翼を持つ者
帰り道では元康と遭遇しなかった。
大方、怒り狂いながら俺を探しているかと思ったが、杞憂だったようだ。
それから村で荷物を降ろし、戻ってくるとラフタリアが元気になっていた。
「大丈夫だったか?」
「はい」
「は、はやいですね……」
木こりは俺達が戻ってくるのが早くて驚いている。
「コイツは健脚みたいでな」
フィーロを撫でながら木こりに答える。
「グア!」
元気に答えるフィーロ。うん。お前は速いな。
「じゃあ本格的に森を探索するか」
「ええ」
「帰りはゆっくり走れよ」
「グア!」
ピキ……。
なんだ? この音。成長は終わったはずだよな。
フィーロから聞こえて来る。
変な病気じゃないと良いのだけど。
その日の収穫は中々の物だった。
ラフタリアの活躍も然ることながら、フィーロの動きや攻撃力は目を見張るものがある。
正直、速さと一撃の強さはラフタリアに勝るかもしれない。
俺、Lv26
ラフタリア Lv29
フィーロ Lv19
ホワイトウサピルシールドの条件が解放されました。
ダークヤマアラシールドの条件が解放されました。
ウサピルボーンシールドの条件が解放されました。
ヤマアラボーンシールドの条件が解放されました。
ホワイトウサピルシールド
能力未解放……装備ボーナス、防御力2
ダークヤマアラシールド
能力未解放……装備ボーナス、俊敏2
ウサピルボーンシールド
能力未解放……装備ボーナス、スタミナ上昇(小)
ヤマアラボーンシールド
能力未解放……装備ボーナス、SP上昇(小)
見事にステータスアップ系ばかりだ。
もっと効率が良ければ性能の高い盾を装備すれば良いが、俺は金も経験値も効率の良い場所を知らない。地道に能力を解放して盾全体の底上げをするしかない。
解放した能力の合計はどれだけいったか……数が多すぎてわからない。
そもそもオレンジスモールシールドなどの下級装備は解放してから一度も使っていない。
精々砥石の盾などの専用効果がある盾を必要な時に使っている位だ。
専用でなければ全ての盾で使えるしな。
まあ少なくとも今日見つけた四つは解放したらもう二度と使わない。
日が落ちだした頃、ゆっくりと歩かせて俺達はリユート村へ戻ってきた。
ラフタリアには荷車に慣れる訓練が必要だからだ。
途中何度か気持ちが悪くなって来たらしいので休み休み、進む。
結果、日がほとんど落ち切ってからの到着となった。
「もうしわけございません」
「気にするなって、徐々に慣れていけば良いさ」
自分でも不自然な程、俺は酔うという事が無い。だけど、だからと言って他人に根性が無いとか言う気は無い。
乗り物酔いというのは慣れれば大丈夫になると聞いたことがある。
だから早くラフタリアには荷車に慣れてもらいたい。
まあ、何かあると爆走するフィーロが悪いのだけど。
「グア!」
この時、異変は既に始まっていた。
正確には遥か前からというのだろうが、俺達はまだ気付かなかった。いや、気付いていたのに無視をしていたのだ。
翌朝。
さすがの俺も異変に気が付き、ラフタリアも俺と同様、考え込む。
「グアア!」
馬小屋に顔を出した時には既に変化は極まっていた。
フィーロが……どう見ても、フィロリアルの平均から逸脱して大きくなっていたのだ。
フィロリアルの平均身長は2m30cm前後だ。これはダチョウの身長と殆ど同じだ。
ただ、フィロリアルの方が骨格がガッシリとしていて、顔や首が大きい。
のだが……フィーロの身長は2m80cmに達していた。
もはや立ち上がると馬小屋の天井に頭が届いている。
「俺は本当にフィロリアルの卵を貰ったのか? 別の何かを買ったのではないかと疑いたくなって来たぞ」
「ええ……私もそう思います」
「グア!」
パクっとフィーロが何かを飲み込んでいた。
良く見たら、馬小屋に干していたキメラの肉が無い。
牛二頭分くらいあったはずの肉が、見るも無残に消えていた。
今食べたのは最後の一切れか?
「食欲が無くなったのかと思っていたが……」
「食べてたんですねー!」
「グアー!」
「「ハハハハハハハハ」」
「笑い事じゃねえよ!」
さて、どうしたものか……とりあえず、外見に関して特別大きいんですとか今なら誤魔化せる。
……しかし。
ピキ……。
相変わらず成長音が鳴り響いている。
「まだ音がしてるぞ!」
「あの、もしかしてナオフミ様の盾の力でこんな成長をしているのではありませんか?」
「可能性は十分あるな。魔物使いの盾Ⅲにも成長補正(中)というボーナスがあった」
「な、ナオフミ様……確か奴隷の盾もありましたよね?」
「ああ、奴隷使いの盾という似たボーナスの付いている盾がある」
「……その、力は私に?」
「ああ、とっくに解放済みだ。ラフタリアも少しは影響を受けている」
「いやああああああ!」
ラフタリアが叫びながら馬小屋から走り出した。
「ら、ラフタリア!?」
「最近、体が軽いなぁって思ってたんですよ。ナオフミ様の所為だったんですね!」
「お、落ち着け!」
「わ、私もフィーロみたいに大きくなっちゃうんですか!? 怖いです!」
「お前からは成長音がしないだろうが!」
「そ、そういえばそうでした。良かった、ほんとに良かった!」
……予断を許さない状況であるのは変わらないけどな。
ムキムキマッチョに育つラフタリアを想像しながらフィーロへ視線を向ける。
「なんか失礼なこと考えてませんか?」
「……どうしたものか」
ラフタリアの疑惑を無視して話を続行する。
「一度、あのテントに行って確認を取るのがよろしいかと」
「そうだな」
しょうがない。意味も無く城下町に戻るのは嫌なのだが……行くしかないだろう。
「グア!」
元気良く、荷車を引くフィーロと乗り物酔いと戦うラフタリアを心配しつつ、俺達はリユート村を後にした。
途中、フィーロが飢えを訴えるので、エサをやり、魔物と戦いながら、城下町に着いたのは昼過ぎだった。
「おい……」
気が付くとフィーロの外見がまたも変わっている。
足と首が徐々に短くなり、気がついた頃には短足胴長のフクロウみたいな体形に変化していた。
それでも荷車を引くのが好きで、合いも変わらず、荷車を引いている。
しかし、引き方に大きな変化が生まれていた。
前は綱で荷車と結んで引いていた。
今は手のような翼で器用に荷車の取っ手を掴んで引いている。
「クエ!」
鳴き方まで変わり、色は真っ白になっている。
「ん?」
徐に荷車から降りてフィーロの身長を目視で測る。
縮んだ?
2m30cmくらいにまで身長が縮んでいる。だけど横幅が広がっていて、前よりも威圧感が出ているかもしれない。悪く言えば遊園地のマスコットみたいで不自然に肥っている。
「クエ?」
「いや、なんでもない」
フィーロは自身の変化に気付いているのか?
もはや何の生物か分からないぞ。
「いやぁ……どうしたのかと思い、来てみれば驚きの言葉しかありません。ハイ」
奴隷商の奴、冷や汗を何度も拭いながらフィーロをマジマジと観察している。
「クエ?」
縦にも横にも太くなったフィーロはフクロウっぽい魔物でしかなくなっている。
人懐っこいダチョウみたいな姿は何処へやら。
「で、正直に聞きたい。こいつはお前の所で買った卵が孵った魔物なんだが、俺に何の卵を渡したんだ?」
事と次第によっては……。
俺が指を鳴らすとフィーロが今にも襲い掛かると威嚇する。
「クエエエエエエ!」
奴隷商の奴、なんか焦って何度も書類らしきものを確認している。
「お、おかしいですね。私共が提供したくじには勇者様が購入した卵の内容は確かにフィロリアルだと記載されておりますが」
「これが?」
「クエエエ!」
俺が結構大きなエサを投げるとフィーロは器用にパクッと口に放り込んで食べる。
「えーっと……」
そういえば、さっきからフィーロの方から成長音がしなくなったような気がする。
やっと身体的に大人になったという事なのか……?
「しかし、まだ数日しか経っていないのにここまで育つとは、さすが勇者様、私、脱帽です」
「世辞でごまかすな。さっさと何の卵を渡したか教えろ」
「その……最初からこの魔物はこの姿で?」
「いや」
俺は奴隷商にフィーロが生まれてから今までの成長記録を話した。
「では途中まではちゃんとフィロリアルだったのですね?」
「ああ、今は何の魔物か分からなくなっているがな」
「クエ?」
首を傾げながら、なんとなく可愛らしいポーズを決めるフィーロに若干の苛立ちを覚える。
誰の所為でこんな事をしてなくちゃいけないと思っているんだ。
「クエエエ」
スリスリと俺に全身を使って擦り寄る。かなり大きな翼で抱きつかれるとフィーロ自身の体温が鳥ゆえに高いからか正直熱い。
「む……」
ラフタリアが眉を寄せて俺の手をとって握る。
「クエ?」
何かラフタリアとフィーロが見詰め合ってる。
「どうしたんだ、お前等?」
「いえ、なにも」
「クエクエ」
双方、首を振って意思表示をしている。どうしたというんだ?
「で? どうなんだ?」
「えっと……その」
奴隷商の奴、困ってる困ってる。
魔物を扱っているのにその魔物がどんな育ち方をするのか知らないのか?
「とりあえず、専門家を急遽呼んで調べますので預からせて貰ってもよろしいですか? ハイ」
「ああ、間違ってもバラさないと解らないとか言って殺すなよ」
「クエ!?」
「分かっていますとも、ですが専門家が来るのに少々お時間が必要なだけです。ハイ」
「……まあ、良いだろう。任せた。何かあったら慰謝料を要求するだけだ」
「クエエエ!?」
俺の返答にフィーロが異議を申し立てるように羽ばたく。
しかし、奴隷商の部下がフィーロに首輪をつけて檻に連行した。俺が近くにいることもあってか、意外にも素直に檻に入る。
「じゃあ、明日には迎えに来る。それまでに答えを出しておけよ」
念のためにクギを差し、俺はラフタリアを連れてテントを出る。
「クエエエエエエエ!」
フィーロのでっかい声がテントを出ても聞こえて来た。
その日の晩……宿に泊まっていると、急に宿の店主に呼ばれた。
「あの勇者様」
「ん? どうした?」
「お客様がお見えになっています」
誰だ? と思って、店主が待たせているカウンターに顔を出す。するとそこには見覚えの無い男がいた。
「何の用だ?」
「あの、私……魔物商の使いのものです」
魔物商……ああ、奴隷商か。確かに表立って自己紹介できないもんな。
「どうしたんだ?」
「あの、お預かりしている魔物をお返ししたく主様に仰せつかってきました」
「はぁ!?」
あれから数時間しか経っていないというのに……どうしたというのだ。
ラフタリアを連れてテントに行くと、まだフィーロの鳴き声が木霊していた。
「いやはや、夜分遅く申し訳ありません。ハイ」
少々くたびれた様子の奴隷商が俺達を出迎える。
「どうしたんだよ。明日まで預ける約束だっただろ?」
「そのつもりだったのですが、勇者様の魔物が些か困り物でして」
「クエエエエエエ!」
バタバタと檻で暴れるフィーロは俺達を見つけるとやっと大人しくなった。
「鉄の檻を三つ程破壊し、取り押さえようとした部下5名を治療院送り、使役していた魔物三匹が重傷を負いました。ハイ」
「弁償はしないぞ」
「こんな時でも金銭を第一に考える勇者様に脱帽です。ハイ」
マゾか? この奴隷商。
「で、どうなんだ? 分かったのか?」
「いえ……ただ、フィロリアルの王に似たような個体がいるという目撃報告があるのを発見しました」
「王?」
「正確にはフィロリアルの群にはそれを取り仕切る主がいるとの話です。冒険者の中でも有名な話でありまして」
奴隷商の奴、どうも知る限りの情報網で、何か引っかからないかを調べていたらしい。
で、野生のフィロリアルには大きな群が存在し、それを取り仕切る王がいると言う話を聞いた。
滅多に人前に現れないフィロリアルの主であり王が……フィーロなのではないかという憶測だ。
「ふーん」
又聞きって奴か。
魔物紋を解除して、盾に吸わせれば本当なのか分かるかもしれないけど、それってフィーロを殺す事になるんだよな。
羽根とか血とか吸わせても俺の魔物だからか魔物使いの盾しか出てこないし、何か点灯しても不明なんだよなぁ……。
必要レベルとツリーが足りない。
フィーロをジッと見つめる。
「……クエ?」
仲間の魔物ってステータス魔法で種族名が出ないんだよなぁ……敵対関係の相手なら分かるのだけど。
「で、それはなんと呼ばれているんだ?」
「フィロリアル・キング、もしくはクイーンと呼ばれております」
「フィーロは雌だからクイーンか」
「で、ですね……ここまで勇者様に懐いていますと、この状態で売買に出されると私、困ってしまいます」
鳴いて暴れて、鉄の檻を三つ破壊だったか。
クッ! 尽く予定が崩される!
売る予定は無かったけど。
「……さま」
「ん? いま、聞き覚えの無い声が聞こえなかったか?」
「はて? 私もそのような声が聞こえた気が」
「あ、あの……」
ラフタリアが口元を押さえながら、フィーロの居る檻を指差す。同様に奴隷商の部下も絶句したように指差していた。
俺と奴隷商はどうしたんだと首を傾げつつ振り返った。
「ごしゅじんさまー」
そこには淡い光を残滓に、白い……翼を持った少女が裸で檻の間から俺に向けて手を伸ばしていた。
お約束ですよね。