64話 家族のこと
家族のこと
「いやあ、やっぱり風呂はいいなあ・・・生き返るねえ」
「そうでしょうそうでしょう。どっか温泉にでも行きたいですねえ」
「知ってるかい?北区の南西の端っこの山にこじんまりした温泉があるんだよ。源泉かけ流しだから、まだ流れてると思うけど」
「へえ、そいつはいいですね。今度探索に行ってみようかな」
桜井さんが発熱で寝込んだ日の夜。
俺は自宅の風呂で、桜井さんの背中を流していた。
裸の付き合いというやつだ。
桜井さんはすっかり熱も下がって元気になったが、左腕のこともあるので不便だろうし。
なお、左手は包帯を巻き、ビニール袋をかぶせている状態だ。
自宅が広めの風呂場でよかった。
・・・しかしデカいなこの背中。
岩盤かな??
こりゃあ、美玖ちゃんのお気に入りになるのもわかるな。
俺もこのくらい筋肉付けたいなあ・・・
いや無理か、骨格から変えないとダメそうだなあ・・・
ゾンビ化についてだが、現時点で噛まれてから丸2日が経過している。
警察や自衛隊が集めたデータによると、1日半・・・36時間を超えて生存した例はないらしい。
ただ、桜井さんは体がデカい上に丈夫なので、安全策としてさらに12時間は様子を見た。
・・・さすがに、もう大丈夫だろう。
熱も下がったし。
あとは神崎さんが言っていたように、傷口が化膿せずに塞がればいいが・・・
切断面が綺麗だし、すぐに消毒して薬も飲んでいるから大丈夫だとは思うけども。
風呂から上がって着替えた後軽く食事をとり、車の準備をする。
美沙姉と美玖ちゃんを迎えに行くのだ。
桜井さんが元気になったので避難所に向かおうとしたら、神崎さんに釘を刺されたからだ。
「最近、田中野さんに対する悪評が出てきています。避難所で再会させるのはやめておいた方がいいかと」
えっ!?ナンデ!?
俺なんかした!?
本気で心当たりがない。
「まあ、要は『僻み』ですね。美玖ちゃんたちだけいい思いをしている・・・という感じですか」
「えっ・・・あの、農作業とか手伝ってますし、警察に協力したり、たまに物資を運んできたりしているんですが・・・」
「・・・田中野くん、こういうのはね、理屈じゃないんだよ」
桜井さんが話しかけてくる。
「なんであいつだけ家族が生きてるんだ?なんでうちの家族は探してくれないんだ?・・・つまりは、こういうことだろうね」
「そんな理不尽な・・・俺はただ、知り合いを助けただけで・・・」
「理不尽だよ、人間はね。僕も同じ立場なら、そう思ったかもしれない・・・」
・・・そんなことになってたのか避難所。
以前から家族探しを頼まれることはあったが、知り合いじゃないから断っていたけど。
子供たちは懐いてくれてるし、表立って何もないからわからなかった。
・・・原田のアホ以外に、悪感情を持たれているとは考えつかなかったぞ。
「田中野さんは、1人である程度のことはできますし、戦闘能力も武器もありますから・・・警察の方々に信頼されていますし、それでやっかみもあるんでしょうね」
神崎さんが言うには、俺は警察からはかなり信頼されているらしい。
まあ、色々駆除したり銃を回収したりしたもんな。
が、一部の方々にはそれがかえって気に障るらしい。
『あいつは色々できる能力があるのに、なんで俺たちの言うことは聞いてくれないんだ』みたいな感じか?
正直うるせえ関係ねえよ馬鹿、の一言で終わる話だとは思うが・・・
そうじゃないんだろうな。
俺の周りの人間がなまじ有能で、自分のことは自分で解決できる人たちが揃っている分、そこら辺の考えが足りなかったか。
・・・人間って、やっぱりめんどくせえ!!
そうだそうだ、俺はそんな感じの『空気読めよ忖度しろよ』的な雰囲気が大嫌いだから1人が大好きだったんだ!
畜生!最近周りにいい人しかいないから忘れてた!
・・・え?殺した奴ら?
・・・あれはジャンル的には虫けらだから、人間のカテゴリーに入れ忘れてた・・・
しかし、そうなると今後の身の振り方も考えないといかんなあ。
美沙姉たちは避難所から出した方がいいかもしれん。
具体的に言うとモンドのおっちゃんの家とか。
まあ、それはこの先美沙姉や桜井さんと相談して決めよう。
とにかく、いったん避難所へ行こう。
神崎さんと桜井さんを家に残し、軽トラで避難所へ向かう。
煙草に火を点け、吸いながら考える。
さあて、どうしたもんかなあ。
美沙姉たちは避難所から出せばいいとして、問題は・・・
由紀子ちゃんと雄鹿原さんだ。
あの2人も俺や美玖ちゃんと一緒にいることが多いから、なんらかの悪感情を向けられることがあるかもしれない。
美沙姉はあの通りの腕っぷしだから、絡んできた相手は片っ端から半殺しにできるだろうけど。
彼女たちはただの高校生だ。
もし、もしも原田みたいなよからぬことを考える奴らが手を出したら・・・
疎まれている俺の関係者っていうレッテルまで貼られた場合、群集心理は恐ろしい方向へ向くことになるかもしれない。
思わずハンドルを握りしめる。
・・・想像の上とはいえ気分が悪い。
俺がその時に近くにいれば、しみったれた僻み根性のカス共なんぞ撫で斬りにしてやれるが・・・
くそ、これじゃ人質にとられているようなもんだ。
一度、宮田さんに腹を割って相談してみるべきか・・・
「あっ!いちろーおじさん!」
「美玖ちゃんバッチコーイ!!!」
悶々としながら友愛にたどり着き、廊下を歩いていると美玖ちゃんが向こうから走ってきた。
腰を落とし、叫びながら手を広げるとその中に美玖ちゃんが飛び込んでくる。
「今日も元気だなあ!おじさんはとても嬉しいぞお!!」
「わーいっ!あははは!!」
そのまま持ち上げ、いつものように肩車。
美玖ちゃんは俺のヘルメットにイイ感じに手をかけてご満悦だ。
「あっ!・・・おじさん、かただいじょうぶ?」
「復活!サムライ完全復活!!」
「よかったぁ!」
キャッキャと喜ぶ美玖ちゃん。
ああ~荒んだ気分がどんどん浄化されていくんじゃあ~~~~!
さっきまでの鬱屈した気持ちがどんどん晴れていく。
子供は偉大だなあ。
「美玖ちゃん、美沙姉はどこかな?」
「ママ?ママは・・・どこだろ?」
「じゃあこのまま一緒に探そうかー」
「うん!」
天井に美玖ちゃんをぶつけないように気を付けながら、美沙姉を探す。
美玖ちゃんの顔なじみなのか、道行く婦警さんや避難民に美玖ちゃんが手を振っている。
俺も笑顔で頭を下げたり、挨拶しておく。
婦警さんはともかく、この避難民の中に俺のことが嫌いな奴もいるんだよな・・・
完全に逆恨みだが、逆恨みだからこそそういう奴らはタチが悪い。
精々愛想よくしておくか。
家族探しなんかも、一旦引き受けた振りをしておくのがいいのかもしれない。
どうせ、探したかどうかなんてわかりゃしないんだし。
残酷なようだが、義理も何も無い相手に振り分けられるほど俺の優しさポイントは豊富ではないのだ。
「ママ―!」
「おー、美玖がしばらく見ない間にでっかくなってるわ」
畑の一角で、美沙姉がトマト的なものを手入れしているのを見つけた。
「美沙姉、お疲れ様。・・・農作業なんかできるんだね」
「一太のアタシに対する評価がひどくない?」
このまま美沙姉だけを連れ出すのは悪目立ち過ぎるので、俺も作業を手伝うことにした。
美玖ちゃんは遊んでいていいと言ったのに、率先して手伝ってくれている。
いい子だなあ・・・
神崎さんの話を聞いてから、周囲の視線が気になって仕方ない。
すぐにでも連れていきたいところだが、我慢・・・我慢だ・・・!
「んで、今日はどうしたのよ一太」
農作業が終わり、美沙姉が汗を拭きながら聞いてくる。
「ん、ちょっとモンドのおっちゃんから伝言があってね・・・」
「父さんから?珍しいわねー」
「おじいちゃん?」
適当に話を合わせながら校舎へ歩く。
周りに避難民がいなくなったタイミングで、美沙姉に小声で告げる。
「・・・美玖ちゃんを連れて、駐車場まで来てくれ。宮田さんには俺から外出の許可を貰っておくから」
「・・・おっけ」
声色から何かを感じ取ったのだろう。
美沙姉は真剣な顔で返してきた。
「そうですか、美玖ちゃんのお父さんが・・・!それはお目出たい」
職員室に入り、さらに校長室へ。
2人だけになった所で、宮田さんに今回の顛末を報告した。
警察官の皆さんは、あまり俺に対する悪感情はないだろうが・・・念には念を入れてのことだ。
「ええ、そうなんですよ。それで、美沙姉たちを会わせてあげたいんです・・・外出させてもいいでしょうか」
「それはいいですね!是非、そうしてあげてください!」
「ありがとうございます、ところで・・・」
ここに来るまでに考えたあることを、宮田さんに伝えておく。
「なるほど、こちらで検討してみます・・・」
次回来た時までに、話はまとまっているだろう。
詳しい話はその時だ。
今日はとにかく、美沙姉たちのことが先決だ。
「えっ?おじさんのおうちにいくの?」
「そうなんだよ、いやぁDVDがいっぱいありすぎちゃってさぁ・・・美玖ちゃんに学校に寄付するやつを選んで欲しいんだよ」
「・・・」
「うんわかった!美玖、おじさんのおうちたのしみ!!」
移動中の車内。
俺の嘘に無邪気に喜ぶ美玖ちゃんを尻目に、美沙姉は黙っている。
勘がいいからな、気付いたのかもしれない。
その証拠に頬は赤いし、目は潤んでいる。
「美沙姉、ちょっと早いんでないかい?」
「・・・うっさいこっち見んな、抉り出すぞ」
ヒエッ・・・照れ隠しが物騒すぎる不具合。
「ママ、どうしたの?」
「・・・んーん、なんでもないわよ。目にゴミが入っちゃったのかな?」
急いで帰ってやりたいが、事故を起こすわけにはいかない。
逸る気持ちを押さえつつ、安全運転で帰宅した。
「とげとげのおうちだ!」
「殺意があるわねえ」
思い思いの感想を口に出す2人を庭で待たせ、ベランダに登る。
神崎さんに声をかけて、美沙姉たちをベランダに呼ぶ。
「にかいからはいるの、おもしろいね!」
美玖ちゃんの頭を撫で、美沙姉に視線を向ける。
「探し物は1階の居間にあるよ。美玖ちゃんと一緒に先に行ってて」
「・・・あの、一太」
「美玖ちゃんも大喜びすると思う。さ、行った行った!!」
「おじさんは?」
「おじさんはねえ、車の掃除をしてから行くよ。階段を下りたらすぐにわかるから」
「うん!おじゃましまーす!」
美玖ちゃんと美沙姉を2階に押し込み、庭に下りる。
感動の再会は家族水入らずじゃないとな。
同じ気持ちなのか、神崎さんも俺に続いて庭に下りてきた。
庭にあるベンチに2人で腰掛けてしばし待つ。
封鎖してあるドアの隙間からかすかに、泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
といっても恐怖の声じゃない。
歓喜の声だ。
美玖ちゃんの、美沙姉の、そして桜井さんの。
それを聞きながら、胸ポケットをまさぐる。
お目当てのものを見つけたので、ライターを擦る。
桜井さんから渡されていた遺書だ。
めらめらと燃え上がる紙に煙草をかざし、吸い込みながら火を点ける。
神崎さんも、俺の手に顔を寄せて同じようにしている。
燃え尽きた灰が地面に落ちるのと同じくらいに、肺いっぱいまで煙を吸い込んでゆっくりと吐き出す。
ああ、なんて・・・なんて美味いんだ。
「あ~~~~~~~美味い!!・・・今までの人生で一番美味い!!」
「格別の味です・・・」
神崎さんと顔を見合わせて、お互いにほほ笑んだ。
よかった・・・本当によかった。
肩にのしかかった重荷がとれたような感覚に、ずるずるとベンチにもたれる。
雲一つない青空に向けて、万感の想いを込めた煙を吐き出した。
その後、煙草を3本ほど吸った。
そろそろいいだろうか。
ベンチから立ち上がってベランダへ上り、靴を脱いで1階へ。
「あっくん・・・あっくぅん・・・!」
「ちょ、ちょっと美沙、くすぐったいよ・・・」
居間まで下りかけると、そこには桜井さんの首に抱き着いてキスの雨を降らせる美沙姉の姿が!!
美玖ちゃんは桜井さんに体を預けてスヤスヤ寝ていた。
俺たちは若干赤くなった顔を見合わせ、音を立てないように2階へ撤退した。
嬉しいのはわかるけど何やってんだよォ!?
美沙姉が桜井さんにベタ惚れなのは、聞いた話からよく分かってたけど、まさか俺の家でおっ始める気じゃないだろうな!?
美玖ちゃんに弟か妹ができちゃう!!
「・・・田中野くん、もう下りてきても大丈夫だよお」
神崎さんとなんともいえない沈黙を味わっていたら、下から声がかかる。
恐る恐る下りていくと、顔中キスマークまみれの桜井さんが出迎えてくれた。
美沙姉と美玖ちゃんはソファーで仲良く眠っている。
安心したら今までの緊張の糸が切れたのかな。
「その・・・すまないね、きみの家なのに・・・」
「いやまあ、嬉しかったんでしょうし、気にしないでくださいよ」
くっきり残りすぎたキスマークから目を反らしつつ、そう返す。
・・・美沙姉の幸せそうな寝顔を見ちゃったら、何の文句も言えないわ。
しばらく3人でとりとめのない話をしていると、美玖ちゃんが起きた。
おおう、目が真っ赤だな。
だいぶわんわん泣いたんだと思う。
美玖ちゃんは寝ぼけてボーっとした様子で桜井さんを見ると、にへらと笑ってその体に抱き着いた。
もう2度と離さないように。
「えへぇ・・・パパだぁ・・・」
「うん、パパだよ美玖」
桜井さんは嬉しそうに美玖ちゃんを撫でている。
美玖ちゃんも目を細めて嬉しそうだ。
その光景を見ていると、何故だか不意に涙があふれてきた。
ああ・・・俺、今まで結構頑張ったなあ。
色々しんどかったし、正直面倒くさいこともあったけど・・・
でもいいや、全然いいや。
この光景を見れたんなら、別にいいや。
今までの苦労なんてカスみたいなもんだ。
ああ、なんか気が抜けちゃったなあ・・・
体から力が抜けていく。
誰かに優しく抱きしめられている感触を感じながら、俺は眠りについた。