トランプ政権の発足から1カ月となったが、既にトランプ関税によって諸外国の間では動揺や混乱が広がっている。具体的な影響については多くのメディアが報道しているので割愛するが、そもそもなぜトランプ大統領はここまで積極的に関税を発動するのか。
まず、トランプ大統領の関税政策の根底には「アメリカ・ファースト」というスローガンがある。彼は大統領就任時から、米国の経済的利益を最優先に掲げ、国内産業の保護と雇用の創出を強調してきた。特に、製造業の衰退が顕著な「ラストベルト」と呼ばれる地域の労働者層から強い支持を受けたトランプ大統領は、グローバル化によって失われた雇用を取り戻すことを公約に掲げた。そのため、海外からの安価な輸入品が国内市場に流入することを制限し、米国の企業や労働者を守る手段として関税を活用している。例えば、2018年に中国からの輸入品に対して大規模な関税を課した際は、中国が不公正な貿易慣行(補助金や知的財産の侵害など)を行っていると非難し、米国の製造業を保護する姿勢を明確にした。
また、貿易赤字の削減が大きな動機として挙げられる。トランプ大統領は、米国が長年抱える巨額の貿易赤字を問題視し、特に中国やメキシコ、EU諸国との貿易不均衡を是正しようとした。彼の主張では、これらの国々が米国に対して不公平な貿易条件を押し付け、米国の経済的優位性を損なっているという。例えば、2018年に鉄鋼とアルミニウムにそれぞれ25%と10%の関税を課した際は、貿易赤字を減らし、国内の鉄鋼産業を復活させる狙いがあった。この政策は、経済ナショナリズムに基づいており、自由貿易よりも自国優先の保護主義を重視するトランプの姿勢を反映している。
国際政治における交渉カードとしての関税利用も見逃せない。トランプは、関税を単なる経済政策に留まらず、外交上の圧力手段として活用した。中国との貿易戦争はその典型で、関税を通じて中国に貿易慣行の見直しや市場開放を迫り、米国の要求を飲ませる交渉戦略を展開した。また、北米自由貿易協定(NAFTA)を再交渉し、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)に改定した際も、メキシコやカナダに対して関税をちらつかせ、より米国に有利な条件を引き出した。このように、関税はトランプにとって、相手国との力関係を調整し、米国の国益を最大化するツールだったのである。
一方、背景として、トランプの個人的な信念や経歴も影響している。彼は不動産開発やビジネスで成功を収めた実業家であり、経済をゼロサムゲームと捉える傾向があった。つまり、一方が得をすれば他方が損をするという考え方だ。この視点から、自由貿易が米国の利益を損なっているとみなしたトランプ大統領は、保護主義的な政策に傾倒した。また、彼の支持基盤である保守派や労働者階級が、グローバル化や移民に否定的な感情を抱いていることも、関税政策を後押しした要因である。
しかし、経済的合理性に対する批判も多い。関税は輸入品の価格を上昇させ、米国内の消費者や企業に負担を強いるため、インフレ圧力やコスト増を招くとの指摘がある。例えば、2018年の対中関税では、米国の小売業や製造業が原材料費の高騰に直面し、一部で生産コストが跳ね上がった。また、報復関税として中国が米国産大豆などに高関税を課した結果、米国の農家が輸出市場を失うケースも生じた。それでもトランプ大統領は、これらの短期的な痛みは長期的な国益のために必要だと主張し、関税政策を押し進めた。
トランプ関税の背景には様々な要因があるが、今後もトランプ関税の嵐に我々は対峙していくことになる。
◆和田大樹(わだ・だいじゅ)外交・安全保障研究者 株式会社 Strategic Intelligence 代表取締役 CEO、一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事、清和大学講師などを兼務。研究分野としては、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者である一方、実務家として海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)を行っている。