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英仏が百年戦争に揺れた15世紀。神の声を聞いたとされる1人のフランス人少女ジャンヌ・ダルクは、農民の出ながらイギリス王朝からの干渉を抜けてフランス解放を目指して先陣に降り立ちます。少女漫画の大御所の1人 山岸涼子先生の渾身の作品です。

女だてらに従軍することが、言葉以上に大変だった時代の“蛮勇”

本作は実話、というか、事実に基づいて作られた作品です。主人公はジャンヌ・ダルク。百姓の娘ながら“フランスを解放せよ”という神の啓示を受けて、イギリス王朝の影響下にあるフランスの独立を勝ち取る戦いに身を投じた少女です。

本作は、ラ・ピュセル(乙女)と呼ばれたジャンヌの孤高の闘いの、啓示を受け始めた13歳くらいの頃から火刑によって弱冠19歳で散るまでの、わずかな期間を描きつつ、信仰とは何か、を問いかける重厚な作品です。

ラ・ピュセルことジャンヌ・ダルクは、周囲には揺らぎなき信仰と信念に殉ずる純粋かつ揺るぎないイメージを与え続けますが、その実 本心では神の声を信じ続けることに疲れ 時として疑念に囚われて怯えたりしています。
例えば、初陣では 水も飲まず最低限の食料しか口にしない彼女を周囲の男たちは“さすが神に選ばれた娘”として敬意を向けますが、ほんとうはトイレに行かないようにするため(周囲の男たちに、自分が女であるという印象を与えないようにしたいがため)に、必死に我慢していただけだったりします。

この時代、女性が従軍することなどあり得ないし、そもそも女性が男装しただけで宗教的にアウトでしたから、ジャンヌの苦労がほんと偲ばれるというものです。

作者の山岸先生は、神がかった主人公を描くのがお得意というか、数多い印象がありますが、本作のヒロイン ジャンヌは、普通の人間、というか弱さを持った1人の少女であることを、少なくとも読者は常に知らされる作りになっています。

聖女でも魔女でもなく、1人の少女として描かれたジャンヌ・ダルク

冒頭に書いたように、本作はジャンヌ・ダルクという、現代においても高い知名度を持つ、“女性戦士”の短い生涯を描いた作品です。

本作を読めば、彼女が歴史舞台に登場した背景や、日々の苦労を知ることができることは言うまでもありません。また、彼女を取り巻く多くの男性陣が当時の常識的観念に縛られすぎている様子(当たり前ですが)や、あまりにも女々しい(→死語、もしくは禁句?)様に、イライラすることでしょう。
ラ・ピュセルことジャンヌ・ダルクを利用しようと考えたり、盲信したりするだけの男たちばかりで、これは、と思うような“かっこいい”男性はゼロなんです。

山岸先生によれば、ジャンヌは170cmの長身ゆえ、男性の中に入っても、少し華奢ではあってもそれほど違和感なくいられたそうですが、それでも前述のように、荒くれ者たちの中に“処女”の身でひとり過ごすのは相当に恐ろしかったことでしょう。一瞬でも気の抜けない緊張の日々であったことは想像に難くありません。本作は、そんなジャンヌの人に言えない労苦の日々を ある意味淡々と描き切っているのです。

ジャンヌは最終的にイギリスシンパの手に落ち、神の啓示を受けた者を騙る魔女として、火あぶりの刑に処せられます。

逃れようのない死や、自分が神の声を聞き間違えたのではないか、知らぬうちに魔道に惑わされていたのではないか?といった迷いにジャンヌは怯えますが、最後は強い信仰心を取り戻していきます。(ぼくがジャンヌなら、神様だったらもう少しはっきり誤解されないように“言えや!”と憤りそうですが、啓示の曖昧さに多少不安になることはあっても、その伝え方に真正面から文句を垂れるほどジャンヌは罪深くありませんw)

当時は民衆にとってのエンタメ的な要素が強かった処刑でしたが、魔女の火あぶりを見に集まった大衆に対しても、最期まで神を信じる“乙女”の清々しさを印象づけてジャンヌは逝きます。

その様子を、過度に劇的にではなく、あくまで淡々と山岸先生は描きます。あくまでも、淡々と、です。