はじめてのダンジョン
そこに入るための行列に並ぶこと2時間。そして決して安いとは思えない入場料を支払い、中に入っても人、人、人。
そこは梅田地下街のさらに地下にあるダンジョンだった。
10年前、突如として異世界から「ダンポン」という生物が現れた。
ダンポンは各国の首脳と交渉し世界中にダンジョンを生成。人々をダンジョンに誘った。
魔物との死闘、財宝の発見、そしてレベルアップによる成長。
まるでゲームのようななんと夢のある言葉だろうか?
有名配信者が魔物を倒す動画は毎回100万回再生を突破し、さらにトップランカーと呼ばれる攻略者はその動画収入を全額寄付してもあまる程の財をダンジョンから得ている。
ダンジョン攻略は一種のスポーツ競技とされ、これまで高収入のスポーツといえばサッカー、バスケ、ゴルフ、テニス、日本だと野球だったが、いまではダンジョン攻略者が高収入ランキングベスト10を独占している。
そんな夢溢れるはずのダンジョンだったのだが――
「これってダンジョン攻略っていうのか?」
俺、壱野泰良は始めてのダンジョンの中のブルーシートの上で周囲を見る。
探索者には前から興味があったが、知識も経験もゼロに等しい。それでも、ニュースとかで見るダンジョン探索は、こう、なんというかもっと派手だった気がする。
「贅沢言うな。レベル1のなんのコネもない攻略者はだいたいこんなものだ。探索者希望以外も来ているらしいからな。有用なスキルを覚えたら就職にも有利だし」
俺の愚痴に、一緒にダンジョンに来た友だちの青木が言う。
口は悪いが、顔は母性本能をくすぐる童顔というギャップありの18歳だ。たぶん女装させたら天下を取れると思う。
青木の言う通り探索者志望以外にも探索者はいる。例えば近くに明らかにサラリーマンっぽい人もいるくらいだ。
魔物を倒したらレベルが上がる。レベルが上がるとステータスが伸びるだけでなく、極稀にスキルを覚えることがある。戦いに役立つスキルがほとんどだが、「翻訳」「鑑定」「即席料理」といった日常にも使えるようなスキルも存在するらしい。戦いに関するスキルはダンジョンの外で大きな制約を受けるのだが、しかしそういう非戦闘スキルはダンジョンの外でも普通に使えることが多く、そういうスキルを求めてダンジョンにやってくる人間も結構いる。
だから、ダンジョンはとにかく人が多い。
俺は現在、ブルーシートの上に座り、スライムが湧くのを待っている。
かつては、誰かが戦っている魔物を奪う横殴りと呼ばれる問題が横行し、それが元で多くの事件も起きたのだが 最近だと、こうして並べられたブルーシートの上に座り、そのブルーシートの上に現れた魔物だけを倒す権利が与えられる。魔物を探すという行為はない。
ブルーシートの境界線に魔物が現れた場合は、魔物がどっちに移動してきたかで倒す権利が得られる。
「これなら石舞台ダンジョンに遠征したほうが効率いいんじゃないか?」
「あそこは押野グループが買収して、ホテルの宿泊者専用ダンジョンになったぞ。最低一泊150万円。3年先まで予約が埋まってるらしい」
「げっ、マジかよ」
俺はそう言ってため息をついた。
その時、目の前が青く光り、そこから現れたのは青いスライムだった。
目も鼻も口もない、まるで大きなグミみたいな見た目の魔物だ。
突然のことに一瞬驚き、反射的に入り口で借りた棍棒を振り下ろす。
ゴキブリを見つけたときに便所スリッパを振り下ろすような感覚だ。
スライムはぐしゃって感じに潰れ、光の粒子となって消えた。
その場に残ったのはゲームセンターにありそうな黒色のメダル――Dコインだ。
これを換金所に持っていけばお金に換えてくれる。尚黒は1枚50円。
30分待って50円……時給に換算すると100円。
入場料として1000円払っていて、制限時間は8時間のため、このままいけば200円の赤字予想だ。
「低レベルのダンジョン攻略者は儲からないって言ってたけど、マジだよな」
「本当にな」
と俺のぼやきに同調した青木の前にもスライムが現れたので、彼も叩き潰した。
「レベル10になれば2階層に行けて、効率も多少はマシになるみたいだけど、その前に貯金がなくなりそうだ」
「レベル10になるのにスライム7000匹だっけ? 俺、何歳になってるんだろ」
その後、7時間経過して倒したスライムは15匹。
まだレベルは1のままだ。
だいたい20匹倒せばレベル2になるそうだが、今日中のレベルアップは難しいだろう。
と思っていたとき、目の前が光った。
またスライムだろうと思っていたら、現れたのはスライムではなく、宝箱だった。
突然のことに興奮するが、周りは特に騒いだりしない。
一階層の宝箱から出てくるものはほとんどがガラクタだからだ。
しかし、中には一階層の宝箱から高性能なアクセサリーが入っていて、数百万で売れたって話もある。
「開けてみろよ」
「ああ――レアアイテムこい!」
俺は宝箱を開けた。
中に入っていたのは缶だった。
真っ黒な円柱状の缶。
大きさは桃缶より少し大きいくらい。
金属でできていると思う。
取り出すと、宝箱は死んだ魔物のように消えてなくなった。
「D缶じゃないか」
青木が缶を見て言う。
「D缶ってなんだ?」
「ダンジョン缶。特定の条件を満たせば開いて中のお宝が取り出せる缶だ。売れば1000円にはなるぜ。中身は開けてみるまでわからない」
「ゲームのガチャみたいなものか」
「実際に、缶詰ガチャなんて呼ばれてるぞ」
1000円貰えれば入場料は戻って来るが、初めての宝なので自分で使いたい。
軽いし振っても音がしない。空っぽじゃないかと思ったが、D缶は全部そういうものらしい。
開けてみるまでわからないってことか。
「自分で開けるよ――缶切り持ってる……わけないよな」
「普通の缶切りじゃ開かないって」
「缶切りじゃ無理って、プルタブもないしどうやって開けるんだ?」
普通の缶詰ならどこかに開封方法でも書いているようなものだが、これにはそういう情報は何一つ書かれていない。
「わからん」
「え?」
「どうやって開くかはわからない。魔物を倒したときに開いたとか、十年持っていたら開いたとか噂はあるが、D缶が開く条件はD缶によって異なる。コレクターはD缶を百万個以上持ってるが、開いた缶はそのうち100個とからしい。ダンジョン缶の中身もバラバラで、ドラゴンの卵が入っていたという話もあれば、シーチキンが入ってたって話もある」
「シーチキンって本当に缶詰じゃねぇかっ!?」
「そういうもんだ。売った方がいいと思うぞ」
目の前の缶を見る。
もしかしたら開けられるかもって思ってしまう。
「とりあえず持って帰るよ。売るのはいつでもできるし」
「そうか。まぁ、あんまり固執するなよ。D缶を開けようとして人生狂った奴は大勢いるからな」
「わかった」
といったところで、俺たちのダンジョン探索(?)の初日は終わった。
そして――
「壱野。俺、ダンジョン探索者になるのやめるわ」
「まぁ、金もかかるし時間もかかるからな……でも、お前、十八歳になったらダンジョン探索者になるって子供の頃からの夢だったじゃ……」
「やってみてわかったんだが、俺、スマホ無しで八時間とかマジで耐えられん」
「それは――」
そう言えば、青木はスマホ中毒者だったと思い出す。
学校の休み時間もほとんどスマホで動画見ていたし、小説や漫画も全部電子書籍派だし、スマホ用のモバイルバッテリーも常に持ち歩いている。
ダンジョン内に、電子機器、危険物、薬などを持ち込むことはできない(ダンジョン内で見つかったものは除く)。
持ち込もうとしてもダンジョン入り口の結界に弾かれてしまうからだ。
「あ、このメダル、いつでもいいから換金しておいてくれ」
「わかった……ああ、金払うよ」
Dメダルの換金所はどこも平均一時間の行列だ。そのため、だいたいの探索者は一度のダンジョン攻略では換金せずに数日分纏めて換金する。
俺は黒コイン16枚分――800円を青木に渡した。
Dメダルの個人間の売買は禁止だが、この程度は容認されている。
結局、この日はせっかく市内に来たのだからと「ビクローおじさんのチーズケーキ」を買って電車に乗り、家に帰った。
母さんに、ダンジョン探索の愚痴をこぼし、自室のベッドに横になった。
鞄から取り出したのはD缶。
「シーチキンにドラゴンの卵か」
ドラゴンの卵なんて出てきた日には数十億円から数百億円で取引される。税金で半分以上取られても人生何周も遊んで暮らせるだろう。
「ステータスオープン」
俺は天井の照明に向かってそう叫ぶ。
――――――――――――――――――
壱野泰良:レベル1
換金額:0D(ランキング:-)
体力:15/15
魔力:0/0
攻撃:3
防御:2
技術:5
俊敏:3
幸運:100
スキル:無
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すると、このような画面が目の前に浮かび上がる。
ダンジョンに一度入ると、誰もがこのような自分のステータスを見ることができる。他人には見せることはできない。
ステータスが高い低いはわからないが圧倒的に凡人のステータスだと思う。
幸運値は最初、100固定だろうか?
幸運値って確か簡易解説サイトによると幸運が高ければ、ドロップアイテムの出現率が増えたり、確率で発動するスキルなどで効果が出やすくなるらしい。ただし、僅かな違いでしかないので誤差の範囲だって書いてあったから、あんまり気にしなくてもいいのだろう。
Dメダルは換金額に応じてデータが纏められ、それによってランキングも作成される。
トップランカーは一日で何千万、何億も稼ぐという。それを夢見ていた。
しかし、凡人には遠く及ばない夢のようだ。
ダンジョンの多くは安全マージンが用意されていて、特に日本のダンジョンはほぼすべて、確実に魔物を倒せる階層にしか行くことができない。一攫千金を夢見て、危ない階層に行くことができないのだ。
だから、低レベルのうちは低階層でしか戦えない。
しかし、低階層は人が多く、特に入場料が安いダンジョンは今日みたいに満員御礼状態。
さっき青木に奈良の石舞台ダンジョンの話をしたけれど、インターネットの情報サイトで見たところ、やっぱりホテルの宿泊客以外入れない。
もっと効率よく経験値を稼ぎたい。
「俺専用のダンジョンがあればなぁ……」
ダンジョンを個人で所有している話は聞いたことがない。
皇居には皇族専用のダンジョンがあるって聞いたことがあるが、あくまでも噂レベルだし。
「ん?」
突然、持っていた缶が光り出した。
もしかして――
缶の蓋が開いたっ!?
なんで?
いや、そんなのどうでもいい。
中身を見る。
「……え?」
そこにあったのは……真っ赤なガラス玉? もしかして宝石か? ルビーかな?
いや、手に持ってわかった。だが、俺は確信を得るためにそれの匂いを嗅ぐ。
甘い香りだ。
間違いないこれ、飴玉だ。
シーチキン缶じゃなくて、ドロップ缶かよっ!
しかも一粒って。
「これが本当のドロップアイテム……ってうまいこと言ってるつもりかよっ! 魔物が落としたわけじゃないからドロップアイテムじゃねぇよ!」
俺が大声で叫ぶと、「泰良、近所迷惑だから絶叫系一人突っ込みはやめなさい!」って一階から怒られた。
でも、もしかして――という興味から、俺はネットで検索をかける。
【D缶 飴玉】
検索結果55,100件。
ん? D缶から飴玉が出るのは普通なのか? って思って見たら、D缶そっくりの缶詰に入ったドロップ飴が大阪で有名な製菓会社から発売しているらしい。そういえばCMで見たような気がする。
その検索結果のせいで、D缶から飴玉が出たという情報が見つかりにくい。
そんな中、ある掲示板のスレを見つけた。
――――――――――――――――――――――――――
【D缶から出た飴玉を舐めたらスキルを覚えたんだが質問ある?】
1:名無しの探索者
ある?
2:名無しの探索者
>>1
嘘乙
3:名無しの探索者
嘘乙
4:名無しの探索者
俺も覚えた
NTRってスキル
彼女がいなくなった
5:名無しの探索者
>>4
イマジナリー彼女が消失したのか
6:名無しの探索者
>>4
彼女ならいま俺の隣にいるよ
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
――――――――――――――――――――――――――
……うん、酷い。
この情報を元に、【D缶 飴玉 スキル】で検索しても、やっぱりまともな情報は出てこない。
だったら、飴玉を鑑定してもらうか?
試しに【ダンジョン アイテム 鑑定】で検索してみたら、鑑定屋の情報が出てくる。
【鑑定】のスキルを持っている人がダンジョンの品を有料で鑑定してくれるのだが――
鑑定費用五千円。
これは鑑定の相場だった。
高校生の俺にとっては結構な大金だ。
それを使って、「ただの飴玉ですね」って言われた日には立ち直れない。
「男は度胸」
俺は飴玉を舐めることにした。
噛むのは怖い。
徐々に舐めて溶かしていく。
イチゴ味だ。
おいしい。
いつも飴玉を噛むので、つい噛みそうになるが、さっきの掲示板では『舐めたら』って書いてあったのでそれを信じて舐め続ける。
そして――
舐め終わった。
特に変化はない。
やっぱりただの飴玉だったのだろうか。
肩を落としながら、念のためにステータスを確認する。
――――――――――――――――――
壱野泰良:レベル1
換金額:0(ランキング:-)
体力:15/15
魔力:0/0
攻撃:3
防御:2
技術:5
俊敏:3
幸運:100
スキル:PD生成
――――――――――――――――――
「――っ!? スキルが増えてる」
PD生成?
くそ、これじゃわからない。
ネットで纏められている現在発見されているスキル一覧から探すも、そんなスキルは存在しない。
スキルの使い方は二種類。
パッシブスキル――自動的に発動するスキルと、アクティブスキル――能動的に発動させるもの。
発動させてみようと思って手を前にかざすが――
怖くなったので庭に移動して試してみる。
「PD生成!」
とりあえず手を前に出してそう言った。
すると――
「え?」
目の前に階段が現れた。
地下に続く階段だ。
俺が驚き呆けていると、
「泰良、庭でなにしてるの?」
母さんがサンダルを履いて庭に出てきた。
「え? いや、これは――」
やばい、勝手に庭に階段なんて作ってしまって怒られる。
と思ったら、
「え? 母さん、危ない」
「危ないってなにが?」
母さんは階段の上を歩いて俺に近付いてきた。
空を飛んでる?
「母さん、下」
「下って、どうしたの?」
母さんが自分の足下を見る。
「何もないじゃない」
それは地面がないという意味じゃない。
文字通り、変哲もない地面があるという意味で言っているのだろう。
母さんには階段が見えていないようだった。
どういうことだ?
「もう夜も遅いんだし早く寝なさいよ」
「わ、わかった」
部屋に戻っていく母さんを見送り、俺は息を飲んでその地下への階段に足を入れる。
母さんみたいに俺も入れないんじゃないかと思ったが、すんなり一段降りることができた。
そして、地下に降りようとして、持っていたスマホが弾かれた。
スマホを持って入れない結界がある。
「……これ、もしかしてダンジョンか?」
そして俺はようやくPDの意味に辿り着く。
俺にしか見えていないダンジョン――PDだ。
新連載です
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