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盾の勇者の成り上がり  作者: アネコユサギ
盾の勇者の成り上がり
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聞きたかった言葉

「何が勝ちだ、卑怯者!」


 一対一の決闘に横槍が入ったじゃねえか!


「何の事を言ってやがる。お前が俺の力を抑えきれずに立ち上がらせたのが敗因だろ!」


 ……本気で言ってんのか、この野郎?

 何が勇者だ! 何が勇者に奴隷は許されないだ!

 出来レースすら満足に全うできないクズが勇者気取ってんじゃねーよ!


「お前の仲間が決闘に水を差したんだよ! だから俺はよろめいたんだ!」

「ハッ! 嘘吐きが負け犬の遠吠えか?」

「ちげえよ! 卑怯者!」


 俺の言い分を無視した卑怯者、元康は勝ち誇った態度で見下してくる。

 本当に、横槍が入ったんだ。なのに……この野郎は!


「そうなのか?」


 観衆に元康は目を向ける。

 だけど観衆はその事実に気付いているのかいないのか……沈黙が支配する。


「罪人の勇者の言葉など信じる必要は無い。槍の勇者よ! そなたの勝利だ!」


 この野郎! 言うに事欠いて、主催者である王様が堂々と宣言した。

 さすがに周りの連中は若干思うところもあったのだろう。目が泳いで何かを言いたげにしている。だが、ここで一番の権力者である王様が断言してしまえば覆せる奴なんて居ない。

 それこそ王様によって抹殺されかねないのだろう。

 ここは独裁国家かってんだ!


「さすがですわ、モトヤス様!」


 事の元凶であるクソ女が白々しく元康に駆け寄る。そして城の魔法使いが元康だけに回復魔法を施し、怪我を治す。

 俺には掛けるつもりもないようだ。


「ふむ、さすがは我が娘、マルティの選んだ勇者だ」


 と、王様はマインの肩に手を乗せる。


「な、んだとっ……!?」


 マインが王様の娘!?


「いやぁ……俺もあの時は驚いたよ。マインが王女様だなんて、偽名を使って潜り込んでたんだな」

「はい……世界平和の為に立候補したんですよ♪」


 ……そうか、そういう事だったのか。

 いくらなんでも被害者の証言だけで俺が犯罪者のレッテルを貼られるなんて変だと思っていたんだ。

 なるほど……お忍びの王女様がお気に入りの勇者の一番になる為に、勇者の中で一番劣る俺を生贄にして、金を騙し取り、その父親はバカ娘のワガママを寛容に許し、証拠をでっちあげて冤罪を被せる。

 そうして犯罪者から王女を救った勇者である元康は、お忍びの王女と結果的に仲良くなり、他の女性よりも関係が深まる。


 ここで最初の支度金が俺だけ多かったのも説明が付く。

 つまり王女は良い装備を合法的に手に入れ、お気に入りの勇者である元康を優遇する。

 最初から他の冒険者よりも遥かに高価な装備を付けていたら、元康だっておかしいと思って距離を置くはずだ。

 どこまで計算されているのかは、もはや本人に直接尋ねる他ないが、ここまでする奴等だ、絶対に証拠を残したりはしないはず。要するに、後に残るのは犯罪者で役立たずの盾の勇者と、王女を華麗に救った槍の勇者だけ。


 芋蔓式に出てくる推理。

 ダメージこそ受けなかったが、俺をよろめかせる程高威力のウイングブロウを放てるのは、それだけ育ちが良い証拠に他ならない。つまりこの国の王女である、偽らざる証。

 出来レースを開催した挙句、横槍の異議を無理矢理封殺したのは、そんな裏があった訳か。

 そりゃあ娘が決闘の邪魔をしたら、娘のお気に入りである元康を庇うよな。


 だとすると元康が俺と決闘するのも最初から仕組まれていたと見るべきだ。

 ……なに、簡単だ。あの女好きの元康の耳元でこう囁くだけでいい。


『あの女の子は盾の勇者に無理矢理隷属させられている奴隷ですわ。今すぐ助けてあげてください』


 未来の夫の評価と優しい自分を同時に手に入れる最大の機会だ。ここまでするあいつ等が、このチャンスを見逃さないはずがない。

 最終的に元康が王女と結婚すれば、犯罪者から奴隷の少女を救った英雄譚の完成だ。

 英雄の伝説は、悪が強大であればある程、英雄が際立つ。

 後々の人民には同じ力を持った悪い勇者を倒した伝説の英雄と、その妻の名が永遠に語り継がれるという訳だ。

 クソッ! なんてクズな王とビッチな王女なんだ!


 いや、待てよ……王女が、ビッチ……?


 このフレーズ、どこかで聞いた覚えがある。

 どこだ? 一体どこでそんな話を聞いた。

 ……思い出した。四聖武器書を読んだ時だ。

 あの本の王女はどの勇者にも色目を使うビッチだった。

 仮にクソ勇者共と同じく、俺が図書館で読んだ四聖武器書が、この世界となんらかの関わりがあるのならば、王女がビッチである理由にも納得が行く。


 身体の底から沸騰するような怒りが全身を駆け巡る。


 ドクン……。


 盾から、何か……鼓動を感じた。


 カースシリーズ

 ――の盾の条件が解放されました。


 心の底から溢れるドス黒い感情が盾を侵食して、視界が歪む。


「さあ、モトヤス殿、盾の勇者が使役していた奴隷が待っていますぞ」


 人垣が割れ、ラフタリアが国の魔法使いによって奴隷の呪いを、今まさに解かれようとしていた。

 魔法使いが持ってきた杯から液体が零れ、ラフタリアの胸に刻まれている奴隷紋に染み込む。

 すると俺の視界に映っていた奴隷のアイコンが明滅して消え去る。

 これで正式に、ラフタリアは俺の奴隷ではなくなってしまった。

 腹の底に蠢く、黒い感情が心を支配していくのを感じる。

 この世界では俺をあざ笑い、嘲り、そして苦しむ様を喜ぶようにしか見えなくなってきた。

 そう、もう俺の視界には……黒い笑みを浮かべる影しか見えなくなりつつある。


「ラフタリアちゃん!」


 元康がラフタリアの方へ駆け寄る。

 口に巻かれた布を外されたラフタリアが近付いてくる元康に向けて言葉を、涙を流しながら元康の頬を……。


 ――叩いた。


「この……卑怯者!」

「……え?」


 叩かれた元康が呆気に取られたような顔をする。


「卑怯な手を使う事も許せませんが、私が何時、助けてくださいなんて頼みましたか!?」

「で、でもラフタリアちゃんはアイツに酷使されていたんだろ?」

「ナオフミ様は何時だって私に出来ない事はさせませんでした! 私自身が怯えて、嫌がった時だけ戦うように呪いを使っただけです!」


 俺の意識は薄く、何を言っているのか良く聞こえない。

 いや、聞こえてはいる。

 だけど、もう誰の言葉も聞きたくない。

 こんな場所から早く逃げたい。

 元の世界に帰りたい。


「それがダメなんだろ!」

「ナオフミ様は魔物を倒すことができないんです。なら誰かが倒すしかないじゃないですか!」

「君がする必要が無い! アイツにボロボロになるまで使われるぞ!」

「ナオフミ様は今まで一度だって私を魔物の攻撃で怪我を負わせた事はありません! 疲れたら休ませてくれます!」

「い、いや……アイツはそんな思いやりのあるような奴じゃ……」

「……アナタは小汚い、病を患ったボロボロの奴隷に手を差し伸べたりしますか?」

「え?」

「ナオフミ様は私の為に様々な事をしてくださいました。食べたいと思った物を食べさせてくださいました。咳で苦しむ私に身を切る思いで貴重な薬を分け与えてくださいました。アナタにそれができますか?」

「で、できる!」

「なら、アナタの隣に私ではない奴隷がいるはずです!」

「!?」


 ラフタリアがなんか……俺の方へ駆け寄ってくる。


「く、来るな!」


 ここは……地獄だ。

 悪意で作り上げられた世界。

 女は、いや、この世界の奴等の全てが俺を蔑み、苦しむように責め立てる。

 触ったらまた嫌な思いをする。

 ラフタリアはそんな俺の態度に再度、元康を睨む。


「噂を聞きました……ナオフミ様が仲間に無理やり関係を迫った、最低な勇者だという話を」

「あ、ああ。そいつは性犯罪者だ! 君だって性奴隷にされていたんだから分かるだろう」

「なんでそうなるんですか! ナオフミ様は一度だって私に迫った事なんて無いんですからね!」


 そしてラフタリアは俺の手を掴んだ。


「は、放せ!」

「ナオフミ様……私はどうしたら、アナタに信頼して頂けるのですか?」

「手を放せ!」


 世界中の人の全てが俺を謂れの無い罪で責め立てるんだ!


「俺はやってない!」


 ふわ……。

 激高する俺に、何かが覆いかぶさる。


「どうか怒りを静めてくださいナオフミ様。どうか、アナタに信じていただく為に耳をお貸しください」

「……え?」

「逆らえない奴隷しか信じられませんか? ならこれから私達が出会ったあの場所に行って呪いを掛けてください」

「う、嘘だ。そう言ってまた騙すつもりなんだ!」


 なんだ。俺の心に無理やり入って来る。この声はなんだ!


「私は何があろうとも、ナオフミ様を信じております」

「黙れ! また、お前達は俺に罪を着せるつもりなんだ!」

「……私は、ナオフミ様が噂のように誰かに関係を強要したとは思っていません。アナタはそんな事をするような人ではありません」


 この世界に来て……初めて、聞きたかった言葉が聞こえた。

 ふわりと視界を覆う黒い影が散っていくような気がする。

 人肌の優しさが伝わってきた。


「世界中の全てがナオフミ様がやったと責め立てようとも、私は違うと……何度だって、ナオフミ様はそんな事をやっていないと言います」


 顔を上げるとそこには今まで俺の瞳に映っていた少女ではなく、17歳くらいの女の子がいた。

 その顔立ちは何処と無くラフタリアを彷彿とさせるが、比べるのも失礼だと思うくらい可愛らしい少女。

 汚れてくすんだ色をしていた髪が綺麗に整っており、カサカサだった皮膚は健康的な物に変わっている。

 ガリガリで骨が見えていた様な身体もしっかりと肉が付いて、外見相応な、元気な姿。

 何よりも俺を見つめる瞳が、濁った、何もかもを諦めた色ではなく、強い意志が篭っている。

 俺はこんな女の子を知らない。


「ナオフミ様、これから私に呪いを掛けてもらいに行きましょう」

「だ、だれ?」

「え? 何を言っているんですか。私ですよ、ラフタリアです」

「いやいやいや、ラフタリアは幼い子供だろ?」


 ラフタリアを自称する。俺を信じると言ってくれた女の子が困ったように首を傾げる。


「まったく、ナオフミ様は相変わらず私を子供扱いするんですね」


 声は……確かに聞き覚えのあるラフタリアの声だ。

 だけど、姿がまったく違う。

 いやいやいや、幾らなんでも、仮にラフタリアだとしてもおかしいだろ。


「ナオフミ様、この際だから言いますね」

「何?」

「亜人はですね。幼い時にLvをあげると比例して肉体が最も効率の良いように急成長するんです」

「へ?」

「亜人は人間じゃない。魔物と同じだと断罪される理由がここにあるんですよ」


 恥ずかしそうにラフタリアを自称する女の子は続ける。


「確かに私は……その、精神的にはまだ子供ですけれど、体は殆ど大人になってしまいました」


 そしてラフタリアはまた俺を……その良く見ると豊満な胸に顔を埋めさせて告げる。


「どうか、信じてください。私は、ナオフミ様が何も罪を犯していないと確信しています。貴重な薬を分け与え、私の命を救い、生きる術と戦い方を教えてくださった偉大なる盾の勇者様……私はアナタの剣、例えどんな苦行の道であろうとも付き従います」


 それは……ずっと、誰かに言ってもらいたかった言葉。

 ラフタリアが俺と一緒に戦う事を誓ってから、ずっと言い続けている言葉。


「どうか、信じられないのなら、私を奴隷にでも何にでもしてください。しがみ付いてだって絶対に付いていきますから」

「くっ……う……うう……」


 この世界に来て、初めての優しい言葉に無意識に嗚咽が漏れる。

 泣いてはダメだと意識でどうにかしようと思うのに、涙が溢れて止まらない。


「ううう……うううううううううう」


 ラフタリアに抱きつくような形で俺は泣き出してしまった。


「さっきの決闘……元康、お前の反則負けだ」

「はぁ!?」


 錬と樹が人混みの間から現れて告げる。


「上からはっきり見えていたぞ、お前の仲間が尚文に向けて風の魔法を撃つ所が」

「いや、だって……みんなが違うって」

「王様に黙らされているんですよ。目を見てわかりませんか?」

「……そうなのか?」


 元康が観衆に視線を向けるとみんな顔を逸らす。


「でもコイツは魔物を俺に」

「攻撃力が無いんだ。それくらいは認めてやれよ」


 今更、正義面で錬は元康を糾弾する。


「だけど……コイツ! 俺の顔と股間を集中狙いして――」

「勝てる見込みの無い戦いを要求したのですから、最大限の嫌がらせだったのでしょう。それくらいは許してあげましょうよ」


 樹の提案に元康は不愉快ながらも、諦めたかのように肩の力を解く。


「今回の戦いはどうやらお前に非があるみたいだからな、諦めろ」

「チッ……後味が悪いな。ラフタリアちゃんが洗脳されている疑惑もあるんだぞ」

「あれを見て、まだそれを言えるなんて凄いですよ」

「そうだな」


 バツが悪そうに、勇者達が立ち去ると、観衆も釣られて城に戻っていく。


「……ちぇっ! おもしろくなーい」

「ふむ……非常に遺憾な結果だな」


 不愉快の化身二人も苛立ちながら立ち去り、庭には俺達だけとなった。


「つらかったんですね。私は全然知りませんでした。これからは私にもそのつらさを分けてください」


 優しい、その声に……俺の意識はスーッと遠くなっていった。




 それから一時間くらい俺はラフタリアに抱きつく形で寝入ってしまっていた。

 本当に驚いた。まさかラフタリアがこんなに成長しているとは思いもしなかった。

 どうして、気付かなかったのか。


 ……たぶん、余裕が無かったからだ。


 俺の目にはラフタリアの成長に気付く余裕が無かった。全てをステータス魔法で計測して、ラフタリアを評価していた。

 宴はとっくに終わり、城で用意された使用人の使っていないやや埃塗れの部屋でその日は本格的に眠ることになった。


 誰かが信じてくれる。ただ、それだけで、心が少しだけ軽くなったような気がした。


 翌日の朝食でその意味が明らかになった。

 マインに裏切られてからまったく感じなかった味覚が、蘇ったのだ。

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