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防衛大臣の独り言#side上松

「ですから、今は申し上げられることはありません。マスコミ対応? それこそそちらで勝手にやってください。今はそんな次元の話ではないのです」


 私――上松はそう言うと官邸からの電話を切った。

 まったく困ったものだ。

 今回の件がマスコミにリークされた。

 その情報をリークしたのは、他ならぬダンプルだ。

 一体奴は何を考えているのか。

 黒のダンジョンの世界一斉攻略、それが失敗したら魔物が黒のダンジョンの周辺に現れる。

 その情報は既に世界中に広がっている。

 既に東大阪東部と生駒市西部の住民の避難が始まっている。情報を秘密にしていた政府への非難とともに。


 現在、日曜日の午前十一時。

 ダンプルが指定した時間まで残り二時間を切った。


「あの子たちの様子はどうかね?」


 私は秘書に、四人の探索者の子どもたちの現状を聞いた。

 もう何度目かの質問になる。


「食糧と衣服、日用品。あと友人の少女から預かった装備品を受け取った後は一度もプレハブから出てきておりません。一緒に預かったペットの犬とともにプレハブの中です。風呂や温かい食事の準備ができたときに外から呼びかけたのですが、少し間を置いて必要ないと返事はありました」

「中に居るのは確かなのだな?」

「はい。二十四時間体制で周囲を見張っています。猫の子一匹、その出入りを見逃したりしませんよ」

「そうか……」


 噂好きの自衛官たちは、彼らがよろしくやっているのではないかと噂をしている。

 私も最初はそうではないかと思った。

 もっとも、これから死地に追いやらねばならない子どもたちを止めることは私にはできなかった。

 牛蔵に会ったら謝る必要がある。

 一発殴られるだけでは済まないだろう。

 そう思っていた。


 同時に、正直、あの子たちでは黒のダンジョン攻略は厳しいと思っていた。


 私の予想が正しければ、これは選定だ。


 どういう意図があるかはわからないが、恐らくこれはダンプルによる選定だ。

 奴は、キングの子どもたちを競わせ、何かを見極めようとしている。

 その中で、押野姫はあまりにも不利だった。

 彼女には素質はある。

 以前、日下遊園地跡のダンジョンの動画配信も見せてもらった。

 覚醒者二名、そして尖端異常者(シャープアブノーマル)二名。

 しかも、ミルクちゃんにはユニークスキルが生えていた。

 なんとも贅沢なパーティである。

 だが、時期が悪すぎた。

 四人とも十八歳――ダンジョンに潜り始めてまだ一年どころか、最長でも四カ月にも満たない。

 ダンジョンの世界は才能だという。

 牛蔵には才能があった。信玄さんについていけるだけの才能が。

 だが、私には才能がなかった。

 そのせいで、こんな大臣などというポジションに就かざるを得なかった。

 だが、それはダンジョンに潜り続けた者のみが語ることのできる世界だ。

 いくら才能があってもレベル1の探索者はドラゴンに勝つことはできない。


 彼女たちの成長は著しい。

 せめてあと一年、いや半年もあれば結果は変わっただろう。


 彼らに黒のダンジョンに潜らせる約束は取り付けたが、彼らにダンジョンを潜らせて攻略不可能だと思ったら即時撤退させるつもりでいた。

 その時の私の処分は大臣の辞任だけでは済まないだろう。

 魔物がダンジョンから溢れたとき、その被害は計り知れない。

 一生その罪を背負っていく。

 申し訳ないとしたら、この秘書もだ。

 最近、子どもが生まれたと言っていた。カワイイ双子だと。

 そんな時に彼は職を失うのかもしれない。

 なんとか再就職先を斡旋したいが、その時の私にどれだけの力があるか。



 そう思っていた。

 私がそれに気付いたのは偶然だった。


「ところで、大臣。先ほどから何を見ているのですか?」

「国内探索者のランキングだよ。ダンジョン局が発表しているものではない。ダンポンくんがリアルタイムに更新しているものだ」


 ダンジョン局が公表しているランキングは上位100名の者で、一日一度更新されている。

 だが、私とここにいる秘書を含む一部の人間はそれ以外を見ることができる。

 ダンジョンに行ったことのある者全ての名前と換金額、そしてランキング。

 これは世間には知られていない。

 いまプレハブの中にいる彼らも知らないだろう。


「そこに面白いものを見つけてね」

「面白いものですか?」

「これを見たまえ」


 私が見せたのはダンジョンに挑む四人のランキングだ。


 押野姫【換金額:493210D(1359位)】

 壱野泰良【換金額:572495D(1241位)】

 牧野ミルク【換金額:397910D(1519位)】

 東アヤメ【換金額:412951D(1425位)】

 

「これを見てどう思う?」

「凄いと思います。上位2000位までの探索者っていうのはほぼ全員が十年選手。ダンジョン黎明期から潜り続けた探索者。探索者になって半年にも満たない彼らがその一角に食い込むなんて。末恐ろしいです」

「君の言う通りだ。だが、問題はそこではない。これを見たまえ」


 当然、ダンプルから彼女たち探索者が指名されたとき、その者たちの資料は集められるだけ全て集めた。

 彼らの換金額とランキングも。


「これは……換金額が全然違います」

「その通りだ」


 私が集めたとき、もっとも多かった壱野泰良の換金額は20万Dにも満たなかった。

 そのデータは昨日の昼に集めたものだ。

 二十四時間にも満たない間に、倍の額になっている。


「集めた資料に誤りが?」

「そうではない。彼らは現在進行形で換金額を増やしている」


 彼らはプレハブから出ていない。

 Dコインを換金することは本来なら不可能だ。

 それを彼らは成し遂げている。

 プレハブの中で一体何が行われているのか、非常に気になる。

 今すぐ中の様子を探りたい。

 だが、彼らとの約束を違えるつもりもなければ、恩返しにやってきた鶴を逃がすつもりもなかった。

 

「あの、大臣……これは一体、どういうことなのでしょう?」

「わからないのかね?」


 私は秘書に笑みを浮かべて言った。


「君の再就職先を探す必要はないようだ」


 私の言葉の意味をわからない秘書は、「私はクビになるところだったのですか?」と戸惑っていた。

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