4.オムライスに一言書いてもらった
「あの……その……えっと、ですね……」
「……」
藤咲妹は何か言おうと口を開いては閉じるを繰り返す。
俺はそれをただ黙って見つめていた。いや、余裕があるとかじゃなくて、こんなところで再会するとは思ってなかったから言葉が何も思いつかないだけだ。
「あれ、琴音ちゃんどうしたの?」
別のメイドさんが藤咲妹の様子に気づいた。俺と彼女を交互に見て、怪訝な表情を浮かべる。
ん、あれ、これはやばいんでないの?
困りすぎて藤咲妹の目じりには涙が。目の前にいるのは俺だけ。つまり俺が彼女をいじめているように見えるのではと思い至る。
「こ、これ、オムライス注文しますっ。メイドさんのお絵描きがどうのってやつ!」
「は、はいっ。かしこまりましたご主人様!」
慌ててメニューを注文する。藤咲妹はツインテールを揺らしながら大きく頷いてくれた。
藤咲妹が奥へと引っ込んで、メイドさんも怪訝な表情を引っ込ませてくれた。
これで一安心。背もたれへと体重を預ける。
藤咲妹が取り乱したのには理由がある。俺は伝染したみたいに慌てただけなのでとくにやましいところはない。メイドカフェに一人で来店したところを目撃されたが、まったくやましくない!
我が学園はアルバイトを校則で禁止しているのだ。見つかればどんな罰則があることやら。一発で退学にはならないだろうが、それなりに重たいものだったと思う。特別な事情でもなければ許可されないだろう。
それなのに、同じ学園の生徒に目撃されてしまった。
顔見知りにならなければ学年も違うし気づかずにいられただろうが、運悪く藤咲妹は俺と関わりを持ってしまった。
ただ傘を貸し借りした関係。それ以上でも以下でもない。なかったことにして無視してもいい事実だ。
だが藤咲妹は俺を無視しなかった。俺の顔を見て、ちゃんと誰だかわかってしまったようだ。
「お、お待たせしました……にゃん」
取ってつけた「にゃん」だった。
顔を上げれば注文したオムライスをテーブルに置く藤咲妹。笑顔がぎこちないのは俺のせいだろう。来店しちゃってごめんね。
「あの……オムライスに何を書いてほしいですか?」
藤咲妹がぎこちなく尋ねてくる。そういえばメイドさんにお絵描きしてもらえるんだっけか。
「なんでもいいの?」
「は、はい。あたしが書けるものなら」
少しだけ考えてみる。文字でも絵でもいいみたい。もちろんエッチなことを書かせるのはアウトだろう。奥から屈強な男の人が出てこられても困るし。そんな人がメイドカフェにいるのかは知らんけど。
「じゃあ……大好きって書いて」
「え」
後輩少女メイドは固まった。
「そういうのはダメだった?」
「い、いえ……がんばりますっ」
ケチャップを持つ手が震えている。とんでもない注文だったようだ。
「では、いきます!」
ものすごい気迫だ。顔を真っ赤にし、どころか耳まで真っ赤だった。気持ちは充分伝わった。
藤咲妹は前かがみになってオムライスにケチャップで文字を書いていく。「大好き」と思ったよりも綺麗な文字で書いてくれた。俺が授業のノートを写す字よりも綺麗だ。
「ど、どうですか!」
「うん。いいんじゃない」
「ありがとうございます!」
無茶ぶりだったかもしれないのに、彼女は嬉しそうに笑ってくれた。
満足そうに席から離れようとした藤咲妹は、はっとして振り向いた。そして俺に顔を寄せてくる。
何事!? と内心の焦りを顔に出さないでいるのに必死でいると、耳元で優しくささやかれた。
「会田先輩……お話があります。この後、少しだけお時間よろしいでしょうか?」
吐息が耳に触れてゾクゾクした。その拍子にこくんと頷いていた。
「ありがとうございます。あと三十分で休憩に入りますので、お話はその時に」
そう言って彼女はこの場を後にした。美味しくなる魔法はかけてくれなかった。
お話ってなんだろなー? ドキドキしちゃう……。って、ときめくような話ではないだろうな。
ここでバイトしていることを学園に言わないでくれという口止め。それが彼女のお話ってやつだろう。そもそも俺と後輩少女にそれ以外の話なんてないからな。
わざわざお話しなければならないほど信用がないらしい。まあこの間に会ったばかりでしかない関係だからな。だからこそ無視してくれるなら何もしようとは思わなかったのだが。
「……」
大きな文字で「大好き」と書かれたオムライスにスプーンを突き立てる。
もったいないとは思うが、料理は食べてこそである。どうやって作ったかは知らないが「大好き」と書かれたオムライスは前にファミレスで食べたものよりも美味しかった。