に決めて、その所為で後悔されるのが一番、俺にはキツイ。
信用しているからこそ、こういうのは自分で選んでもらいたいのだ。
さて、フィーロは何を選ぶかな。
と、思っていると、フィーロの頭に生えているアホ毛が光り輝く。
「え?」
パアアアアっと光が強まりフラッシュした。
一瞬、目が眩んだ。
何度も瞬きしながら、俺はフィーロの方を見る。外見に……大きな変化は無い。ただ、アホ毛が少し豪華になっている。ミニクラウンのような……そんな感じ。
「無事クラスアップが完了したようですね」
「そうか」
ステータスを確認してみる。すると見事に★が無くなっていた。
細かく確認すると、平均的に2倍近く、ステータスが伸びていた。
これはかなり凄いんじゃないか?
「フィーロちゃんすごーい!」
メルティもフィーロが強くなったのを我がことのように喜ぶ。
だが、当のフィーロは何か微妙な顔をしてこちらに歩いてくる。
「あのね……なんか選べなかったの……」
今にも泣きそうな声を絞り出してフィーロは呟く。
「どうした?」
「毒を吐けるようになりたかったのに、なんか勝手にね。選べるどれでもないのが出てきて決まっちゃったの」
「お前の頭の毛が光ったように見えたぞ」
「むー……」
ガックリと落ち込むフィーロをメルティは宥めている。
「じゃあ、次はラフタリアだな」
「は、はい」
なんか嫌な予感がするけど、やらないと始まらない。
ラフタリアもフィーロと同じように砂時計に触れる。
その後、同じように兵士が液体を流して魔法陣が淡く輝いた。
やはり俺の視界にアイコンが浮かぶ。
さて……拒否を押して――。
その時、フィーロのアホ毛が二つに裂けて、一つが俺の視界に飛び込んでくる。
「わ!? なんだ!? 鳥!」
「フィーロじゃない!」
フィーロじゃないだと!? じゃあ、やっぱりこのアホ毛が独立して何かをしているのか!?
ラフタリアは大きく目を開けてコッチを見ている。
「ナオフミ様!?」
俺の視界に溶けたアホ毛が何やら存在しない可能性の区域で一つの可能性の姿を浮かび上がらせる。
その光が俺を通じてラフタリアに飛んでいった。
「キャ!?」
ラフタリアが悲鳴を上げる。
そしてフラッシュした。
もうもうと煙が立ち込める。フィーロとは少し違うな。
煙が晴れる……。
そこにはラフタリアが咳をしながらこちらを見ていた。髪の色が前よりも鮮やかな色に変わっているような気がしなくも無いが……。
「だ、大丈夫か?」
「は、はい。大丈夫ですが……」
何が起こったんだ?
心配しつつ、ラフタリアのステータスを確認する。
……フィーロと同じく、★がなくなり、能力が2倍近く伸びている。
「何になったんだ?」
「それが私にも分かりません。なんか勝手に選ばれたような……凄くいやな予感がしたのですが、問題は無いみたいです」
「そうか、それなら良いのだが……勝手にクラスアップ先を選ばせるなんて何を考えているんだ?」
「誰の事を言っているのです?」
「えっとね。フィーロちゃんの頭の毛はねー」
メルティが身振り手振りでフィロリアルクイーンの話を女王に伝える。
「そうですか、私もフィロリアルの女王に会って見たかったですね」
「そこじゃねえだろ」
女王の趣味ってもしかして伝説の探求か?
イヤイヤ、気にしている状況じゃないだろ。
「なんだろう。状況次第で俺が変態のレッテルを貼られるような不安があったんだが、そんな事は無かったぜ!」
「ええ、私も身体が小さくなってしまう様な気がしましたが、そんな事はありませんでした!」
「ごしゅじんさま達、何言ってるのー?」
何って世界の不条理が発生する様な気がしていただけだが……。
ともあれ、何も無くてよかったよかった。
どうやらやっと運が回ってきたのか、嫌な事が起こらなかったみたいだ。
「……気にするな。それで二人共、調子はどうだ?」
「前より体に力が入るような気がします」
「そうか、それは良かったが……」
「フィロリアルの女王の羽ですか……何があるのか分かりませんが、一度選んでしまったものですからね。変えようが無いですよ」
残念そうに女王は告げる。
「確かにクラスアップ時には特定の道具を使って、特別な変化を加えることができるそうです。おそらくは……良いことがあることを祈っています」
「ああ……」
「能力の伸びはどれくらいでしょうか?」
「平均2倍はいっているな」
「平均2倍!?」
女王が驚いている。
もしかして普通よりも伸びが良いとか。
結果的にフィロリアルクイーンの羽を媒介に使ったからな。伸び率が高いと嬉しいんだが。
「本来は……一つの項目が1.5倍行ったら良い方なのですよ。ともすれば総合的に強くなった事になりますね」
「へーそうだったのか。得ではあるな」
しかし二人は微妙な顔をしている。
気持ちはわからないでもない。
クラスアップ――ゲームではありがちなシステムだが、自分で選べるから良いんだよな。
「まあ……頑張れ」
「うう……何か悲しくなってきました」
「フィーロも」
「元気出して、フィーロちゃん」
何とも微妙なクラスアップはこうして終了した。
「次は契約ですね」
女王は俺に契約内容の書かれた羊皮紙を見せる。
「お読みください」
「ああ……」
契約内容を読む。
1、盾の勇者に被害が及ぶような事態が発生した場合。国は全力で阻止する。
2、国は盾の勇者に協力し、波に対しての準備を整える。
3、盾の勇者に対して様々な優遇を行う。
4、波で戦う以外で盾の勇者に代価を要求しない。
最後に、この契約破棄時、責任を負うのは国のみである。
掻い摘むとこんな感じの契約内容が記載されている。
随分と俺に有利な内容だ。
あぶり出しや、言葉遊び、嘘などが無いのを注意深く何度も確認した。
さすがにやりすぎだとも思うが斜め読みや縦読み、反対読みなども調べたが、特に異常は無い。
「ま、こんな所だろうな」
「では血判をお願いします」
俺はナイフで軽く、自分の指を指し、名前を書いて血を滲ませて羊皮紙に押し付ける。
女王も同じようにし、契約の羊皮紙が魔方陣の上で輝きだした。
そして光が消え去り、女王の手に金色の腕輪として巻きついた。
「違約時には私に罰を与える物です。どうかご理解を」
「分かった。これで正式に援助を受けられるという事か」
「はい」
一安心……ではあるのだが。
「やっぱり人員交換はどうかと思うのだがなぁ……」
「よくお考えください」
納得していなかった俺に対し、女王は答える。
「ん?」
「上手くいけばイワタニ様の人員を補充できるのですよ?」
「ああ……そういう意図があったわけね」
これは俺を含め、勇者にチャンスもあるが、勇者の取り巻きにも同様に存在する機会なのか。
「もはや盾の勇者は悪では無いことを宣言しているのです。従っている勇者に不満を持つ仲間が居ないとも限らないではありませんか」
「とはいえ……初日での対応からすればなぁ……」
俺には一人も来なかったのがまだ恨み節として語れる。
ラフタリアとフィーロは、仮に本人が嫌がっても奴隷として縛っているので奪われる危険性は無いが……。
「イワタニ様はお気づきではありませんでしょうが、他の勇者様方の仲間は変更されております。ですから、試すと言うのも悪くは無いと思っております」
「変更? 誰と誰が?」
「それぞれの勇者様です。性格などの面もありますが……初期とは多少異なるそうです」
そこ等辺良く見ていないからわからん。
なんというのか、アイツ等各勇者の取り巻きというか、地味だからな。
どうしても自己主張してくる勇者共と比べると色が薄いんだよ。
……そういえば元康の所にいたはずの男がいなくなっていたな。
あの時は隠れていて俺達の隙を狙っているとでも思っていたが結局現れなかった。
まあ男としては元康のハーレムパーティーは精神的に地獄だろう。
他にも各勇者の人員が全体的に増えている様な気もする。
あれだな。普通に考えれば旅の途中で仲間になる奴もいるのかもしれない。
冒険者や騎士、魔法使い、果てはある程度才能があれば村人が付いて来る可能性もある。
俺の好きなマンガやラノベでは良くある、燃える展開だ。
なるほどね。俺みたいに奴隷ばかり連れているのは邪道と。
なんとも……。
「……はぁ。分かったよ」
「イワタニ様の人柄なら付き従いたいと思う方もいるかもしれません」
「俺は絶対服従できる奴以外は信頼しないのだが?」
「おや? メルティとは良好な関係が築けていると思いますが?」
女王の言葉にメルティの奴、顔を真っ赤にさせて震えている。
屈辱で堪えているのだろう。
「俺の元以外じゃ死ぬから仕方が無かった。フィーロとは親友だろうが、俺を尊敬なんてしてないだろ」
「う、うん!」
全力で頷かれた。やっぱりメルティも俺を嫌がっていたんだな。
「とてもそうは見えませんが」
「母上!」
なんか女王が微笑ましそうに笑っている。
何がおかしいと言うのだろうか。
「むー……」
ラフタリアは若干不機嫌っぽく頬を膨らませるのを俺は見過ごさなかった。
「どうした?」
「なんでもありません!」
「ん~?」
フィーロと一緒に俺も首を傾げる。
「まあ良いか。やることは済んだし、後は出発だけだな」
龍刻の砂時計のある建物から出て、俺は出発の合図を出す。
「帰ってきたら色々と報奨を用意していますので楽しみにしてください」
「報奨? 何をするんだ?」
「イワタニ様は魔法を覚えるのでしたら水晶玉と書物、どちらがよろしいですか?」
ああ、そういうのもあるのか。
うーむ……他にも頼めば調達してもらえそうだよな。
「水晶玉だと早く習得する事が可能ですが威力に問題があります。書物だと習得に時間は掛かりますがそれだけ威力が出せます」
「そういう効果も……」
魔法書を読んだ時、基礎の基礎にそういえば書かれていたなぁ。
他にも威力を調整したり、消費する魔力を抑えられたりと書物の方が良い部分が多い。
無論、覚える為の時間を考えれば一長一短か。
ゲームではないが、俺達が使える時間は限られている。限られた時間の中で効率的に自身の強化を考えれば敢えて魔法を水晶玉で覚えるのだって悪い選択では無いはずだ。
だが、他の勇者の反応からして、現状この世界の文字を読めるのは俺だけっぽいんだよな。
そのアドバンテージを生かすのは大事かもしれない。
「イワタニ様には水晶玉がよろしいでしょうね」
「いや、少しだけならこの世界の文字も読める。ちゃんと教えられる奴が居るのなら書物が良い」
「分かりました。手配しておきます」
「あと、装備の調達は出来ないか?」
「我が国の武器屋に依頼することは可能ですが……」
そういえば武器屋の親父に顔を出していないなぁ。
良い素材が調達できる環境があるのなら、カルミラ島から帰ってきたら依頼して俺自身が素材を調達するのも良いかもしれない。
「とりあえず、手ごろな素材と武具をある程度用意してくれ、俺は鎧、配下は剣と鎧とツメだ」
「承知しました。では行ってらっしゃいませ」
「ナオフミ、フィーロちゃん、ラフタリアさん、がんばってね! いってらっしゃーい!」
こうして俺達は女王達と別れて、停めておいた馬車に乗り、カルミラ島への船が出る町へと急ぐのだった。
アンケートの結果、大多数の票を稼ぎ、ラフタリアは大人となりました。
よかったね、二人共。試練は起こらなかった。