土下座
「誰が我慢なんてするかボケ!」
「なんて事をしてくれたのよこの悪魔!」
ビッチの顔がものすごく怒りに歪む。
いやぁ爽快。まさかこんな瞬間に立ち会えるとは思いもしなかった。
「ハッハッハ! その顔が見たかったんだよ!」
「貴様ーーーーーーーーーー!」
クズもこれで公私共にクズという名前が定着したな。
「復讐は復讐を生むだけ……我慢すれば良い。とても素晴らしい言葉ですね。アナタが実践しなさいマル……いえ、ビッチ」
「うるさいい! 絶対許さないわ!」
今にも殴りかかろうとするが女王の側近がそれを許さない。
「ああ、ビッチには冒険者としての偽名がありましたね。そちらはどうしましょうか?」
「アバズレ」
「ではこれからその名前を冒険者名として登録しておきます。前の名前では施設も何も使えませんのであしからず」
「殺す! 隙あらば殺してやるわ!」
すげぇ殺意の篭った発言だけど爽快以外の感情が出てこないなぁ。
ざまあ!
「ハッハッハ! やれるものならやってみろ。俺に手を出したらそれこそ死刑だがな!」
「ええ、ですから権利を剥奪したのですよ」
なるほど、仮にも王族が女王によって処刑されると言うのは威信にも響く、だから王族から一度追放したという事実を周知の物にして、問題を起こしたら殺す。何とも効率的だ。好きだぞ、そういうのは。
「いやぁ爽快!」
「さて、後は、イワタニ様に協力してもらうための願いを叶えませんとね」
「何の話だ?」
「今回の出来事の前に、イワタニ様はこのクズに土下座をして懇願しろと言ったそうじゃないですか」
女王は手を叩くと影や騎士がクズとビッチを拘束して無理やり跪かせる。
「ちょっとやめなさいよ! 私を誰だと思っているの――」
「そうじゃ! ワシは――」
「冒険者と将軍ではありませんか」
押さえつけられて文句を言う二人に女王は立場を理解させる。
「土下座させなさい」
「な、女王よ! それは――やめ――ワシは下げん! 下げんぞ、ぬおおおおおおおお!」
「冗談じゃない。なんで私がコイツに土下座なんて、いやああああああ!」
数名で取り囲むようにして無理やりクズとビッチを土下座させて頭を地面にこすり付けさせる。
そして影がそれぞれの隣でうつぶせになり声を出す。
「どうか――」
「ぬおおおおおおおおおおおおおお!」
「あああああああああああああああああああ!」
クズとビッチが大声で妨害を始めた。
「黙らせなさい!」
女王の指示でクズとビッチの口に布が巻かれる。
「ふむうううううううう!」
「むううううううううう!」
全力で暴れる二人だったが多勢に無勢で抵抗ができないようだ。
「どうか、盾の勇者様よ。力を貸してくれ! この通りだ」
「盾の勇者様、この国の為に戦ってください」
すげー似た二人の声真似で言葉が紡がれる。
「これでどうでしょうか」
「どうでしょうかってお前な……」
無理やり土下座させて頼ませるって……見ている側は爽快だけど……。
すげえ爽快だけど、何か俺が求めていた物とちょっと違うんだよな。
「何なら頭を踏みますか?」
「おう!」
まあ、知ったことじゃないけど。
「ナオフミ様!」
俺はラフタリアの声を聞き流してクズとビッチの頭を踏みつける。
ラフタリアは俺に人々が尊敬する勇者であって欲しいと言う願望があるんだろうなぁ。
残念だが俺は庶民派だ。
聖人君子か何かと勘違いしてもらっては困る。ま、土下座している相手の頭を踏むのが庶民派かと言われれば微妙な所か。
だが、ラフタリアには分からないのだ。俺が受けた屈辱はこの程度じゃ納まらない。
だから、これだけは譲れない。
ちなみになんだかんだでラフタリアは結局止めなかった。
ラフタリアもビッチに思う所があったのだろう。
今まで受けてきた苦渋を考えればクズとビッチを擁護する理由が無いからな。当然の結果だ。
「むうううううううううううううううううううううう!」
「ふもおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
屈辱で狂い死ぬんじゃないかってくらいクズとビッチが抑えられているにも関わらず叫ぶ。
未だに抵抗するクズとビッチ。
しばらくしてクズは大人しくなったので拘束が解かれる。
なんか……強姦された女みたいに放心して、何処を見ているのか分からない瞳からツーっと一筋の涙を流している。
そんなに俺に頭を下げることが屈辱だったのか?
ビッチはまだ抵抗している。
「まあ、二人の拷問はこれくらいにしておきますか」
女王が手を上げて指示をする。
「玉座の間からつまみ出しなさい」
「「「は!」」」
二人をそのまま玉座の間から追い出す。
いやぁ。すげえ見物だったな。
振り返ると微妙な顔をしたラフタリアとこれまた渋い顔をしたメルティ、なんか楽しそうなフィーロと……若干俺の株が低下中と評価するのが目に見えて分かる面々がいる。
文句は言わないが、やりすぎだと思っているっぽい。
「とまあ、これだけの罰を与えた所でイワタニ様に協力を要請したいのです」
「まあ……」
これだけの事をしてくれたのなら断るという理由があまり無い。
家族を蔑ろにする奴は信用を置けないと断る事も出来なくは無いが、先にやったのはあいつ等だし。自業自得だろ。
「まず何を話しましょうかね」
「勇者召喚と四聖教、伝説の勇者の話とこの国の歴史、ラフタリアを買った時の手回し、後、お前が来れなかった理由だな」
他にも色々と聞きたい所だが、この辺りだろう。
「そうですね。では伝説の勇者に関する話をしましょうか」
女王は語り始めた。
「私は四聖勇者の伝承は割りと好きですよ。この国とは異なりますが」
「どう異なるんだ?」
「イワタニ様も薄々理解しているかと思いますが?」
女王に聞かれて俺もなんとなく頷く。
「お分かりの通り、というよりもこの国の勇者の物語に盾はございません。厳密には抹消されているのが正しいですかね」
「……そうか」
この世界に召喚される時に読んでいた四聖武器書、あの本には盾の記述が無かった。
俺がこの世界に来ることによって刻まれる物語かと思っていたが、おそらく……あの本はこの国の伝承をそのまま記載していたのだろう。
「省略すると、盾の勇者が行った偉業は人間と亜人の仲を取り持ったとあります。その最中、他の勇者と敵対関係にもなりましたが結果的には和解しています」
なるほど、亜人に味方したという伝承があるから亜人には無条件で信頼されるわけなのか。
「お分かりの通り、我が国は人間絶対主義、亜人の生活は厳しいものであります」
「……ああ」
亜人は奴隷層だというのもこの国に三ヶ月以上居るから知っている。
「そう言った事情があるからシルトヴェルトとは非常に仲が悪く。長い間戦争をしていることが多い国なのです」
亜人絶対主義で人間を奴隷として扱う国、シルトヴェルト。その国とはまさしく水と油か。
確かに思想的に仲良くなんてなれないだろうなぁ。
「さて、イワタニ様ならお分かりでしょうがシルトヴェルトの国教は四聖教から分派し、盾の勇者だけを信仰する盾教です」
「なんとなくは察していたが、やはりそうか」
「ええ……さて、三勇教とはどのように生まれたのか……イワタニ様なら分かるかと思われます」
水と油のメルロマルクとシルトヴェルト。それぞれが四聖教から分派し、三勇教と盾教と分かれた。
女王の話では長いこと戦争をしている。
という事は……。
「俺は敵地真っ只中に召喚されたという事か」
なるほど、それなら頷ける。
敵の聖人を勇者として丁重に扱うという事は、相当、人間が出来ていないと出来る問題じゃない。
三勇教の聖典辺りには盾の勇者が行ったとされる悪逆非道の行いが書かれているのだろう。
俺の世界の宗教だって似た様なものだ。敵対する宗教の神は悪魔。
よくある話だな。
クズが俺を目の敵にしているのは実際の戦場でシルトヴェルトと争っていた所為か……?
「で、話は戻ります。波が真実だと明らかになり、世界各国で会議となりました。お題は勇者召喚です」
波の直後、別の国で会議をしていた女王はメルロマルク国の代表として、世界会議に出席し、4番目に勇者召喚を行うと決めた。
伝説の勇者の伝承が息づく大国、フォーブレイで勇者召喚がその日、行われる。
何人召喚されるか分からない。けれど、仮に成功すればそれだけで他の国を大きくリードすることができる。
しかし、四聖の勇者は召喚に応じることが無かったというのだ。
それもそのはず、調査の結果、聖遺物が偽物に摩り替えられており、よりにもよってメルロマルク国で四聖の勇者が召喚されているという情報が舞い込む始末。
女王も初耳だったという。何処をどうしたら世界中で決めた順番を無視し、しかも聖遺物をすり替えてまで召喚をするというのか。
「長い調査の結果、全ては三勇教の暴走だと言うのが明らかになりましたが、それまでの私の奮闘は割愛しましょう」
「同情だけはしてやる」
「ありがとうございます」
「その聖遺物の破片とは何なんだ?」
「勇者を召喚する為に使われた一見するとタダの金属片です。何なのかと言われても……分かりかねます」
「つまり、他の国の連中が居る中で聖遺物の破片を使って召喚するわけか」
「ええ……」
失敗したら他の国へ聖遺物の破片は移されて、成功するまで召喚か。
「そして大事な問題なのですが、四聖勇者の召喚によって、事の重大さを測ると言う物でもあります」
「……四人召喚されたぞ?」
「ええ……ですから問題は最重要項目となったのです」
「それだけの大問題なのに、何で他の国はこの国を責めなかったんだ?」
「私の交渉の末……だけではありませんね。これはイワタニ様や他の勇者の方々が大きく関わってきます。他の話をしてからが良いでしょう」
「じゃあ何で三勇教は潰される直前まで俺を殺さなかったんだ?」
「それこそ、戦争を回避する為にやむなく、三勇教は生かしていたのですよ。出来れば波で死んで欲しい……でしょう」
なるほど、世界中を敵に回して生き残れるほどの確信が三勇教にも無かったという事か。
「他の勇者が育つのを待っていた?」
「というのもあるでしょうね」
足早に俺を殺せば戦争だ。となると嘘八百で三勇者を完全に騙したとしても消されるかもしれないと懸念したのか。
「勇者様たちは少々……言っては何ですが後先考えない所がありますので」
「まあ、そうだろうな」
未だにゲーム感覚が抜けない連中だ。騙されていたという目に見える悪しか断罪しようとしないし、味方を疑わない。
「もちろん、こちらも行動に出たのですよ。特にイワタニ様には各国から勧誘が大量に舞い込みました。私も当時は勇者の贈与を条件に目を瞑って貰おうとしていたくらいです。ですが断りましたよね」
「何!?」
サラッと何を言ってんだ?
「身に覚えがありませんか? 召喚されて三日か……数日の事だったと思うのですが」
「は?」