第三の厄災
今日は武器屋の親父に頼んだ防具が出来る日だ。
店が開店する時間になると顔を出す。
「お、アンちゃん。朝一か」
「まあな、どうだ? 出来たか?」
「おうよ。所で、アンちゃんの鍋が凄く話題になっているんだが、何故か俺が作ったことになってるぞ」
「知らん。噂を広めている奴をとっちめろ」
「アンちゃんには敵わねえな……」
親父は店の奥から俺の防具を持ってきた。
キメラとドラゴンの骨をバラバラに砕いて作られたボーンメイル……では無く、ライダースーツにパンクなファッションとして骨が縫いついている。そんな感じだ。
世紀末の雑魚マークⅡって衣装。
ちなみにライダースーツは正式にはライディングウェアやレーシングスーツと言うのは蛇足か。
「親父、お前は俺をそんなに盗賊のボスにしたいのか?」
元々の素材に蛮族の鎧が使われている所為かもしれないが、方向性をどうにかしてくれ。
「あ? 何言ってんだアンちゃん?」
これを着るのか……ファンタジーの世界なのになんでこうも俺が着る装備は昭和臭のするものばかりなんだ。
一応、性能を確認する。
「ちなみにこれはなんて鎧なんだ?」
「もうオーダーメイドが進みすぎてなんだか分からねえな、蛮族の鎧+1で良いだろ」
「これは+1では済まない改造だと思うぞ。腐竜の皮とかが別の服を連想させるというかなんていうか」
デザインさえ変わっているし。
前はデニムっぽい世紀末の雑魚だったが、腐竜の皮の黒い光沢がラバーっぽいというか。
申し訳程度に胸周りだけ金属製。
なんていうの? バイクにでも乗れって言う服装だ。
この世界にはバイクが無いからフィーロに跨って爆走する感じ? やめてくれ!
蛮族の鎧+1?
防御力アップ 衝撃耐性(中) 火炎耐性(大) 闇耐性(大) HP回復(微弱) 魔力上昇(中)
魔力防御加工 自動修復機能
これまた色々と耐性が付いてやがる。
自動修復って……字だけで性能が理解できるな。破けても直るんだろうなぁ……。
これだけ性能が高いとずっと、この……鎧とは呼びたくない服を着続けることになりそうだ。
「なんだ? アンちゃんはこの鎧を別の所で見たことあるのか?」
「俺がこの世界の人間じゃないのは知っているだろ? 俺の世界だと……この世界で言う馬とかフィロリアルより早い物に乗るときに着る服に似てんだよ」
「じゃあごしゅじんさまはこの格好でフィーロの上に乗ってくれるんだ!」
メチャクチャフィーロが目を輝かせて俺を見つめてくる。
「アンちゃん。鳥の嬢ちゃんが言うと卑猥に聞こえるな」
半眼で親父が呆れ気味に呟く。
「うるさい!」
武器屋の親父、防具を作る時に俺への最大限の嫌がらせをしているんじゃないのか?
「どうした? アンちゃん」
……違うだろうなぁ。なんていうか悪意がまったく無い。
「ま、まあ。受け取っておく」
ラフタリアは俺の格好をカッコいいとか言いやがるし。
町を歩くと浮くんだよなぁ……この服。
……もはや鎧ではなく服だ。非常に悲しい。
とまあ、波までの準備は問題なく終わった。
ラフタリアの黒い痣も強力な聖水を毎日使ったお陰で完治。どうにか治ったので胸を撫で下ろした。
傷の治りが悪くなる効果があるらしいからなぁ。出来る限り早く治って欲しかったのだ。
ラフタリアとフィーロにはそれぞれアクセサリは当日に完成した。
「じゃあ要望のアクセサリーだぞ」
「はーい!」
「はい」
「まずはラフタリア」
俺はラフタリアに翡翠のブレスレットを渡す。
「ありがとうございます」
「付与効果は魔力上昇(小)だ。装備している鎧の魔力防御加工によって低下した魔力を若干補う事が出来る」
「大切にしますね」
「本当にそんなので良いのか? もっと見た目重視のシャレた奴だって作れるぞ?」
「何を言っているんですか。そんな物で着飾る余裕がどこにあるのです?」
うーむ。
本人がそう思うのならしょうがない。
「次にフィーロ」
俺はフィーロに琥珀のヘアピンを渡す。
若干、細工に力を入れて、魔物時のフィーロにも似合うように羽毛で挟むと羽飾りっぽくなるようにしてある。
「付与効果は敏捷上昇(小)だ」
「ごしゅじんさまありがとう」
「手元の素材じゃそれが限界だった。また必要になったら作るから我慢してくれ」
「問題ありません。このアクセサリーの性能を最大限に引き出して見せます」
「うん! フィーロも頑張る!」
「期待している」
俺達は時間に合わせて準備をしていた。志願した奴とも若干の打ち合わせをしたし、準備は万端だ。
波との戦いは既にフィーロに話している。最初こそ波とは何なのだろうかと疑問を浮かべていたフィーロだったが解決させないといけない事なのだと理解させた。
薬も揃えてある。馬車は……壊れていて、新しいのもまだ出来ていないので、荷車を代わりに引かせた。
どうせ俺は波で、他の勇者共とは違って近隣の町や村を守るのが役目だ。そもそも参加する必要すらないのだが、下手に参加しないでいたら何を言われて処分されるか分かったものじゃないからな。
00:05
後5分。
転送されたらどの辺りに飛んだのかを察知して、志願兵へ指示を出そう。
盾はキメラヴァイパーシールドにして……。
00:00
時間になった!
世界中に響くガラスを割る様な大きな音が木霊する。
次の瞬間、フッと景色が一瞬にして変わった。
俺達は冷静に辺りを見渡す。
「ここは……」
うん。確か病に苦しんでいる老婆に薬を持っていこうとしていた男の住む村の近くだ。
城下町からだと、どんなに早くても一日半は掛かるだろう。
空を見るとやはりワインレッドのような色で亀裂が走っている。
「盾の勇者様!」
志願兵たちも召喚され、俺の方へ駆け寄ってくる。
そして俺は他の3人の勇者とその――。
「フィーロ! 槍を蹴って亀裂に向おうとする奴等にぶつけろ。加減はしろよ」
「はーい!」
俺の指示通りにツメを脱いでフィーロは駆ける!
そして猪突猛進と表現するのが正しい連中に追いついた。
「え――?」
槍は振り返ると同時にフィーロに蹴られて他の連中へぶつけられる。
「「「わあああああああああああああああ!」」」
ボーリングのように盛大に吹き飛んだ連中に俺達は近づいた。クソ女も吹っ飛んで気分が良い。
加減したフィーロの蹴りによって大してダメージは負っていない。
「な、何をするんだ!」
槍が騒いで俺達に弾劾する。
俺は槍を無視して、剣と弓を睨みつけた。
「それはこっちの台詞だ馬鹿共!」
「いきなりなんだ!?」
「そうです! 僕達は波から湧き出る敵を倒さねばいけないのですよ!」
俺は馬鹿勇者共に怒りを通り越して呆れていた。
「まずは話を聞け、敵を倒しに行くのはその後だ」
俺は視線で志願兵たちに近隣の村へ向うように指示する。
頷いた志願兵たちは俺の命令通りに村へ駆け出した。
「さては……僕達への妨害工作ですね!」
「違う!」
俺の一喝に樹がビックリして目をパチクリさせる。
「落ち着け、そして考えろ。俺は援助金を貰えないから波の本体とは戦わない。精々近隣の町や村を守るのが仕事だ。そこは理解したか?」
「ああ」
「勇者としては失格ですね」
「そうだそうだ!」
それぞれの取り巻きも俺に野次を飛ばしてくる。
「次にお前達。波の大本から湧き出る敵の撃破が仕事だ。大物を倒せば波は収まるのか、亀裂に攻撃をするのかはやってないから知らない」
「ボスとリンクしているのですよ!」
樹の奴がムキになって答える。
そんな事はどうでも良いな。
「だけどな、俺達にはそれ以外に重要な仕事があるの……分かってない?」
「なんだ?」
錬の奴も理解していなかったのか。というかこの世界はお前の知るゲームと酷似しているのだろう?
なんで分からないのか。あれだけ嫌味を含んで言ったと言うのに。
「あのな、騎士団はどうしたんだよ!」
俺の声に三人の勇者は目を強く瞑った。
「そんなものは後から来る」
見せ付けるかのように上に照明弾のような魔法が上がっている。
「ここは城下町から馬やフィロリアルで一日半の距離があるんだぞ! 間に合うかボケ!」
「じゃ、じゃあどうすれば良いんだよ!」
「情報通のお前等が言うのか!?」
俺は村の方へ駆けて行く志願兵たちを指差す。
「そういえば……あの方々はどうやって一緒に転送を?」
「……本気で言っている? 編隊機能……知らないのか?」
「仲間ですか? 何時の間にか大量に勧誘したんですね」
「違う……編隊で一人を下位のリーダーに指名してパーティーを作らせているんだよ。で、一斉転送させた訳」
もしかして……コイツ等。波の知識とか無いのか?
「とりあえず確認だ。誰か、波での戦いについて、ヘルプなどの確認を行ったもの」
……誰も手をあげやしねえ。
「熟知しているゲームのヘルプやチュートリアルを見る必要なんてねえだろ?」
「そうだ。俺達はこの世界を熟知している」
「ええ、ですから早く波を抑えることを最優先にしましょう!」
「じゃあ波の戦いはお前等……他のゲームでなんて言う?」
「は?」
「何のことだ?」
「それよりも早く行きましょう!」
俺の質問を無視して樹は走っていきやがった。
「元康、お前は俺の質問の意味がわかるだろ?」
「まあ……インスタントダンジョン?」
ちげえ……。
「違う。タイムアタックウェーブだろ?」
錬……それも違う。
「ギルド戦、またはチーム戦、もしくは大規模戦闘だよ!」
俺が元々居た世界でやっていたゲームはプレイヤー同士で週に一回程のプレイヤー同士の大きなイベントがあった。
編隊のシステムを使うとなると勇者だけでは対応できる相手を超えてしまうという事が予想される。
現に前回の波の時も騎士団が間に合わなかったら俺は後退して、もっと被害を出していただろう。
「……お前等、完全に理解していても大きなギルドの運営をしたことがないんじゃないか?」
こう言うのは連携が最優先される。
もちろん、エースプレイヤーである勇者が筆頭に立つのは前提だ。
だけど、他の守らねばいけない対象への被害を最小限に抑える為にはこの世界の住人に協力してもらわねばいけない。
それが理解できていないと言うのは幾らなんでもおかしい。
「俺はチームの運営をしていたぞ」
元康の奴が答える。
視線は魔物の姿のフィーロに釘付けだ。蹴られたくないのだろう。
「じゃあなんで理解できない」
「必要無いだろ」
「はぁ!?」
「どうにかなるもんさ」
はぁ……これは秘書的な、サブマスター辺りに丸投げしていたな。
「俺はそういうのに興味が無かった」
錬の奴……確かにこういうタイプってギルド戦以前に人と話すのが苦手だよな。
クールを装っているし。
そんな奴が大規模ギルドのマスターとか言われたらどう成り立っているのか知りたくなる。
「とにかく、今回は俺達がどうにか頑張ってみるが、次はちゃんと騎士団と連携を取れよ!」
俺がシッシと早く波の大本へ向うように追い払う。
錬も元康も俺への不快感を隠さずに走り去っていく。
コラ、道に唾を吐くんじゃない!
「という訳だ。俺達も近隣の村へ行くぞ!」
「はーい!」
荷車に乗り、俺とラフタリアは近隣の村へ急いだ。
「アチャー!」
村に到着すると波から湧いて出た。黒いコンドルみたいな奴と黒い影の狼、あとゴブリンのような奴とリザードマンみたいのが居る。
だた、亜人みたいな奴は造型が一定しないようで、なんていうか影っぽい。
それぞれ、ダークコンドル、ブラックウルフ、ゴブリンアサルトシャドウ、リザードマンシャドウと揺らぎながら名前が表示されている。
そしてハッキリと、名前の欄に『次元ノ』が追加された。
亜人種に近い、シャドウと名の付く魔物は倒すと幽霊の様に消える。
なんとも不気味な奴等だ。
前回の波とまるで魔物の種類が違うし、法則の様な物は無いのか?
ともあれ、面倒な事は全部あいつ等に任せよう。
でだ。
「アチョー!」
先ほどから妙な叫び声を出しているのは俺が薬を飲ませた老婆。クワを片手に善戦している。
志願兵達も老婆の姿に困惑している。
「あ、聖人様! あのせつはどうも! アチョー!」
老婆は俺に一礼するなり波から湧き出た魔物にクワで一撃を加える。
結構強く、老婆を中心に魔物の死骸がかなり転がっていた。
「ほら、お前もお礼を言い」
「あ、はい。ありがとうございました」
老婆の息子も相変わらずのようで俺に頭を下げる。
「とりあえず、波から敵が湧き出てくるので避難してください」
志願兵達は村人の避難誘導を行っている。その合間に敵の殲滅も行っているが、かなり厳しそうだ。
俺達も敵の討伐に加わる。
「アチョー!」
老婆が軽快に敵を屠って行っている。
これが一ヶ月くらい前に死にそうだった奴の動きか?
「聖人様のご加護で昔の強さが戻りました。ハッハ!」
老婆の息子に目を向けると恥ずかしそうに息子も精一杯戦っている。
しかし親よりは芳しくはない。志願兵と一緒にいて、やっと戦えているような状態だ。
老婆には匹敵していない。
「これでもわしゃあ昔冒険者をやっていて名を馳せていたんじゃ。今は年齢と同じLvでしてのう! アチャー!」
「ババア無茶すんな!」
一騎当千というか、この中でもかなり強いんじゃないか?
俺が敵の攻撃を止めている最中にゴスゴスとフィーロに匹敵する勢いで敵を仕留めていく。
頼りになるのは良いとして、戦いが終わったら電池が切れるみたいに死にそうで怖い。
「俺はババアに何を飲ませたんだ?」
「さあ……」
俺の問いにラフタリアも呆然としてババアを見る。
後であのババアの息子を問い詰めるとしよう。
ともかく今は怪我人の治療だ。
「怪我をしたものは荷車の方へ、それ以外は防衛線から最優先で安全な所へ下がれ」
俺も指示を出しながら余裕があったら怪我人の治療を行う。
「アチョー! 聖人様、中々の曲者が混じっておりますぞ」
見ると次元ノリザードマンシャドウの中にかなり大きな個体が混じっていた。他の固体の倍くらいの大きさだ。
「ラフタリア、フィーロ、俺達もアイツを仕留めるぞ」
志願兵達では荷が重い。
「はい!」
「はーい!」
大物へと走り出す。
次元ノリザードマンシャドウの黒く大きな剣が振りかざされる。
俺は一番前に出て盾を構える。
ガインと大きな音がして、火花が散る。
蛇の毒牙(中)が発動して敵に毒を与える。
しかし効果が薄い。やはりこの手の爬虫類っぽい敵には薄いか。
だが、俺の目的は毒にさせることではない。
「えりゃああああああああああああ!」
ラフタリアが次元ノリザードマンシャドウの腹部に剣を突き刺して怯ませ。
「でりゃあああああああああああ!」
ツメを履いたフィーロの一撃で次元ノリザードマンシャドウの顔が消し飛ぶ。
バタンと仰向けに倒れる次元ノリザードマンシャドウ。
「すごい……」
志願兵が言葉を漏らす。
「よし! お前達は少しでも被害を抑える為に近隣の村へ救助に向え」
この村はババアと志願兵6名、さらに駐在していた冒険者がいれば被害を抑えられそうだ。
まだこの近隣には他にも村がある。一刻も早く、そっちにも向わねば危ないだろう。
「薬の類は少し置いていく、乗り心地は最悪だが、次へ向うぞ!」
俺の指示に荷車に志願兵が乗り込む。
「行け!」
「らじゃー!」
フィーロは重くなった荷車を引いて、爆走を開始した。
次の村に到着した時、志願兵がかなり苦しそうにしていたが気にしている状態ではない。
先ほどよりも被害の多そうな村だ。
家は焼かれ、村人にも被害が及んでいる。
「急いで救助に向うぞ!」
「は、はい!」
波から湧き出る魔物を屠りながら、俺達は波が終わるのを待ち続けた。
「……遅い!」
あれから3時間経過していた。
近隣の村への対処も辛うじて終わり、今は波から無限に湧き出す魔物の対応に追われている。
避難誘導は進み、村人達の死傷者は出来る限り少なく済んだ。
だけど、避難している先に攻められたら目も当てられない。そんな攻防がまだ続いている。
幾らなんでも遅すぎだろう。
あの勇者共、何時まで掛かっていやがる。
「勇者様、ここは僕達に任せて、他の勇者様の援護に向われては?」
俺に一緒に戦いたいと話しかけてきた少年兵が進言する。
「行く意味はないんだがなぁ……」
波の大本を倒すのが奴等の仕事だった訳だし、そっちまで行って文句を言われるのもな。
「ですが……」
志願兵たちの顔色も大分悪い。3時間という長い間断続的に続く敵の攻撃にさすがにスタミナが切れているのだ。
俺だって大分疲れている。それはラフタリアやフィーロだって同じ……。
「アハハハー!」
フィーロが次元ノゴブリンアサルトシャドウを蹴り飛ばして笑っている。
うん。フィーロはまだ大丈夫だ。スタミナの塊みたいな奴だし。
「任せられるか?」
「お任せください!」
まだ余裕がありそうだ。
「じゃあ言葉に甘えて様子を見てくる。頼んだぞ」
「はい!」
「ラフタリア、フィーロ、行くぞ!」
「了解です」
「はーい!」
俺達は志願兵と冒険者に近隣の村を任せ、フィーロに乗って波の大本へ向うのだった。